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ハルイチバン  作者: 柳瀬
二年生春
70/125

X+Y+M=?

 ビルの屋上にいる。

 その真ん中に立ち、大きく息を吸う。

 高いビルの真ん中は、意外と人の視界に入らない。端へ寄って下を覗き込む。こちらを見上げる人は居ない。

 色紙さんは東方に居て、ここからは見えない。日が傾くにはまだ早く、日の光を受け暑いくらいに思う。

 風が吹く。

 右耳にしたワイヤレスイヤホンから声が聞こえる。

 「準備は良い?」

 色紙さんの声だ。

 「いつでも良い。」

 「分かった。見つけ次第連絡する。」

 指の関節をぱきりと鳴らす。足首を回し、アキレス腱を伸ばす。一通り準備運動をして、大きく息を吸った。

 少し前までは上着が欲しい気温だったが、今はすっかり春めいてきた。4月になっても冬が抜け切らなかったが、今、ビルの屋上で日差しをいつもより高い場所で受けると暖かさで気が緩む。

 よしと小さな声で鼓舞し、肩に掛けた竹刀ケースを撫でる。

 「居たよ。後方の専門学校脇。」

 屋上の端に駆け寄り、その場所を確認する。確かにそこには未来オーラを放つ人が居た。遠目で分からないが、同い年位の男のようだ。

 広範囲をざっと見るが、他に未来人は居ないようだ。

 「今のところ他には居ないけど、様子見ながら接近する。」

 「了解。」

 助走距離を取り、走り幅跳びの要領で隣のビルへ飛び移る。

 色紙さんは、人の視線を肌で感じるらしい。感覚を狂態化し、他の感覚を閉ざす事で肌に刺さる視線を知る事ができる、感覚を研ぎ澄ます事が出来るという。常人離れしたその感覚で、Xを直接見る事なく、見られているだけで存在を知る事ができるらしい。そのおかげで、Xが逃げ出す事なく対敵できる。色紙さんのそのスキルはXも想定していないのだろう。もし想定していたら監視することや、そこから逃げ出す事も意味がないと分かっているはずだ。

 さっきまでXが居た場所へ目を向けるが、既にその姿はない。恐らく少しずつ色紙さんへ近付いており、今は建物の陰になっている通りに居るはずだ。

 隣の建物はだいぶ距離がある。

 道路を挟んだ向こうの建物はこのビルよりは低い。そしてこの距離と高低差であれば跳躍と落下で飛び移れるはずだ。多少人目につくかもしれないが、色紙さんも動画に撮られたりしない限りは“多少”であれば問題無いと言っていた。

 さっきよりも助走距離を多く取り、全身を狂態化し全力で走る。踏切りの瞬間、最大の力を掛け、宙を跳ぶ。

 そして向かいの商業施設の屋上に着地する。

 色紙さんに借りたこの靴は衝撃を吸収する素材でできていて、色紙さん曰くこの時代の一番高い建造物から飛び降りても痛くないらしい。ただし、ちゃんと足で着地することと念押しされた。同時に手を着いたら腕が壊れると言われた。

 それを意識して、両足で着地した。勢いがつき過ぎて体勢が崩れるが、まあ良いだろう。

 飛び越えた道路を見下ろすが、誰もこちらに視線を向けていないところを見ると、多分俺の跳躍は誰の目にも触れなかったらしい。安心すると同時に、上手くいったため自己顕示欲に見え隠れする。

 大きく息を吐いて、Xのいた通りを見る。遠目ではあるが、さっき見た男がガードレールに凭れながらスマホを見ている。そして時折、視線が同じ方向へ向く。きっとそこに色紙さんが居るのだろう。

 隣の建物は少し背が高い。壁を蹴り、今度は縦に跳躍して縁を掴む。身体を引っ張り上げ、今ならSASUKEをクリア出来るのではないかと本気で思う。

 ビルとビルを何度かパルクールのように飛び越えながら、これは犯罪行為に当たるのか考えていた。不法侵入になるのか悩みながら、Xとの距離を詰め、1番近い建物の屋上に来た。

 どのビルの屋上も人が居なくて助かった。たまに屋上庭園みたいな所もあって、緊張と興味が入り混じった気持ちになっていた。

 Xは相変わらずスマホと色紙さんを見ている。この距離まで来ると色紙さんも見える。通りの先で商業ビル入り口の看板群を眺めている。

 このままXと相対したいが、人通りも多く動きにくい。一本外れた路地であれば飲み屋が点在する通りでこの時間はあまり人がいないから都合が良いが、誘導出来るとも限らない。

 「色紙さん、大体どこにいるか分かってる?」

 そう尋ねてみる。

 「ファミマの前でしょ?」

 そう言われて、Xの位置を見ると確かに一階にファミリーマートがあるようだ。」

 「その通り。俺はその近くのビルの上にいる。降りて声を掛けても良いけど、Xの正体が掴めない以上、人が多い所で行動したくない。かと言って、人通りが少ない所には誘導出来ない。」

 そこまで言うと色紙さんは察したようで話し出す。

 「分かった。近くに未来人は居なかった?」

 「居なかった。」

 確認してきたが、Xと色紙さん以外は確かに居なかった。

 「それじゃあ強引に行こう。」

 そう言うと色紙さんは勢い良く振り向き、小走りでこっちに向かって来る。

 Xはスマホに目を落としており、パッと色紙さんの方を見ると一瞬身体びくりと震わせ、慌ててガードレールから身体を離す。

 色紙さんは恐らく人通りが少ない所にはXを追いやるつもりだろう。

 色紙さんがXに向かっている。それに対してXはCTTであるかどうかに関係なく逃げるしかない。周りに未来人が居ないとなると、この場で色紙さんを潰そうとは考えていないはずだ。もしかすると、タイマンで勝てる想定をしているかもしれないが、可能性は低い。

 そうなると、どこへ逃げるかとなり、ルートは人目の多い通りか少ない通りとなる。

 色紙さんからの追跡を振り切るには全力で逃げる必要がある。今まで色紙さんから逃げられていたのは、色紙さんは伏兵の存在を危惧していたため深追い出来なかったからだ。今Xは、色紙さんが伏兵の存在を気にしないで突っ込んできたか、少なくともこの通りには居ないからこの一直線上で捕まえようとしていると考えるはずだ。それであれば、ブラフのためにもこの通りを抜け人通りが少ない方へ抜けるはずだ。わざと誘い込んだような逃げ方をして、居ない伏兵の存在を匂わせ全力で追跡出来ないようにする。

 更にXは全力で逃げるためにも、この人が多い通りは向いていない。何より目立つ。色紙さんが全力ダッシュでXとの距離を詰めないのも、それが理由だろう。

 Xが全力で逃げるためには人目に付かず目立たない場所が必要で、そういう場所には伏兵の存在を匂わせる事が出来る。

 それが出来る通りは、この建物の裏手だ。

 急いで反対に回り込む。

 案の定、辺りを見渡し人がないことを確認したXがこの路地へ入ってきて、走り出す。

 タイミングを見極め、Xが俺が見下ろす場所に入った瞬間に飛び降りる。Xの前方に両足で着地し、顔を見る。

 初めて近距離で顔を見たが、想像よりも幼く見える。俺と同い年か、それよりも下に見える。

 Xは突然降ってきた人間に驚愕したような顔をし、勢い余ってつんのめる。直ぐに体勢を立て直し、数歩後ずさり、ピーカブースタイルをする。

 その所作に違和感がある。

 どうして、直ぐに俺が敵だと判断したんだ?

 ひとまず、色紙さんが来るまでは持ち堪えないといけない。あの距離を小走りなら3分程か。

 肩に掛けた竹刀ケースを手に持つ。XはIAを使わないらしく、素手だ。それとも、既に装備しているのかもしれない。

 距離を詰めると、Xが拳を振るってくる。狂態化し、その拳を見るが色紙さんや鹿折さんとのそれと比べると随分と遅い。自分の狂態化が強化され、処理能力が更に強化されたかと思うがそうではない。純粋にXが遅いだけだ、狂態化すらしていないように思える。

 その拳を右手で受け止める。案の定、大した重さは無い。これなら適当に羽交い締めなり、投げ技からの締め技で色紙さんが来るまでXを拘束できる。

 Xはパッと受け止められた手を離して、3歩後ずさる。

 その3歩目の挙動の瞬間に大外刈りで体勢を崩し、拘束しようとXの胸元へ手を伸ばし、足を掛ける。多少反抗する様に力を返されるが、非力過ぎるし、体捌きの途中では十分な力が出せない。力で押し、投げる。受け身を取るが、試合であれば一本になる精度だった。このまま立ち上がれないように絞め技を決めようとした瞬間、背後に気配を感じて振り返る。

 そこには未来オーラはなく、傘を片手に持つ制服の少女が居た。

 一般人に見られてしまったが、これは喧嘩か何かに思われるだろう。必死にこの状況の言い訳を考えていると、唐突にその人が駆け寄ってくる。仲裁か介抱しようというのだろうか。

 敵意がないとアピールするために手を前に出すが、少女は思い切り傘を振り被る。いきなりの出来事で躱すのは間に合わないと判断し、ケースに入れたまま木刀で振り上げるようにその傘を叩く。

 みしり、と嫌な音がして木刀を握る手が痺れる。傘を叩き弾くはずの木刀は、傘の振り下ろしに負け逆に弾かれた。体幹が乱れた、頭に傘が向かっている。必死に身体の重心を後ろにて、半ばしりもち尻持ちをつくように傘を躱す。

 傘は地面に当たると、アスファルトに亀裂を入れ穴を開けた。

 ケースから取り出た木刀を見ると、傘を叩いた部分が割れている。

 とんでもない馬鹿力か、それとも傘に秘密があるらしい。

 ちらりと後ろのXを見る。Xは来た道を戻り後ろへ逃げれば大きな通りへ出れるが、そちらには色紙さんが迫っている。どうにか俺を倒して先に出たいはずだ。

 そしてこの少女。Xを助けた事や、Xが動揺していないあたり、こいつらは仲間だろう。Xがどういう存在か分からない以上、現代人であるこの少女の正体や目的も分からない。ただ、2人がかりで俺を対処し、反対へ行くのが目的だろう。

 未来人と現代人が手を組んでいる。だから、現代人である俺が色紙さんの仲間である想定が直ぐにできたのかもしれない。

 傘を持った少女、当初から見ていた方をXとするならばこいつはYとしようか。Yを見ると、傘を握りしめ、敵意も好意も何も感じない目を向けている。

 背は女子にしては高めで首が長くスタイルが良く見える。色紙さんより背が高いように見える。ぱっつんの前髪が眉を隠し、長い髪を後ろでまとめている。目付きが鋭いというか、目が大きく見える。アイラインでも引いているのか、圧を感じる。制服は見たことあるが、詳しくないためどこの学校かは分からない。ただ近くの学校ではあるはずだ。ぱっと見の印象では、着崩しの無いがスカート丈が長過ぎもしない、普通の女子高生だ。傘を杖のようにし構えは取らないあたりを見ると、武術の心得はないように思えるが、さっきの振り下ろしから狂態化できるか、傘がIAと考えるべきか。そもそも、木刀やアスファルトを壊してなお、ひしゃげない時点で普通の傘ではない。

 左手に木刀を握りYの方へ向け、右手はフリーでXの方へ向ける。一対二でやり切るしかない。

 Xに専念するとYに致命傷を与えられるし、Yに集中するとXを逃してしまう。色紙さんが来るまで耐えるしかない。

 Yは傘を振り被り、距離を詰めてくる。さっきの破壊力を見た手前、Yの攻撃を受けるわけにはいかない。タイミングを見極め躱す。どうやら傘自体が重いようで、Yも振り下ろすと重心が乱れている。慣れていないか、扱えるほどの筋力がないらしい。ゲームの武器を扱えるステータスではないという状態のようだ。大分隙だらけだ。

 ちらりとXを見るが、Yの邪魔をしないためか手を出そうとはしていない。

 あの傘さえ何とか出来れば問題なさそうだ。

 「技倆解放。」

 IAの機能を解放し左手に、柄となる部分を右手に握る。技倆解放自体が牽制になるかと思ったが、Yが愚直に傘を振り下ろしてくる。対策があるのか、それとも既に技倆解放しており突破できる算段なのか分からないが、それらを検討する余裕はない。

 体を捌き、傘を真横から斬りつける。

 すると、あっさりと傘は2つに分かれて、先端部は勢い良く吹っ飛びアスファルトに突き刺さり、Yはバランスを崩し前のめりに倒れた。

 申し訳ないが、Yには気絶してもらおう。

 「花露辺(かろべ)さん!逃げて!」

 不意にXが声を上げて、こちらへ走ってくる。時間稼ぎをしてYだけでも逃がそうとしているらしい。

 ただ、そういうわけにもいかない。突撃してくるXを背負い投げする。まさか人生で背負い投げを全力で決める日が来るとは思わなかった。色紙さんに教わっておいて良かったとしみじみ思う。Xはアスファルトに思い切り背中を打ち付けられたため、息も苦しそうでしばらく動けそうにない。

 花露辺さんと呼ばれたYは持っていた傘の持ち手部を捨て、ふらふらと走り出した。速度は色紙さんにも鹿折さんにも敵わない。むしろ、平均的な女子の速さだ。大きな通りへ出る前に捕まえようと走り始めると、Yの前に人影が現れ、足を掛け転ばせた。

 立ち止まらず駆け寄ると、その正体が分かった。

 「(うみ)。」

 桃生 恵は転んだYを見下ろし呟く。顔見知りだろうか。

 目線だけこちらに向けて、何か言いたげな表情をしている。数秒目を合わせたままで、何を言うか考えていると、後方に目線が動く。

 「一体全体何があったんだい?」

 いつの間にか色紙さんが背後いて、状況が飲み込めないのか、どこか芝居掛かった口調で尋ねる。

 状況を説明しようと口を開くが、どこから説明したものかと悩みなかなか言葉がでない。

 「先輩。」

 めぐにゃんに上目遣いに、睨まれる。言いたいこと、聞きたいことがあるのだろう。

 「ひとまず、Xは私が連れてく。彼女は…。」

 「桃生恵です。」

 ハッキリと言う。

 「そう、めぐにゃんね。」

 知らない先輩にあだ名で呼ばれて面食らった顔をしている。初めて見る顔だ。

 「めぐにゃんはどうしてここにいるの?」

 本人には聞かず、ある程度の状況を知っている俺に首をぐるりと回して質問する。

 ちらりとYの方を見る。めぐにゃんに転ばされた時にどこか痛めたのか、痛々しくよたよたと立ち上がる。

 「この人…、Xは花露辺さんって言ってたけど。」

 そこまで言うと、めぐにゃんが割って入る。

 「花露辺(かろべ) (うみ)。中学の同級生です。」

 めぐにゃんと同級生という事は一つ下だ。

 「Xを追い詰めた時に、花露辺さんが助けに来た。多分ツーマンセル。Xを背負い投げした後、花露辺さんが逃げ出して、めぐにゃんが現れて引き留めた。」

 引き留めたという表現が正しいか悩むが、間違ってはいないだろう。

 色紙さんはなるほどね、と呟き口元に指を当て深く考える。数秒の後、Xに歩み寄り、太腿のホルスターから銃を取り出し突きつけて話出す。

 「貴方は何がしたいの?」

 そう問われ、Xは何とか体を動かし正座のような姿勢になる。未来でも反省というか、劣勢の時は正座するみたいだ。

 「俺はPPの手助けがしたい!」

 強い口調で言う。本心か命乞いか分からない。

 「本当に?」

 色紙さんの問いに大きく何度も頷く。

 くるりと踵を返し、こちらに歩み寄る。

 「ひとまず、彼は私が預かる。」

 首肯する。

 「めぐにゃんは今まで通り生活すること。」

 めぐにゃんを見る色紙さんの目は鋭い。

 「分かりました。」

 何かを察したのか、色紙さんの圧に負けたのかすんなりと従う。

 「三城君は、めぐにゃんから今までの経緯を聞くこと。そして余計な事をしないように監視すること。」

 「分かった。」

 説明する事とは言われなかったため、聞くだけ聞いて、後は余計なお喋りを封じれば良いということだろう。

 「花露辺さん、あなたは鹿折という人の指示に従いなさい。ひとまず、今日は帰ること。歩ける?」

 色紙さんの問いに、諦めたように一度頷いた。

 「良かった。とにかく、花露辺さんは真っ直ぐ帰ること。連絡先は虚偽なく教えて、連絡があれば直ぐに出ること。明後日に最低でも私と美夜と三城君で集まって話合いをするから。」

 今日か明日の内にめぐにゃんから事情を聞けば良いらしい。

 桃生恵という人間の性格を詳しく知らないが、そんなにべらべら喋る人間ではないだろう。

 俺自身も状況を理解するために、話を聞く事は必要だ。

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