19の時はワクワクするけど、二十九になると欝々する。三十九過ぎたら笑っとけ ~我が身可愛や、ひとさま、二番~
被害者にはとっては災難であったが、これでまた一つ賢くなった。こう言ってはなんだけど、俺じゃなくて良かった。巻き込まれないで本当に良かった。しみじみと、まるっきりの他人事のように、そう思った。
さて、そろそろ降りようか。食べ物は欲しいけど少し疲れた。いろいろありすぎたし、あの爆発の影響でもう、この一帯では探しにくいだろうからな。それにいくら移動しやすいとは言え、ずっと木の上にいるというのは想像以上に神経を使う。一旦地上に降りて休憩しよう。
(いつの間にか、けっこうな高さまで来てたみたいだしな………)
ゆっくり、ゆっくりと慎重に枝を伝って降りていき、あともう少しで地上だと、そう思ってしまったのが悪かった。気が抜けた。気が抜けて、力が抜けて、枝にかけていた左足に体重を預けたとき、ものの見事に、あっさりと―――滑った。
「ちょっ」
降りるのに慣れてきていて、手足同時にするすると、枝から右手を離そうとした瞬間に、滑った。全体重を左手一本で支えられるはずもなく、とっさに近くの枝に手を伸ばして、なんとか掴む事に成功。
「ふう、あせった~」
が―――。
掴んだ枝はボキっ―――と、なんとも小気味良い音を鳴らして、折れた。
「なあああぁぁぁぁぁ!!!」
空中で枝に捕まるなんて芸当、俺に二度も出来るわけもなく、折れたその枝を強く握りしめながら、俺は背中から落ちていった。
「かはっっ」
地面にたたきつけられた衝撃で盛大に息を吐く。どこをどうなしてそうなったのか、握っていたはずの折れた枝は、俺の背中の下に入って、背中をしたたか強打。落下の衝撃よりも背部の痛みに、もんどり打ってひっくりかえる。
枝がクッションになって助かった、なんて演出をよく見るけどそんなん嘘だ。痛い。かなり痛い。お世辞にも助かったなんて思えないほどに痛い。
ごろごろとあるいは立ったり座ったり、背を仰け反って、逆に、うずくまって、体全体で痛みを表現する。痛いからって静かに我慢なんて出来ない。ひとしきり、体で痛みを表現してやっと落ち着いたとき、俺はなぜか倒立をしていた。三点倒立だ。意味不明。
いや、おそらく枝を下敷きにして湾曲した背をなんとか伸ばせないかと努力した結果ではないか、と自己分析してみるが、そもそも事故直後の動転した行動に理由をつけることに、はたしてどれほどの意味があるだろうか。
(低いところまで来ていたのは、幸いだった)
落ちた地点に目をやる。かなりの高さから落ちたように感じたが、実際に滑ったところを見てみると、なんだ、それほどでもないじゃないか、と思える。上を仰ぐほどでもない。目の高さよりも低いくらいだ。これがもっと高い所から落ちていたら、と思うとぞっとする。
ふと、滑った足の裏を見てみると、先ほど踏んだ果汁がまだ、こびりついていた。これのせいかと思うと一気に腹立たしくなり、折れた枝に当たる。やつ当たる。足の裏をこすり、こそぎ落として足を下ろして、踏みつける――――――と、何かを踏んだ。
変な感触がした。覚えのある感触。それもつい最近、同じ足で感じた感触。ニチャっと、水っぽい感触。
「ぬああああああああ、このくそ果実ががああぁぁ………………………………あ?」
その感触がさらに苛立ちを上乗せ、カッとなって枝を蹴り飛ばす。弧を描いて飛んでいった枝は、数回、地面を跳ねて止まった。止まった、はずなのに先についた葉だけが、今も止まらずにかさかさと音を鳴らしている。その音が、徐々に大きくなる。
サッ―――と血の気が引くのがわかった。
「………………………」
かさかさと葉を鳴らすその先には、どこから来たのか、異質な程の輝きを放つどどめ色が。
「うわあぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶句のち絶叫。ところにより爆音がなるでしょう。驚きおののき、慌てて距離を取ろうとして、足がもつれて転ぶ。手をつくことも出来ず、打ち付けた痛みもそこそこに顔を上げると、目の前にどどめ色の爆弾。
『棚に黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けてきた奇妙な悪漢が私で―――』
違う!!こんな時に檸檬ごっこなんてバカか。おいおいおいおい!震えている。震えているよ!!!おい!!!!
「いやいや、まさかまさか。大丈夫大丈夫。大丈夫だって。なんだかんだで大丈夫だから。なんでそう思うかって?だって大丈夫だから。大丈夫が大丈夫な理由なんて大丈夫以外に大丈夫でしかあり得ないよ。たとえ大丈夫が美丈夫でも大丈夫だから。だって大丈夫だし。丈夫だってすごいのにさらにその上に大が付くんだぜ。大魔神も大リーグもダイモスもダイターンも大がついてるから大丈夫。グンタマだって大グンタマになったら貴重な産卵シーンだし。大が付いたら何でも最強、今や最強。つまり最強。大丈夫。
それにほら俺主人公だし。異世界召喚されるなんて主人公でしかありえないし。つーか、人はみんなそれぞれその人自身の人生の主人公だから。俺も君もあなたも儂もみんな主人公だから。脇役なんて存在しないの。みんな主役でみんな良い。
大丈夫と主人公が合わさったら無敵。何でも出来るから!!『お前もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね』とか弟さんよ、それはお兄さんに言ってやんなさいな。お兄さん、未だに邪念樹に絡まれながらどこかの洞窟の奥で今も生き続けてるよ。アリガトゴザイ~マス」
とか言ってる間に震えなくなってんだけどおぉぉぉぉぉぉ!!!
もうこれ、爆発秒読み段階に入ってるよね。ちょっとだけ、ちょっとだけだからって、先っぽだけでも入ってるよね。言葉巧みにごまかしてるけど結果はごまかせませんから、残念!!!
せっかくだしカウントダウンしてみる?『こちら種子島宇宙センター。これより種発射カウントダウンに入る』
5
4
3
2―――
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
投げた。全力で投げた。カウントダウンなんてしてられるか。バカか。
砲丸投げの新記録が出るんじゃないかってぐらい真剣に、命がけで、本気で投げた。今なら、全国を目指せる気がする。日本爆裂植物砲戦果投げ選手権。東京都代表。佐藤聡。選手人口、今のところ独り。出場すなわち即優勝。
いや、そうじゃない。そんなことを考えている暇はない。一刻も早く伏せて爆風から身を守らないと――――。
地面に伏せようと頭を抱えた時、遠くに見えた。爆弾を投げた先で、ちょうど意識を取り戻して頭を振っていた猿の姿が。
「あ――――――」
という間もなく顔面直撃、のち爆発。あわれ、猿は頭から種と果汁のシャワーを浴びて、再び気絶。
「………………………」
己の身の安全のために、不可抗力とは言え他者を犠牲にしてしまった。生き物というのはつくづく、他の生物を犠牲にしないと生きられないものだな。緊急避難とは言え、後味の悪さは否めない。
ごめんな。
合掌。
猿に向かって手を合わせて、生存の難しさを説く。ぴくぴくしてるから大丈夫だろう。砲戦果は爆音と果汁はすごいけど、実際死ぬほどのダメージがあるわけじゃないから。あっても爆発の衝撃と種が痛い事くらい。いや、精神的ダメージは半端ないけど。紫の臭い果汁まみれとか想像しただけで泣きそうになるのだけれども。
(続)
本日二度目の投稿です。