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ハルイチバン  作者: 柳瀬
二年生春
73/125

落櫻花の舞う頃まで

 4月の頭、一向に暖かくならず憤りさえある。そして不安は積み重なっていく。新しい友達はできるのか、とか、変な人はいないか、とか。虐められないか、とか。入学前に抱えた不安は大方晴れたが、心が曇ってどうしようもない。

 東高校はこの辺りの高校では1番頭が良い学校で、入学前私には難しいと担任には言われていた。それが悔しかったし、大学に行くためにも勉強する必要があった。人には言わないでいた、親にでも言っていない夢のために勉強する必要がある。

 ただ、唯一、夢を語り東高校に行きたいと去年の春、愛澄(あすみ)に伝えると、

 「私もそうしよう。制服可愛いし。」

 と言った。

 それを聞いて愛澄と私の帰路の分かれ道、ガード下のカルバートで声が響く程笑った。

 愛澄は小学校からの友達で、一緒に東高校に行こうと勉強を頑張った。放課後に図書館に篭ったり、休みの日には街の図書館に行ったり、一緒にスターバックスに行ったり、兎に角勉強した。

 毎日一緒に帰って、国道のガード下、カルバートの中で日々の鬱積や笑い話をした。学年主任が煩いとか、男子が馬鹿すぎるとか、今思えば本当に下らない話をした。

 カルバートにFACKと落書きされていた時のは疲れを忘れて笑い声を響かせた。

 1日の終わりにお互い貯めた物を吐き出して、また明日と別れる。それがルーティンだった。

 合格発表の日、2人で東高校まで行き、2人で番号を見つけて抱き合って、涙を流した。

 そしていつものように、カルバートで話し込んだ。遂に電車通になるねとか、気が早いような話をした。

 そして、いつものように別れた。

 それから、一緒に帰る理由もなく別々に帰る事が増えた。お互い、部活の仲間と駄弁ったり、共通じゃない友達と話をしたり、勉強以外の時間が増えたから当たり前だ。

 だから、愛澄が変わってしまったのが、ストレスから解放されたからだと思った。

 久し振りに一緒に帰って下らない話をして、カルバートに着いた時、妙に晴れ晴れした顔をして、

 「私、東高校行かないよ。」

 と言ったのだ。

 私は何て言ったっけ。なんで?とかどうして?とかそんな感じだったはずだ。

 「別に行かなくても良い気がして。」

 にこにことそんな事を言った。

 「じゃあ、滑り止めのところ?」

 「ううん、そもそも高校とか行かなくてもいいじゃない?」

 「え?」

 あれほど頑張って勉強したのは何だったの?言葉が出てこなかった。

 「どうしてそう思うの?」

 「特にやりたいこともないし。」

 そう言った。

 それから、必死になって食い下がった。一緒に行こうよとか、2人なら楽しいよとか。それで何とか東高校に入学したが、学校でも楽しくなさそうだった。最近は休み日が多くなってきた。ただ、私と話す時はいつもの愛澄だった。

 いつから変わったのか考えると、あの日の前日に高校生になるから講演会でも聞いてみると得意げに語っていた事を思い出した。

 必死に記憶を呼び起こし、愛澄にチラシを貰ったと思い出し、部屋を漁った。くしゃくしゃになってそれを見たが、ただのスキルアップセミナーのようだ。下に書かれた開催日を見て、まだ参加できることを知った。


 講演会が実施されるビルへ行った。正直、そういうものは信じていなかった。むしろ、愛澄を変えてしまった講演が憎かった。たぶん、この講演会の影響を受け愛澄の考えが変わったのだろう。文句を言ったり、聞いたけどあんなのおかしいよと言ってやりたかった。

 だから、ここままで来た。

 ビルに入り、エレベーターを呼ぶ。

 待っている間に人が集まり、数人で乗り込み上階を目指す。

 途中の階で人が降りていき、目的の階に降りたのは私だけだった。

 受付に人が居て、名前を書けと言われたため、その通りにする。隣に電話番号を書く欄があり、躊躇うが既に記載している人も書いていたためそれに倣う。

 小さな会議室のようなその部屋は意外にも人が多かった。隣に人がいない席を選び、極力後ろに座る。歳も性別のバラバラだが、スーツ姿が多いように思える。

 ここにいる人全員が、愛澄のように考えが変わってしまうのだろうか。

 

 講演の内容は、私の心には響かなかった。

 感想は、何を偉そうに。

 それくらいだった。

 未来を変えるためにはまずは自分から変わりましょうとか、望む自分になるために変わりましょうとか。そんな事を言っていた。

 変な壺とか買わされるかと思ったが、そんな事はなかった。

 最初、紹介のために映像を見せると1人一台ノートPCとVRゴーグルを渡された。何とも陳腐でそんな事分かっていると言いたかった。

 帰り、ありがとうございましたとお辞儀をする主催側の人間を1人捕まえて文句を言おうと思ったが、思いの外盛況で話を聞いてた人が主催側と話し込んでいて話しかけるからタイミングがない。

 辛うじて空いた1人はとても若い男の子だった。たぶん、歳下だ。親に付いてきたのだろうか。この子に言っても意味はないと分かっているが、言わずにはいられなかった。それほど、愛澄が変えたこいつらが憎かった。

 「何を言ってるか、私にはさっぱり分かりませんでした。あんなこと、言われなくても分かってます。」

 そういうと、彼は驚いた顔をしていた。

 「誰もが同じように考えると思わないでください。」

 「お名前は?」

 何故か小声で聞かれて、

 「花露辺ですけど。」

 そう答えた。

 それっきり何も聞かれず、言い返されもしなかった。ただ、

 「静かにお帰りください。」

 そう和かに言われた。

 言われなくともそうすると言わんばかりに睨みつけ、そのビルを後にした。


 夜、自室でスマホを弄っていると知らない番号から電話がかかってきた。高校の合格と共に親に買ってもらったスマホには、中学にクラスメイト達の連絡先は登録していた。それに、新しいクラスメイトも日に日に増えている。きっと、人伝に私の電話番号を聞いた誰かが電話してきたのだろうと、躊躇いなく出る。

 「もしもし。」

 「もしもし。小菅と申します。」

 男の声だ。それに小菅という男友達に心当たりはない。しかし、高校の生徒は把握できていない。声だけで分からず、失礼を承知で返事する。

 「えーっと、何組でしたっけ…?」

 恐る恐る聞いた。

 「いえ、同じ学校ではないです。」

 じゃあ誰だと、考え黙ってしまう。

 「今日、講演会でお話した。」

 そこで合点がいく。あの少年だ。

 「何か用ですか?」

 露骨に声が低くなってしまった。

 「本当にすみません。話すと長くなるので、お会いして話したいんですけど、無理ですよね。」

 「はい。」

 キッパリと言う。

 「ですよね。なのでこの電話1分だけ聞いてください。」

 焦りというか、切実さが伝わった気がする。ただ、こういうのは優しさがあると騙されると聞いたことがある。疑って聞くことにする。ダメだと思えば切ってしまおう。私が黙っていたため、良しと解釈したのか話し出す。

 「あの講演は見据の進開という団体が主催してます。現代では新興宗教のような扱いになってますけど、その実態は違うんです。洗脳して、人の未来を変える事を目的としてます。」

 もう切ってしまおうかな。

 「本当、信じてもらえないと思いますけど、見据の進開の人達は未来から来た人達で、この時代の人達の行動、意識を変える事を目的にしてるんです。」

 「あなた達、本当に頭がおかしい。」

 ため息と共に言う。

 「待って下さい!僕だって信じてもらえないと思います!ただ、証明させてください。その結果で、続きの話を聞くかどうか決めてください!」

 茶番であると気付いているが、それを確信に変えてこいつらを否定してやろうと決める。

 「どうやって証明するの?」

 「少し待ってて下さい。明日のことを調べます。見据の進開の人も僕も未来から来ていて、好きな時間にタイムスリップ出来ます。明日のニュースを見てきます。」

 そう言うと電話を切った。

 何をふざけた事を言っているのだろう。スマホを大事に机に置き、ベットに座る。そのまま身を倒し目を閉じる。

 人を洗脳して、未来を変える。

 愛澄を洗脳して、未来を変えた?

 合致するとも言える。ただ、あまりに突拍子もない。未来から来たとか、洗脳とか。

 スマホが鳴り出す。

 「もしもし。」

 「花露辺さん、小菅です。見てきました。明日の夜のニュース、速報で俳優の岸谷篤司さんが亡くなったと報道されます。癌だそうです。そして、花露辺さん自身の未来も見てきました。国語の授業中当てられます。答えは井伏鱒二です。」

 「そうですか。」

 それだけ言って電話を切った。

 今日は疲れてしまったのだ。


 国語の授業中、先生がまた趣味に走った。于武陵の五言絶句、勧酒の訳をノートに解かせていると、静寂を破って嬉々と話し出したのだ。日は浅いが、この先生は変わり者だと察し始めた。

 「訳は自由で意味さえ通じれば正解だと思うが、名訳ってのはあると思う。一般的に勧酒の名訳は誰がしたかわかるか?」

 そう言って、

 「名前に花があるから花露辺。」

 と指名された。

 そんなの分かるかと思うが、昨日の電話を思い出す。たしか…

 「いぶせ ますじ?」

 「そうだ!何だ知ってたか。」

 正直、名前すら知らなかったが正解だったようだ。そのまま先生は生徒に訳を解かせていた事すら忘れ、名訳とやらを語る。

 しかし、私には疑問符が浮かぶ。

 彼はこのどうしてこの答えが分かったのだろうか。

 先生がこの問題を出すことは、昨日の時点では分からない。明かに脱線した話だから、生徒ですら明日はこれが出されそうだと分からない。数学なら進捗に合わせて大体の予測が出来るが、これはできない。

 それに私が当てられる理由だ。日付と出席番号のリンクならまだしも、名前に花が付いているからだ。

 これは、偶然ではない。


 夕食のあと、ぼんやりとバラエティを見ていた。正直面白くないが、これ以外はもっとつまらない。さっさと風呂に入ろうと腰を浮かすと、速報のテロップが入った。

 俳優の岸谷篤司さんが亡くなったとというものだった。

 正直、ぞっとした。

 もうすぐ亡くなりそうだというのはあるかもしれないが、有名人だ。闘病の末とあるため、何となく突然ではなく覚悟が出来る時間があったように思いが、一般人であろう彼が知り得る情報ではない。

 母はそのテロップを見て、まだ若かったよねと聞いてくる。50台だった気がする。そうだねと曖昧に返事をして、自室に向かう。

 スマホを取り出し、着信履歴の1番上をタップする。

 「言った通りだったでしょう?」

 そう得意げな声が聞こえる。

 「どうやったの?」

 「タネは教えましたよ。僕も未来人なので。」

 嘘だと言いたかったが、根拠がない。むしろそれを信じるしかない。

 「僕の話を聞いて貰えますか?」

 「私の友達が、あんた達の所行ってから様子が変なの。」

 諦めて私の目的を白状する。

 「それは洗脳です。」

 「なんでそんなことするの。」

 それが知りたいのだ。

 「あの人達はより良い未来を提供する事を目的にしてます。誰もがある、やりたいことがあるけど勇気がないとか、才能がないとか、恥ずかしいとか、そういうやりたい事への意識的障害を取り除く洗脳をしてるんです。」

 洗脳する手段や、未来からくる手段とか、細かいところは今は気にしないことにする。

 「あなたもそうしたいんでしょ?」

 「いえ、僕はあの人達とは逆で、この時代の人達には本来の通り生きてほしいんです。」

 「じゃあなんで。」

 理解が追い付かずにいると、食い気味に話をされる。

 「僕はスパイです。と言っても公認ではありません。電話代かかりますよ、今度お会いして話しませんか?少なくとも、僕は花露辺さんと利害が一致してます。」

 何を信じるとか信じないとか、疲れてしまった。


 駅前のマクドナルド、二階窓側のカウンターに並んで座る。なんでここなのかと聞いたら、人が多くて安心できるだろうからと言われた。ちゃんと考えがあるようだ。

 「改めてはじめまして。小菅知輝(こすげともき)と言います。今は13歳です。」

 やはりというか、想像よりも若い。

 「それで、信じてもらえましたか?」

 目線を外し、駅前の交差点を見てアイスティーを飲む。

 「半信半疑。」

 素直に伝える。

 「それでも良いです。最悪、信じてもらえなくても。」

 彼はカルピスを飲む。

 「世間話無しで、本題に行きます。この時代の人の未来を変えると、未来にも影響があります。例えば、花露辺さんが100歳まで生きるのに、今死んでしまったら未来に生まれる人が生まれなくなってしまいます。その他にも沢山影響があります。」

 映画や小説、漫画でよく聞く話だ。黙って頷く。

 「そういう未来を変えてしまうような行為は禁止されています。そもそも、過去へ行くことには条件が沢山あって難しいので、一般人はいけません。つまり、一般人が行くことはほぼ犯罪です。」

 そういう彼の目を見ると、慌てて付け足す。

 「僕は犯罪者です。」

 なるほど。正直だ。

 「そういう禁忌がある中で、ある思想。簡単に言うと、過去で良い選択をした未来の方が美しいという思想です。未来を知ってるからこそ出来る世界的政治的過ちの修正や、犯罪の抑止をしようという考えです。良いように聞こえますが、何にどの程度の影響が出るか分かりませんし、当然禁止されてます。ただ、やる人達が一定数います。」

 おそらく、見据の進開がそれに当たるのだろう。

 「そういう人達の暴走を防ぐため、未来から警察のような人が各時代、各都市に配置されます。未来から人が来たら捕まえる、改変されそうなら防ぐ。僕はPPになりたかったんですが、才能がありませんでした。PP…、その配置される警察みたいな人をPPと言うんですけど、PPになるには高い身体能力や頭脳が必要なんです。」

 伏し目がちで言う。

 「まだ若いんだから。」

 これから頑張れば良い。そう思った。

 「僕の時代では、この時代でいう中学時代にそれぞれの専門の学校へ行きます。僕はその学校に合格出来なかったので、もうなるのは難しいです。」

 「そっか。」

 無神経な事を言ってしまった。

 「それでも諦め切れなくて、思いついたのがスパイ行為です。PPはスパイを公認していません。あくまで外部情報なので、極秘でスパイが居るかもしれませんが可能性は低いです。僕が非公認でスパイになって、CTTの情報を引き出してPPに報告する。それで僕がPPになれるとは思ってません。僕は思う善をしたいだけです。」

 「CTTって何?」

 「過去を改変しようとする人達のことです。」

 ある程度素人でも分かるように話をしてくれるが、慣れた言葉はふと漏れてしまうようだ。

 「それで見据の進開もCTTの一派なので潜入してました。やってることは、不定期で公演を開いで洗脳する。VRゴーグルみたいなのつけましたよね?それです。あれで洗脳してます。」

 疑問を口にする。

 「私はされなかったけど。」

 「それです。」

 目を見開きこちらを見る。

 「今まで全員洗脳できました。あれは旧時代の産物で、洗脳されるものだと分かっていれば洗脳されません。元々は洗脳というほど強いことは出来なかったんですけど、見据の進会が強化しました。たぶん、花露辺さんはあの講演会を訝しんでいたから洗脳されなかったんだと思います。あれは表向きはスキルアップセミナーなので、変に気構えている人は居なかったんだと思います。そして、洗脳されてしまう。」

 「洗脳して、どうするの?」

 「それで終わりです。思考を邪魔する枷のような考えを取り除いて、思い通り生きる。」

 別に良い事だ。

 「別に良い事だと思いました?でも考えてください。確かに一部の人はそれで人生が成就するかもしれませんが、世間体とかそういうものも気にしないで生きていってうまく行く人は少ないです。自分だけ幸せになります。未来も変わってしまって、誰かが不幸になります。」

 すぐには返事が出来なかった。これは人によって答えが変わる問題ではないだろうか。

 「お友達も洗脳されたんですよね?」

 そう言われて、考えが定まっていく。愛澄は何の悪くない。

 「そうだ。それはおかしいこと。」

 自分に言い聞かせるように言う。

 「僕がお友達の洗脳を解きます。」

 「本当に?」

 「その代わり、少し協力してください。」

 「どうのような?」

 ここまで話を聞いておいて、もういいとは言えなかった。それに、何となく信じても良いのではと思い始めてきたのだ。

 「見据の進開の内部情報を集めていて、満足はしてないですけど、そろそろPPに引き渡そうかと思います。いい加減、あの人達の仲間になり続けるのもしんどくなってきたので。」

 どんどん語尾は小さくなっていく。

 「この時代にいるPPは知っています。それで、出来れば話合いの場を設けたいんですけど、時間をとってもらえる可能性はほぼないです。そもそも、僕がPPの視界に入ったら即殺される可能性もあります。そこで。」

 コップを持ち、振ると氷の音がする。中身がないのを確認すると、小菅君はコップを置いた。

 「僕が殺されたりして情報を引き渡せなくなって場合に、事後PP話をしてほしいんです。PPは過去の人を殺せませんし、話は出来るはずです。」

 「PPって、そんな簡単に殺したりしないんじゃない?情報を渡すタイミングはあるんじゃ。」

 「いや、僕の挙動次第では即殺されます。少しでも怪しいと思われたらダメです。それだけ、タイムスリップは大罪です。」

 考えが甘かったようだ。

 「私の話なら聞いてもらえるの?」

 「僕よりは聞いてもらえるはずです。引き渡した情報を信じてもらえるかはPPの判断に委ねるしかないです。目的は情報を渡すまでです。」

 「小菅君はそれで良いの?」

 自分を犠牲にしすぎるだと思う。人の覚悟に口出しできる立場ではないが、関わるのであれば聞いておきたい。

 「良いです。」

 にっこりとそういう。

 「私には小菅君が洗脳されてるんじゃないかって思える。」

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