再現
寒さに負けそうになりながら、コートのポケットに手を入れ、マフラーに顔を埋めて歩いている。
さっきまで乗っていた電車の暖かさをまだ覚えており、外気が一層冷たく感じる。一度暖房を経験すると、気が緩み外の世界へ飛び込むには勇気がいる。電車であれば下車のタイムリミットがあるため奮い立たせる事が出来るが、家に居て外に出る時は非常に難しい。今日がまさにそうだった。
奥に見えるマンションが色紙さんの家で、まだ時間がかかると分かり気が重くなる。
色紙さんの家に向かっている理由は、いつもと同じで呼び出されたからだ。
3月に入って直ぐに、学校の誰もいない廊下で色紙さんに呼び止められた。
「今週末空いてる?」
予定と言えば本屋に行くくらいなので、
「無い。」
と答えた。すると、
「じゃあ、13時頃に私の家に。」
とだけ言って、教室に入っていった。
何をするのかは聞かされていないが、それにも慣れてきた。あの人はそういう人だ。
13時に集合は、小学生の頃よくやっていたなと思い出す。平日、学校にいるうちに土曜日とか日曜日に友達の家に13時に遊びに行こうと約束をしていた。何をしていたかと言われると、ゲームだったり缶蹴りだったり、楽しかった事以外はあまり覚えていない。
色紙さんがよく集合時間を13時にするが、未来でも午後から用事といえば13時だというある種の常識が続いて残ってるのかもしれない。
ようやっと色紙さんのマンションへ着き、部屋を目指す。家に行くのにエレベーターがあるというのもなんだかセレブ感がある。この単純思考は小学生の頃からずっと変わらないだろう。
ドアの前に立ち、部屋番号を確認してインターフォンを鳴らす。
ほどなくしてドアが開き、色紙さんが現れる。
「いらっしゃい。」
大きめの白のスウェットに、細めのズボンを履いている。
「お邪魔します。」
家に入り、ドアが閉まると鍵が掛かる。オートロックだ。それに、更にドアガードを掛ける。人の家に行った時に、鍵を掛けるか悩むが、色紙さんは何度目か家に来た時に、
「入ったら締めて。」
と言ったので、それから遠慮なくドアガードを掛けるようにしている。
靴を脱ぎ、振り返り揃える。
色紙さんの背中を追い、リビングに入り驚く。
「こんにちは。」
両手に湯気が出たカップを収め、こちらに目を向けそう言ったのは鹿折さんだ。
「こんにちは。」
どうもぎこちなくなってしまう。
鹿折さんはカップをソーサーに置いて、ソファーから立ち上がる。
「その節はどうもお世話になりました。」
深々とお辞儀をされ、こちらも慌ててお辞儀をする。
「こちらこそご迷惑をおかけしました。」
数秒待って顔を上げると同時に鹿折さんも顔を上げ、ソファーに座りテーブルの上の煎餅を手に取り包装を開け頬張る。
「適当に座って。お茶とコーヒー、紅茶何が良い?」
「紅茶で。」
とりあえず、別に何も入っていないリュックを部屋の隅に置き、コートを脱いでその上に重ねる。
ソファーは大きいものと小さいものが、テーブルを挟んで向き合うように据えられている。大きい方には鹿折さんが座っているため、反対の小さい方に座る。
ようやっと一息つけるなと安堵のため息をする。ポケットからスマートフォンを取り出し、何か通知がないかと見るが何もない。そのままテーブルの上に置く。
「最近は平和だね。」
鹿折さんにそう言われて、思い出すが確かにそうだ。
「PPの仕事が少ないな。」
最近は、見回りをしても未来人がうろついているのを見ない。
「寒いと来る人減るらしいからね。」
「ほう。」
意外と単純な話だ。
感心していると、目の前にソーサーにのったカップが置かれる。
「ありがとう。」
熱いのは飲めないため、少し待って冷ます。
色紙さんは鹿折さんの隣に座り、目の前にカップを取って一口啜る。
「たぶん私が来ることが、四季から聞かされてないでしょ?」
鹿折さんの問いに、首を縦に振る。すると呆れたように溜息を吐く。
「やっぱりね。四季はサプライズ好きでもなく、ただ抜けてるのか馬鹿なのか、そういうタイプなの。」
「分かってる。」
そういうと色紙さんは気まずそう口を閉じている。
「それじゃあ、今日なにするのかも聞いてないでしょ。」
この問いにもまた首肯する。
「本当に…。」
そこで言葉を切り、色紙さんを睨むが、色紙さんは目を合わせない。頑なだ。
「やる事くらい説明しといた方が良い。」
鹿折さんに諭され、色紙さんはソファー脇に置かれた箱を机の上に置き、中から眼鏡のようなものを取り出す。
「今で言うVRの延長。SAOって知ってる?」
「知ってる。」
「それ。」
「どっち道、説明不足になるね。」
鹿折さんはかなり呆れている。
「まず入ろうよ。」
そう言って色紙さんはゴーグルを鹿折さんと俺に手渡す。
「付けて。」
言われるがままそれを付ける。
「背もたれに寄りかかって、もう寝るくらいの気持ちで脱力して目を閉じて。」
なんだか少しいかがわしいなと思いつつ、言われた通りにする。
やがて瞼に映った光ったり消えたりする像が、明確な形を伴っていく。真っ白で四角が、ぼんやりと丸になり、三角になり、また四角になる。その四角に吸い込まれるような感覚の後、真っ白な各辺200メートル程の空間に立っている事に気がつく。
ただ、定点カメラを見ているようで、視点移動が出来ない。そこに色紙さんと鹿折さんが立っている。映像をVRゴーグルで見ているようだ。
「ログイン時に設定しなきゃいけないから、何か文字が出てきてない。」
色紙さんが少し先で指をくるくると視界全体を指している。途端、目の前に謎の英語の羅列が広がる。ホログラムのように空間に浮かび上がっていて、単語がたくさんあるが、意味がよく分からない。
「その中からrecognitionってところを見つけてじっと見て。」
「綴りは…。」
「アール イー シー オー ジー 。」
「見つけた。」
自分の学のなさが露呈して恥ずかしくなる。
そのrecognitionという文字を注視していると、他の文字が消え、それだけが残った。それと同時に定点カメラのようだった視点が気付かないうちに主観となっていた。
自分の手を腕をまじまじとみる。脚もある。全てが現実世界と変わりがない。
「前を見て。」
足元をから目線を前に向けると、また文字が浮かんでいる。
詳細設定 と ホストに委任 の2つだ。
「ホストの方を触れて。」
指先で浮かんだ文字に触れると、詳細設定と言う文字が消え、ホストとに委任という文字が色紙さんの目の前に移動していった。
その文字に触れると、色々な文字が色紙さんの前に浮かび、次々とそれらを触れていく。
「この空間は、私たちの認識で成り立っている。」
隣に鹿折さんが立ち話し始める。
「仮想空間だから、姿形を現実と別にも出来るけど、今日は同じにしている。その設定がrecognitionね。」
ゲームモード選択みたいな事だったようだ。
「この設定では自分が認識している自分の姿になる。姿を変えようと思えば変えれるけど、それは強く認識を変えないといけないからまず無理。ずっとその姿で生活してきたから、当たり前の自分の姿になってる。」
「身体をスキャンするは時代遅れなのか?」
「そうなるね。昔は身体を隅々までデータ化して仮想空間に再現したんだけど、今はもう脳内の認知を再現する技術があるから、そっちの方が簡単。身体能力も認知通りになるからね。」
想像に何歩も進んでしまっている。
「今、四季がその他の細かい設定をやってるけど…。そうだ、イメージオンして。」
そう色紙さんに声をかける。
「したよ。」
「よし、じゃあ見てて。」
鹿折さんは真っ直ぐ何もない空間を指差す。そのままその指を上にピッと上げる。すると、20メートルほど先に床からマネキンがせり出してくる。
「召喚したみたいだな。」
「その通り。この空間は自分の認知で身体を作り出してるけど、設定で想像力もオンにするとこうなる。私はあそこにマネキンを作り出そうとした。そして。」
腕を真っ直ぐ突き出し、手のひらを縦に広げる。すると、銃は手の平に出現し握りしめる。
「こういうことも出来る。私は銃が出てくるようにイメージした。」
想像力で何でも出来るらしい。あんまり下衆な事は考えない方が良いかもしれない。
「安心して、本気でイメージしないと再現されないから。」
心を見透かされたようで、逆に安心出来なくなる。
パンッという音がすると、マネキンの頭に穴が空く。発砲したようだ。
「再現すると言っても、私は銃の構造も全て理解出来ていない。なのになんで再現できたのか。あ、自分のイメージした物を実際にこの空間に生み出す事を再現って言うの。」
淡々と説明してくれる。色紙さんならここまでの説明でちゃんと真面目に話を聞いていたか確認するために3回は質問されている。
「それで、構造を理解していないのに生み出せるのはアシスト機能があるから。銃という概念を知っていれば、後はこの空間システムに登録されている銃が再現される。私はコルト・ガバメントを再現しようとして、見た目だけイメージして後はアシストで再現した。それで実物と同じガバメントが今手元にある。」
「今の時代のゲームでは、インベントリからガバメントを選択してイクイップする事で使用できるけど、ここでは想像するだけで使える感じか。」
自分なりの解釈でそう聞くが、鹿折さんはピンときていないようだ。
「あんまりゲームやらないからなぁ。」
「それで大体あってるよ。」
色紙さんはそう答えつつ、まだホログラムを操作している。
「らしい。それで、実際の銃の機能が登録されているから、銃の扱いが分からない人には再現しても使えない。これは当たり前だね。弾数も実銃通りで、フルで装填されてる。」
構造を理解出来ずに、アシストに頼って再現する以上、実銃と同様の扱いをしなければいけないと言うことか。
「イメージ次第で何でも再現出来る。例えば。」
鹿折さんは指の銃の形にして、頭部を撃ち抜かれたマネキンに向ける。そして、
「ばん。」
そう言うと、指先から光が飛び、マネキンの頭を吹き飛ばした。
「光線だ。」
「そう。イメージ次第で、魔法のような事も出来る。他には。」
今度は手のひらを前にゆっくと突き出す。すると、空中に一本剣が再現され浮かんでいる。そして、グッと握りしめる。その瞬間、浮かんでいた剣がマネキンに飛び、胸部に突き刺さる。
「更に。」
右手でデコピンを、マネキンの方にする。すると中指の指先から火が飛びマネキンに引火する。
「とまあ、こんな感じ。」
指パッチンを一度鳴らすと、頭部が吹き飛ばされ胸部に剣が突き刺さり燃えているマネキンが湯気にように弾けて消えた。これも再現か。
「今の再現は、私が再現した物だから消せた。だから、三城君や四季、2人が再現したものは消せない。」
「再現バトルが出来るって事?」
「そう。試しに何か再現してみて。」
「何か…。」
何を再現するか悩む。まあ、バトルに関連するものであれば無難に剣にしてみようか。そう頭で念ずるが、再現出来ない。
「難しいでしょ?」
鹿折さんは悪戯っぽく笑う。
「何を再現しようとしたの?」
「剣。」
「どんな?」
そう言われて、あまり細かいことまで考えていなかった事に気付く。それを見透かすように言う。
「どういう剣なのかが重要。西洋剣なのか、日本刀なのか、青龍刀みたいなのか。」
イメージしやすいのは日本刀だろう。色紙さんのイアもそうだし、俺のもそうだ。
「刀にする。」
「それじゃあ、どう再現されるのかもイメージする。」
「どう再現されるか?」
「パッと再現されるのか、じわじわと柄から再現されるのか、腕の振り抜きと一緒に再現するのか。」
成る程、そういうところまでイメージが必要になるから、頭に思い描いただけでは再現されにくいのか。
腕を上に突き上げ、手のひらをを少し開く。それを振り下げグッと強く握りしめる。その時に刀を再現する。
ちょうど胸の辺りで再現され、掴む。鞘に収まった頭の中にあった刀そのものだ。
「そんな感じ。大体分かったと思うけど、ジェスチャーが大事。無挙動で再現するのも出来るけど、かなりの想像力がいる。」
俺が刀を再現する時に腕を振り下ろしたそれや、鹿折さんが光線を出す時に指を銃の形にしたそれのことらしい。
「挙動が伴うと、再現がしやすくなる。私はあんまりやらないけど、ゲームとかアニメみたいな挙動とかするとやりやすいみたい。」
「漫画とかの能力を再現出来るのか。」
「そう。かめはめ波とかね。だから、四季はこれに関して強過ぎる。元々強いのに、もう誰も勝てない。」
そういえな、確かに色紙さんは漫画やゲームに詳しいと思ったが好きだったのか。成る程。
「ちょっと設定に手こずってるから、そのまま闘ってみたら?」
色紙さんが言葉を挟む。
「まだ時間かかりそう?」
「まだかかる。分かりにくいんだよね。」
愚痴をこぼす。
「それじゃあ、一回やってみようか。」
「分かった。」
「やって慣れよう。」
鹿折さんは腕を突き出し、西洋剣を再現する。
こっちも武器を構えようと、さっき再現した刀を抜刀し、鞘が邪魔だと気付く。投げ捨て、塵となって消えるように再現する。鞘が床に当たると校庭に舞う砂のように消えて無くなる。
刀を構える。
「行くよ。」
鹿折さんが一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。鎬で受け、流すように払い、反撃に頭に向かって振り下ろす。それを後ろに仰け反り躱される。互いに、次を繰り出すには態勢が悪く、互いに数歩下がる。
間合いは4メートルほど、一足では攻撃は当たらないが、互いに一足踏み込めば当たる。
愚直に仕掛けるのは得策ではない。鹿折さんの攻撃に合わせて返し技を考える。頭なら一旦受け、鍔迫り合いに持ち込む。頭より下なら、手首を返し鍔元の鎬で受け、そのまま返す。小手返しの応用で叩く。
鹿折さんから目を離さず、ジリジリと間合いを詰める。バッと大きく振りかぶった。
その間合いでは届かないと、一瞬不思議に思うが直ぐに思い出した。
大きく後ろに飛び退る。
再現がある事をすっかり忘れていた。
それを見て鹿折さんは動きを止める。そして、指を銃の形にしてこちらに向ける。それを見て腕を下から上に振り上げる。そして床から壁を再現する。咄嗟の判断だったため、壁は最小限、自分を守れるほどの岩壁が再現された。
自分で鹿折さんを視界から外してしまった。
途端、壁が爆発する。砂埃が立ち、向こうが見えない中、発砲音が響く。
銃を再現したか。
2度目の発砲音と同時に、右腿に違和感を感じる。正体を探ろうと足を見ると、撃ち抜かれたようで、血が流れている。ただ、痛みはほとんどない。痺れる程度だ。
対応せねばと、一歩踏み出そうとするが、右腿の痺れが強く、転んでしまう。
立ち上がろうとするが、頭に何を押し付けられる。鹿折さんの足が見え、銃口だと察する。
「私の勝ちだね。」




