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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
32/55

32よりロング。寒さを我慢できなければオシャレをするな。と言った人は消えた…………。  ~そんな気がしていました~







 

 標高―――どれくらいかはわからないが、走馬燈を見るくらいには窮地から、俺はなんとか無事に生還をはたした。無事…………と言っていいかはわからない。


 蔦の先に捕まって振り子の体をなした俺は、垂直から水平に変わったトップスピードに乗って勢いよく射出された。あれだ。女子ソフトボールのアンダースロー。投げるのは女子。球は俺…………そういう言い方するとほのかなエロスを感じる。


 とにかく、そんな勢いで投げ飛ばされて、いくつかの部屋を舞空術で飛ぶように通過。徐々に引力に引き寄せられて、転がり、殴打し、擦られ、削られ、ごろんごろんと強制連続大前転。頭に手を置き、出来るだけ丸まってごろんごろん。極めつけに、背中から床に叩きつけられる。ビダンッと鈍い音が鳴って大の字に。そうして、やっと止まった。


 はは、体中が痛い。手足は折れてないみたいだけど………肋骨か鎖骨あたりはいってるかも。全身、擦過傷と裂傷だらけ。当然、血がにじんでいる。特に蔦を抱えていたときの擦り傷がひどい。腹から左肩に至るまで一本の線状に擦られ、えぐられている。


 頭がくらくらする。そりゃそうか。あんだけグルグル回転して、しこたま頭も打ってる。視点も揺れているようだ。


 額に手をやって、べちゃっした水気を感じて、手のひらを見る。真っ赤だ。蔦に削られた傷によるものなのか、もしかしたら頭を切ってるかも知れない。

 ズボンで血をぬぐって、もう一度額を触る。ああ、やっぱり切れてるみたいだ。それほど多くは出てないみたいだけど…………。


(バイトとかだったら強制帰宅、即時に頭部検査に行かされるやつだな)


 それにしても、今回もなんとか生きられた。もし一部屋でも隔壁を下ろしていたら、進んでいるときに律儀に閉めていっていたら、きっとひどい目に遭っていただろう。ひどい目というか、死んでいただろう。かれたカエルみたいに潰れて死んでいただろう。ど根性ガエルみたいに壁に張り付く事は、ない。


 これまで九十九部屋には怒りしか沸いてなかったけど、今ではただただ感謝だな。これだけの距離、直線が続いていたことに感謝。閉めなかった俺に感謝。今度ばかりは開けたドアを閉めない、ずぼらな性格が功を奏した。どうだ、妹よ。ずぼらも時には役に立つんだぞ。



 そんな、プロゴルファーもびっくりのホールインワンで俺が奇跡的な生還を遂げたのと時を同じく、獅子甲羅も地面に激突したようだった。


 その轟音は、密閉空間も相まって体を震わせるほどの大音声であったようだが、まさにその瞬間を地面にもてあそばれていた俺にとっては意識の範囲外の出来事だった。ただ、そうであっても今なおまない反響音が落下の衝撃を物語っているようだった。


 獅子甲羅は…………流石にあの高さから落ちたのだから無事ではいられないだろうな。無事でなくて欲しい。人の不幸を望む行為は最低かも知れないが、それが自分の幸福に繋がるのであれば仕方ないとも思える。そもそも人じゃないし。


 きしみ、悲鳴を上げる体に鞭を打ち、重石おもしが乗ったような足に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。普段の何十倍も時間をかけて、痛む体をなだめて歩き出す。獅子甲羅の様子を見に行く。

 そうして、いくつかの部屋を越えて、最後のドアにたどり着いたとき、それは見えた。


 大部屋の中央、ちぎれた蔦に蔓、折れた角材、倒れた台座、足下まで亀裂の走っているひび割れ、砕けた大岩。

 そしてその砕けた大岩、自らの甲羅の破片の下に半ば埋もれた獅子甲羅の頭部。体の半分以上が瓦礫がれきに埋もれており、僅かに見える前足はぐったりと投げ出されている。


 口からは尋常じゃなく長い舌がだらりと垂れ下がり、岩に叩きつけたのだろうか、右目の眼球がぱっくりと割れて、赤紫色の体液が泉のようにわき出ている。


(グロい………)


 左目は白目を剥いており、意識はない。時折、痙攣けいれんしている所を見るとまだ息はあるのかもしれないが、流石にもう動けはしないだろう。

 


 そう、結論づけて。もう少し近くで見てみようかと、歩を進めたその瞬間―――。





 カッ―――と左目が見開いた。





「ひっっっ!」


 とっさに後ろに下がった。気圧されて下がった。


 その間にも目を見開いたソレは、埋もれた体をよじり、うごめいた。前足を掻き、がれきの下から脱出しようともがく。



 生きている。獅子甲羅はまだ、生きている。




「――――――――――――ッ」



 咆吼。悲鳴とも、怒りとも思える、感情の入り交じった大咆吼。怒りが、痛みが、憎しみが、死への恐怖がこもったそれは、けして遠くはない場所にいる俺に、まごう事なき死を感じさせた。


 たまらず、力が抜ける。耐えられず、腰が抜ける。堪えられず、座り込む。


 座り込んでしまう。その場に座り込んでしまう。


 そんな小さな、極々小さな音だったにもかかわらず、獅子甲羅はそれを敏感に察知した。

 俺の方へ顔を向ける。視線を向ける。体の大半が埋もれた中、僅かに動く範囲を残る力の全てを駆使して、俺を見定めた。獲物を見定めた。



 目が、死んでない。死を間近にしてなお、煌々(こうこう)と輝いていた。目の前の敵を目にしていっそう爛々(らんらん)と輝いていた。

 

 吠える。怒りのままに、憎しみのままに。痛みも恐怖もかまわずに、ただ怒りのままに、吼える。足掻く。一矢報いるため、確実に獲物を殺すために、早く解放されようと、抜け出そうと身をよじる。

 そして、少し、ほんの少しずつだが、がれきが落ちていく。うごめく範囲が広がっていく。少しずつ、少しずつ、確実に自由が広がっていく。


(おい………おい!! 何度だ。何度、俺は死を覚悟すればいいんだ!! 何度、死ぬ目に遭えば、遭わせられれば、気が済むんだよ!!!!)


 誰に言ったわけでもない。だが、言わずに言われない、怒りの叫び。そんな瞬間にさえも、獅子甲羅は自由を取り戻していく。

 少しずつ、見える範囲が増えてきている。自由に動かせる範囲が増していっている。

 落下したときに負った傷から血液が流れる。うごめくたびにその量はむしろ増していっている。


 流れる血液は体を伝い、地面に落ちる。たてがみは流れた血を吸って、まだら色にしぼみ、潰れた右目は脈動と共に開く傷から血を吹き出す。



 大きな岩を思わせる甲羅は落下の衝撃で砕け、破片が全身に刺さり、その身を貫き、えぐられる。うごめくたびに絶えず、傷から血が流れ出る。


 亀の甲羅は外骨格で体と離すことは出来ないと聞く。だが、獅子甲羅は違ったのだろう。

 砕かれた甲羅の下には、まるでそれこそ熊か獅子かのような筋肉質の肉体。傷を負い、血にまみれながらも、その風貌はなおも百獣の王を思わせる力強さ。

 

 遠目から見える獅子甲羅ししごうら、否、もはやそれは獅子甲羅とは呼べない。爬虫類の頭部を持ち、猛獣の体を持ったけものの王。王の中の王。守りの甲羅を捨て、攻めに転じたその姿は―――。





 百獣皇帝――――獅子蜥蜴ししとかげ







(続)

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