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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
34/55

34、当方は赤く萌えている!! ~安全地帯など、しょせんは空想です~










「籠城すればそのうち助かる。そんな風に思ってた時代が、俺にもありました…………………」



 いや、そんな事言ってられない。冗談ではない。冗談じゃないんだ! 気づいてしまった。最悪の事に気づいてしまった。運良く気がついてしまった。

 不幸なのか幸福なのかはわからないが、少なくとも今の俺の気分は最悪、不幸の塊だ。


 どうすれば人の尊厳を損なわず、かっこよくスタイリッシュにトイレの水を飲めるか。そんなことを思案をしていた数分前の俺を殴ってやりたい。

 そんな悩みなど、尊厳など生存の危機の前には、まったく無意味な事だと思い知れ!



 いや、俺は今、思い知ったのだ。



 考えなど、ぶっ飛んだ。俺は今窮地にいる。


 希望が絶望に変わる事はないと言ったな。あれはフラグだ。


 そんな言葉が頭に響く。


 水を飲もうと立ち上がった俺は、ふと、何気なく正面の壁に目をやった。ぽっかりと開いた穴の先にいくつもの部屋が続く、隔壁の開いた壁に、それはあった。


 赤く光り輝くボタン。


 一瞬なんだったか思い悩み、すぐにそれの正体を思い出す。


 冷や水をぶっかけられた思いだった。


 それは、分離・排出装置。壁を挟んで隣の部屋をパージするためのボタン。

 ボタンを押された部屋は支えを失い、そのまま地表も見えない高高度に放り出されて、落下する。当然、中にいれば巻き込まれる。落ちて、死ぬ。


 そんなボタンが、そこにあった。もちろん、そのボタンをうっかり間違って押してしまっても俺がいる部屋は落下しない。外周部にある隣の部屋が落ちるだけだ。問題ない。


 だがもしかしたら、そう。もしかしたら…………だ。

 もし、俺がいるこの部屋を廃棄するとしたら、そのボタンはどこに作る? どこにある? ……………壁の裏じゃないか? 

 今、俺が背にしている、さっき下ろしたばかりの隔壁の向こう。獅子蜥蜴が自由を取り戻そうと、もがいている大広間の壁。そこにあるんじゃないか?


 見たような気もするし、見なかったような気もする、が、確証はない。九十八部屋も続いて、やっと見つけた異なる風景だ。階段や台座に気を取られてて、壁なんて注意深く見ていない。


 なければいい。存在しないで欲しいと思う。切に、切に思う。けど、もしあったら?


 この壁一枚挟んだ裏側に、もし、そのボタンが存在していたら?


 もし、今も赤々と輝きながら、その存在を主張していたら?


 もし、獅子蜥蜴が自由を取り戻して俺を追って来たら?


 もし、この壁を壊そうとその鋭利な爪でガリガリと引っ掻き、その大きな体で体当たりを始めたら?


 そしてもし、偶然にも、そのボタンを押されてしまったら?



 もしもしもしもし、もしばっかりだ。だが、そのもしが否定できない。笑い飛ばせない。

 あそこにいるのは暢気な亀さんじゃあない。怒り心頭、ブチ切れ、猛る猛獣蜥蜴とかげだ。


 あり得る。可能性は、大きい。


 隔壁とボタンはそれほど離れていない。片手を伸ばせば届くくらいの距離だ。偶然押してしまう可能性は十分にあり得る。

 いや、押さないで済む可能性の方が、圧倒的に少ない。やつは俺がここに隠れるその瞬間まで、ずっと、こちらから視線をそらさなかったのだ。じっと、黙って観察していたのだ。壁の奥に隠れていることはわかっている。追ってこないはずが、ない。


 サーッと、血の気が引くのを感じた。音が聞こえたような気がした。


 今はまだ、がれきの下でもがいている獅子蜥蜴が解き放たれたその時、俺の命運も尽きる。


 圧倒的有利だったはずの籠城が、絶望的不利な、死刑執行を待つ牢獄へと変化した。

 


 また、小さく地面が揺れた。


 

 あいつは今、どの程度動けるのだろう? もう、胴体のがれきは取り除かれているのだろうか? もしかしたら、後ろ足の片方くらいは自由になっているかも知れない。あと、どれだけ時間がある? まだ、猶予は残っているのか? いつまでなら大丈夫なんだ?



 恐怖を隔てるために下ろした隔壁が、下ろしたことでむしろ、別の恐怖を駆りたてられている。



 どうする? 隣の部屋に行けば大丈夫か? ここが落下しても隣も落ちるとは限らない。


 いや、ダメだ。


 真ん中だけ部屋を落としたら、行き来する道がなくなる。いくら変な設計だって、流石にそこまで訳のわからない構造にはしないだろう。一緒に落ちる可能性が高い。

 それにもし、落ちずに残ったとしても、道がなくなるのなら意味がない。どこにも行けず、戻ることも出来ず、ただ餓死するのを待つだけだ。

 いや、なにか他にやりようはあるか? ああ、くそ。こんなことなら二つ続きの場合、どう落ちるのか実験してみれば良かった。



 あいつが自由を取り戻していない今のうちに、横を通って上か下に…………下は無理だ。どこまで落ちるかわからないし、そもそも穴はあいつが塞いじまってる。

 上も、階段がどんな状況にあるのかわからない。落下した時に階段の多くは獅子甲羅に折られているはずだ。はたして、どれだけ残っているか…………。


 どうする。この先は部屋が続いているだけで行き止まりだ。どれだけ逃げたってどうにもならない。

 ああ、くそ。この位置関係が逆だったら、ボタンを押しておしまいだったのに。ボッシュートしておしまいだったのに。


 逆だったら? 逆どうすれば、逆になる? 入れ替えられる? いや、逆になれば、生き残れるのか…………?


 どうにかして、今の位置関係を入れ替えられれば…………そういえばあいつ、右目が潰れていたな。それに砲戦果を食らって鼻もきかないはず。


 これは―――――うまく立ち回れば、入れ替えられるんじゃないか?

 生き残れるんじゃないか?






(続)

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