3日目、夜、告白
ホテルのロビーで色紙さんと待ち合わせ。
色紙さんはまた音のないテレビを見ていた。それに、色紙さん以外にも何人か人が居る。そういえば、どこか他の学校も修学旅行でこのホテルに滞在していると聞いた気がする。見るからに学生の彼らを一瞥し、色紙さんの背後に近付く。
「おっす。」
そう声を掛けるとこちらを向く。
「昼間、どうだった?」
端的に聞かれるが、CTTのことだろう。
「昨日と一緒、人が多いね。」
周りに聞こえても良いようにそう言う。
「こっちも昨日とおんなじ。」
どうやら今日もCTTは色紙さんの前には現れなかったようだ。
立ち上がり、出入り口へ向かう。並んで歩き、自動ドアを抜ける。
街路を少し歩き、車の往来や人の行き交う姿を見て何も喋らずにいる。
生ぬるい風と、排気ガスで顔を顰める。
「三城君。それじゃあ、私こっちだから。」
不意にそう言われて、何事かと思うがすぐに察する。CTT、もしくはPP、未来人に監視されているのだ。どっちか分からないが、色紙さんの判断に従う。
「分かった。じゃあね。」
あっさりと手を振って別れる。あたかも、たまたまホテルを出るタイミングが一緒だっただけで、目的地は全然違うと思わせる。
左右分かれて、10mほど歩いて考える。次の行動はどうするべきか。
分かれて直ぐに色紙さんの後を追うのはかなり怪しい。目的を持って外に出て、それを果たして帰ってくる必要がある。
近場のコンビニでも入って、何かお菓子でも買って帰ろうかと決めたところで思い出す。
増田さんと約束があった。
スマホの時間を見ると、ちょうど昨日話をしたくらいの時間だ。
走ってホテルまで戻る。たかが数十メートルしか離れていないため、息も切れる間も無く到着する。ロビーを通り、昨日話をした辺りに行くと、増田さんが立っていた。
「ごめんね。」
増田さんはそう言って薄らと笑う。
「全然大丈夫だよ。」
「ありがと。ちょっと、散歩しない?」
首肯する。
さっき出て行ったロビーを再度抜けて外に出る。
色紙さんはこの辺りで未来人の気配を感じ取っていた。周囲を見るが、それらしい人は見当たらない。
「修学旅行、どう?」
かなり漠然とした質問をされる。正直、CTTのことばかり考えていたため、あまり満喫出来ていない気がするが、素直な感想を考える。
「なんか時間があっという間に感じる。普段の学校生活は昼間の授業が凄い長く感じるのに、今は毎日が早くてもったいない。」
「それ、分かるな。」
同意される。
「私は最近、修学旅行だけじゃなくて毎日が早く感じる。」
「毎日楽しいの?」
「うーん、どうだろう。百点の毎日じゃないよ。欲を言えばもっと過ごしたい日々があるし。」
「俺もそうかな。」
少し嘘を吐いた。随分と非日常を味わっていた。
「でも、このまま高校生活が終わっちゃうんだって思ったら悲しくて。来年は受験で、部活も来年の夏前に引退しちゃうし。」
受験か。正直、何も心配していなかった。どうにかなるだろうと楽観視していた。そろそろ、このくらいシリアスに捉えた方が良いかもしれない。
気がつくと川沿いに来ていた。せせらぎが聞こえ、眺めている人も多い。
「後悔しない様にしようって思ってる。」
隣を歩く増田さんを見る。彼女の目線は数メートル先の地面を向いてる。
「だから、これは私の自己満足なんだけど…。」
増田さんは立ち止まる。俺も立ち止まり、欄干に身を預ける。
増田さんはこちらをじっと見る。
ここでやっと察する。ああ、そうか。今ここで増田さんは。
そう思った瞬間、ポケットのスマホが鳴る。
驚きながらスマホを見ると、色紙さんからだった。
「いいよ。」
増田さんがそう呟く。
踵を返し数歩歩き電話に出る。
「もしもし。手短に伝えると、私を監視してる未来人がいる。多分、CTT。そして今、保呂羽さんと落ち合ったけど、保呂羽さんの方にも1人居る。付近を探ったけど、多分この2人しか居ない。捕らえられたら情報が得られるかもしれない。」
「今手を出して大丈夫?。」
「むしろ今排除した方が良い。改変対象事件前にCTTを捕まえられたら、向こうからしたら作戦が漏れるかもしれないし、決行を躊躇するかもしれない。」
「しかも、俺だったら未知の戦力になる。」
「その通り。今CTTの2人は同じ所に居る。もしかしたら直ぐに居なくなるかもしれない。私が電話してる内容は聞こえていないはずだし、付近にPPが居ないから油断してるはず。方法は任せるから、仲間のCTTに連絡される前に無力化して。」
「分かった。」
「住所送る。」
電話が切れ、増田さんに向き直る。
「ごめん。」
一言謝る。
「大丈夫。それでね。」
そう言ってから。しばらく目線は川へ向く。
「つまり…。」
また沈黙。
川のせせらぎが聞こえる。
遠くのサイレンの音が聞こえる。
不意に、自分の身体の輪郭が曖昧に感じる。自分の身体という器を誰かが操縦しているような感覚がしてくる。
「私、三城君のこと好きなの。」
何と答えれば良いか分からず、沈黙が生まれる。
「でも、私達あんまり話ししたことないし、三城君の気持ちも分からないし…。」
言葉は途切れる。
次の言葉を待っていると、ふふふ、と小さく笑う声が聞こえる。
「一生懸命、言いたいこと考えてきたんだけど、緊張して話せないや。」
困ったような顔で笑っている。
「分かるよ。」
「うん。私、自分勝手じゃ嫌なんだ。私が好きでも、三城君が私の事好きじゃないならそれは嫌だ、そんな気を遣わせたくない。なんて言うんだろう。」
考えるように川を見つめている。やがて視線を戻して話し出す。
「私を好きになってもらえるほど、私に自信はない。私が一方的に好きなのも、きっと三城君にとって迷惑になる。だから、卑怯だけど先に私の気持ちを伝えたの。」
黙って頷く。
「気を遣わなくて良い。断ってくれても良い。でももし、迷惑じゃないなら、好きになってくれそうなら…。」
目線を外して、遠くを見ている。
「何でも良いから、今じゃなくて良いから、返事が欲しいな。」




