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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
24/55

連載漫画、24過ぎると追うのも止める。ラノベ、小説そもそも待てず。 ~原点回帰、一度戻って振り返る~







 俺は今、二度の大戦と和解を経験したどうぶつの森に別れを告げ、窪地くぼちに向かっている。


 上半身裸で。さながらジャングルブックのターザンのような風貌だ。あれ、ジャングルブックはターザンでいいんだっけ?モーグリだった気もしてきた。クポーって鳴かない方。クピポーはガッちゃん。…………知ってるか。ガッちゃんって本名ガジラって言うんだぜ。ウルトラマンとかも出してるし………いろいろ危ないよな。人のこと言えないけど。


 下は、ちゃんと履いている。裸じゃない。そこまで野生には帰れない。洗濯したての濡れたままで脱水だって十分じゃない。重たくて肌に張り付いて気持ち悪いし、動きにくい。

 だけど仕方ない。足場は悪いし草の丈も高い。舗装された道路じゃないから、小石も多いし、ヘビだっているかも知れない。下手に切り傷を作って破傷風にでもなったら目も当てられない。病院も薬もない以上、怪我や病気には一際ひときわ気を遣わなければならない。………破傷風って言いにくいよな。病気とかって大抵、○○症って言うから、どうしても破風傷って言い間違えてしまう。


 帰りの移動速度は、行きと比べて少し遅い。疲労もあるが、荷物の量が少しだけ増えたから。

 手頃の長さの棒に江戸時代の物売りのように、前後に手製のかごをぶら下げている。前のかごには水を入れた種を二つ。間の棒には生乾きの服を引っかけている。そして後ろのかごには、砲戦果を一房。食用ともしもの時の攻撃手段として。もちろん青くてまだ熟していないものだ。

 ただ、大戦時の経験上、青くても強い衝撃次第では爆発するので取り扱いには注意が必要だ。トラックでニトロを運ぶくらい慎重に、気をつけて移動する。もし爆発したら消し飛ぶのは山火事ではなく自分自身だ。いや、消えはしないが。むしろ、匂いが消えなくなるが。

 


 そもそもの所、なんで裸になってまで塔への強行軍をしているかというと、理由は二つ。


 一つは単純、体力の限界だったから。何度か休憩を挟んだが、流石に限界。森で一度寝落ちしそうになったし。文字通り、寝て落ちそうになったしな。

 それに、あれだけ大騒ぎをして温泉にも入ったことで、すっかり心も体も緊張がほぐれてしまった。張り詰めていたものが一気に抜けていって、その分眠気がどっと襲ってきている。

 そのまま、眠ってしまえれば楽だったのだろうが、だからといって森で一夜を明かす勇気は俺には無い。夜の森は、怖い。


(塔の中なら森よりは安全だろう。塔には生物はいなそうだったし。最悪、いたとしてもこっちに逃げ込んで扉を閉めればなんとかなるはず)


 希望的観測に過ぎないが、それでも周囲に野生生物が蔓延はびこる森や草原の中よりかは、周囲が壁と蔦に囲まれた塔の中の方が比較的安全に思えた。

 そういったわけで、一旦教授たちに別れを告げて塔に戻る事にしたのだ。



 そして、もう一つ。


 空を見上げる。なぜか一向に日が沈む気配はないのだけれど、本当ならとっくに一日経過している気がする。

 空が赤く夕日に染まり、鳥が遠くの巣へ帰っていく。そんな、子供の頃に毎日繰り返してきた『帰らなきゃ』と思う感覚がする。遊んで遊んで遊び尽くして、ふと気づくと空が赤く染まっている。一瞬、遊びの熱中から冷めたときの、感覚。『時間かな』と思って空を見上げる感覚。いつも見上げた空は赤かった。伝わるかな?


 もうあの時ほど、改めて空を見る機会もない、歳を取ってしまった俺では、ぱっと見、夕日なのか朝焼けなのかもわからなくなるときもある。昔、二度寝三度寝を繰り返したあと、空が赤く染まった様子を見て『ああ、夕方だ。一日無駄にした」と思ったら、実は翌日の日の出でしたなんて事があって、愕然とした覚えがある。

 見上げる空に赤い太陽は見えないが、それでもあの日の夕日のような『帰らなきゃ』と言う焦燥感は、覚えている。長く、感じていなかった感覚が、未だに忘れずに残っていることが少し懐かしく、心地よい。

 だが、その心地よさに浸ってもいられない問題があった。それが急いで塔に戻らねばならない理由。

 温泉でゆっくりして人心地ついたあと、心地よい焦燥感に浸りながら、帰るための用意をしているときだった。荷物運び用の簡単なかごを作っている時に、ふとある疑問が頭をよぎった。


「扉はあのまま、あるのか?」


 あの扉を出て何時間経ったのか、時計が止まった今、確かめる方法もないのだが、果たして今も、あの扉はそのままあるのだろうか。壁も、天井も、床すら繋がっていないあの扉は、今もあの場所にそのまま残されているだろうか。


 あれを『どこでもドア』と表現したが、『どこでもドア』なら、閉めれば消える。閉めて他の場所につなげてしまえば、それまでの場所とのつながりは、なくなる。消えてしまう。


 何かの弾みで、ふっと消えたりしないだろうか。


 いや、アレは『どこでもドア』じゃない。便宜上そう呼んだだけだ。しかし、なら大丈夫なのか、と聞かれたら、返答できない、答えに詰まる。答えられない。だって、アレがなんなのかなんてわからないから。どういうものかなんて知らないから。『ドア』と呼んで良いのかすら、本当のところ、わかっていないのだから。


 アレは理解を超えている。これまでの人生にあんな物はなかった。今までの常識で語れない。語ることが出来ないアレを大丈夫だなんて、信頼出来ない。


 ここに来るまで、おかしな事ばかり起きている。そして、イヤな予感なほど、かなりの確率で当たっている。当たってきている。その経験が、イヤな予感ばかり当たって来ている経験が、塔へ続く扉がそのまま残っているという期待を、願いを否定してくる。

 もしかしたら、今この時にも、サッと消えているかも知れない。たどり着いた目の前で蜃気楼のように、かき消えてしまうかも知れない。今行けば間に合うかも知れないのに、そのチャンスを棒に振っているかも知れない。今から全力で走って扉に向かおうか―――――。


 そこまで考えて、ハッとした。似たようなことを考えて一度失敗している。真っ暗闇の海でパニックになって溺れた事を、思い出して深く深呼吸する。


 よし、落ち着いた。あるかもわからない『もしかしたら』に振り回されるのはやめた。一度戻って確かめる必要はあるけれども、慌てずゆっくり向かおう。


 もし扉がなくなっていても対応出来るように、食料と水を持って行く。最悪の時でも、森に戻ってくる体力を失わないように。夜の森は恐ろしいけど、食べ物があるのはここだけだし。何かあったらここに戻ってこよう。よし、そうしよう。方針を決めたら、行動開始。まずはかごを完成させよう。

 はやる気持ちを抑えて、かごを作り上げる。やや、大雑把な出来だがそこはご愛敬。とりあえず、中に入れば問題ない。壊れても良いように、補修用の蔓も持って行く。


 後は食料だな。森へ向かおう、と立ち上がりかけて、近くに砲戦果が落ちているのに気づいた。青い、爆発の危険の低い砲戦果が一房。先ほどまで何もなかったはずの場所に、落ちていた。近くには水の入っている穴の開いた種も。


 ここにはもう俺以外はいないはず。共に温泉に入っていた動物たちは、かごを作っている間にそれぞれの住む場に帰っていったのだから。


 とっさに周囲を見渡す。やはり、何もいない。


 いや。遠く、ずっと遠く。森と泉との境界に、森の奥へ向かって消えていく猿のむれが見えた。そのむれ殿しんがりに、むれを守るように立つ教授を見つけた。

 俺は思わず大声で呼びかけようとして、やめた。猿たちも、一度もこちらを振り返ることなく、森へ消えていった。ただ、ただただ、もう見えなくなったその姿に向かって、深々と頭を下げた。






(続)


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