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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生冬
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2人の秘密

相楽さんが去った後、小清水さんの席を見ると一人で座って退屈そうにスマートフォンをいじっていた。教室内にクラスメイトはまばらに残っているがもう時間がなく、人目をどうのこうの言ってる場合ではない。真っ直ぐ小清水さんの席へ向かい、声をかける。

「小清水さん。ちょっと良い?」

ようやっとたどり着いた。

座ってままでこちらを見上げて、不思議そうに目を丸くする。

「良いけど…。」

けど、何したの?という訝しげな顔をしている。

「重大且つ内密なことです。」

そう言って手招きで廊下へ誘う。ありがたいことに、素直についてきてくれる。気にし過ぎかもしれないが、このやり取りを見ていたのは宗介しかいない。

前に見た時よりも勢いの増した雪の降り荒ぶ中、わざわざ極寒の廊下で話す人はおらず、教室とは違って人気がない。ここで話しても誰にも聞かれないだろうと思い、話し出す。

「寒い中申し訳ない。」

「手短にしてもらうと、お互いのためになるかもね。」

冗談に首肯し本題を切り出す。

「宗介から、もらったでしょ?」

何をとは言わなかったが、伝わったらしく、こくりと頷く。

「それがどうやら手違いでカレー粉を渡してしまったらしく返品してほしい。」

カレー粉と聞いて明らかに不思議そうな顔をする。小清水さんがこんなに感情を顔に出すのが珍しく、笑ってしまいそうになる。

「何でカレー粉?」

「俺に渡すつもりだったものを間違って小清水さんに渡して、小清水さんに渡すつもりだったものを俺に渡したらしい。」

「成る程…。いや、成る程じゃない。何でカレー粉?」

たしかに今の説明ではカレー粉が存在する理由が分からない。しかし、俺もカレー粉の存在理由を把握出来ていない。

「詳しくは俺も分からない。詳しくは宗介に聞いてくれ。」

なるほど、これは宗介にナイスアシストをしてしまったのでは?と言ってから思う。

「後で聞くことにする。」

とてももどかしそうだ。そんなにカレー粉の存在が気にかかるのだろうか。

「それでどうやって返せば良いかな?」

唸り、悩む。そう言えば手法を考えていなかった。

「宗介に突き返してやれば良いかもな。」

これは露骨に狙い過ぎたなと思う。側から見れば、小清水さんが宗介に手作りチョコレートを渡している画になる。

「それは難しいかなぁ。」

「そっか…。」

残念ながら、宗介に脈はなさそうだ。そう見られたくないのだろう。

「いや、そうじゃなくて!いや、そうでもあるのかな。いや、重要なのはそこはじゃなくて!」

露骨に慌てている。俺が悲しそうな顔をしてしまい、全て察したのだろうか。

小清水さんは周囲をキョロキョロと見渡す。つられて背後の廊下の奥を見るが、人はいない。少し前のめりで、口元に手を添えて内緒話の態勢をとられ、こちらも右耳に手を当て口元に寄せる。

「私…。」

そう言ってからかなり間を開けて一言。

「潔癖だから。」

酷く恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに呟く。

潔癖だから?

間抜け顔をしていたからか、慌てて付け足される。

「女子には基本的に知ってるけど、男子には言ってなかったから。2人の秘密にして欲しい。」

たしかに初耳だったが、それがどういう意味になるのか悩む。それ以前に、2人の秘密というワードにグッとくる。それを気にせず、小清水さんは補足説明をしてくれる。

「分かりやすく潔癖って言ったけど、根本的には強迫性障害になると思う。強迫観念があって潔癖になる。人に手作りの物を渡すのも、もし何かあったらと思うと怖くて渡せない。」

なるほど、何かとは食中毒とかお腹を壊すとかだろう。強迫性障害の小清水さんが男子に手作りチョコレートをあげる構図は、女子から見ると明らかに変だ。強迫性障害が嘘だと思われるかもしれない。

「なるほどね。じゃあ、こっそり俺に渡してくれて良いよ。」

それがベターだと思い提案したが、小清水さんは何故かびっくりという顔をしている。

「どうかした?」

「いや、じゃあ今持ってくる。」

そう言ってそそくさと教室へ戻り、数十秒でコートを羽織り、マフラーをバックを肩に下げたバックから取り出しながら戻ってくる。

「じゃあ、はい、これ。」

バックから小綺麗な包装のチョコレートを渡される。なんだか複雑な気分だ。

「迷惑かけた。この件も2人の秘密にしてほしい。」

「分かった。ありがとうね。」

何故お礼を言われたのか理解出来ないまま、小清水さんは手をひらひらと振って、マフラーに長い髪を内側に入れるように巻き、踵を返し歩いて行った。きっともう帰るのだろう。

その姿を見送り、姿が見えなくなった所で教室に戻る。宗介とばっちりと目が合ったので、席へと向かい、小清水さんからもらったカレー粉を手渡す。

「貸しだな。」

別に返して欲しくはないが、言ってみたかっただけだ。



狭い部室に、3人寄り添っている。本当に寒いが、暖房と呼べるのは床に敷いた段ボールだけで、さっさと帰ろうと間下と康太と意見は一致している。

「俺は多分優勝だな。」

間下は紙袋を開いてみせる。中には様々な包装や、既製品のチョコレートでいっぱいだ。

「お前いつからジャニーズなったんだよ。」

間下は得意げな顔をしている。しかし、何故こんなにたくさんもらったんだ。

「5組は全員もらうシステムなの?」

康太が尋ねると、間下はオーバーに額に手を当て参ったなぁというジェスチャーをする。

「バレンタインは女子皆で何か持ってくるから、男子も皆1ヶ月後何か持ってきてねっていうルールが制定されちゃった。」

それは良いのか悪いのか分からず微妙な顔をしてしまう。まあ、お互い難しい事を考えなくて気持ち的には楽なのはたしかだ。

「5組の女子は18人、つまり俺は18個貰いました。」

「ズルだな。」

「チートだね。」

俺と康太に否定されて、何言ってるんだこいつらはという顔をする。

「今更ルール変更はない。バレンタインに何個もらえるか、それだけだ!」

大きな声で言うほどじゃない。

「ほぼ一個みたいなもんだけどな。」

間下は何を言ってもノーダメージで、偉そうに構えている。

「次は俺かぁ。」

康太はスポーツバックから3つ、チョコレートの包みを取り出す。

「クラスの井筒さんと玉田さん、あと石田先輩。」

井筒さんと玉田さんは確か、明るい派手めな人達だったはずだ。色んな人に渡すタイプではある。石田先輩とは誰だろうか。

「石田先輩って誰?」

間下も知らなかったらしい。

「それは、まあ、いいじゃん。」

「「おいおい」」

不本意ながら、間下とハモってしまった。康太もちゃっかりしてやがる。

「その前に元春はどうだったのさ。」

急な話題の転換だ。露骨に話題を変えようとしている。しかしまあ、そこは康太を慮って話を進めることにする。スポーツバックを開き、チョコレートを見せる。

「ひかるさん、小清水さん、才原さん、増田さん、宗介。あと、手元にないけど相楽さん。」

「宗介?」

目の前にあるチョコレートを誰にもらったかを言っていったため、この並びに宗介が居ることの不自然さを忘れていた。

「色々あったんだよ。」

間下は腑に落ちない顔をしている。

「やっぱり、増田さんからもらったんだ。」

康太はここぞとばかりにやけている。

「増田さんって、1組?」

「1組。」

「顔分かんないわ。」

心底残念そうに間下は言う。しかし直ぐに笑顔になり、

「6個か。それなら俺の優勝。康太の6倍、元春の3倍。圧勝です!」

とことんうざい笑顔だ。しかし、数はその通りだ。

「後で何か奢るから。」

「俺の好きなタイミングで好きなものな。」

そう言う賭けをしていたのだ。流石に高いものは言ってこないだろうが、忘れた頃に来るのが1番しんどい。

「帰るべ。」

間下は立ち上がり、リュックを背負う。それに倣って、俺と康太が立ち上がる。マフラーを巻き、部室、格技場を出て鍵を閉める。

「寒過ぎ。自販機であったかい飲み物買おう。勝者の特権、奢り発動するかな。」

今日1日で積もった雪を踏みながら、3人で並んで歩く。全然シュチュエーションは違うが、スノースマイルが頭の中で流れ出す。

「紅茶花伝あったかな。」

一人で飲まれるのも腹が立つため、俺も買おうと心に決める。


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