30に関連するワードを検索したら『紂王』が出たから、藤崎竜の封神演義を読んで、今日は寝る。 ~楽になるのは許されない~
走る、走る、走る。大丈夫だ。まだ来てない。これならドアにたどり着ける。もう、ドアのある窪地も見えてきた。と―――――。
轟――――――――――。
すぐ後ろで咆吼。次いで地響き。大地を踏みしめ、蹴りつける音。こちらに向かってきてる。くそ、もう視力が回復したのか。
急げ。急げ。もうあと少しだ。もうちょっと。もう、窪地を駆け下りるだけだ。そうすればあいつは扉に引っかかる。
いる。後ろを見る余裕なんてないが、息づかいが、圧力が、そばにいるのを嫌でも感じさせられる。
窪地の斜面、さらさらと流れ落ちる細やかな砂に足を取られて転げ落ちる。転げ転がり、上も下も右左もなく転がって。転げながらそれでも扉に近づいていく。転がりながら、見た。甲羅から出る四肢の長さが倍近くに伸びていて、まるでそれを蜘蛛のように前後させて追ってきている姿を。足を長くすることで、一歩の歩幅が広くなっている。そんな足を高速に動かして―――――どんどん距離を縮めてくる。…………そういえば、亀が本気で走ったらかなり速いと聞いたことがある。
俺はあれを単純に甲羅を背負ったライオンや虎の様な動物だと思っていたけど、そんなことはない。あれは亀だ。防御と攻撃を兼ね備えたまま進化した、サバンナの王に上り詰めた亀なんだ。
亀でありながら、大地を高速移動する俊足と獲物をけして逃さない獰猛性。最強の矛と最強の盾を併せ持つ最強の矛盾生物。それが獅子甲羅。
(俺は、なんてやつに目をつけられてしまったんだ…………)
転がり続けて、顔から着地。少し先に色の濃くなった土。一度掘って、埋めた場所。まあ、そういうことだ。
危なかったなんて、思ってられない。そんな暇はない。すぐ後ろに獅子甲羅が迫っている。もう、目の前に塔へと続く扉がある。あとちょっとで、たどり着く。取っ手を回して扉を開く。
その先は―――――青空。なんて事もなく、塔の内部が続いている。ちゃんと、蔦の絡まる薄暗い壁床天井が広がっている。
(なんて安心感だ)
すぐさま飛び込む。すぐ、後方には一口で全てを食いちぎろうと大きくその口を広げたやつが―――――。やつの牙が俺の髪をかすめる。
越えた!!!
塔の中に入った。だけどまだ、立ち止まらない。尋常じゃない長さまで伸びてくる首から逃れるように、奥へ、奥へと進む。蔦を押しのけ、蔓をちぎり安全と思える場所まで進む。
ここまで来れば、やつも付いては来れまい。そう思える場所まで進んで、ガツッと音が鳴り、後ろを振り返る。蔦を盾にして、振り返る。そこには―――――。
ひっかかっていた。獅子甲羅が、その大きな巨体を扉の枠にぶつけ、それでもまだ、諦めずに俺に向かって首を伸ばしてくる。俺はその様子を見てさらに奥へと逃げ込みながら、様子をうかがう。
扉が壊れる気配は、ない。
ガチン、ガチンと目の前で歯を鳴らす獅子甲羅。こんな顎でかみつかれていたらと思うと、ぞっとする。
だが、なんとか助かった。九死に一生を得た。途端に足から力が抜けて、その場に座り込む。
(やっと一息つける)
そう思って、扉に目を向けると―――不思議な光景が俺の目に映った。一瞬、目が疲れたのかと思った。錯覚だと思った。だが、違った。それは、現実として起こっていた。目の前で、実際に起こっていた現実だった。
獅子甲羅が小さくなった………………いや、違う。獅子甲羅の大きさ自体は変わっていない。獅子甲羅の侵入を阻んでいた扉、たやすく折れてしまいそうな木の枠が、徐々に、その形を変えていったのだ。熱した鉄の棒の形に合わせて氷が溶けていくように、獅子甲羅の大きさに合わせて、扉は、その形をゆがめていった。
「おい、おいおいおいおい。冗談だろ」
瞬時に立ち上がる。もう、獅子甲羅の通れる大きさにまで広がりつつある。急いで、奥に向かって駆ける。この先は角材を壁に刺しただけの不安定な階段、縦穴。だが、他に逃げ道はない。かまわず駆け抜ける。
縦穴ギリギリの所まで来て、上と下、どちらに逃げるか一瞬迷う。後ろから咆吼が聞こえる。蔦に阻まれているようだが、それもすぐに振り切ってくるだろう。
上がる際の速度の低下と疲労度を考えて、とっさに下を選んで、直後、後悔する。
(失敗した。失敗した。失敗した。やつの大きさから考えて、こんな角材であの巨体を支えられるはずがない。上に逃げておけばやつは勝手に落ちて自滅したはずなのに)
しかし、もう後戻りは出来ない。後悔は取り返せない。せめて少しでも距離を稼ごうと、急いで階段を駆け降りる。
登るとき、あれほど慎重に慎重を重ねてゆっくりと登ってきた階段だが、今は一段飛ばして駆け下りていっている。非常時でなければ絶対に出来ない行動だ。だが、不思議と足を滑らせる事はない。
ドンッ。と、背後から轟音が鳴る。振り返るまでもない。獅子甲羅が出てきたのだ。蔦や蔓や壁に阻まれながらも振りほどき、獅子甲羅がとうとう、階段へと躍り出てきた。
ちぎれた蔓や蔦をまき散らして、勢いよく飛び出してきた獅子甲羅は、そのまま階段という名の角材をへし折ってくる。飛び出た場所が床のない縦穴だとは、夢にも思わなかったのだろう。勢いよく横穴から飛び出した獅子甲羅は、引力に引かれ、そのまま縦穴を落下してくる。獅子甲羅も必死に四肢をもがくが、空を切る。運良く何かにひっかっかっても、その自重によって捕まった物という物全てをへし折り巻き込みながら、落下してくる。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
もちろん、下にいる俺も巻き込まれるだろう。どんどんその巨体が近づいてくる。当然、避けることなど出来るわけもなく。
あ、死んだ。
(続)