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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
20/55

人には20てはいけない事もある。触れずに入れない事もある。やるならいつもの自己責任 ~恨みは循環、世は事も無し~ 









 どうにか砲戦果ほうせんかの被害を免れた俺は、木の幹を背もたれに、一時の安息を味わっていた。遠目には、本日最大の被害者である猿が見える。

 流石に二度目の砲戦果については、俺にも責任の一端はなきにしもあらずと言ったところで、しかして野生津物に不用意に近づくことも出来ず、遠目からその動向を見守る事にしたのだ。


 その猿に動きがあった。奇しくも二度にわたる砲戦果災害を体験した猿だったが、二度目となると慣れてきたのか早々に気が付いたようだ。とはいっても、未だその意識は覚醒していないようで、自分の身に何が起こったのかわからずにぼうっと呆けている。

 その様子に、まるで心配したかのように他の猿たちが集まってきている。どこにそんなに隠れていたのか、大勢の猿に囲まれて、それでもまだ呆然となっている紫まだらの猿。


 周囲をゆっくりを見渡して、次に自分の体を眺めて…………あ、匂いに気づいた。そりゃそうだ。匂いの元には事欠かない。なにせ全身紫色だ。これまでの経緯を知らなければ、『珍獣!?新種!?突然変異!?謎の猿、紫まだらを追え!!』と銘打って二時間生放送の捜索番組が組めそうだ。グダグダでつまらないやつ。


 体についた果汁を必死にこすってる。両手で顔をこすってる様子は、おしぼりで顔を拭くおじさんみたいだ。

 そういえば、大学にあんな風に両手で顔をこする講師がいたなぁ。あだ名はマンドリル。鼻筋が異常に幅広で長くて、ぱっと見は馬みたいなんだけど、講義中に興奮してくると、口を全開にして歯茎をむき出して、まるで吼える様に話すその様がそっくりだった。


 それにしても、いくら臭うからってそんなにこすったら、ああ~言わんこっちゃない。匂いも果汁もまんべんなく、すり込まれて、触ったところがどこもかしこも匂い出して………あ、仲間が離れていった。

 

 あれだけ大勢で周囲を囲んでいた仲間猿たちが、今度は引き潮のようにささぁっと離れていく。ただ、いなくなりはしない。遠目から眺めて、つかず離れずの絶妙な距離を保っている。

 近づいていく教授。離れる猿。反対側の仲間に向かう教授。逃げる猿。追っていく教授、悲鳴をあげて逃げる猿。教授の後ろからは逃げた猿が戻ってきていて………。教授が方向転換すると途端に逃げ出す。そして後ろ側で逃げていた猿はまた教授を追ってくる。今、猿たちは教授を中心にして、一定の距離を保った円を描いている。逆制空圏だ。


「………すごい光景だな。教授を中心に空白地帯が形成されてる。ああいう、関わりたくはないけど、興味はある、みたいな野次馬根性って共通してるんだな。さすが猿、人類の祖先」


 あるいは、縁を切っては後が怖いみたいな感覚かな。


 空白地帯の中央にたたずむ教授。走っても走っても、群れにまじることが出来ず、いつしか教授は走るのをやめた。周りには未だ多くの猿の群れ。しかし教授はもう、立とうともしない。

 周囲に仲間がいっぱいいるのにその中に混じれない。群の中にいてなお孤独。独りにも関わらず衆人環視に苛まれて。クサいクサいと避けられて。本当に独りなら、匂いも気にならなかったのに。気づかずにいられたのに。

 いっそ独りであったれば、どれほどよかったことであろうか。誰かがいるから孤独と気づく。誰もいなければ、彼は、彼として生きられたものを。

 下手に集まるから、覚悟もなく関わろうとするから、教授のようなかわいそうな存在が生まれる。

『誰が教授を殺したか。それは彼らと俺が言う。彼らのかわいそうが教授を殺した』



「こうなると、あの背中にも哀愁というものが見え隠れしてくるな……………」


 猿の背中から、世の無常を見る。完全な傍観者として、その行く末を見守っていたとき、ふと―――――


 目が合った。


 気づかれた。目が言っている。語りかけてくる。口ほどに物を言いまくってくる。


『お前か?(目、血走り)』


とりあえず返答してみる。


『な、なんのことっすか、違いますよ~。わたしはなんにも関係ありませんよ~(目泳ぎ)』


さらに返答。


『お前だな(確信)』


『そういえばさっきあっちの方に、なにか逃げていきましたよ。あ、あ、あれじゃないっすかね~(目バタフライ)』


「お前だ!!(ギンッ)」


「………………(ギクゥゥゥゥッ!!)」


ここまで全部アイコンタクト。どうでもいいけど、すっごい充血してる。



 動けない。じっと俺をにらみつけて、動きの一つ一つを観察してる。俺を逃がすつもりはないようだ。猿たちも空気を読んだのか、いつの間にか俺を円の中に入れてしまっている。丸投げだ。全ての責任を俺に転嫁しようとしている。


 興奮して木の枝を揺らし、奇声を上げて煽ってくる。枝や石を手当たり次第に投げ込んでくる。おい、砲戦果はやめろ。爆発するだろ!


 よくある映画の一騎打ち。


 まるでラノベのタイトルの様な表現だが、俺の置かれている状況を端的に捉えているはずだ。あおり文句は『はぐれ猿対はぐれ人 野生と知性の頂上決戦!!』


 えらいことになった。じっと俺を睨めつけてくる教授。出方を覗っているようだ。ここで間違えれてしまったらどうなるか。生か、死か。

 えらい人は言った。人間は猿から進化した。元は同じ。なら、心を通わすことだって出来るはずだ。To be or not to be.


「き~いっ?」


「キキーッ!!」


 ダメだった。怒らせた。たいそうご立腹だ。地団駄踏んでブチ切れる猿なんて初めて見た。

 やっぱり質問調に発音を上げてみたのが良くなかったかな。ここは挨拶から始めた方がよかったかな?よし。こんにちはでいこう。


「きききききっ」


「キィーーーーッ!!!!!!!」


 無理でした・嗚呼無理でした・無理でした。思わず俳句にしてしまうぐらいに無理でした。


「ギグワシャァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 猿からは、およそ聞くことの出来ない鳴き声を上げて怒っておられる。激怒なされていらっしゃる。激怒しながら、ゆっくりと歩を進めてくる。じりじりと、視線をそらさずに、近づいてくる。


「おいおい、そんなに見つめるなよ。なんでそんな親の敵でも見つけたかのような目つきで見るんだよ。そんな目で見るなよ、惚れちまうだろ。まて、まあまて、威嚇するな。歯をくな。アレはお互い、悲しい事故だった。そうだろ。俺は爆発を避けようとしただけ。そこにたまたまお前がいただけ。悪気は………おい、じりじりと距離を詰めてくるな。両手を俺に向けるな、構えるな。

 いや、俺も悪かった。投げた先にたまたま、教授がいただけで悪気があった訳じゃ―――。わかった。全部俺が悪い。謝る。ゆるしてくれ、いや、許してください。だから、その砲戦果を下ろせ。両手に持ってる爆弾の事だ。そうそれだ。………違う、しっぽで持つなんて器用な事するな。わかってやってるだろ。お前。なにそんな純粋な瞳をしてんだ。ぼくわかんないって目をしてるけど、絶対確信犯だろ。わざとやってるだろ。

 ほらみろ、まるで怯えたように震えているじゃないか。早く手放さないと爆発するぞ。泣き出すとかそう言うウィットの効いた意味じゃなくて、本当の意味での爆発だ。わかるだろ。

 おまえっ……………もしかして手に持ったまま組み付いて、俺もろとも爆発しようとしてないか?どんな自爆テロだよ!どんなチャオズだよ!!!潔いにも程があるだろ。獣ってもっとあれだろ、直接的で直情的だろ。なんでそんなところで知恵が回んだよ。そんな死なば諸共無理心中なんてある程度の知能がないと出来ないだろ。

 だめだ、こいつ、追い詰められて自分に酔ってやがる。冷静な思考なんて出来ないやつの顔してやがる。焦点が合ってない、考える事を放棄してやがる。いや、こいつらがどれだけ知能あるのかは知らないけど」


 だめだ。止まらない。ならば奥の手――――――――先手必勝!


「俺のこの手が湿って臭う。お前に投げると震えて爆ぜる。食らえ。必殺必臭爆裂スティンキング(臭っている)フルーツ(果物)ァァァァァッ!」


 足下に投げ込まれた爆発寸前の砲戦果を拾い、教授に向かって投げつける。だが、呆けた状態ならいざ知らず、臨戦態勢の教授にとって、それを避けることは難しくない。俺の決死の投擲は楽々避けられ、教授の後ろ、俺たちを囲っていた猿の集団に炸裂する。

 思わぬ反撃を受け、警戒を厳にする教授。手に持つ砲戦果の振動はまだ、止まっていない。まだ、爆発しない。

 ここで引いてはだめだ、余裕を与えては特攻の準備が整ってしまう。攻めて攻めて攻めて、少しでも注意をそらして時間を稼いで距離を取る。そうして、投げても爆風が届かないところまで逃げてやる。教授!独り寂しく自爆しろ!

 幸い、投げれるものは足下に沢山ある。石や枯れ木、枝に付いた砲戦果の房までも。猿たちが投げ込んできた物だ。それら全部、手当たり次第に、目につくものからどんどん投げつけてやる。


 教授にも、俺の決死の覚悟が伝わったのだろう。近づけない事を悟り自爆をあきらめたのか、周りのものを投げる作戦にシフトチェンジ。事態は大投擲戦へと変移した。


「守ったら負ける。攻めろ!!」


 立ち止まってはダメだ。足を止めた瞬間―――やられる。砲戦果がくる。走れ。走り続けるんだ。木の陰。枝の隙間。通りがかった動物。使えるモノは全て利用して攻撃を避ける。

 向かってくる爆弾を避けるたびに、後方から爆裂音となにかの悲鳴が聞こえる。だが俺には、なにもできない。すまない。みんな、俺がふがいないばかりに…………。


 投げる。しゃがんで身を隠して、投げる。這いつくばって投げるものを探し、また投げる。けして立ち止まらず、常に動いて狙いを外して投擲。だが、届かない。動きは素早く、その姿すら容易には捉えられない。獣特有の俊敏な動きで俺を翻弄ほんろうする。俺も負けじと逃げ回る。防戦一方に追い込まれているが、それでも直撃は避けている。お互い決定打を与えられない。拮抗。状況は硬直状態になる、と思われた。



 その拮抗は、ある乱入者の登場によって、崩された。





(続)

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