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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
13/55

我が身、1の3、どちらも大事 ~高いところはご勘弁~







 一歩ずつ、慎重に登る。右手を壁についてゆっくりと。足を踏み外したら、掴まるものはない。転げ落ちるか、そのまま落ちるか、どちらにせよ文字通り一巻の終わり。

 注意をすればするほど、緊張で体がこわばっていく。呼吸も荒々しい。手や足の裏に汗がにじむ。脇もじっとり。

 服は乾いている。生乾きで重たい服のままで登るのはイヤだったので、休憩を取った。九十九連部屋を踏破した疲労もあったし、なにより靴を乾かさないと滑ってしまいそうで怖い。

 そういえば、あの連続部屋に名前をつけた。何時までも連続部屋と言っててもわかりにくかったからだ。なので命名:九十九部屋。九十九と書いてつくもと読む。九十九(つくも)部屋、言いやすい。まあ、実際には一部屋足りないのだが、ゴロと言いやすさを優先した。異論は認めない。あるなら代案を出せ。


 そうして、万全の体制を整えて現在、左巻きに上がっていく階段に挑んでいる。隙間から見える階下が徐々に遠くなり、比例して恐怖が近づいてくる。

 壁に手をついて進めば、バランスがとりやすく楽に登れるのではと考えただが、まさしくその通り。手をついている分、上体の動揺は少なくてすむ。だがその代わり、足元に注意を向けなければならない。櫛のように多く生えているとは言え、隙間なく埋め尽くすほどではない。むしろ、隙間は多い。棒と棒との間隔が広い。壁の曲線に合わせるように突出しているため、カーブがきつく一歩ごとの幅が広くなっている。下が見えやすい。

 かといって、中央付近は幅こそ狭いものの、体を支えるのは純粋に足と体幹の筋肉のみ。足首と膝と腰、上半身のバランスが頼り。ちょこちょこ上がるのもメリットとは言いがたい。両足の幅は狭いより広いほうがバランスを取りやすいのだ。まあ、だからといって大股すぎれば今度は横の動きに弱くなるのだから、ものには限度が必要だけど。

 だからって、横になって猫やそのほかの四足動物のように、四足で這って進むのは論外。人間はそう言う動きになれちゃいない。慣れてないことは失敗する。いくら下が見えて怖くても、カベに手がつける方がいい。

 それに、中央付近は揺れるのだ。海賊の水没刑の板のようにびよんびよんと。思わず飛びたい気分になる。下は海じゃなく、石床だが。

 


 いつからだろうか。カベに植物の蔓がへばりついている。いや、蔦か?蔓と蔦の違いを俺は知らない。誰か知っていたら教えて欲しい。その蔦だか蔓だかが細く長く、あるいは太く、しかしびっしりと毛細血管のように壁中を這っている。壁から壁に階段すら巻き込んで張り巡らされている。

 落ちても暴落ネットのように支えてくれるんじゃないかとも思うが、流石に実験する勇気はない。死ぬような経験など溺れた事だけで十分だ。落下死なんて体験したくもない。それよりも…………。


「どこから来ているんだ?」


 この植物は一体どこから来ているのか。それの方が気になる事ではあった。いままで生物の気配なんて一切なかったというのに、いつの間に表れていた。あの体育館の様な中枢に蔦などなかったことを考えると、階段を上っている間のどこかで現れ始めたことになるのだろうが、記憶がない。

 まあ、そのこと事態はなんの不思議もなく、ずっと足下ばかり気にしてきたからだとは思うけれども。


 この塔に、少なくとも下の階に植物の気配はなかった。トイレに水こそあったが、そこから水分を得ているとも考えにくい。カベも床も天井も木の根どころかひび割れ一つなかったのだから。


「下にない以上あるとしたら上か」


 上階に何かがある可能性が深まった。それも植物だ。今はまだ、蔓や蔦しか見えないがもしかしたら、もっと上に行けば果実があるかも知れない。芋みたいな物があるかもしれない。食い物があるかも知れない。そう思うだけで、登るモチベーションは上がる。落ちないように気をつけなければならない現状は変わらないが、しかしそれでも俺の足は気持ち軽やかに進んだ。



 細く小さかった蔓は進むにつれ、次第にその様相を変えていった。より太くより長くより大きなものに。あるものはカベがひび割れるほどの痕跡を残し、あるものは階段をつなぐ架け橋のように這う。

 ツタを登ってショートカットしようかとも思ったがやめた。ちらりと見えた下の様子に、底の見えない暗闇に、考えを改めさせられた。

 いつの間にやら、かなり高いところまで来ていた。中央に鎮座していたはずの引退した元相方ダイちゃんこと、通称台座が米粒ほどにも見えない。


「これは下手したら死ぬなぁ」


 ツタを登ることをあきらめたが、もし落ちたときにはそこかしこに張り巡っているツタを掴んで、インディージョーンズごっこをすれば助かるかもしてない、なんて暢気な事が頭によぎったのは内緒だ。男の子は誰だって一度はあこがれるのだ。ターザンだったりインディージョンズだったり。帆船のマストから飛び降りるのもいい。シチュエーションはとにかく、ロープ状のものを掴んで揺られたいのだ。あーああーー。




「おかしいな。そろそろ何かしらがあるはずなんだけど。蔓も太く大きくなってるからなにかあるとは思うんだけどな………」

 これだけ上がってきたというのに、植物の根や蔓以外の部分が一向に見えない。発見出来ない。フラグ。あるいはお約束。『やったか?!』とか『この攻撃は耐えられまい』なんて口にしたら十中八九効いていなかったり、今まで地味だった人物がいきなり脚光を浴びたと思ったら、案の定次回死ぬとか。いわゆる予定調和。最近ではその予定調和である所まで含めてネタになっていたりする。つまり、何が言いたいかというと、何かあるはずと発言した、すぐあとに何か発見するのもお約束というもので………案の定、俺はそれを発見した。階段が続く壁の一部にぽっかりと空いた横穴を。



 階段を登っている時にはそこに横穴があるなんて気がつかなかった。

(当然だ。落ちないように足下にばかり注意が向いていたのだから)

 穴は、中学生が五人横一列で自転車を走らせてても、まだ余裕がありそうなくらい広い。

 あれはうざい。クラクションを鳴らしても睨むだけで避けないから本当にうざい。教習所の路上講習で初めに教わったのが中学生チャリに気をつけろ、だった。

 車道でやられたら舌打ち必須な所業だけれども、今なら笑ってハグ出来る。逃げても追ってハグをする。

 もう随分人に会っていない様な気がして、道が広いという情報だけでも、自分の境遇とつなげてしまう。つなげてしまえる。


(いっそ狭い方が一人を実感しないでいいって言うのに………)


 無駄に広い横穴に独りごち、奥を見つめる。蔦とか蔓とかが張り巡らされていて、それを避けないと奥までは見えそうにない。それも見つけられなかった一因なのだろう。

 中には入らない。奥に何があるのか、何が待っているか確かめてからじゃないと安心できない。それに階段の上で姿勢を変えるのも一苦労、横穴から階段に戻るのも気を遣う。油断すればその瞬間足を滑らせて奈落に吸い込まれてもおかしくないのだ。

 カベに手をついて奥を確かめる。一面に蔓やツタや根に覆われている。最初に来たのが水のトンネルならここは木のトンネル。縦横無尽に張り巡らされていて視線を妨げられる。じっと奥を見るが、ここからでははっきりとはわからない。ただ、奥に行くに従って植物の量が多くなっているように思える。


(植物の元がここなら、木の実と言わずとも最悪、根っこがあるかも知れない。そこらにある太いやつじゃなくて比較的若い、ゴボウとかにんじん、レンコンみたいなのがあれば………芋系があれば最高)

 ちなみに蔓や蔦は既に試している。表面を服でこすって汚れを落としてかじってみたが、ダメだった。若い芽や葉は無く、茶色くなって年数のありそうなのばっかりで、固く、ただひたすらに固いだけ。

 小さく噛みちぎって口の中で唾液でふやかそうともしてみたが………うん、根っこだね。そんな感想しか出ない。木の味がした。木片。みんな一度はかじったことがあるだろう?なければかじってみればいい。机とかいすとか、木の確保には苦労しないはず。鉛筆とか、木片と黒鉛でひと味で二度おいしい。何があっても自己責任で。


「行ってみるか。どっちにしても疲れたから、座れるだけでもめっけもんだ」


 落ちないように注意して横穴に入る。足の長さ(俺の靴のサイズは二十七)ぴったりだから、足場の幅もだいたい同じくらいだろう。そんな狭い足場で方向転換して移動するなんて、まるで人間競馬・鉄骨渡り、落ちたら死ぬ。ざわ……ざわ………ざわざわ、ざわわ………。

 そんな一人カイジごっこも演出も必要なく、一歩踏み出して横穴に入るのだけどね。今になって気がついたんだが、そもそも俺は壁側を歩いていたんだった。よかった。



 しかし、歩きにくい。床は根っこでぼこぼこ、進むにも先をふさぐツルを引きちぎらなければ、ならかくてなかなか先に進めない。しかも無駄に太い、硬い。

 邪魔なツルを押しのけかき分け引きちぎり、なんとか先に進むと奥に何かを発見。それは人工物が見えた。

 昔、探検部の友人が言っていた。探検先の場所で明らかな直線や直角の何かを見たら人の手が入っているかもしてないと疑え。もしかしたら大発見が出来るかもしれない、と。大発見なんてしたこともない友人が言っていた。

 だから、今見つけたそれを人工物と判断したのも、友人の助言によるところが大きい。うん。直線的で直角的、友人の助言と完全に一致している。そしてさらにだめ押し、そんな直線で直角な物体にドアノブがついていたのだから、これはもう人工物以外のなんだというのかね。

 うん、わかっている。ドアノブがついている時点でわかれよと、そう言いたい気持ちは十分にわかっている。得意げに話してた友人に花を持たせただけだ。そしてそれ以上に、もう、いい加減、ドアノブを見るのもウンザリで、存在そのものを認めたくなかったのだ。


「はあ、ドアノブ………………ノブ。今度はちゃんとしてるんだよな?」


 なんて、ため息交じりに、げんなりしながらも目の前の物を調べる。

 木製の重厚な扉。表面に彫刻で独特の文様が刻まれている。なにかを表しているようにも、ただ線を組み合わせただけにも見えるが、よくわからない。美術史は専攻していなったから。日本の文様とは趣が違う。どちらかというと海外、だけどアジア圏や西洋圏でもなさそうな感じ。

 じゃあ、どこだよ、なんて言ってもわかんないけど。あくまでも『っぽくない』というだけで、もしかしたら専門家から見たら除外した地域に似たものがあるのかも知れない。


(植物とか、動物とか物語を象徴していればわかりやすいんだけどな)


 とりあえず、わかるのは今までのドアと違って誰かが何らかの感情やら何かを込めて作られた事。そうでなければ、ここまでびっしりと彫ったりしない。余白を探す方が難しいほどにびっしりと表も裏も装飾であふれている。それでいて、調和している。どこを取ってみても不調和な部分がない。病的なほどに。

 無感情ならここまでの装飾など必要ない。それこそ下で見たように、板にノブをつけただけでいいのだ。

 ノブもこれまでの安っちい、棒きれや丸いだけの回すタイプじゃない。古い洋館にありそうな金属製で彫刻のされたアンティーク調のハンドルタイプ。握り込みやすい大きさながらも中は空洞で軽さと彫刻の美しさ、操作性の全てをそろえている。俗っぽく言うなら、高そう。


(そうだな、ノブと言うには安っぽくて違う気がする。これはハンドルだな、あるいは取っ手)


 引っ掻いてみる。高そうと言っておきながら傷をつけようとするのも大概だが、調査と言い張れば何をやったって許されると誰かが言っていた。そう探け―――やめよう。

 傷はつかない。扉の木の上から何か塗っている。質感や用途からニスの様なものなのだろうけど。彫刻と相まって随分と手をかけている印象。それだけ重要なもの、ということだろうか。


 なんでこんなものがこんな所にあるのか。不思議だ。開けたら壁だったなんてのも大概だったが、ここもなかなかのもんだ。なんせ、この扉は何も隔てていないのだから。


 何も隔てていないとは言葉通り。簡単な事だ。その扉は壁に埋め込まれてもいなく、横穴の奥、少し広くなった空間の真ん中に、ただ立っていたのだ。

 置かれていたと言った方が適切だろうか。扉としてのなんの役割もおっていない、何も隔てていないそれを果たして扉と言っていいのかさえも疑問だ。

 誰かがどこかから引っぺがしてきてここに置いたのか?なんのために?なんで立てた?いや、むしろなんで立つんだ?

 足下、扉の接地面を見てその疑問はすぐに氷解する。倒れない様に扉を支える足があった。前にも、後ろにも倒れないように、そして美観すら損なわないようにこちらにも彫刻がなされている、見事な足。


(引っぺがしてきたわけじゃない。これは初めからこうして立たせる事を前提に作られている?それにしても………)

 

「どこでもドアだとでも言うのかよ」


 全く、意味がわからない。見れば見るほどわからなくなる。そして、もう一つ。接地面を見て気がついたのだが、この扉の周りだけ、まるで避けているかのように蔦が這っていない。扉を中心に円を、いや、球を描くように蔓が、蔦が広がっている。


 気味が悪い。階下で見たどのドアよりも異質なそれを、俺は開けることをためらっていた。

 普通なら、その先にはなにもない。ただ、横穴の奥を扉の枠越しに眺めて終わりのはずだ。それ以外、あるはずがない。けど、予感がする。そんなことにはならない。そんな普通の事は起きない。

 マーフィーの法則が俺にそれを告げている。奴が、俺に告げている。

 それほど重大な法則でもないはずの法則が、まるで重要な法則であるかのように語られている。そんなおかしさに、我ながら思わず苦笑してしまう。苦笑いだ。


 そもそもが、ここはおかしいんだ。九十九部屋が良い例だ。期待はしない。なんせ、前例が前例だから。はじめはカベ。次は対面トイレ。その次はなんだ?ベッドルームか、風呂か。どうせならキッチンにして欲しいもんだな。冷蔵庫に食べ物がたっぷり詰まった、ガスコンロや炊飯器に電子レンジなんかも完備してる、最新式の対面キッチン。

 ……………無理だな。知ってる。もうあきらめたよ。好きにしてくれ。



 投げやりな気持ちでハンドルに手を伸ばして、開ける。ガチャリと重厚な音がする。少し重たく感じるが、力を入れると存外すんなりと開く。

 

 開いた途端、ふわっと。空気が動いたのを感じた。匂いがした。風が吹いた。心地よく乾いていて、少し湿った草木の匂い………わずかに細やかな砂が運ばれてくる。

 若草色の、若葉の香りを乗せて、風が吹く。強めの風が俺の髪をもてあそび、思わず強く目を閉じる。

 目をつぶったまま、強く、扉を開く。周囲の空気が一新されるのを肌で感じて、俺は、一瞬ためらい、次の瞬間、意を決して両目を開いた。



 そこには――――――果てしない大地が広がっていた。




(続)


お待たせしました。予告通り少し遅れての更新です。

今後もしばらくは、この時間で更新する予定です。

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