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ハルイチバン  作者: 柳瀬
二年生春
67/125

初花

 4月某日、学校の浮ついた空気も幾分か落ち着いた。自分も、面子の変わったクラスにも何となく慣れてきた。最初こそ、新しいクラスに馴染めるか不安だったが杞憂で終わった。引き続き同じクラスの奴も一定数居たし、話した事ない人も多いが基本的に悪い奴は居なかった。

 1番変わったことは部活かもしれない。あんなにやる気がなかった部活が、週に一回真面目に部活をしてしまっている。清雲先輩達が居なくなったからではなく、新入部員の影響だ。

 今思えば、4月1週目の体験入部の段階で少し胸騒ぎはあった。


 狭い部室でも、先輩が居なくなると広く感じるなとラブソングみたいな事を考えていたら、間下から情報提供があった。

 「全国出場選手?」

 「そう。噂なんだけど、一年に中学の大会で全国大会に出場した人がいるらしい。」

 「凄いとは思うが、あまり実感ないな。」

 「それだけの強い人がなんでうちみたいな高校来たんだろ?」

 康太がもっともな疑問を投げる。

 「馬鹿なんじゃない?」

 間下の言わんとする馬鹿は、学力の話なのか判断能力の話なのか分からない。確かに我が校は平均で考えると頭が良いとは決して言えない。ただし、前者では謎が残る。

 「それだけ実績あれば推薦でどこでも行けそうだから、何か理由がありそう。」

 康太の言う通りだ。

 「もう剣道辞める気とか、メンバー揃えて部を作る気とか。たぶん、この剣道部の実態は知ってるだろうし。」

 可能性はいくつかあるが、もし用があるなら今日からの体験入部に来るはずだ。まさか、この名ばかり部に入ることはないだろう。それだけ強い人なら、入る気はないはずだ。

 スマホを見るともう体験入学希望者が来てもおかしくない時間だ。3年生の先輩たちは体験入部に備えてお菓子を買ってくると言って出て行った。体験入部の場でも剣道する気はなく、お菓子を食べて話をして終わらせるらしい。その買い出し中に誰か来たらまずいからと留守番を頼まれた。俺たちが買い出しに行くと言ったが、頑なに断られた。察するに、一年生の相手をしたくないのだろう。

 実際、誰も来ないだろうし来てもやる気無いだろうし駄弁って終わらせようと言っていた。

 流石に部室に篭り切りなのも悪いと思い、戸を開け格技場に出る。格技場自体が学校の敷地の中では辺境であるため、少しでも勧誘感を出そうと鉄扉を開ける。

 するとそこには1人の女生徒がいた。

 「まさか、体験入部、ですか?」

 誰か来るとは思わず、片言になってしまった。威厳がまるでない。

 「そうです。剣道部ですか。」

 顔色を一切変えない。色が白く、快活そうには見えないが髪型がポニーテールで不釣り合いに思える。

 「そうです。中へどうぞ。」

 そう言って格技場へ招き入れる。

 女生徒は綺麗な所作で一礼し敷居を跨ぐ。女子の誰かに話でもしてもらおうと、女子部室をノックする。直ぐに戸が開き、中から道永さんんと駒井さんが出てくる。

 「どうもいらっしゃい。」

 「初めまして。」

 道永さんは初めましての握手をする様にお菓子の袋を差し出す。

 「どうも。」

 おずおずと袋からお菓子を取り出す。カントリーマアムだったようだ。

 「一年の桃生(ものう) (めぐみ)です。」

 「え!」

 部室から間下が顔だけ出して素っ頓狂な声を上げる。

 「何かしましたか…。」

 桃生と名乗った一年生は酷く不服そうな顔をしている。

 「ごめん!なんでもない!」

 そう言うと戸を閉め部室にまた篭った。

 「剣道部って、そんなに活動してないって話ですけど本当なんですか?」

 間下を無視して道永さんと駒井さんを交互に見て質問する。

 「まあ、してる方ではないかな。」

 道永さんが困ったように答える。

 「週一くらいですか?」

 真っすぐな瞳で道永さんを見る。

 「まあ、たぶん、それくらいかな。」

 その眼差しに耐え切れず嘘をついてしまったようだ。もしかしたら見栄かもしれないが、実際週に一回も稽古をしない。素直に答えるなら、大会前は週に3回、普通は月に一回だ。

 「それなら都合良かったです。私、普段は学外の色んな所の稽古行く予定なんですけど、木曜だけはどこでも稽古してなくて。」

 なるほど。だいたい察した。

 この高校へ入学したのは本当にアクセスの良さだけで、剣道については全て外部で練習するらしい。剣道は団体競技と言うよりも、個人競技に近い。個人戦で結果を残せば良いので、問題はないのだろう。

 そして、外部の稽古は木曜日以外ない。外部も一箇所じゃなく、複数箇所に行くのだろう。その穴をここでの練習で埋めたいということか。

 道永さん。正直に実情を話すべきだ。さもないと毎週木曜日、真面目に練習することになるぞ。

 「そ、そうなんだ。」

 否定も肯定もしない。それともあまりのガチさに引いているのだろうか。

 

 胴着に着替える時の、

 「めぐにゃんなぁ。」

 と小さく溢した言葉で、大体の意味は伝わった。

 高衣(たかい)先輩が桃生恵をめぐにゃんと呼び出した時は何事かと思い、後輩全員が恋の予感に騒ついたが、安田先輩から理由を聞いて笑ってしまった。

 あの練習を必死にさせようとする姿勢が、けいおんのあずにゃんに似てるから、そう呼ぶことにしたらしい。あまりにしっくりしたので、皆“めぐにゃん”と呼んでいる。その響きの可愛らしさで、女子部員も真意を知ってから知らずが同じように呼んでいる。本人が嫌ですと言っているが、それを無視し無理矢理呼んでいるのも、またそれらしい。

 そのめぐにゃんの影響で、我が部は毎週木曜日真面目に部活をして数週経つ。そして今日も部活をしてしまう。


 意外と剣道は特訓になる。春前まで色紙さんと鹿折さんと仮想空間で行った反復臨死訓練の成果は確実に現れた。狂態化までの切り替えはスムーズとは言えないが、2人には出来るなら大成功だと言われた。

 例えば、めぐにゃんとの地稽古だ。

 常態で挑むと、面も小手も胴も早過ぎて相手の挙動を見てから動こうとすると間に合わない。何をするにしても、挙動の予測と中心に構えを置く頑強さが必要になる。

 だが、どっしりと中段に構え、色紙さんから殺されそうになった一瞬一瞬、鹿折さんに殺されそうになった一瞬一瞬に感じたあの恐怖を思い出す。そして、そこから脱する、死を回避するという強い意志と共に脳に花が咲いたような感覚を思い出す。

 そうすると、全ての動きがスローになる。色紙さん曰く、脳の処理速度の狂態化によるものらしい。

 この常態では、めぐにゃんの恐ろしく早い面も、動き出しで捉えて、出小手に転ずる事も、頭を後ろや左右に振って躱すこともできる。その都度、めぐにゃんは不服そうに首を傾げる。

 このスローの世界では、自分の動きもスローになるため、腕の振りを早くするため肉体も狂態化する。腕だけでなく、踏ん張る脚も狂態化する必要があり、なかなか意識に切替が難しい。

 めぐにゃんも、普段ふざけ切った奴に負けたくないという思いからか、更にギアを上げて攻めてくる。それに応じるように、自身のリミッターも更に外すが、勿論、その反動で身体が悲鳴を上げる。筋繊維が千切れるような、骨が軋むような痛みがじわじわと伝わり、それに気が取られると常態に戻り、スローの世界から戻される。

 それに、この狂態化は仮想空間では気付かなかったが、相当疲れる。フルで脳を使っているし、肉体をいつも以上に酷使していると思えば、当たり前かもしれない。

 そう言えば前に、色紙さんと訓練中に“剣戟がどのくらいの速さに見えてる?”と聞かれた事がある。自分が見えているスローを身振りで再現すると、“それは50%も達していない。”と言われた。話によると、100%の処理速度だともっとスローになるらしい。



 「酷く疲れてない?」

 本当にぼんやりと歩いていると、気付かない内に色紙さんが隣を歩いていた。この時間に街を歩いているということは、パトロールをしていたのだろう。

 「前も話したけど、新入部員の影響。」

 一度、色紙さんにもめぐにゃんの事は伝えている。それに、彼女との稽古で狂態化の訓練を兼ねる事を提案したのは色紙さんだ。

 「めぐにゃんか。そんなに強いの?」

 「そう。俺が狂態化しても追いついてくる。流石に色紙さんほどじゃないけど。」

 「それはおかしいな。」

 俺の顔を覗き込んで言う。

 「三城君は常態でも、去年の春夏の訓練でそれなりの実力がついた。そこから狂態化したら、よほどじゃない限り常態の攻撃を捌けるはずだから、追いつかれるとは思えない。」

 「つまり…。」

 答えは分かっていたが、色紙さんに確認を込めて言ってもらう。

 「彼女は狂態化している。」

 やはりそうか。

 「俺が受けた反復臨死訓練も、わざと臨死するものであって、本当に臨死体験があって反復せずともその感覚を思い出せるなら狂態化は可能か。」

 「訓練無しで狂態化出来る人はごく稀にいる。それも一部だけ無意識下で狂態化してる場合ばかり。意識して、全身の狂態化、切替を訓練無しで出来る人は居ないと言っても過言ではない。」

 たしかに、それが可能であれば未来でなくとも、もっと早い段階で狂態化について研究なりが進められていそうなものだ。仮想空間含め、未来の技術で解明されたもののはずだ。

 「色紙さんの予想で良い。彼女はどういう状況だと思う?」

 そう聞くと唸り、少し間を置いてから話し出す。

 「これは私の予測の話。たぶん、剣道をしている時、無意識で狂態化しているはず。最初のきっかけは臨死かもしれないし、剣道中の負けたくないという強い気持ちによるものかもしれない。狂態化した三城君に追いつくということは、肉体の狂態化をしているはず。中学時代から強い人なら、前から狂態化はしてきたはず。」

 軽く話しただけで、すらすらと推測を立てる。流石だ。

 「俺の動きについていくために狂態化したのであれば、リミッターは外れるが肉体に負荷がない程度だったかもしれない。」

 そういうと、色紙さんは眉を顰める。

 「いや、三城君と同じ速度で動けて、三城君に肉体の負荷がないからと言って彼女も同じだとは限らない。肉体の土台が違う、三城君の方が許容制限値が大きいかもしれない。それに、たぶんだけど、彼女は負けたくないという意思で狂態化してる。相手が強いほどそれに追い付こうと狂態化している。今までの相手は、稽古を重ねてるとは言え常態の人ばかり。そこで狂態化した三城君と稽古して、彼女は追い付こうとしたら肉体の負荷はかなりあるはず。」

 常に強くなり続けてるということか。しかし、おそらく狂態化した人と稽古するのは初めてで、彼女の肉体への負荷は今まで最大のはずだ。ある程度頑強さの基礎があるとはいえ、反動がゼロではないはずだ。

 「めぐにゃんとの稽古は常態で挑んだ方が良いか。」

 「強い人との訓練は、経験として非常に良いけど、彼女を思うなら止めるべきね。」

 めぐにゃんと稽古することで、俺自身の練習にもなるが、彼女を思うならやめろという事だ。

 「常態でもめぐにゃんに勝てないと先輩として威厳が保てないからな。」

 強がりではある。しかし、そうするのが1番良いはずだ。

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