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ハルイチバン  作者: 柳瀬
二年生春
75/125

そうと決まれば

 「面白い。やるよ。」

 早坂さんはこれまでの経緯とこれからの作戦を伝えるとそう言った。

 「大変ありがたいです。それと、今までの経緯を聞いた上で今後についての判断はどう思いますか?」

 色紙さんが質問する。

 「こればっかりは何とも言えないね。小菅君とやらにどの程度尋問したの?」

 「美夜と2人でじっくりと。」

 「なるほど。まあ、嘘かどうかは最後まで分からないからね。その点で言えば、小菅君と花露辺さんを実地に呼び込むのは良いと思う。」

 早坂さんに話がしたいと言うと、スターバックスを指定された。何となく、早坂さんはスタバとかそういう場所が似合うと思う。向かいに早坂さんと鹿折さん、俺の隣には色紙さんがいる。

 「それと、話に出てきた桃生さんっていう人にも力を借りようかと思います。」

 「それで桃生さんは納得するの?」

 「彼女は狂態化していて、制御出来ない状態です。彼女自身も強くなりたいようなので、伝授しようかなと思ってます。」

 色紙さんは期間限定の飲み物と食べ物の中間のそれを手に取る。

 「そこは良いかもしれないけど、ほら。」

 「ああ、そうですね。」

 鹿折さんは直ぐに合点がいった様子だが、俺と色紙さんは顔を見合わせる。

 「君達2人はもう少し一般人の気持ちを理解した方が良い。」

 色紙さんはそうかもしれないが、俺もそうなのだろうか。疑問に思い悩んでいると、鹿折さんが口を開く。

 「桃生さんは一般人。今度の作戦ではCTTを殺す可能性があるから、それを納得してもらえるかどうかでしょ。」

 そういうことか。納得した。

 「三城君から見て桃生さんはその覚悟ある?」

 「多分ない。」

 「それじゃあダメじゃん。」

 鹿折さんは呆れた声を出して背もたれに身を預ける。

 「まあまず、桃生さんの意思確認した方が良いんじゃない?」

 「真実を伝えるべきですか?」

 「別に良いんじゃない?」

 考える様子もなく、適当な返事をしているように思える。面白い方へと話をすすめているだけな気がする。

 「それじゃあ、今度私と三城君で桃生さんに話しに行こうか。」

 首肯する。

 「連休中に会えるか確認してみる。」

 「作戦自体はもう少し各個情報収集してからの方が良いかもしれない。色々準備も必要だから夏頃に決行するイメージでいた方が良いかもしれない。」

 早坂さんの想定は意外と長期を見据えていると思ったが、色紙さんも鹿折さんも同意してるため、そんなもんかと思う。


 連休の途中、めぐにゃんに一度会おうと連絡すると、時間は空いていると顔文字付きで返答をもらった。きっと練習はあるだろうが、こっちを優先してくれたのだろう。

 あの日から4日経った今日に、学校の格技場で会うことになった。

 めぐにゃんには、これまでの説明をし条件次第では俺と色紙さんの強さの秘訣を教えると伝えた。そうすると、話をする場所は格技場が良いと言われた。こちらとしても問題がないため、色紙さんと一緒にそこで話すことにした。

 指定された時間の少し前、校門を抜けて自転車置きを抜けて格技場へ向かう。

 敷地ギリギリにある桜の花びらが、風に乗って目の前を通る。そういえば、来る途中アスファルトにさくらの花が舞っていた。近くの並木を見て帰ろうかと思うが、花見にしては遅過ぎる。

 格技場の鉄扉を開けると、既にめぐにゃんと色紙さんがいた。何か話をしており、耳を傾けると未来について、色紙さん達について既に説明をしている様子だった。黙ってその話が終わるのを待つことにする。


 一通り色紙さんの説明が終わる。

 「えっと、本当ですか?」

 「私達、そんな頭弱いように見える?」

 「いや、まあ、はあ。」

 そこはしっかり否定して欲しかった。

 「何考えてるか分かんない人だとは思ってましたけど、そんな裏の顔があったとは。」

 じっくりと目を見つめて言われる。それを言いたいのはこっちのセリフだったが、睨まれたくないので黙っている。

 「それでどう?私達の素性は話たけど、もし条件を呑んで作戦に協力してくれるなら、強さの秘密を教えてあげる。」

 「協力しなかったら、私はどうなるんですか?」

 「別に?そのまま放置でも大丈夫そうだけど、禍根だと判断すれば私達が遭遇した日に戻って会わないように調整するだけ。」

 「それって改変じゃないんですか?」

 「そもそも、今も改変になる。どの程度の改変が許容範囲か、私達の判断に委ねられてる。」

 めぐにゃんは正座していたが、足を崩して格技場の床に背中から倒れる。

 「いや、もう、脳限界です。」

 脳限界という言葉を初めて聞いたが、俺が初めて聞いた時と同じ状態だとすぐに分かった。なかなか伝わりやすい言葉だ。

 「まあ、直ぐに結論出してとは言わないよ。色々普通じゃないからね?」

 「作戦では、具体的に何をすれば良いんですか?」

 「細かい中身はこれから考えていくけど、多分見据の進開の講演会当日にいる成員全員を殺す。小菅君の話で成員は割れてるから、そこに来てない人が居たら個別に殺す。」

 めぐにゃんは顔色を変えない。

 「殺すまではいかなくても、戦闘不能くらいで良いですか?」

 「いいよ。」

 あっさりと許可する。

 「それで、私は強くなれますか?」

 「うーん。正直、今のままでめぐにゃん強いからなぁ。強くなるというより、力の使い方が分かる感じ。」

 「じゃあやります。」

 「えっ。」

 思わず声が出た。

 「何ですか?」

 睨まれてしまう。

 「本当に良いの?」

 色紙さんが念押しする。

 「今以上になれるなら良いです。別に未来の人間なら私に関係ない人だし、心は痛みません。」

 「ならいいけど。」

 早坂さんに言われたが、頭の作りが違うらしい。心が痛まないんじゃなく、痛む心がないのだと言う。心が狭いというと語弊があるが、心の容量が狭くて身近な人でいっぱいになってしまうのだと言う。

 それが俺であり、花露辺さんもそれに近いと言われた。きっとめぐにゃんも近いのだろう。

 「さっそくですけど、前払い的な形で稽古つけてもらっても良いですか?」

 「だからこの場所なのね。」

 呆れつつも立ち上がる。

 「色紙さんとは一回稽古したかったんですよ。」

 嬉々として語る。

 「それじゃあまず狂態化について説明しましょう。」

 めぐにゃんは小首を傾げる。

 「簡単に説明すると、身体機能の許容限界を超える事を狂態化っていうの。筋肉の能力も普段は最高でもポテンシャルの20%くらいしか出せていない。この20%が筋力の許容限界になる。もし許容限界を超えて100%の能力を出したら筋繊維が千切れて骨も折れてしまう。」

 「聞いたことあります。」

 「その許容限界、リミッターを超えようって話。三城君はそれができるからめぐにゃんがムカつくくらい食らいついてこれるわけ。」

 「なるほど。」

 そこは否定して欲しかった。

 「狂態化した三城君に追いつけるということは、桃生さんも狂態化が出来てる。三城君と稽古した後筋肉痛が来るらしいけど、それは筋肉痛じゃなくて筋繊維が千切れてるんだよ。」

 「ひぇ〜。」

 初めて見る驚いた顔で自分の腕を摩る。

 「それを避けるためにも、リミッターの調整が必要になる。それを教えたい。」

 「助かります。」

 自分の筋繊維が千切れていたことが衝撃的だったらしく。渋い顔をしている。

 「それと、狂態化出来るのは筋力だけじゃない。思考能力を狂態化すれば情報処理能力が向上して周りがスローに見える。聴力や視力とかの感覚もそう。五感全て狂態化できる。」

 俺はまだ全てはできない。色紙さん達はできると言っていたはずだ。

 「疑問があります。」

 めぐにゃんが挙手する。

 「どうぞ。」

 「筋力や思考狂態化の仕組みは理解できました。ただ、聴力とか五感の狂態化の仕組みがよく分かりません。」

 「あんまり難しく考えなくて良いよ。普段から五感100%で生活したらとても疲れるでしょ?」

 めぐにゃんは頷く。

 「例えば、肝試し行った時に肌が粟立つ時とか、ホラー映画を見ている時に音に敏感になったりとか、本来五感は常態よりも伸び代があるの。だけど、意識して100%には持っていけない。」

 「なるほど。」

 納得はしてもらえたようだ。話が一区切りついたようなので質問する。

 「それで、練習するとしても色紙さんの家で反復臨死訓練するのか?」

 「まずはその予定。ただ、一回はこっちで稽古しよう。せっかくきたし。」

 「何言ってるかよく分からないですけど、お願いします。」

 「よし、じゃあ2人いっぺんにかかってこい。今度の作戦はツーマンセルのなるかもしれないし。」

 「え、大丈夫ですか?」

 「お、調子に乗ってるな。」

 色紙さんは壁にかけられた木刀を手に取る。普通の木刀ではなく、素振りの練習用の1kgの物だが楽々と振ってみせる。

 「え、防具は?」

 「無し。臭いじゃん。」

 色紙さんが遠慮無く言う。

 「痛いですよ。」

 めぐにゃんがかなり心配そうに言う。

 「俺達2人がかりでも色紙さんには絶対攻撃が当たらないから大丈夫。」

 そう言うが、めぐにゃんは全く信じていない。

 「心配なら竹刀にして身中顔面無しできて。」

 「直ぐに色紙さんには敵わないと気付く。」

 俺は壁にかかっている普通の重さの木刀を握る。めぐにゃんは持ってきていた竹刀ケースから自分の竹刀取り出すが直ぐにしまった。カーボンだから気を遣ったらしく、部の備品である竹刀を引っ張り出してささくれを確認して構える。綺麗な中段だ。

 対して色紙さんは大きな木刀を左手で握り、肩に担ぐようにしている。

 「2人掛かりできな。」

 敵役の様な口調と構えだ。めぐにゃんは少し不服の様で、

 「まず私だけ掛かります。」

 と言って、色紙さんに相対する。

 摺り足でスッと近付き、一足一刀の間に入ると竹刀を大きめに振り被り顔面に下ろす。色紙さんは木刀で受ける。結構な力を込めたようで大きく竹刀がしなる。随分と容赦がない。

 めぐにゃんが数歩下がり、中段の構えに戻す。

 突きを放つが、色紙さんがそれを身体を捻り躱す。

 続け様に引き面を打つが、木刀で大きく払われる。

 小手も胴も、一通り攻めるが、全部躱すか受けられる。客観的に見ると、ゲームの攻撃が絶対に当たらないタイプのボスに見えてくる。

 フェイントも一切効かない。全てを見た上で判断し、挙動の前、出鼻で察して振り上げた瞬間には防御姿勢を取られている。ここまで劣勢のめぐにゃんも珍しい。

 めぐにゃんの突きを打った瞬間、右手で竹刀を掴む。そして一気に間合いを詰め、木刀の鋒をめぐにゃんの顎に突き立てる。

 色紙さんの強さは知っていたが、めぐにゃんでさえ歯が立たないのがやはり凄いと思う。

 「参りました。」

 めぐにゃんは露骨に悔しそうな声を出す。

 パッとめぐにゃんを離し、色紙さんは得意げな顔をする。

 「まだ三城君の方が強いね。めぐにゃんは剣道をしてる。もっと攻め方はあるよ。」

 確かに、めぐにゃんは剣道以外の闘いをやったことがない。少年漫画とかアニメとか格闘技とか、そういう闘い方だ。色紙さんはそういうのが好きだから尚更強いと鹿折さんが言っていた。俺も好きだから、多少イメージが出来る。それを体現できるかは別として。

 「2人いっぺんにかかっておいで。」

 遠慮なく走り込んで振り切る。パッと躱されるが想定内だ。普段ならこんな適当な攻め方はしないが、数の利がある。隙が大きい振り抜きも、その隙をカバーする様にもう1人が攻撃をする。その意図を直ぐに汲んだようで、めぐにゃんも休まず攻め続ける。

 それでも色紙さんは余裕なようで、受けたり体を捌いて躱している。

 時折、体術を交えるがそれも効果はない。

 「君達2人はなんか似てるよね。」

 色紙さんはかなり余裕なようで、めぐにゃんの面を木刀で受けながら言う。

 「顔がですか!?」

 めぐにゃんは息切れと何故か怒気の混じった声で聞く。

 「いや、考え的な部分。」

 顔面を狙った俺の蹴りを躱しながら答える。

 「例えば、君たちの両親は本当は血が繋がって無くて、産みの親が別にいるとしたらどう思う?」

 「「別に何とも。」」

 めぐにゃんと同時に答え、同時に顔面へ竹刀と木刀を振り下ろす。

 すると色紙さんは振り下ろした俺の木刀とめぐにゃんの竹刀を掴み、2人のバランスを崩し衝突させる。頭と頭がぶつかるのは避けたが、変な体勢で衝突し床に伏せる。2人がかりでも完敗だ。

 めぐにゃんは悔しそうに、座り込み立ち上がらない。そして顔をキッと上げ

 「さっきの質問はなんですか?」

 と尋ねた。

 「心理テストみたいなもの。普通の人は、この問いに即答なんて出来ない。育ての親や産みの親、暮らしてた家族に本当の家族とかこれまでの人生とか、そういうことを考えて気持ちを直ぐ言語化できないらしい。」

 「私たち即答しました。だって、別に何とも思わないですよ。今まで育ててくれた親は親ですし、産んでくれた親も親です。そこで深く考える様なことはないです。」

 これはめぐにゃんに同意見だ。

 「そういう思考の即答や、育ての親こそ本当の親、産みの親が本当の親とか、そういう端的な即答をする人は普通じゃない。感情面、思考面、その他何か人間性の面で決定的に欠落しているか、変わってる。」

 「でも、色紙さんも即答するタイプでしょ?」

 「残念ながら。」

 残念でもなければ、予想通りで安心する。

 「そういう人であれば、例え過去の人間でも今度作戦も任せられる。あんまり、即答出来る人居ないんだよ。きっと、小菅君も花露辺さんも即答出来ない。」

 「今まで出来た人はいる?」

 「少数いるけど、尖った発言は少ないね。美夜も迷ってたし。」

 この質問で心の内全てが分かるわけではないが、何となくこの3人が似ている様な気がする。俺とめぐにゃんは、CTTと相対しても迷わず闘える。それが言いたいのだろう。流石に殺すとなると躊躇いがある。相手に情けをかけるわけではなく、自分の人生で殺人行為をすることに抵抗があるのだ。何とも自分勝手なのだろうか。そして、それはめぐにゃんも思っているのだろう。

 「たぶん、去年までなら三城君も悩んだと思うよ。」

 そう言われるが、過去の自分の考え方を今できるわけもない。

 「正確には夏を境にね。」

 色紙さんは目線を斜め下に落として言う。それを聞いて成る程そうかと思う。あれからしばらくして、色紙さんに一度謝られた事がある。説明不足だったと、そしてあれで俺が多少なりとも変わるきっかけになってしまったと。大方、鹿折さんから何か吹き込まれたのだろうと思う。鹿折さんは常識があり、色紙さんにはない。

 「何かあったんですか?」

 めぐにゃんは訝しげに見る。

 「まあ、大した事じゃない。」

 あの時の自分は衝動的で、自分でも愚かだったと思うし、話をするのは恥ずかしいのだ。話の流れからして、大した事はあるはずだが、察したのかそれ以上は聞いてこないようだ。

 「私もそうなんだけど。」

 強引に話を逸らすように声を出す。

 「闘い方とか考え方を鍛えるには色々なものに触れること。」

 この話は一度聞いた事ある。それをめぐにゃんにも説明するようだ。

 「例えば、めぐにゃんは剣道をずっとしてきたから剣道の闘い方が分かる。相手の挙動からの予測とか、展開とか良く読めるようになる。でも、私と闘って全然先が読めなかったでしょ?」

 「はい。」

 首肯と同時に声を出す。いつの間にか正座になっている。

 「剣道は竹刀という武器を使った技しかないけど、手足使えるとなると技のバリエーションは一気に増える。」

 「確かに、今までは予測があったから対応出来てたのかもしれません。」

 「そう。だから、色々見るべき。」

 めぐにゃんは首を傾げる。

 「まずは映画とか良いかも。アクション映画なら体術学べる。アクションじゃなくても何でも良い。話の筋や登場人物の考えを考えることが活きてくる。物語を理解しようとする思考処理や、舞台となる建物の作りを理解することも良い。ミステリやサスペンスも、伏線を見逃さない観察眼や洞察力も磨ける。見るもの全てが無駄じゃない。こうなるかもしれないに繋がる。」

 めぐにゃんはどんどん口が開いていく。そんな視点で映画を見たことがないのだろう。

 「漫画やアニメも良い。勿論プロレスとか総合格闘技とかも良いし、小説も良い。フィクションでも良い。」

 「ちょっと信じ難いですけど。」

 恐る恐る声を出す。

 「信じなくても良い。これは私の仮説だから。」

 色紙さんは、俺がPPとしての知識や能力を得る速さに驚いていた。未来人でもそこまで早くないと言われた。過去人の学習能力を比較したことはないが、それにしても早いという。

 それを知ったきっかけは反復臨死訓練だった。色紙さんは何度か漫画やアニメ、映画で見た技を繰り出してきた。昔、どっかで見たと思ってそれに対応した。色紙さんはそれを見て、仮説を立てた。平均以上は映画や漫画アニメを見ているが、本当に影響しているかは分からない。

 「有り得ない話ではないですね。」

 「そう思うなら、体を動かせない時に色々見るべきね。」

 「分かりました。」

 「さて。」

 色紙さんは木刀を壁に掛け、置いてあったスポーツバックを持ち上げる。

 「帰るんですか?」

 めぐにゃんが膝を払いながら立ち上がる。

 「今日の目的はめぐにゃんへの説明と協力要請だからね。剣道の稽古はつけれないけど、作戦へ向けて訓練という形で指導は出来る。」

 大きく頷く。

 「日程とかは連絡するか、学校で話す。あ、連絡先。」

 そう言って2人はスマホを出し合い、操作する。

 「よし。めぐにゃんも帰った方が良いよ。今日の狂態化でどのくらい負荷が掛かってるか分からないからね。」

 めぐにゃんはリスクを思い出したらしく、顔を顰める。

 「帰ろうか。」

 促すとめぐにゃんは端に置いたバックを肩にかける。

 3人で格技場を出て歩く。

 駐輪場でめぐにゃんは自転車へ小走りで向かう。

 色紙さんも歩きだろうから、駅までは一緒のはずだ。めぐにゃんの訓練について相談しようかと思ったが、駐輪場へ曲がっていった。自転車で来たのか、駐輪場の隅、卒業生が残し誰も処理をしなくなった自転車や鍵を無くしたのかずっと放置されている自転車たちがまとめられている一角、誰が呼んだか自転車墓場という場所へ向かっている。

 来る時には気付かなかったが、一台自転車ではないものがある。廃自転車が多く気付かなかった。

 それを色紙さんは押してこちらに来る。

 俺の隣にはいつの間にかめぐにゃんが自転車と一緒に立っている。

 色紙さんが目の前までそれを持ってくる。

 「なにこれ?」

 「CBR250RR。」

 平然と答える。学校にバイクで来るのはヤンキーくらいだと思っていた。中学時代は卒業したヤンキーがバイクで乗り込んできたことがあったなと思い出す。

 色紙さんは跨がり、エンジンをかける。ヘルメットを被り、もう一つ取り出すと俺に差し出し、

 「乗ってく?」

 と尋ねる。

 「じゃあ、お言葉に甘えて。」

 ヘルメットを受け取り被る。めぐにゃんは自転車では来ている以上、乗れないはずだ。遠慮なく送ってもらうことにする。

 「なんだか、2人ともパートナーって感じですね。」

 めぐにゃんがしみじみと言う。

 「やっと最近慣れてきた。」

 そう言うと色紙さんは一度大きく回転数を上げふかす。

 「それじゃあ、また今度。」

 エンジン音に負けないよう、大きな声で言う。色紙さんもめぐにゃんの方を見ているがフルフェイスのせいで表情も口が動いたかもわからない。

 そしてそのまま、ゆるゆると走り出した。

 公道に出ると、ギアを手際良く上げ加速し、暖かくなった街を少し寒いほどの風を感じながら走っていく。

 

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