Ⅲ=『そして、伝説へ』←すぐに浮かぶやつは大体中年 ~一体お前はどこの誰?~
前回までのストーリー
よくわからないトンネルを抜けた先で出会った少女(仮)エル。強い光に目が眩み何も見えない、不安がいっぱい胸いっぱい。ここがどこなのか、どうしてここにいるのか、はたしてエルは何者なのか。わからないことが多すぎて混乱しっぱなしの俺は、とりあえず警戒を解いてはいけないと、エルが背後に回るのを防ぐために天を仰ぐ五体投地を実行したのだった。
自分で言っていてもわけがわからないが現実なのだから甘んじて受け入れるしかない。
「ねえ」
エルが話しかけてくる。まだ静かになって三分もたっていないというのに、こいつがどれだけおしゃべりなのかわかるというものだ。
「目が見えない、無音、人の気配は感じる、床に仰向けって………単語だけ聞くとなんだかいかがわしいなにがしかの最中みたいだよね。具体的に言うとプレイ的ななにか」
「おい、ふざけんな。変な疑惑を立てるな。具体的に言うな」
「疑惑かどうかはこのあとの展開次第だよ」
「このあと何かがあるような言い方をするんじゃない。いかがわしい展開なんて存在しない。説明回が始まるだけだ」
ただでさえ混乱しているのだからこれ以上ややこしくするのはやめてもらいたい。特にこういう話題は尾を引く。はっきり、無かったと明記しておかなければ、数行の空白の間に何かあったのではと邪推するものもいるのだ。『一泊の効果音』と『昨日はお楽しみでしたね』コンボは悪意を感じる。
だがそれもどれだけ努力しようとも、相手におさめる気が無ければどうにもならない。つまり、悪いのはこいつだ。これから何が起ころうとも俺に責任はない。認めない。
「そこはほら、推理小説によくある叙述トリックというやつで」
「ない。そんな能力もテクニックもない。そもそも叙述トリックだと公言した時点で読者は警戒するからトリックとして成功しない。最大のネタバレだ」
一体何を言い出すんだ。これが推理小説なら立ち読み二ページで本棚に戻すぞ。
「わかんないよ。ようはミスリードを誘えばいいのだから、今の目の見えない状況とかだとやりやすいよね」
「どういう意味だ」
すっ、と。深く一息吸う。それだけで雰囲気が変わ―――。
「一体いつから―――僕が女だと錯覚していた?」
「そこ?!そんなとこに叙述トリックしかけてたのか?!」
変わらなかった………。
「一体いつから―――僕が人間だと錯覚していた?」
「違うの?!」
「一体いつから―――僕が実在すると錯覚していた?」
「怖いわ。ここまで全部俺の妄想の産物だったとか、本当はまだ小学生で授業中オチとか怖すぎるわ!」
「一体いつから―――僕がこのネタを用意していたと思う?」
「知らん!どうでもいいわ!」
「構想十年。作成八年」
「長いわ!それほどの価値ないだろ!」
「まあ、冗談だけど」
「突然飽きた?!ここまで全部無駄!付き合ってやった時間を返せ」
完全に無駄話。雑談だ。よそでやれ。
未だに核心に至るような話題は一切出てこない。正直ここまでひどい会話も生まれて初めてだ。散らかすだけ散らかして、片付けようとしない。
「この文法を使えば結構簡単に叙述トリックに出来る気がするね」
「叙述トリックをそんな安っぽいもんにするんじゃない。それは伏線なしのぽっと出だ。ただの後付け設定だ」
世の中の作家先生すべてに謝れ。
まったく。片付けないくせに話題は尽きない。こいつはあれだ。部屋が汚い。汚部屋だ、片付けられない系女子だ、絶対に。
「死んだはずの超人がいつの間にか生き返ってたりするやつ?」
「キン肉マンをディスるな。ゆでたまご先生に謝れ」
あれはあれでいいものなのだ。熱ければ大抵のことは許される。アニメ版オープニングテーマを歌いながら立ち上がる姿とか、最高だ。
「どちらにしろ、今の状況はリスリードを誘うまでもなく見たままアウトだよね。ついでに手でも縛っとく?ミスリードと言うよりロスリード?」
「ついでで人に変態性を出させようとするな」
「いやはや、目隠し放置プレイがお望みとは初対面の少女相手になかなかハードなプレイをお望みだね。この鬼畜」
「やめろっ。初対面を相手に変態認定するな。変態キャラを植え付けようとするな。断じてそんな趣味はないっ!」
「とは言いつつも、心は悦びに………」
「人をドMみたいに言うな。性癖をMかSかと聞かれたら、確かに俺はMだ。どちらかというとMだ。だがな。俺は放置されたい系Mじゃない。かまって欲しい系Mだ!!」
「…………そ、そっか。ごめんね」
先ほどまで右から聞こえていた少女の声が、心なしか先ほどより遠く離れて聞こえた。おかしい。変態性を否定するつもりが、これでは自ら変態を公言したみたいじゃないか。と言うか、俺は何を口走ってるんだ。なんで初対面の少女(仮)に向かって性癖を叫んでいるんだ。まるで変態じゃないか。変態だったのか、俺は。いや、そんなことはないはずだ。よく考えろ。
「どう考えても変態だよ」
「勝手に心を読むな。答えるな。変態と呼ぶな」
「わかったよ。紳士」
「紳士=変態みたいに言うな。英国紳士に謝れ。レイトン教授にあやまれ」
「僕としては、人間の性格とか性癖をMかSかの二元論で語ること自体に疑問を感じ得ないね。わかりやすさを追求しだしたら、大体極端になってくし。1か0でしか語られなくなったら本質からはどんどん離れてっちゃうよ。まあ、だからといって細かく分類して行き過ぎると、それは本人以外に該当者がいなくなってしまうんだけどね。何事にもバランスが大切なんだよ。変態紳士」
「その主張には一考の余地があるが、そもそもそんな話はしていない。それより俺を変態紳士と呼ぶな。変態と紳士を合わせるな。その二つは相容れない属性だ」
「それはどうかな?普段紳士的な行動を取る人ほど、心にどす黒い欲望を飼っているものかもよ」
「どんでもない偏見だ」
「まあまあ、変態だっていいじゃない。紳士だもの」
「みつを風に言うな」
「変態だっていいじゃない。ドMだもの」
「なんで変えた。なんであえて悪化させた?」
「はいはい」
あっさりと流された。自分が話したいことがあるときは人の都合お構いなしで延々と話してるくせに興味ないと流すとか………。
「それでどう、ちょっとは落ち着いた?」
「………お前がわけのわからない事を言ってなければもっと早く落ち着いた気がするけどな」
「そんなこと言わないでよ。静かにしてたって悪い方にいろいろ考えちゃうだけでしょ。適当におしゃべりしてた方がいいもんだって」
確かに………認めたくはないが、気持ちは軽くなっている。これまでの話の中で少なからずこいつの人となりを知ることが出来た。
だからといって無警戒にとはいかないが、過剰な警戒はしなくてもいいとは思えるようになっている。目の前のこいつが『何をしでかすかわからない他人』から『わけのわからないおしゃべりな他人』くらいの認識に警戒レベルが下がっている。他人には違いないが………話が出来ると知っただけでも大きい。問答無用のDQNは恐ろしい。言葉が通じない外国人よりも。そう言う意味では彼女のおかげとも言えるのだろうが、犠牲も大きかった気がする………。
信用するだけの担保はないが、騒ぎ立てていても自分が混乱するだけ、というより脱線して進まない。なにより、これ以上自分の変態性を掘り下げられると何かと、困る。いや、変態と認めたわけでは断じてないが。
この心の変化が彼女の策略で、警戒心を解いた瞬間襲いかかってくると言うのなら、俺にはもう抵抗も何も出来そうにない。まな板の上のコイだ。
まあ、エルにはそのつもりなど無いのだろうけど。もしはじめからそのつもりならここまで長々と無駄話を繰り広げて、俺の心の余裕と視力回復を待つというのがそもそも文字通り無駄なのだから。
だから、ここまでのくだりが全て彼女の素なのだろう。脱線していつまでたっても話が進まないその様はさながら暴走列車。考え無しに薪をくべ続ける絶賛大炎上中の暴走超特急。絶対にレールの上を走ろうとはしない、どころか脱線してもそのままぶっちぎり進んでいくのだ。
(………。そう思うと、こいつをどうにか制御しようなんてどだい無理な話だな………)
せめて、破綻しないように、なんとかしよう。
「ん。おっけ~」
未だ、五体投地中の俺。警戒のためではあるけれども、正直つらくなってきた。石畳が冷たい。背中も痛い。やめたい。
そんな、起き上がるタイミングを逃した俺の目の前にエルが指を立ててくる。
視力確認するためだろう。俺の頭の付近に立ち………もう、本当にただただ見下されている図だよな、これ。
「これ何本?」
人差し指と小指を立てて………そのまま『ウィーッ!!』と言えば、さながら往年のレスラー、スタン・ハンセンのようだ。ある地方では侮辱を表すらしいけど、なんでそれを選んだ………。
「………」
「ん~?見えない?じゃあこれは、見えてる?」
無言を見えていないと判断したのか、今度は中指のみを立てる。先ほどよりもよりわかりやすい侮辱ポーズ。確信犯なのか?!なんだ、この絵。
いや、それよりも………。
「………ん~?どうなの?ほらほら~」
今の俺の状況、床に大の字に転がってて、頭の方に少女(仮)がしゃがんでて中指を立ててる。なんか、俺今、煽られてね?少女にボコボコにされた男の図?
いや、それよりも、だ…………目の前の、より近くに指を出すためには頭上近くにしゃがまないといけないわけで………しかも、視界を探るためか指をあっちこっちと動かすたびに体も揺れて………。
つまり、その、そうなると必然的にスカートも揺れて………。
「………………白」
「………っ」
つぶやきを聞くやいなや瞬時に裾を抑え、立ち上がるエル。そうか、羞恥心は人なりにあるんだな。お父さん、安心したぞ。子持ちどころか、彼女もいたことないけどな。
そう、見上げてて見えてくるものは指だけじゃなく、いやゆる、その………パンツ。
いや、弁解させて欲しい。見ようとしたわけじゃない。見えちゃったんだ。見えちゃったんだから仕方ないだろう。
だって俺、下にいるんだもん。床に張り付いてるんだもん。五体投地してんだもん。どんだけ丈が長くたって隠さなければ見えちゃうよ!
そもそも、女が男の頭の上に立つなんて状況、あり得ないだろう。いや、男じゃなくても人の頭の上に立つなんて状況はそうそうない。思いつくのは死神くらいだ。
なんだおまえ、死神か。死神だったのか。死神なら今日からおまえをルキアたんと呼ばせてもらう。異議は認めない。
アジャラカモクレン、ブリーチー、テケレッツのパー。
あるいは痴女か。痴女だからパンツを見られても気にしない。むしろ見せたいと。見せパンか、見せパンなのか。
よろしい。ならば拝見しよう。まずはスカートの裾を挙げたまえ。ゆっくりと、恥じらうようにだ。早すぎる。焦るな。この痴女め。
「黙れ。痴漢」
「痴漢?!」
「人の下着を覗いたのみならず、色まで………。痴漢と言われても仕方ない所行だよ。恥ずかしい漢と書いて恥漢」
「恥漢!?………そうは言うけど。人様の頭の上に立ったのはそっちの過失だろう。せめてスカートを抑えるくらいしろ。どんだけガードが甘いんだよ」
「なるほど、それは確かに。僕も人と会うなんてしばらくなかったからそういう所に疎くなってたかも知れない。その点は認めよう」
「それに、付け加えるなら、視界の真ん中の方はまだ白いもやみたいに見えにくくて、周りの方がクリアに見えてるんだ………。そこにたまたま下着があったんだ。見たくて見たわけじゃない。ちらっと見えただけだ、ちらっと」
「そんな言い訳で乗り切れると思う?」
「………………う、うそじゃないヨ?」
「ワンポイントは?」
「だまされるもんか。そんな誘導尋問でボロを出すとでも思ったか。見てないものは見てないんだ」
「……………。ふう、どうやら本当みたいだね。僕のウサギさんパンツは見られてないみたいだね」
「嘘つけ、ドクロマークだったじゃねえか。『GO TO HELL』って書いてたじゃねぇか。中指おっ立てたじゃねえか。海賊か、お前は!」
海賊王にエルはなる。
「じっくり見てるじゃないか!!」
ズムッ
「うぐぅっ」
腹を踏みつけられた。両足で思いっきり全体重をかけて。いくら少女(仮)とは言え、人の体重だ。それなりにある。その重さに勢いがついてさらに高い跳躍が加わり、千二百マンパワー。俺は死ぬ。
「ねえ、紳士?今のも気持ちいいの?」
とても楽しそうな笑顔で問うてくる。その笑顔がとても美しく、怖い。狂気を、いや狂喜を感じる。
「………し、紳士を定着させようとするな………」
狂喜の笑顔に恐怖しながらも、それでも訂正すべき所は訂正しなければならない。
痛み=快感だと思わないで欲しい。それに俺はドMじゃない。『どちらかと言えばM』、ライトMだ。RM、痛いものは痛い。
「Rだと右、rightだよ。軽い方はLight。正しくはLMだよ。光の紳士」
「人をFFのキャラみたいに言うな!」
「まあ、いいよ。そんなことはっと」
「ぐあっ」
人の上でジャンプ。腹を踏みつけていった彼女は、微動だにしない笑顔のまま離れていく。
腹部の痛みという置き土産を残しながら距離を開けていく彼女を尻目に、腹をさすりながら床に座り直す。
ちなみに尻目にと言っても、尻を見ていたわけじゃない。あくまでも俺の心情を表す間接的表現だ。確かに俺は尻派だが、断じて、断じて尻は見ていない。
「だんじてって達筆な書道で書くととだんじりと読み間違えない?」
知るか!さっきからこいつは心を読めるのかっ!?
話しながらもどんどん離れていく。距離を離していく。遠いんだけど、いい加減離れすぎじゃないか………。心の距離の現れなのかもしれないが。大声じゃないと聞こえないぞ。
それにしても………良かった。安心した。エルを見て確認。少女だ。微妙な年齢、略して妙齢じゃない。もちろん老女でもない。とりあえず見た目は。神はいた。
「さて、じゃ、目も大丈夫みたいだし、仕切り直しといこう。さっきも言ったように僕はエルって呼ばれている」
立ち止まり、クルッと軽やかに体を回転させながら、言う。さっきまでの事はまるで無かったかのように朗らかに言う。文字通り仕切り直すつもりのようだ。その考えはありがたいので乗ることにしよう。
「呼ばれている?」
「うん。通称って言うのかな。本名はまた別」
「別?なんで?隠してるのか?」
「う~ん。そう言うわけじゃないんだけど。本名は長くて、面倒だから略すんだ。覚えきれないし、覚えても呼ばれないなら意味は無いしね。お望みとあれば名乗るけど………今、時間に余裕ある?一時間ぐらい」
「長いわ。どんな名前だよっ」
「ジュゲムジュゲム―――」
「嘘つけっ」
なんでこんなところで一席もうけてもらわにゃならんのだ。
「ノコノコボムヘイ、パタパタサンボの―――」
「もういい、続けるな!いろいろ危ない」
「もう、せっかく考えたのに………最後まで聞こうよ。ちゃんと最後まで全部あるんだよ?ちょっと無理やりだけど。ちなみにジュゲムって64で自らの役割を確立した感じしない?」
「ジュゲムは初代マリオカートで既に存在感を発揮してただろ。いや、やめろ。ふるな、のせるな。だいたい考えたって言ってる時点で偽名じゃないか……………。はあ、エルって呼べば良いのか?」
「うん。どうぞどうぞ。ちなみに最後はチョロプーメンボの超エルっ!」
「最後雑っ!とってつけたようにエルつけた。しかも超ってどっから来た、他になかったのかよっ」
「いいねいいね。ナイスツッコミ。二日徹夜した甲斐あったよ」
徹夜したのか。なんて時間の無駄使い。
「ドラゴンボール超、見ながら考えた甲斐あったよ」
遊んでんじゃねえか!あと、ドラゴンボール超の読み方はスーパーだ。勘違いすんな。
「それで君の名前は?何ていうの?」
「………佐藤。佐藤聡」
「サトサトね~」
「略すな!サトウ・サトシ!」
「サトシ・サトーね」
「外国読みすんなっ。幕末時代のイギリス人外交官みたいになってんだろ!」
「親戚?」
「他人だ!サトウ・サトシ。生粋の日本人!」
「サトシ………。どっかで聞いたことが………?あ、そうか。君、魔物をボールに詰める仕事をしてるでしょ」
「するか。なんだその仕事」
「え、うそ、やってるでしょ。見たことあるよ。詰めた魔物同士を戦わせたり、全ての魔物をボールに詰める夢を持ってたり」
何、その猟奇的な仕事。恐ろしくて言葉もないんだけど………。
「君に決めた!って決めぜりふは?」
「ない。言ったこともない。そんな台詞」
「でも、てこ入れでお別れしたりね」
お別れどころか、初めましてもしたことない。というか、てこ入れって言うな。
「そっか。まあいいや。よろしくね。サトー」
サトー。聞き慣れた呼び名だ。名字の佐藤は当然として、名前からでもあだ名はだいたいサトー。おかげで生まれてこの方、変なあだ名がつけられた事はない。名前をつけたじいさんに感謝だ。
ちなみに妹は佐藤知。知ると書いてサトと読む。初対面で読めない確率、百パーセント。完全試合。悪ノリした母を恨め。
「それで、ここはどこなんだ?」
「えっ?………ああ、そうだったそうだった」
完全に失念していたようで、心底驚いた顔をする。脱線しすぎだ。
「じゃあ、それも含めていろいろと説明するね。でもまず始めにこれを言わせて欲しい」
そう言ってエルは緩みきった顔を引き締め、背を向ける。そして、仕切り直すように。
「んん。では、改めまして―――」
咳払いをして、振り返る。
「ここは異世界。君にはこれから…………………塔を作ってもらいます!」
「はぁぁぁ?」
(続)
ここまでお付き合い頂いた方はお気づきでしょうが、こうせきラジオはメタネタ好きです。
ストックのある第一章分には所々散りばめられています。今後、スタイルが変わる可能性は無きにしも非ずですが、ストックのあるうちはこんな感じです。笑って許していただけると幸いです。
追伸;怒られたらやめます。