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ハルイチバン  作者: 柳瀬
二年生春
68/125

二者鼎談

稽古終わりに防具を外して、鉄扉を開けて涼んでいた。もう練習をすれば暑くなる時期かとうんざりする。

 「三城先輩。」

 不意に掛けられためぐにゃんの声は低く、恫喝されそうな雰囲気がある。

 「なに?」

 思わず敬語になりそうになるが、平静を装い返事をする。

 「お願いがあります。」

 お願いと言う割には、有無を言わさないような勢いがある。黙っていることで先を促す。

 「私と試合してもらえませんか?」

 正直、やりたくない。ただ、断ることも不自然だろう。

 「良いけど。」

 そこで言葉が途切れる。理由を聞いた方が、不信感を抱かれているか確認できるが、聞いても良いのか悩んでしまった。その動揺を察したようで、めぐにゃんは喋り出す。

 「本当は三城先輩、本当は強いですよね?」

 「いやいや、全然強くないよ。」

 謙遜にも似た否定をする。実際、狂態化してやっと勝てるかどうかだ。

 「嘘です。いつも稽古中、たまに全力出して途中で手抜きしてを繰り返してますよね?」

 全力と言うのは狂態化のタイミングだろう。分かっていたか。

 「スタミナがないから。」

 苦し紛れの言い訳だ。

 「体捌きも異常に早くて、たかが数分三城先輩に追いつこうと動くだけで、次の日は筋肉痛が酷いんですよ。」

 狂態化に追いつくため、めぐにゃんも狂態化し身体に負荷が掛かったのだろう。それを筋肉痛と勘違いしているならセーフかもしれない。

 「全力で試合して下さい。私が勝ったら強さの秘密を教えてください。練習法とか教えて下さい。そして、あわよくば稽古付けて下さい。私、分かりますよ。あんなに強いのは、先天性の運動神経だけじゃありません。」

 その通りだ。負けたら非常にまずい。

 「俺が勝ったら?」

 「何でも言うこと聞きますよ。だから全力出して下さい。手抜いてたら分かりますからね。」

 余程自信がある。というか、余程負けたくないのだろう。

 「審判は先輩達にやってもらいます。」

 そういうと部室の方へ走って行った。

 

 主審に間下、副審に道永さんと佐々木さんがいる。

 普段、同級生にも全力を出した事も見せた事もない。手を抜いても、めぐにゃんには直ぐにばれてしまうだろう。

 どうせなら、やってやろう。

 三歩進む、一礼。更に三歩進み竹刀を構えて蹲踞する。

 「はじめ。」

 間下のやる気のない声で立ち上がる。それと同時に狂態化する。

 めぐにゃんの全身を見る。

 身体の重心が前に偏り出す。打ち込みが来ると察し、どこを狙ってくるか考える。剣先は真っ直ぐで、若干上がっていく。右足も浮き上がる。目線はこちらの目をずっと見ている。

 これは挙動の小ささに重点を置いた刺し面だ。

 目線をずらさず、頭を後ろに逸らして躱す。

 めぐにゃんの面は空ぶるが、ちょうど自分の首の位置で剣先が止まる。

 左足を大きく後ろに下げ、次の一手に備える。

 めぐにゃんはそのまま突きを繰り出す。

 避けた相手を畳み掛けるような技だ。面からの突きなど見た事も聞いた事もない。面を打った段階で相手の体制を想定し、繰り出していたなら分からなくもないが、恐らく面を躱されてからどこを攻めれば相手が嫌かを考えているのだろう。

 上体を捻り躱す。

 突きは一歩踏み込むだけで止まり、追撃までラグが生まれたため、めぐにゃんの竹刀を横から叩きその隙に数歩下がり体勢を立て直す。

 僅か数秒で起きたやり取りで、身体がピリピリと痛む。多少無理をした反応速度をしてしまったようだ。

 深く息を吸い込み、そして止める。

 色紙さんから聞いた話では、感覚や動作を可能な限り削ぐ事で、限られた動作の練度が高まるらしい。

 例えば呼吸を止める事。無意識で行なっている呼吸を止めると、そこに当てていた僅かな意識や能力を他の行動に移せるだとか。無酸素運動で力を込める時のそれに近いとか言っていた。他にも聴力を意図的に遮断し視力を高めるとか。最初は嘘だろうなと笑ったが、臨死による狂態も似たようなものだ。身に付けられていないだけで、嘘ではないかもしれない。

 それを信じて息を止め、他の動作に集中する。直ぐに出来るようにはならないだろうが、気休め程度だ。

 左足の爪先に力を込め、前へ踏み込む。剣先は真っ直ぐ首元へ。

 めぐにゃんも直ぐに反応し、身中を保とう竹刀を中心へと押し込んでくる。これがなかなかに強く、このまま突っ込めば、身中をめぐにゃんに奪われ逆に突きを打たれる。かと言ってより強い力で押し返すと、その力を利用しこちらの竹刀を身中からずらされ、生まれた隙に面なり突きなり打たれてしまう。

 思考がゆっくりと出来るということは、反射で体を動かせないということだ。複数の選択肢に気付く事が出来るが、どれがベストかベターか分かるほど実戦慣れしていない。色紙さんや鹿折さんとの実戦では、2人が強過ぎて隙がなく、勝てた試しがない。

 一度リセットしようと、一足一刀の間から一歩下がろうと左足を動かした途端、めぐにゃんが面を狙って踏み込んでくる。僅かな重心の揺らぎを狙われたようで、思考を巡らせる間に対処がワンテンポ遅れる。その刹那、1/75秒でも遅れるとめぐにゃんに面を打たれてしまうチャンスとなる。これは返し技など考える暇はなく首を傾け面を躱すが、完全には避けられなかった。中心からは外れたが側頭に当たった。

 佐々木さんがめぐにゃんの赤旗を上げる。それを見て道永さんも一瞬赤旗が動くが、直ぐに下げ腿の前でバツを作る。

 「やめ。」

 また、覇気のない間下の声が響く。

 中心へ戻り、構えると間下が下がるように指示する。それに従い、下がって蹲踞し待つ。

 間下と道永さん、佐々木さんが話をするが数秒で終わり戻れと指示される。

 中心へ戻ると、

 「はじめ。」

 と声が掛かる。

 やはりあれは一本にはならない。

 直ぐに狂態化する。

 この試合は、待ってるだけでは絶対に勝てない。出来るだけ最速で打つしかない。

 左足に集中し、踏み込む準備をする。俺の方がリーチがある。一足一刀の間に入った途端に打つ。

 じりじりと距離を詰めて、ギリギリ届く間に入った瞬間、右足を大きく前に出すと同時に大きく振り被る。それに釣られて、めぐにゃんの腕が上がる。隙間にねじ込む様に、逆胴を打つ。

 スローの世界で、確実に防御されていない逆胴へ竹刀向かうと同時に、狙いを察し、攻撃に転じためぐにゃんの目線とぶつかる。

 防御を諦め、面を狙う様だ。それも引き面するようで、若干重心が後ろにある。

 全力で逆胴を叩くと同時に、面を叩かれる。

 これは全くの同時だ。

 それでも後ろへ下がり残心を取る。めぐにゃんも同じように後ろへ下がり、お互い場内ギリギリで立ち止まる。

 道永さんは赤旗を上げ、佐々木さんは酷く迷った顔をし、間下は両旗交互に上げかけては下ろしておる。そして、

 「やめ。」

 の声が掛かり中心へと戻る。

 後ろへと下がり、蹲踞する。

 審判達が集まり、合議する。何を話しているのか聞き取れない。

 1分程話し合った後、中心へ戻され構える。

 「はじめ。」

 結局、相打ちで一本は無しになったようだ。

 さっきの打ち合いで、互いの全力が同速だと分かった。俺自身、もっとリミットを外して打っても良いが今の体では反動がキツく家に帰るのも困難になりそうだ。それはめぐにゃんも同じで、むしろ今の狂態でもかなり無理をしているはずだ。

 お互いの実力が均衡している場合には、隙を狙う作るという動作が難しい。そうであればやる事は限られ、きっとめぐにゃんは。

 そこまで思考を巡らせると、一足一刀の間となり、面を取りにめぐにゃんが動く。

 やはり、そう来るか。

 実力が均衡するなら、体力勝負、手数で押しにくる。

 こちらも面を予測し相面を打つ。

 お互いに中心を譲らずに面を打突し、一本にはならない。鍔迫り合いになり、近距離で目が合う。きっ、と睨み付けられ右へ押すように体幹を崩され引面を打ってくる。首を傾け躱すが、首筋に当たり痛い。

 露骨に打ち込みの丁寧さが欠けている。所謂ゴリ押しだ。

 残心を直ぐにやめ、真っ直ぐ中段の構えを取る。

 そっちがその気ならと、出来るだけ最速で面を打つ。めぐにゃんは即座に竹刀で防御姿勢を取る。俺の挙動を見て判断したには早過ぎる、きっと予測だろう。

 竹刀と竹刀が打つかると同時に、それを返された胴打ちをされるが。面の勢いのままそれを打ち落とす。それでもめぐにゃんは体勢を崩さず、直ぐに防御姿勢を取る。

 それを見て、空いている逆胴と突きの内、リスクの少ない突きを狙う。上体を捻り躱される。

 面を狙われるが鎬で受ける。

 出小手を打たれるが、小手面で合わせる。それでも面は首を傾け交わされる。

 互いに、予測と挙動からの対策で一進一退だ。

 左足に力を込めて、大きく飛び込んだ途端、電子ホイッスルの音が響く。時間切れだ。

 中心へ戻り構える。

 「引き分け。」

 間下はそう言う。

 引き分けの場合はどうなる約束だっただろうか。

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