21じゃダメなんですかと言ってた時はネタになったと思ったけれど、今じゃ全然笑えない ~全ては巡る、恨みは返る~
教授と俺、互いに相手の出方をうかがっている。にらみ合う二人の距離は、遠い。先に動いた方が、負ける。どれだけ素早い動作であろうと、この距離は覆せない。じりじりと、じりじりと距離を測りながら、必殺の時を待つ。と―――――。
「―――――――――っ」
教授が手に持つ石へ警戒を向けていたさなか、突如、意識の外側から奇声があがった。とっさに、その場から飛びのく。直後、それまで立っていた場所が紫に染まる。砲戦果だ。教授ではない。教授の動きはずっと見ていた。砲戦果を隠していたらわかる。なら―――。
「ギャァァァァ!!」
砲戦果が飛んできた先にいたのは、まだら色をした三匹の、猿。教授よりやや小型。腹に小猿がぶら下がっているのもいる。おそらく、流れ弾に当たった猿たちだろう。一目で激怒しているのがわかる。
さっきまでは逃げられないように囲って物を投げ込んでくるだけの傍観者だったのに、爆撃に巻き込まれた事に怒って参戦してきたのだろう。
(面倒なことになった。教授だけでも手一杯なのに。三匹も増えたら―――)
教授も、想定外の援軍に驚きつつも、にやりと笑みを浮かべた、様に見えた。
四対一。圧倒的不利な状況に思いを巡らせていると、参戦した猿たちは再び、手にした砲戦果を投げつけた。教授に向かって。
(………は?)
「キイィィーーー?!」
援軍に勝ち誇った顔をしていた教授も、その予想だにしていなかった行動に驚き、大きく後ろに飛び跳ねる。信じられないものを見たような顔を猿たちに向けて、仲間達から距離を取る。俺も信じられない。なんだ?仲間割れか?
俺たちは、互いに距離を取り、戦況はこのまま三つ巴となるかのように、思われた。
しかし、事態は予想の斜め上をいった。
教授にも当たらなかった事に怒ったのか、猿たちは大きく声を上げ、次々と砲戦果を投げつけていく。俺に。教授に。周りの猿たちに向かって、誰彼かまわず投げつける。外れれば怒り、当たれば喜び声を上げて、さらに投げる。ドンドン投げる。
「無差別かよっ!!!」
俺の叫びは、周りの悲鳴にかき消される。思わぬ乱入者の参戦にすでに一騎打ちは流れた。一騎打ちは流れても、勝負の機運は流れない。むしろ、よりいっそう激しい戦いに変異していく。
もはや、三つ巴ですらない。周囲を囲っていた猿たちが、我も我もと参戦してくる。被害の受けた猿たちは、自らの鬱憤を晴らすために更なる被害者を望む。まだ被害を受けていない猿はやられる前に殺るとばかりに、手当たり次第に近づく者を傷つける。
囲われていた円は既に崩壊し、敵も味方も入り乱れて誰彼かまわず所構わず、手当たり次第に目の付く相手をたたきつぶし、砲戦果をぶつけ合う。事態はもはや、血で血を洗う泥沼の地獄絵図と化していた。
周囲への影響など一切かまわず争い飛び交う砲戦果の被害者は、何時からか猿だけではなくなっていた。
偶々通りかかった鹿らしきもの、木の上を走っていたウサギっぽいもの、漁夫の利を狙って来た猫バス、棒と間違われたヘビ、砲戦果と一緒に投げられるリス。様々な動物が爆撃に巻き込まれ、参戦していく。
ここに至り、戦いは猿たちの元から離れた。霊長の頂上決戦は何時からか、獣王争奪戦へとその姿を変えたのだ。
その光景は激戦の一語。
親猿が枝の上で飛び跳ね、揺らして砲戦果の絨毯爆撃、小猿は前後逆に張り付いて背後の警戒。のこぎりの様なくちばしの鳥が、枝ごと砲戦果を切り落としていく。尾を捕まれて振り回されているヘビは、悟りの境地に達して棒の役目に徹している。猫バスは鹿の背に乗って、前足を器用に使って鹿の角に砲戦果をセット。鹿は大きく頭を振って、投石機の様に砲戦果を飛ばしてくる。射出された砲戦果には小さなリスが乗っていて、敵の目の前で砲戦果に歯を立てて起爆、敵もろとも爆発。狙われた猿は軸をそらして避けようとしていたが、目の前で爆発し広域に降り注いだ種、果汁の雨に正面から巻き込まれる。
「…………ショットガンかよ」
体重移動で弾道を調整していたようだし、さながら追尾機能のついたミサイルのようでもあった。
『種。果汁。小枝。飛び交う全てを避けてきた男。佐藤聡。彼の放った一房は生き物を戦いに駆りたてた。
「俺に爆発を?やりたきゃ投げてこい。当てろっ!飛び交う全てをここで避けてやる!!」
生き物たちは勝利を目指し、男を追い続ける。世はまさに大爆発時代!!!』
「なんて思っていた時代が、俺にもありました……………」
呆然と、周りで繰り広げられる惨劇を見渡す俺。足下には、同じように遠い目で周囲を眺めている教授。達観した、とても澄んだ瞳をしている。興奮は、すでに冷めている。というか、この光景を見て、若干引いていた。当事者のくせに、引いていた。まあ、それは俺も同じか。
もはやこの戦いは俺の、俺たちの手から離れた。後はただ、この戦いの行く末を見守るのみ。俺たちの間にはそんな、不思議な一体感が芽生えていた。あるいは連帯感、なのかもしれない。
主戦場から少し離れた木の根元に腰を下ろして、静かに、ただ静かに戦況を見守る一人と一匹。まるでそこだけ切り取られたかのように、穏やかな空気が流れている。そんな、事の発端ではあったが、既に傍観者と化していた俺たちの元に、一羽の鳥が降り立った。
一メートルほどあるペリカンの様な大きな幅広の口を持った鳥。重そうに羽を羽ばたかせて戦場を横切ってきた、それは俺たちの少し前に降りたち、ゆっくりと近づいてくる。真っ白で汚れのない羽は、この戦いに参戦していない事を証明しており、その風格も相まって、まるで休戦の使者のようだ。
一歩ずつ、ぺたん、ぺたんと足音を鳴らして近づいてくる彼の到着を、俺たちは固唾を飲んで、待つ。これから起こることへの期待を胸に、静かにその時を待つ。
ゆっくりと時間をかけて俺たちの目の前にたどり着いた白い鳥は、まるで一生のような一瞬の間をかけて俺と教授を見つめて―――――パカッと口を開いた。一人と一匹が前屈みになって、その中を確かめると――――――。一房の、どどめ色の爆弾。
鳥の目がにやりと嗤う―――――地獄への使者だった。
「猿、バリアァァァァ!!!!」
とっさに教授の首根っこを掴み、俺の目の前に。
直後、炸裂。
「ギギイイイイイィィィィィィィッッッッ?!」
「ふう、危ないところだった」
どうにか直撃は避けた。額の汗をぬぐう。三度目となると流石の教授も慣れてきたのだろう。気絶することはなかった。それどころか怒ってもいないようだ。にっこりと笑顔を浮かべて、俺の行動を許容しているようだ。
なかなか人間が出来てきたみたいだな。人間じゃないけど。猿だけど。それにしても猿が笑うとか気持ち悪いなぁ。ん?どうしたんだ?後ろに回って…………。
ガシッ!!
と、突然、後ろから手を取られた。足を絡ませ、羽交い締めにされた。
「おい。何の真似だ。教授」
腕を極められ、腰も固定されている。教授は聞こえていないのか、まったく反応がない。どうにか首を可動域いっぱいまでひねって、後ろを向いて声をかける。
「おい。いい加減にしろ!はやく離―――」
笑っていた。先ほどと同じ、にっこりとした笑顔。うっすらと開いた口が三日月のように、にたりとゆがむ。
俺は、悟った。あれは許しの笑顔なんかじゃない。仕返しの機会を得た事を、その大義名分が出来たことを喜んでいる顔だ。一度萎えてしまった怒りに再び火をくべて、やっと報復できると、心の底から悦んでいる邪悪な笑顔だ。
「キャッキャッキャッキャッキャッッキャッキャ」
上機嫌に嗤いだした。これから起こる事を想像して、嗤わずにいられなくなったのだろう。
ざっ、と正面から音がして、何かの気配を感じて振り向く。ゆっくりと、油の切れた心のないブリキ人形の様に、ギギギギギッと振り向く。そこに、いた。
これまで互いにつぶし合っていたはずの動物たちが、手に手を取り合って、憎い敵を倒さんと、その手に、足に、頭に砲戦果を抱えて立っていた。地面に、枝に、動物の上に立っていた。心なしか、みんな嗤って見える。
「まあ、まて。わかるよ。誰かに怒りをぶつけたい気持ちってのは誰にでもある。だけど、それをやっちゃあ、おしまいよ。負の連鎖だ。悪循環、デススパイラルだよ。だれかが止めなきゃ。復讐なんてくだらないぜって誰かも言ってたじゃん。俺たちは新たな世界の扉を開けないといけないんだぜ。ラブ&ピース。――――アブねっ、おい、固いの投げるな。犯則だろ。雪玉に石入れるくらい犯則だろ。青いの投げるな。せめて熟れてるやつを投げろよ。
いや、やっぱ無し。今の無し。そんなに山盛りいっぱい持ってくるなよ。何でそんなときばっかり仲良いんだよお前ら。おい。投げるなよ。絶対投げるなよ。ふりじゃないぞ。いいか絶対、ちょ。や、投げるなああぁぁぁぁぁぁぁ!ぎゃあああああぁぁぁぁ!!!!」
恨みは返り、復讐は果たされる。世界平和は、未だ遠い。
(続)
二度目の投稿です。




