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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生冬
66/125

常態と狂態

何とかうつ伏せの状態から、仰向けに体を転がす。頭の近くに鹿折さんが立っており、手には銃が握られている。モーゼルだろうか。

鹿折さんがスカートを穿いている事に気付き、慌てて上体だけ起き上がらせる。俺の視線に入るように、回り込み声をかける。

「痛くはないでしょ?」

血の出る足を見るが、痛みはない。

「痺れだけがある。」

「感覚が無さ過ぎると、ダメージに気付かないからね。怪我の度合いで痺れるようになってる。正座して痺れた時くらいでしょ?」

「大体それくらいだ。」

「痺れが酷くなってきてない?」

感覚を集中させると、わずかに動かすだけも痺れるようになっていた。

「アドレナリンで痺れを感じなかった?」

「いや。血が出ると、それの量を考慮して痺れが酷くなる。」

鹿折さんは銃口をこちらに向け、説明もなく引き金を引いた。

驚くのも一瞬で、気がつくと目の前に鹿折さんはおらず、代わりに視界に色紙さんがいる。場所的に、1番最初にこの空間へ来た時の立ち位置だ。

「リスポーンしたのか。」

「そういうこと。」

色紙さんはまだホログラムを操作していた。

「まだかかりそう?」

いつのまにか鹿折さんが後ろに立っている。突然射殺した謝罪はない。

「もう少し。」

「私がやるから、それまで三城君に説明して稽古つけてあげれば?それが本筋でしょ?」

 「そうする。」

 鹿折さんの方へ手を払うようにすると、ホログラムが鹿折さんの前に移動する。鹿折さんはそれを触れ、操作を開始する。

 色紙さんはこちらを向き、腰に手を当て話し出す。

 「私や美夜が強い理由を考えた事ある?」

 これは何度も考えた事がある。

 「未来の訓練が異常に効果があるという結論で、思考を辞めた。」

 それ以上考えるのは時間の無駄だと思ったのだ。知らない事が多過ぎる。

 「美夜に私の説明が回りくどいと言われたから出来るだけ簡潔に説明する。」

 そう前置きをする。

 「人間は自身の能力全て、100%出し切れていないって話を聞いたことはある?」

 「それはある。」

 たしか、昔見たテレビで車の下敷きになった人を助けるために、一般人が数トンあるそれを持ち上げたという話を聞いた。彼は日頃訓練や体を鍛えてるわけではないが、本来なら出せない力を、出せる状況があったとかなんとか。

 「人間の脳は自分の体を壊さないようにリミッターをかけている。例えば重い物を持ち上げようとしても、筋繊維が千切れないよう骨が折れないよう脳がリミッターをかけて、100%の力は出せないようになっている。それが所謂、火事場の馬鹿力でリミッターが外れる事がある。」

 色紙さんが指をパチンと鳴らすと、俺の色紙さんの間に石が再現される。人が腰掛けれる程の大きさで、絶えず人憩う夏の野の石はこのくらいだろうなと思う。

 「筋力だけじゃない。人間の全てがリミッターをかけた状態になってる。例えば、走馬灯って死ぬ間際の一瞬でとんでもない量の情報を脳が処理している状態。それの思考処理能力を普段から使えたら、一挙手一投足全てがスローに見える。」

 大体分かってきた。つまり色紙さんたちは、身体のリミッターを解除して闘っているのだ。

 「まあ見てて。」

 そう言うと、再度指を鳴らす。すると目の前の石に持ちやすいように取っ手が付く。それを片手で掴むと、易々と持ち上げる。

 「バックを持つくらいの表情だな。」

 地面に下ろし、俺を指差した後石を指差す。やってみろと言う事か。

 取手を掴み、全力を出すがびくともしない。両手で持ち全力を出して少し動いたが、地面からは離れない。

 「こんな感じ。私達はこれを使えるようにしてる。ただやっぱり人によって差があって、どこまで出来る様になるか分からない。」

 「なるほど。」

 「それに出来ない事が出来る様にはならない。筋力を100%引き出せるとしても、元々筋肉がなければ100%出しても格闘家の常態には勝てない可能性も十分ある。」

 極端な話、5歳児がリミッターを外してもヒョードルに勝てないようなものだろう。ある程度の素の力がなければ意味がないのだろう。

 「思考処理をリミッター越えしようとしても、元々戦闘に対する思考能力がある程度ないと意味がない。どういう戦法、体捌きがあるか把握していないとただ常態と同じようにやられるだけ。」

 理屈は大体分かった。気になる事は一つ。

 「リミッターを越える方法は?」

 「薄々気付いているでしょ?」

 悪戯に笑う。

 「察しはついてるが、口に出すにが怖い。」

 「それぞれの感覚や身体能力によって最適な方法はあるけど、三城君に必要な能力は全て臨死でリミッターを越えられる可能性がある。」

 「やっぱりか。」

 溜息と共に呟く。

 「これから私が三城君に殺しにかかる。それを逃れるように必死になればリミッターを越えれる。死なないように全力で剣撃を弾く、全力で次の一手を考える。私は一切攻撃を休ませない。」

 そういえばと思い出す。

 「前に鹿折さんとやり合った時、そういうのを感じた。」

 そう言うと色紙さんの目の色が変わった気がする。

 「具体的には?」

 あの時の事を思い出し、ゆっくりと話す。

 「鹿折さんの攻撃を弾く時、これを喰らったら死ぬなって思った時に思考がとても早く出来た。動作全てがゆっくりで、目線を動かす事すらゆっくりに感じて、正確に攻撃を弾く事ができた。」

 「たぶん、その時に三城君は狂態化したんだと思う。」

 「狂態化?」

 聴き慣れない言葉だ。

 「普段の私たちは常態、リミッターを解除した状態を狂態って言う。」

 なるほど。あの瞬間、死を感じて常態ではなくなったらしい。それにしても、

 「狂態化って中々野蛮な響きだな。気が触れてると同じような意味だろう?」

 「そうなんだけど、それだけとんでもない状態ってこと。PPになるには狂態化を体得する事が条件だけど、それが出来ずに諦める人が一定数いる。体得してもコントロール出来る人もあまりいない。」

 そんな事を聞くと俺が体得出来るか不安になる。

 「ちなみに色紙さんはどのような具合なの?」

 興味本位で聞いてみる。

 「100%出すことは負担が多過ぎてやらないけど、自在に解除するリミッターを調整出来るし、全身の筋肉、部位、感覚ごとに解除出来る。」

 「それってどうなの?」

 比較対象がないからどのくらいか分からない。

 「PPの中でもほとんど出来る人はいない。」

 とてもドヤ顔だ。

 「因みに鹿折さんはどのような具合なの?」

 そう聞くと、バツが悪そうに顔を顰める。

 「美夜は本当に狂っちゃって、常時狂態化してる。常態が狂態。」

 「それって少数派?」

 「マイノリティ。」

 鹿折さんは本当に枠に収まってない。この2人はPPの中でもイレギュラーだ。

 「これからするの訓練は反復臨死訓練。」

 「言葉の響きが残酷すぎる。2人ともこの訓練で狂態化を会得したのか?」

 「いや、私達はまた別のきっかけがあった。だから美夜は常態狂態化しちゃってる。」

 詳しく聞きたいが、もっときつい訓練をされたら堪らない。それに、イレギュラー2人を生んだ訓練がまともであるはずがない。

 「とりあえず、俺がこれからされることは分かったけど、仮想空間であるからこそ死への実感が薄れてうまくいかないんじゃないか?」

 仮想空間では実際には死なない。だからこそ臨死まで精神が追い込まれず、上手くリミッター解除まで出来ない不安がある。

 「それはある。実際にPPの訓練でも反復臨死訓練は肉体への危険性が少ない分、狂態化出来る確率は少ないことで有名。他にも訓練はあるけど、肉体と精神への負荷が大きいから、これは導入訓練の立ち位置になってる。これで感覚を掴めればラッキーくらい。」

 「過去の人間である俺の事を慮って、1番負担が少ないものを選んだって事か。」

 「そうなるね。ただ、反復臨死訓練は一度狂態化した事がある人にはぴったり。最初の狂態化が難しいだけで、反復による慣れは十分期待できるからね。」

 意図せず、最適な訓練が出来るようだ。

 「それじゃあ早速。」

 そう言って勢いよく振りかぶった手には、既に刀が再現され握られていた。のけ反り躱すが、体勢を立て直せずに2撃目の刺突が鳩尾に食い込む。

 常態から変化は何も感じない。

 色紙さんは期待も落胆もしない目で、こちらをじっと見ていた。

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