『全てはここから始まった』とかよく言うけれど、大抵の全ては一から始まる。 ~トンネルを抜けると~
ふと気がつくと俺は、青白く光るトンネルの中を歩いていた。
「ここはどこだ?」
………。
「うっすら煌めく蒼と白銀の色が調和して光り輝きを放つ回廊に、俺は歩みを進めたのだった」
………………。
今の俺の状況に格好いい説明をつけてみたが、失敗だった。静寂に耐えられなかったんだ。
いや実際、全然かっこよくいかなかった。冷静に考えたら、すごく恥ずかしくなってきた。今、顔が見れたらきっと真っ赤になってることだろう。
コテッコテの使い古されたラブコメを見せられた気分だ。朝寝坊してトーストくわえながら走って、四つ角で人とぶつかるやつ。もちろん美形。胸キュン。当然、同じクラスに転校してくる。初めはいがみ合いつつも、時間と共にお互いを意識し始めて、だんだん距離は近づいていって、次第にあの人の唇が…………キャーーーー。
…………………。
妄想しても状況は何も変わらない。
はあ、いったいここはどこなんだ。トンネルと表現したものの、それすら本当は定かじゃない。周囲を壁に囲まれた暗がりで進めそうな方向が前と後ろしかないから『じゃあトンネルだねっ』ぐらいの単純な理由だ。
岩がぼこぼこしているなら洞窟と言っても良いのだろうけど、洞窟と言ってしまうには地面や天井が整っている気もしてなんともしっくりと来ない。だからまあ、トンネルと呼ぶのが無難な所だろう。
全体的に薄暗くて遠く先の方までは見通せないが、周りはなんとか見えている。不思議だ。ぼんやりと光っている。光っている場所ははっきりとはしない。壁や天井が直接光っているのではない事はわかるが、これと言って光源が見当たらない。俺の周囲だけ全体的に照らされている感じ。そう言う意味では光源は俺、とも言えるかもしれない。チョウチンアンコウみたいなもんだ。手を見ても光を放ってはいないので断定は出来ないが。
とにかく、全体的にうっすらと照らされているおかげでなんとか周りを見ることくらいは出来るとしか言いようがないのだからしようがない。説明できない事はどう頑張っても説明出来ないのであきらめて欲しい。妥協を要求する。誰に言ったか意識はしてないけれど、あえて言うなら自分自身に。
見えにくい現状は変わらないが、ないよりはまし。これが真っ暗闇だったらと考えると恐ろしい。末恐ろしい。恐ろしすぎて想像しただけで発狂してしまいそうだ。光があって良かった。本当に良かった。真の暗闇の中では人は平静を保てないと聞いたことがあるが、ほんの少しの明かりさえあれば、人は安心できるモノなんだなとしみじみ感じる。
ただ、これだけの光では色なんてはっきりとは視覚出来ない。それくらい、うっすらとした明かりでしかない。おいおい、それはおかしいだろう。さっきお前は青白い光と言ったじゃないか。なのに色は見えていないという。矛盾だ、論理が破綻しているよ。ワトソンくん。いやいや、そうじゃないんだ。話はしっかり聞きたまえよ、アーサー。確かに先ほど、光を青白いと表現したが、視認しているかと言うとそうでもない。実際、僕は一言だって見たとは言ってない。見てはいない。見ては、ね。これはひどく感覚的な話なんだよ。小林少年。見えてはいない。だけどもなんとなく感じる。なんとなく、どちらかというと、感覚的に『青?』と感じてる、そんな感じだ。
だからね、剣持警部。例えるなら、停電した八景島シーパラダイスのドルフィンなんちゃら。イルカはいないし、そもそも停電した現場に立ち会った覚えもないのだけど、ただまあ、ああ、そんな感じの雰囲気かなってなんとなく思う。………これも感覚だよな。うん。そんな感じだ、わかってくれ、阿笠博士。じゃあ、妻が待っているからこの辺で。
さっきから、『感覚』とか『感じる』とか、シックスセンス的な発言を繰り返しているが、俺にそんな能力は無い。
肉体のない人は見えないし、妖怪の気配を察知して髪が立つ事もない。両手を広げて『来てます』とも言わない。
むしろ鈍い方だとよく言われる。
知人が髪切っても、おしゃれしても気づかない。時たま偶然奇跡的に気づいて得意げに「お、髪切った?」なんて指摘しても「先週ね」なんてあきれられる。
そんな俺だから別に何かを感じてるわけじゃあない。自分でもはっきりしない事柄に対して、確実性の低い事柄について、断言したくない、明言を避けたい。言質を取られたくない。
ようは、予防線だ。
そんな感じ。
『俺はそう感じたけど、お前たちも同じように感じるとは限らないよ。人は人、自分は自分だから。でも俺はそう感じたから。異議は認めるけど受け入れるつもりはないよ。だから俺は俺の感じた様に、お前はお前が感じたように感じろ。そこに俺の責任はない』と暗に伝えられる。そんな感じ。
社会を渡るのに必要なビジネスワードだと今年社会人三年目を向かえた先輩が言っていた。同じように『適当に』『臨機応変に』『状況に応じて』『考えておきます』………内心、全然思ってもいないのにその場を流すときに有効な言葉らしい。便利で良い言葉だ。
先輩、強く生きているなぁ。
ちなみに一人名探偵ごっこはただのおふざけだ、悪ふざけだ。暗闇が怖いとは先ほど言ったが、一人は怖くない、なんて事は一言も言ってない。むしろ怖い。超怖い。一人は、怖い。これは確実。議事録に残してもいい。言質を取られてもいい。
だから誰かと話してるっぽい事をして気を紛らわしてるのだ。聞こえるのは自分の声と足音のみ。いや、ここで誰か声をかけてこようものなら、それこそ怖さマックスなので絶賛やめて欲しい。まだ見ぬ心優しい誰かさん、お気遣い無用。
無音。いや、水のわき出る音が聞こえる。しっかりと感じる。これも断言出来る。耳で。鼓膜で。蝸牛で感じる。三半規管では感じない。
水量はそれほど多くないのだろう。さらさらと水面を揺らす程度で、ポコッと時折弾ける気泡の音がむしろ静寂さを強調している。
足下には一センチほどだろうか。まるで雨の日の水たまりのように水で満たされていて、歩くたびにチャプチャプとテンポ良く鳴る。
なのに足はぬれていない。乾いている。決して防水仕様の靴ではないし、防水スプレーもしていない。実は水蜘蛛履いて浮かんでましたなんてオチもない。水蜘蛛で人は浮かないし、そもそも俺は忍者じゃない。浮かない顔をして歩いているただの一般人だ。
履いているのも至って普通の靴、普通の………はずなのだが全然ぬれていない。雨の日特有の靴の重みも湿った不快さも不思議と感じない。ならばいっそ触ってやろうと、しゃがんで手を伸ばすのだが、まるで波が引いたかのように水の気配がない。水拭き直後のような半乾きでもない。水などはじめから存在しなかったかの如く、つるつるとした大理石を触れているような触感が指に返る。
なのに、足音だけはチャプチャプと鳴る。わけがわからない。
チャプチャプチャプチャプ。足踏みに合わせてなる。チャッチャプチャッチャプ。リズムを変えると小気味よく。タップダンスでも踊ってやろうか。
トンネルなのにつるつる大理石の床というのも無意味な豪華さでおかしなモノだが、そもそもおかしいところだらけでいっそすがすがしいこのトンネル、現実のものだと信じがたい。思えない。考えられない。どこか作り物感が漂う不思議なトンネル。ダンジョンではないことを祈る。
ああ、そうか。ゲームのようではあるのかも知れない。水属性のダンジョンとかにありそうだ。RPG風に言うのなら通称『水鏡のトンネル』とか。俺しか呼んでないのだから独称だが。
いよいよ、現実離れしてきたな。
トンネルと聞くと有名な一文が浮かぶな。確か………。
『国境の長いトンネルを抜けると雪国だった』
多くの日本人が思い浮かぶだろう。そうだと信じる。続きは知らないが………。内容も。そもそも読んだことがない。これも大半のジャパニーズはそうだろう。さっきより自信がある。ジャバニーズはそもそも読めない。確信している。当たり前だ、豚に真珠、猫に本、だ。
行き先も雪国じゃあないだろう………おそらく。
ならどこだと聞かれても答えられない。知らない。なぜ、どういった経緯でここにいるのかさえわからないのだから、行き先など答えようもない。
いつの間にやら、ここにいて。
いつの間にやら、歩いている。
つまり、『我が輩は迷子である。行き先は知らない』というやつだ。
だから、もしかしたら、万に一つ、偶然にも行き先が雪国であることもなきにしもないのかも知れないが、はたまたそれもまた、今の俺には憶測で述べるしか出来ない。
行き先は知らず、先行きは不安。幸先は悪く、お先は真っ暗。トンネルだけに。
あるいは『トンネルのむこうは不思議の町でした。』なのかもしれない。
文芸からアニメにモードチェンジ。個人的にはこっちの方が語りやすい。流石にちゃんと見たし、映画館で。日本人の………これはもういいか。カエルの番頭の物まねが持ちネタだ。評判は芳しくないが。
こうして思うと、有名所と呼ばれる本と言う物は往々にして『読まず、ただ知るのみ』になりがちかも知れない。
芥川とか太宰とかは作品そのものよりも、作者自身のエピソードとかに目が行きがちで、関わったとしても学校の教科書レベルなんじゃないかと思ったりしてる。
ジブリを見たことがある人と芥川や太宰を呼んだことがある人どちらが多いと聞かれたら、正確な数字は知らないが、印象としてはジブリに軍配が上がる気がする。俺だけかも知れないけど。
それはそうと雪国は誰の作だったっけか?水の踊り子と同じ人だったか?………水?………水の踊り子は遊戯王だった。語感は似てるんだけど………なんだったか。mizu,mizu,izu.そうだ。伊豆だ。伊豆の踊子。同一人物だったかな?
見覚えのないトンネルにいるのにずいぶんと落ち着いていると感じるかもしれないが、そんなこたぁない。
混乱している。大いに混乱している。頭がおかしいと思った方々、大正解。自費でハワイ旅行プレゼントだ。
そうでなければ、古典文学をネタにしてdisる事なんて出来ないだろう。
俺は今、文芸界に喧嘩を売った!
こんな偉業(あるいは蛮行)、正常な思考で出来ることではない。俺は今日、伝説になった。明日には被告になり、明後日には星になる。
文芸界様方には是非とも買わずに、出版社に返本していただきたい。当社で責任を持って回収、断裁させて頂きます。
思考が脱線しすぎだと、自分の事ながら突っ込まずにはいられないが、それも仕方ないこと。そうやっていろいろ考えてないと、頭がおかしくなりそうだから。今以上に混乱していきそうだから。
なんでここにいるのか。いつここに来たのか。どうやってここに来たのか。そもそもここはどこだ。どこに向かってるのか。どこから来たのか。そういえば、DVD帰してないや。明日の朝までなら間に合うかな………そもそも俺は、帰れるのか。
そんな言葉で埋め尽くされていく。考えたら止まらなくなる。どうやったって答えの出ない事ばかり浮かんでくる。考えてたら、怖くなってくる。怖くて怖くて仕方なくなってくる。叫び出したくなる。助けてくれと、誰かいないかと。叫んで走り出したくなる。逃げたくなる。今の状況から逃れたくて。どこかも知れないどこかを目指して………いや、目指す場所なんかなくても良い。ただただ、何も考えずに叫びたい、走り出したい。逃げ出したい。体全身で恐怖を表現したい。怖いと、伝えたい。
そんな気持ちがいっぱいになってどうにも出来なくなる。でも、同時にそれをやったらおしまいだとも、思う。
俺の残された理性がそう言う。それがパニックだ。パニックを起こしたら収集が付かなくなるぞと元から少ない理性が言う。だから、他のことを考える。どうでも良いことを考えて現実を直視しないようにする。そうでないと、そうしないとどうにかなってしまいそうだから。
だから。俺は考える。どうでも良いことを考える。DVDの延滞って一日いくらだっけ?調子に乗ってシリーズ一気に借りちゃったからバカにならないぞ。流石に時代劇一気見はやり過ぎだな。古くて止まるのも多かったし。クレーマーって思われるのも嫌だけど、管理が悪いのは店の責任だし、でもこれからも利用するのだからお互い悪印象になりたくないよなぁ。どうすべきか悩みどころだ。死して屍拾う者なし、死して屍拾う者なし。
そうこうしているうちに、トンネルの出口が見えてきた。時間の感覚は無いのにだいぶ回り道をしてしまった感覚があるが、まあいいか。
出口と表現して良いのかはわからない。入り口に入った覚えはないから。シュレディンガーさん的には出口か入り口かは出てみないとわからないって事なんだろうけれども………。シュレディンガーのにゃんこってそう言う理論でいいんだよな?『箱の中につめたにゃんこが生きてるか死んでるかにゃんて開けないとわかんにゃいにゃ~』みたいなやつ。
比較材料がないんだからあれが入り口か出口かなんて誰にもわからないわけで………。
ああ、また訳がわからなくなってきた。
我思う。故に我あり。ここはトンネル、そこは出るとこ。
トンネルから出る口なのだから、出口なのだ。脳内会議で満場一致、万歳可決。拒否はない。
そもそもの所、はたしてあれを出口と称するのが正しいかと言う問題も残されている。なぜなら、世間一般で言うところの出口とは様相が異なるのだから。通常トンネルの出口は暗い中ぽっかりとあいた明るくなっている場所で、目が慣れてくると外の景色も見えるものだ。
『暗い中で明るく光っている』の部分は間違いではない。
しかしそれは、異様に明るい。外の光のような優しいモノではない。強い。もっと強い光だ。脱獄犯を照らすサーチライトの様な暴力的な光。
遠くから見つけたときはまだそれを直視することが出来たが、百メートルほどに近づいた今、目を開けている事すら、つらい。
正直、それが太陽だと言われても信じてしまいそうだ。しかし、熱は一切ない。ただただ、強い、圧倒されるほどの強烈な輝きを放っている。
先ほどまでトンネルを青白く感じていたが、今はもう白く、ただただ真っ白にしか感じない。痛みはないが、不快ではある。強すぎる光というのは得てして怒りを生むものなのだ。人気者は同時に嫌われ者でもあるという二律背反。………言いたかっただけだ。二律背反。
奥がどうなっているのか、何があるのか、あるいは何もないのかそんなことは一切わからない。見えない。確認できない。
はっきりしているのは一つ、今までとは違うと言うこと。薄暗い、水音の滴る涼やかな環境とは異なるなにかがある、予感。そんな感じ。
実際の所、これまでアレを出口として話を進めてきたが、理性的に、科学的に、常識的に考えてアレを出口などとは考えられない。信じられない。だって、ただの光る塊のようなものだ。どんなに言葉を尽くして説明したところでアレを出口とは誰も納得しないだろう。説得されない。俺もそうだ。でも、感じる。アレが出口だ。このよくわからないトンネルから出るための、終着点がここだ、と。おそらく青白いと感じたのと同じ類いなのだろう。理性的には否定しているが、野性的には納得している。そんな感じ。
出たとこ勝負しかないかな。トンネルの外が雪国なのか不思議の町か・・・流石に水の中で即溺死なんて事はないだろう。ん?なんで溺死限定したんだろう。足下の水のせいかな。
よし、行こう。正直怖いが、ここにいることも怖い。光が消えて、暗闇に取り残されて後悔するのはもっと怖い。『あ~あ~、最後のチャンスだったのに、じゃあ、あとはここで暮らしてね』なんて事になったら目も当てられない。今もまぶしさで目を開けていられないほどなのだが………。それでもどうにか片目だけそっと開けて進む。できる限り最低限閉じていたかったから今の俺の顔は笑えるほどに糸目になっているだろう。
そんな、ひとり顔芸をしながら、俺はゆっくりと出口へと足を進めた。
(続)
初投稿です。次回はPC操作が慣れれば即日。無理なら三日くらい後にあげます。