1と2は恩を売っておけ。忘れたときに取り立てろ ~探索続くよ、どこまでも~
なんかいろいろと、頭がこんがらがってきた。一度整理しよう。
まず、ここはおそらくエルと出会った場所、あるいはそれに類する場所。エルは塔を作るために呼んだと言っていたから、おそらくここは塔なのだろう。
前後左右上下、六方向を石作りの壁、床、天井に囲まれている。青空へと続く壁を北として、南に隣部屋に続く隔壁。その先には同じ部屋が四連続。西にカベに直結したドア。東は対面式トイレ。
北と南は一見ただの壁だが、よく見ると一つずつボタンがある。南は隔壁の昇降ボタン。北は隣部屋のパージボタン。押すと落下する。外に繋がっている方を文字通り外側とするなら、ボタンを押すと外側から順にパージできる作り。そして隔壁の操作ボタンも部屋と一緒にパージされるから、二度と閉じることが出来なくなると言う構造上の欠陥。
隔壁を越えた隣の部屋は全く同じ作り。現状、落ちた一部屋を含めて、六部屋が一直線に連続している事が確認済み。どこまであるのかは不明。
雲海の上に位置しており、現在の高さは不明。上に続いているのかも不明。
食料はなく、水はトイレのみ。服は長袖シャツにジーパン。しっとりしている。海に落ちたので。
ネジ巻き式の時計があるが、ネジを巻き忘れたので止まっている。水は入っていない事を祈る。スマホは水に浸かって故障。起動するがタッチ機能が死んだのでパスワードを解除できない。なので現状、日付と時計の機能しか使えない。充電は出来ないので切れたらおしまい。エルは呼んでも反応なし。
こんな所だろうか。
そうだ、隔壁について一つ注意が必要だ。隔壁は内部からしか操作できない。だから、隔壁を下ろしている途中に隣の部屋に行ってしまうと二度と前の部屋に行くことが出来ない。閉じ込められる事はないが、後戻りは出来なくなる。現状、リスクは見当たらないがよけいな手間を増やしたくないので、とりあえず全部の隔壁を開けている。
さて、どうしようか、なんて考えるまでもなく方針は決まっている。隔壁を開けて次の部屋に進む。一体どこまで続いているのか、何があるのかはわからないが、ここにいるよりはましだろう。
大抵の場合、パージはいらないものを排除するために行う。重要箇所を守るために、価値の低い場所から排除していく。なら末端から順に外していく作りにしていく、はず。だからこそ反対に、外を背に隔壁の方へと進んでいけば、いずれ中枢部にたどり着くのではないか、と期待をしている。
それでなくても食料の確保は急務だ。特に水だけは急がないと、ここにいては本当にトイレ摂取する事になりかねないのだから、移動する以外の選択肢など元からないのだ。
「よし、行くか。迷わないように部屋を数えていこう。一部屋落としてしまったから、今いる一番端っこを一として」
現在何部屋目なのか知っとかないと、後々面倒になるかも知れないし、はっきりした数字がないと想像以上に広く感じてしまいかねない。そうそう何度も、パニックにはなりたくない。動転することはあっても何も、わからなくなるほどのパニックはごめんだ。
今、十五部屋目か。全く変わらない。トイレも。カベドアも。何か変化があるかもしれないからと、一つ一つ調べて進むから時間がかかる。成果はない。全く同じだ。
しかし、一体どういう意図で作られたのだろうか。研究室?牢獄?住居?隔壁の操作は内部からしか行えないのだから、ある意味プライバシーの保護というか、引きこもりニートの籠城作戦には有用なのかも知れないな。
まあ、例え隔壁の開閉権が内部にあったとしても、パージボタンが外にあるのだから、誰も部屋の中に居たいとは思わないだろう。引きニートなんて、躊躇なくボッシュートされるだろう。俺だってもしここが自宅のアパートだったなら、隣が壁ドンしてきた瞬間一発でパージだ。強制排除してやる。
現在、四十九部屋目。いい加減いらいらしていた。頭がおかしくなりそうだ。足音と開閉音と文句。それだけが先ほどから俺の耳を刺激している全てだ。ピヨピヨは聞かない。あれはダメだ。一つ発狂して蹴り壊した。もう、鳴らない。鳴らさない。
あれだな。三十辺りでどれだけ早く確かめて、次の部屋に行けるのか試していたからな。一人タイムアタック。あれがいけなかった。あれでけっこう体力消耗したからな。慌ててて引き戸と開き戸を間違えたり、間違って壁にぶつかったり、今思うと何やってたんだと思う。まあ、その瞬間は熱中してて、気にもならなかったんだけどな。
三十秒の壁が大きかった。全力疾走してドアを間違わずに行っても、最後の隔壁がネックになった。途中、初めにボタンを押してからドアを調べる作戦も考えたが、そこでかかる移動時間よりも、隔壁が開きはじめた時に匍匐前進で進んだほうが早いと気づいた。
そして再トライ。全てを完璧にして、匍匐前進。隔壁が背中に当たりながらも、地面に体を密着させて前進。抜け出して規定の場所にタッチ。体感時間二十九秒ジャスト。
「いぃっやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
拳を挙げて、勝利のポーズ。決め。大声を上げて、自らの健闘を称えた。一人、健闘を称えてヒ―ローインタビュー。直後、素にかえった。我に返って恥ずかしくなった。赤面しそうな程、恥ずかしくなってむなしくなった。自分は何をやっていたのかと。
そして、現在に至る。もう左右のドアは確認しない。隔壁が開いたらすぐに直進、開閉ボタンを押して、開いている途中でもかまわず、くぐって次に進む。そして再びボタンを押す。いっそ、ここまでの部屋、全部パージしてやろうかと言う気にもなってくる。どれだけの轟音を奏でてくれるのか楽しみだぜ。
流れ作業の工場で働く人は、無心になるという。だが、それは嘘だ。経験者が語る。つまり俺だ。昔、日雇いバイトで、工場の流れ作業をやったことがある。ガラケーの組み立てとか、冊子のラベル貼りとかだ。安い仕事だった。教訓はあったが、仕事で学べたことはない。これもその一つ。流れ作業は無心にはならない。むしろいろいろと考えてしまう。
何でここにいるのか。何でこの仕事を選んだのか。下手をすれば、自分の存在意義を疑ってしまう。哲学だ。自己分析。エントリーシートがはかどるぜ。一度、作ってみようか。流れ作業の中で、自分自身を見つめ直す。禅寺のように。流れ作業セラピー。工賃は出ない。参加費は貰う。
そうやっていろいろと考えていると失敗する。心ここにあらずの状態だから当然だ。ただ、失敗しても自分で失敗したと言う感覚も記憶もないので、注意されても全然響かない。誰か他の人の失敗じゃないっすか?とか思ってしまう。
だから、余計なことを考えて失敗しないように無心になる。必死に無心になるように努力する。努力して、無心にするのだ。
自分は穴に刺さった小さな棒に、バネを置くだけの機械。リズムよく。テンポよく隣に流す。早すぎても、遅すぎてもダメ。大事なのはリズム。
バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。
バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。
バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。
バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを置く。
下手に個性を出すと全部狂う。
バネを置く。バネを置く。バネを置く。バネを買く。バネを置く。
バネを置く。スプリングを置く。バネ置く。バネを置く。発条を置く。
バネを左へ受け流す。バネを置く。バネを置く。バネをライドオン!バネを置く。
バネを置く。バネを置かないで、戻さない。バネを置く。バ神を置く。バネを置く。びよーんっ!
なぁ?大切なのはリズム。俺もそう。人生はルーチンワーク。現在八十三。無心無心。
人は整ったものに価値を見出すのだそうだ。線対称、点対称、お揃いの制服、同じ動作。ランダムの数字を加減乗除でどうにか十やゼロにしようとしたり、○ナカナが言葉をそろえたり、まだかな~って言ったり。キリ番とかもそうだ。
俺もそう。この代わり映えのない風景の連続に、意味を見出したい。あと四つで百部屋だ。記念すべき百。この百は小さな百だが、俺にとっては大きな百である。意味不明だが、こうなると絶対に百まで行きたいと言う気持ちは伝わっただろう。
中途半端に終わってほしくない。絶対終わるなよ。百まで、百までだぞ。
そうだ、良いことを考えた。カウントダウンをしよう。
「九十七、九十八、九十きゅ―――えっ?!」
広い部屋だった。いや、これを部屋と言って良いものか、これまでの部屋は目算………え~っと………広かった。小学校の教室を正方形にしたくらい。広いは広いがそれでも部屋だったが、ここはそんな規模じゃない。具体的な数字はわからない。広すぎて数字がイメージできない。
例えるなら………体育館。そう、体育館だ。奥行きが広くて何より高い。高すぎて天井が見えない。カベは高さ十メートルくらいまでは正方形なのに、それを過ぎると徐々に円柱に。壁から角材の様な棒がびっちりと生えており、まるで櫛の歯みたいだ。
(あるいはSF映画に出てくるワーム。円形の口の外周に歯がびっしりしてる感じ)
その歯のおかげで本来もっと大きいはずの円柱の直径が、ほとんど埋まって小さく見える。
それはそうと。このときほどマーフィーを憎んだことはないと、後世の俺は述懐する予定だ。エディの方ではないと注釈も入れておく。
その時の俺の気持ちはというと、改めて語るのもバカバカしい。すべては『えっ?!』に詰まっている。詰まってはいるが、それでもあえてバカになるとすれば、まあ、単純に期待外れと言うのが正しいだろう。『期待外れとはこういうことだ』と、まるでお手本のような期待外れだ。
本来なら、やっと無限ループから解放されたと喜ぶべき状況なのだろうけれども、そんな気持ちはとっくに過ぎている。
こちとらいつまで続くかわからない部屋の連続に辟易して、それでも足を止めないために百部屋なんて目標を作ったのだ。それをギリギリでかっさらわれ、謝罪こそされども、感謝しろと言われる筋合いはない。
お約束は乱用されると冷めるが、外されるとそれはそれで気持ちが悪いものだ。この場合、外されているのはお約束なのか、そうでないのかは論議が必要だが、気持ちとしては、かなり気持ち悪い。怒りが沸く。
ちなみに落ちた部屋を入れたとしても、九十九部屋しかない。元から一部屋足りないのだ。中央のここを含めるとちょうど百とか言うやつは自害しろ。全部同じ部屋だから価値があるんだ!
(全くここを作ったやつは一から十まで全て外してくる。わざとか?喧嘩を売られているようだ)
叫んだところで何もない。怒声が広い天井を反射して、やがて聞こえなくなる。それだけだ。未だに怒りは泉のようにこんこんとわき出てくるが、だからといってそれを向ける先もない。飲み込むしかない。大人しく、大人になるしかない。
フロア中央に何かを発見。それはこの塔に来て初めての、何か意味のある物に見えた。胸の高さほどの大きさのモニュメント。或いは台座。長方形で演台のように上部だけ角度がついている。
(こちらもSF。手を置いたら乗っている船を思いのままに動かせる未来の操縦席。ちょうど、置きやすい角度だし)
その気になって手を置いてみるが―――何も起きない。
「まあ、そりゃそうだな」
王家の証もないので、人がゴミのようになることもない。
何もなさそうだ。出てきた場所以外に、出入り口は見当たらない。どこにも繋がってはいなさそうだ。もしかしたら、来た時と同じように隔壁の操作は片方からしか出来ないのかも知れないが、そうであればこちらからではどうしようもない。
(ゲームなんかだとこういうときは………やっぱりこれかな~)
基本的にゲーム知識に頼る形になっている気がする………大丈夫。映画でも大体同じ展開だ。台座をねめつけながら、見下ろす。手を置いても意味が無いのは確認済みだ。
(まあ、いろいろやってみよう。なにか反応があるかも知れない)
トライアンドエラーだ。
手を置く。撫でる。ひっかく。さする。つつく。くりくりする。ぺちぺちする。チョップ。キック。ドロップキック。ミサイルキック。パロスペシャル。ブレーンバスター(俺がされる側)。筋肉バスター。ベルリンの赤い雨。右手は添えるだけ。ペガサス流星拳。マッスル・インフェルノ!天翔龍閃!!か~め~は~め~波ァァァァァ!!!!フタエノキワミ、アッーーーーー!!!!!!!!」
「ダメだ。全然反応しない。途中から小学生のごっこ遊びになってたし。いやいや、暴力的な事じゃダメだな。もっと紳士的にならないと」
ちなみに二重の極みは当時、本気で練習した。右手の指が砕けた。微少骨折。四指同時に。一時期、あだ名は左之助になった。微笑、いや、微妙だった。
「よう、元気?最近どう?いい台座してる?」
声をかける。挨拶をする。
「俺、大学入学で上京したんだけどさ―――」
世間話をする。
「学校は、楽しいか?勉強はちゃんとやってるか?好きな子出来たか?」
「なあ、そろそろ一言ぐらい話さないと、社会でやっていけないぞ」
「頼むよ、俺の顔を立てると思ってさ」
「おいこらぁぁぁ!!!!しゃべらんかいや、おらああああ!!」
「すまん。言い過ぎた………でも、お前の声がききたいんや」
「喋ってくれよ。お願いだから」
「どうも~台ちゃんで~す。しーで~す。二人合わせてダイシ~ず、で~す。よろしくお願いします~。いや~それにしてもこの相方全然しゃべらんのですわ」
「………」
「なんか喋れよ!!」
「………………」
「やあ、みんなこんにちわ。ダイちゃんだよ~(裏声)」
「………………」
「ツッコめや、ボケろや。お前の存在価値今ゼロやぞ!」
「………………」
「ナンデヤネン、ナンデヤネン(裏声)」
「………………」
「………どうもありがとうございました~」
説得する。忠告する。お願いする。恫喝する。謝罪する。懇願する。漫才をする。Mー1に出る。復活優勝する。正月から四月まで休日無しでドレ――――労働をする。飽きられる。一発屋として懐かしまれる。ピン芸人になる。
「おれだって昔はな………グス………。いやいや、何言ってんだ。なんで典型的な一発屋人生劇場開演してんだよ。調べる。調べんだろ。台を」
気を取り直して、調査を再開する。が、もうあらかたやり尽くした感も否めないんだよな。いい加減くたびれたよ。
疲れて台座によしかかる。体重をかけてもたれかかる。と―――今までうんともすんとも無かった台座が動いた。横にスライドした。動いた拍子に横に転がってしまったけど、そんなことはどうでもいい。
台座の下に何かがある。下から空気の流れを感じる。そう思ったら、これまでの苦労はどうでもよかった。姿勢を整えて、力一杯押す。両手をつき、体重を乗せて押す。右手は添えるだけ。
動き出しは重い抵抗があったが、動いてからは案外楽にスライドする、力いっぱい勢いよく、台座を押しどけると穴があった。ぽっかりと穴が開いていた。ちょうど台座にすっぽりと隠れるくらいの大きさ。人一人分通れるくらいの穴、底は見えない。
押していた勢いそのままに、危うく穴に落ちてしまうところであったがなんとか耐える。両手で台座にしがみつき、足をめいっぱい踏ん張ってなんとか耐えた。足下にあった小さな石のかけらが転がり落ちる。地に着く音は、しない。
ぞっとした。
「あっ!!!!」
響く。反響する。単純に響きそうだなと思って出してみた声が、まさにその通りになって、ちょっとうれしい。
が、ここは封印だな。落ちたら事だ。
さて、他に見るべき所は………。
壁から生えるワームの歯、もとい棒。よく見ると生える高さが順々に上がっている。
「らせん階段みたいだな。いや、まさにそうなのかも。しかしこれはらせん階段というよりきけん階段だけどな」
棒を視線でたどってみると、始まりはフロアの一角から出ているようだ。幅はちょうど人の足が乗るくらい、片足を乗せてみるが、折れそうな気配はしない。体重を乗せて揺らしてみると多少しなるが、それも気にならない程度だ。
壁に向かって垂直に角材を刺しているだけの様に見えるが、以外と丈夫なのだろうか。
両足乗せるとさすがにバランスが悪いな。次の棒との距離もけっこう離れているし、間から下が丸見え。
「これは、登るのになかなか勇気がいるぞ」
上を見る限り、どこまで続いているか判然としない。行けば行くほど、下を見るのが怖くなるだろう。
「ここまで来ちゃったら、行くしかないかぁ………」
下は深穴、上は危険階段。戻る事は出来ず、進むしかない、か。
うんざりして、まだ見ぬ天井を見上げた。
(続)
次回から投稿時間を変更します。夕方には投稿できればと思っています。