桃栗三年柿八年、梨と柚子は16年、人間、実るの何年だ? ~森の入口、話は迷宮~
目の前のいっぱいの大自然に向けて恨み言を漏らしながら、やっとの事で森に到着した。森なのか林なのか、それに明確な違いがあるのか。議論を要するテーマだがそんなことはどうでもいい。そんなことより、腹が減った。いい加減、腹が減った。
今何時だ?時間を確認し――――止まってる。とうとう、スマホの電源も切れたようだ。これでこいつはただの板。表面をスベスベして楽しむことしか出来ない。もう、どれだけ時間が経ったのかわからない。
太陽は………真上。と言うことはまだ、昼前なのか?おかしい。塔の中をさまよって、もうどれほどたったか、わからなくなっているけれど、少なくとも出発した時も太陽は真上にいたと思う。
おかしいことが多すぎる。そして、答えが出ないことも多すぎる。考えても仕方のないことが…………とりあえず、進むか。
平時なら何の準備もなく森に入るなんて絶対にしたくはないのだが、そうも言ってられない。待っていても状況は変わらない。むしろ、日が落ちた森の中を歩く方が格段に怖い。絶対に無理。ありがたいことに木々は数こそ多いが、背の高い種類ばかりで歩くのに邪魔な草は生えてない。木の根に埋め尽くされて、生える場所すらないとも言えるが。
森を進んでしばらく、ほのかに何かの匂いが香ってきた。
(森は独特の森の香りがするっていうけれど、この香りがそうなのか?なんか酸っぱい。香りと言うよりも匂いだが………。いや、これは違う。酸っぱ臭い)
絶対に森の香りじゃない、森では嗅げないような強い酸味の匂いが漂っている。
(森の香りなんてトイレの芳香剤でしか聞かないけれど、絶対違う。これじゃない感がすごい!)
発生源が何かはわからないけれども、広くまんべんなく香ってくる。何だこれ。
「花?果物?食べれるものとは思えないぐらい強烈なんだが」
鼻を押さえ、視線を上に向けようとしたとき―――――
「ギャッ―――」
何か音がした。風船が割れたような破裂音と、獣の鳴き声?
ドサッ―――
次いで、後ろの方で土嚢を投げ捨てたような重たい音がした。反射的にそちらをふり向くと、何かの影がさっと目の端を横切った。ソレはそのまま木を駆け上がり、高く遠く見えないところまで行ってしまった。
「なんだ…………」
先ほどの悲鳴と破裂音。それらを考えるにおそらく、ソレが落ちてきたのだろう。上で何かがあって。素早く木を登って行ったところをみると、常在的に木の上で生活している動物、リスとかサルとかそんな類いか。
「音の大きさからけっこうなサイズだとは思うのだけど………」
見えなくなってしまったが、まだそんなに遠くには行っていないと思う。木々の間を目をこらして探すが、見つからない。ただ、時折、遠くから鳴き声のような音や、落下音のような鈍い音が何度も聞こえてくる。
「なんの音だ?」
その原因は見当たらない。現場を抑えられない。何かが起きているようだという事はわかるのだが。
狩るのは………は無理だろうな。例え見つけたところで、あれだけ素早いと捕まえるのだけでも一苦労。仮に狩れたとしてもさばけないし、火もおこせない。生肉を食う勇気もないし。
なら、果物か――――――。
「あ」
見つけた。ふと見上げて、すぐ果物らしきものの影を見つけた。少し遠い。手の届かない位には高い、木の上になっていた。
他に、手の届く範囲にはなっていないか、探してみたがやはり手の届く範囲に実はないようだ。やっぱり、登らないと取れないか。
「登るしかないな」
登りやすそうな木を探す。低いところには枝が生えていないので自然と、上を向いて歩く形になる。そうして、足下への注意がおそろかになって、何かを踏んだ。左足からニチャっと、柔らかい物をつぶしたような感触がした。水っぽいその感触に驚き、とっさに足の裏を見る。
「うぇっ、犬のウンコでも踏んだか?」
とっさにそう思って、いやいやここに犬はいないと、かぶりを振る。足の裏には水気がついていたが、何かはわからない。少なくとも犬のうんこではないらしいが。地面にもそれらしい物体は落ちてない。その代わりというべきか、泥のようにぬかるんでいる場所を見つけた。
思い切って、足の裏の匂いを嗅いでみる。いや、嗅がなくてもわかる。足を裏返してみただけで匂いが立ちこめてくる。酸っぱい匂い。
(クサッ!!………………………ん、この匂い、森の匂い?)
森全体を覆っている匂いが、自分の足の裏から臭ってきた。足の裏から酸っぱい匂いがした。
「いや、言い方。それだと俺の足がクサいみたいに聞こえるだろう!」
一人ボケツッコミ。満足。超満足。自己満足。
(うへぇぇ)
そんなことをしても事態は変わらない。漂ってくる匂いに、たまらず、近くにあった木の根に足をこすりつける。がりがりと、こそぎ落とす。
はたして匂いは取れたのか、それとも鼻が慣れたか………木の根の隙間から蟻のような虫が集まっている。虫にはこの匂い、平気なのだろうか。
(ここを踏んだんだろうけど―――)
足下のぬかるみに目をやる。靴の形に足跡がついたそこは……………臭い。ぬかるみに注意を向けた途端、森の匂いがきつくなったように感じる。
(まちがいない。これだ)
匂いの発生源がわかった。土に混じった水っぽい何か。これが匂いの原因だ。犯人を特定して、周りを見渡すとあるわあるわ、土の上、木の幹、根っこ、葉に岩の上。所構わず、様々な場所に匂いの発生源、汁っぽい何かがついてる。間違いない。これがこの森の匂いのもとだ。森の香りと名付けよう。
(なんだ………ここは地獄かなにかなのか)
気を取り直して登りやすい木を探していく。
「ここなら登りやすそうだな」
見つけた木は、胸の高さで大きく二股に分かれていて、俺でもなんとか登れそうだ。
木の股に手を置いて、足で反動をつける。一気に体を上に引き上げて、地面を蹴って跳ねる。枝を掴み、木の股に足をかける。勢いをつけすぎて倒れ込みそうになるが、幹に抱きついて堪える。
同じ要領でさらに上を目指す。地上二メートルほど、目の高さだとさらに一メートル強。たった三、四メートル高くなっただけで、だいぶ高い所に来た気がする。
(さっきまで、下が見えないくらい高い階段を上っていたのにな………)
階段に比べても全然低いというのに、高いところにいるという恐怖には全く慣れる気配がない。そんな自分が我ながらおかしくって、口元がゆがむ。恐怖で引きつっているだけかも知れないが、そこは俺の体裁を保つ意味でも、笑ったとしておきたかった。
(続)
活動報告でお伝えしました通り、本日よりしばらくの間、一日二話、分割にて投稿いたします。