10の裁きは待っても起こらず。勝手な正義はただの自己満 ~灯台だって周りは照らす~
「無い。無い。無いぞ。何の痕跡もない!」
探し始めて三十分ほど。俺は西ドア内部のカベを、じっくりと調べていた。カベの各所を押してみてボタンがないか、ドアとの接続部に何か無いか、ギミックが隠されていないか心当たりをすべて探す。思い当たる事を一つ一つ、丁寧に実行していく。しかし、ない。何もない。何も起こらない。見つからない。
いや、フラグが一つとは限らない。ドアを開いた事でどこかに変化が起きているかも知れない。そうだな。レトロゲームはそう言うのが多かったな。わかりにくいヒントを頼りに世界中に散らばる印を探すとか、重要なアイテムを複数のダンジョンから集めてくるとか、取れなくなって初めて重要なアイテムだとわかるとか……………もう一度探してみるか。
二時間位経過。何も出ない。トイレ部屋の便器の裏も調べたが、何も出ない。グミ一つ落ちてない。いや、正確には新たな発見はあった。二つも。
まず一つ、北壁にボタンを発見した。壁の中央やや左、ちょうど目の高さにそれはあった。人は見たい物しか見ないと言うけれどもまさにその通り。今の今まで全然わからなかった。
なぜ気づかん?
だが、結果から言えば、見つけても見つけなくても変わらなかった。押してみたが、何も起こらなかったのだ。壊れているのかも知らないが、何度押してもスッスッと擦れる音がするだけで、うんともすんとも言わない。スッとは言ったが、うんとは言わない。それ以上反応しない。がっかりだ。
もう一つの発見はトイレの中で。このトイレ、なんとウォシュレット付きだったのだ。
気がつかなかった。ちゃんと水が出る。当然だ。それ以外は特に何も出てこない。出るのは水だけ。当然だ。あ、いや。もう一つ。女性用?の方はご丁寧に水音機能付きだった。いわゆる音姫。音も出る…………どーしろと?亀はいない。浦島太郎じゃないので。
しかし、こうなるとますます水分補給が現実味を帯びてくる。底の水をダイレクトに飲むのか、ウォシュレットから口キャッチして飲むのか。………急がないと。
基本に立ち返ろう。今まではどうしても、ドア周辺を重点的に調べていた。注目が集まる場所だけに、そこばかりに注視してしまった。これからはそうじゃない。全体を見る。部屋の怪しいところから、そう出ないところまで全部見る。絶対に見つけるのだ!!
と、基本に立ち返って意気込んで、直後。
「は、ははは………………」
乾いた笑いがもれる。見つかった。見つかったのだ。ボタンが、隠しドアを開くためのボタンが。先ほどの決意から十秒もせずに。
どこを探そうかとあたりを見渡してすぐに、あっさりと見つけた。本当にすぐに、あっという間もなく発見した。巧妙な罠だった。二つの扉に視線を集めて、そちらに注視するように仕向けられたのだ。注意をコントロールされた。まさか、すべての壁に一つずつ、何かしらが隠されているとは、皆目見当もつかなかった。いや、御見事!………………わかってるよ。ボタンがあった場所はちょうど、北壁と向かい合わせで同じ位置。目線の高さもおんなじだ。隠そうとする意図もない。単純に俺が見てなかっただけだ。こぼれ落としていた、節穴だっただけだ。
そのボタンには、ご丁寧に扉が開く絵が描いてあった。描かれていたというよりも、映し出されていたという方が近いかもしれない。うっすらと光って点灯しているようなのだ。開く絵と言ったのはもちろん俺の主観だが、まあ、願望が少なからず入っていることは認めよう。そうでなければいよいよ密室と言うことになる。密室死体が完成する。事件性はないので探偵は来ない。
ただ、ボタンの中央に壁の一部が開いているような絵が描いてあって状況から考えると、そうなのかなって思ってしまう。優秀なピクトグラムだ。
とりあえずその予想は正解だったようだ。どういう技術なのかわからないが、全く音もせず、ゆっくりと上にスライドした。まるでSF映画のようにだ。引き戸、開き戸と来て次はどう来るかと思ったが、まさか上とは。
ドアとか扉とかではなく、隔壁と言った方が正確かも知れないな。さらにSFを思わせたのは、一度押したボタンの絵柄が、隔壁が上がりきった瞬間に、扉が閉じる絵に変わった事だ。全く手が込んでいる。
ともあれ、ここから出られるようになった事は喜ばしい事であったのだが、そうそう喜んでもいられない状況でもあった。むしろあっけにとられた。目が回るような錯覚がして、思わず壁に手をやる。
開いた先も、部屋だった。ここと似たような、まったく同じような部屋。物はなく左右にドアがあり、正面にボタンが見える。もしやと思ってちょうど手をついている壁の裏側、北側に目を向けると………。
(あった)
もう一つのボタンが。初めに見つけた、使い物にならないボタンと寸分違わず同じ場所、同じ大きさのものがそこにあった。
「あった………」
思わず脱力してしまう。がっくりと首を落とす。肩を下げる。つまりここは、全く同じ部屋なのだ。まだ、内装を確認しただけに過ぎないが、予感がする。こういうイヤな予感は当たるものだ。この後、俺はおそらくこう言うだろう。それは予感ではなく確信だった。
「ガッカリだ…………」
ほら。言った。
予定調和のように俺はそう、口にした。口にせずにはいられなかった。予想通りで、予想通り過ぎて。
「どうせ当たるんなら、勝ち馬でも当たれば良いのに」
やったこともない競馬で例えたが、それほどにもきっちり正確に的中したのだ。一代で財を築けるほどに。
内装は全て同じ、西はカベで、東はトイレ。南壁のボタンは隣の部屋。もちろん音姫もついている。メロディは水音と鳥のさえずり。ピヨピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨピヨ。リピート音声の編集点の下手さが耳につく。
「ここを設計したやつは狂ってる。元からおかしいとは感じていたが、ここまで来るとおかしいなんてもんじゃない。狂ってる、狂人、狂人の沙汰だ。頭がおかしい!!」
人口の鳥の声を聴きながら、思わず激昂して叫んでしまったがそれも仕方のないことだと、目をつぶって欲しい。
ここに来るまで四回繰り返したのだ。計五部屋、全部おんなじ作り。寸分違わぬ同じ作り。おそらく次も同じだろう。
どこまで続いているのか見当が付かない。今はまだ数えるほどだから、端っこと言う動かない起点が存在するから大丈夫だとしても、もしこれが延々と続くとしたらどうか。数もわからないくらい続いていたとしたら、前も後ろも部屋ばかり、まるで無限ループしているような感覚の中で、食料はなく、水分摂取はストレスを要する。音は音姫、ピヨピヨピヨピヨ。あとは自分の発するモノだけ、光や温度の変化もない。そんな環境がこれから延々と、続くとしたら………。
ぞっとする。ループ物なんて設定、ゲームや漫画、映画に小説でだって使い古されているようなものだけど、自分が体験するとなるとここまでクるものなのか。
部屋が広いのは僥倖なのか不幸なのか。四畳半神話体系のような狭い部屋が、よかったとは思わないけれど。だからといって、広いと移動するだけで時間がかかる。手間で、何より疲れる。ただ、一つうらやましいと思ってしまうのは、あちらには食料がある。カステラだが、体重増加は気になるが、何もないよりは遙かにまし。
もう、やけだな。どうせここで立ってても、飢え死にするだけ。なら、動けなくなるまで歩いてみようか。これが、この頭のおかしい部屋の連続が、はたしてどこまで続いているのか、試したくなる。俺があきらめるのが先か、狂人の所業が尽きるのが先か。こうなりゃ、やけだ。やけっぱちだ。
「勝負だ!!!!!ちくしょうめぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
(続)
話が長くなったので分割投稿です。
次話は本日中に投稿します。
追伸:人工音声。無限ループピヨピヨはかなり精神的にキます。知らず知らず口ずさむくらいには。ピヨピヨピヨピヨ・ピヨピヨピヨピヨ。




