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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生冬
63/125

既製品と知育玩具

午後一の授業は本当に眠くなる。

昼休み教室に戻ると宗介が駆け寄ってきたが、首を小さく振った。露骨に残念そうな顔をされ、不本意にも可哀想に思えた。

何とか次の10分休みに接触出来ればと思う。

放課後はリスキーだ。出来れば次で決めたい。


幸い、小清水さんは一人でスマートフォンを見ている。今しかないと、直ぐ様、尚且つ慎重に近づく。

声を掛けようと口を開くと同意に、小清水さんは席を立ち。廊下に出て行ってしまった。しかし、好都合だ。何だかやってることがストーカーじみてきた。罪悪感がなくは無いが、誰かのためという大義名分があればなんとかなる。

続いて廊下に出る。しかし、小清水さんの姿はない。何処かの教室へ行ったのか。本当に姿を消す人だ。しかし、廊下に出てこの短時間で姿が見えないのだ、おそらく隣の3組だ。戸の小窓から覗くとやはり小清水さんが居る。テニス部の人と何か話しをしている。邪魔は出来ない。

廊下で待つのも寒くて敵わない。

一度教室に戻ろうと戸に手を掛けると、同時に内側からひかるさんが外に出ようとしていた。お先にどうぞと一歩下がりジェスチャーをすると、ひかるさんは手のひらを前に出しちょっと待ってのジェスチャーをする。素直に従い、寒さを我慢する。

直ぐにひかるさんはトートバックを持って廊下に出てきた。

「ハル君。」

後ろ手に戸を閉め、窓際に歩み寄る。しんしんと降る雪を眺めて、何か言いたそうな顔をしている。

「段々と忘れていたけど、今日はスフレを食べてたのかなって思うんだ。」

あおいさんのことだ。

ひかるさんは、あおいさんの事を克服していたと勝手に思っていた。それだけ昔と変わりなく、気丈だったのだ。

「あれは美味しかったなぁ。」

「ね。」

そう言って笑う姿に悲哀はまるでない。

「お姉ちゃんの手伝いとかしてたから、割とお菓子作りは得意なんだ。」

自慢げに語り、トートバックから包みを出す。それを両手で受け取る。可愛い包みで、チロルチョコからの差が大きい。

「ありがとう。」

ひかるさんからバレンタインにチョコを貰うなど僥倖だ。

「お返しは倍でお願い。」

悪戯に笑う。正直言うと、この幸せを倍に返すとなると、お金で解決出来る範囲外になってしまう。冗談であろうその言葉に、酷く頭を抱えていると後ろから声を掛けられる。

「何だかとても良い雰囲気だね。」

反射的に振り返ると小清水さんが立っている。

「違うよ。」

ぱたぱたと手を振り、少し顔が紅いのは寒いからだろうか。

「そうだ。」

手に提げた紙袋から既製品のチョコレート、メルティーキッスの箱を取り出し、それを差し出す。

「これをあげます。」

「ありがとうございます。」

両手で受け取る。

「何でそんなに畏まってるの?」

くすくすと笑われる。

「なんか私の時より緊張してない?」

ひかるさんから睨まれるが、これはこれで良いと思ってにやけてしまう。

「今度は笑ってる。」

呆れた顔をひかるさんはする。

「そんなに嬉しかったの?」

「いや…。そうだ。」

ひかるさんもいるが、最小限の被害、必要経費だと割り切って小清水さんに話しかけようとする。

「あ。」

短く声をあげたのはひかるさんだ。どうしたのだろうと目線の先を追うと、次の時間の教師が歩いて来るのが見えた。時間に煩い人で、休み時間ぎりぎりに廊下に立っているとぐちぐち言われてしまう。

「さっさと教室に入ろう。」

小清水さんの言葉に従い、ひかるさんと続いて教室に入る。

時間管理がなっていない。

席に向かう途中、宗介と目が合う。首を横に振ると、俺の両手に目を向け般若のような形相になる。



放課後開始数分の教室は、静謐でも無くうるさくもない。皆それほど急ぎではないようで、真面目な部活に所属している人はそそくさと出て行ったが、それ以外はこの雪の中帰る事を躊躇っているのか大勢残っている。幸い小清水さんもいる。

今の時期は、真面目に部活動している部は少ない。積雪で外の部活は中で部活をするし、体育館は元々他の部が使ってる。それ故に体育の取り合いになり、活動日数は減る。

我が剣道部の格技場も、練習場として取り合いになるかと思ったが、何のスポーツをするにも狭いらしい。聖域を守れ安堵はしたが、暖房が何もない場所であるため、それほど寄り付かなくなってしまった。暖房器具が段ボールだけだった時の衝撃は忘れない。部室は狭いし、小さな電気ストーブでも買ってこようか康太と間下と悩んでいた。

想定よりもスポーツバックがいっぱいになってしまった。教科書類で押し潰してしまう事を恐れ、必要最低限のものだけを持ち帰り、その他は不本意ながら置き勉することにした。普段なら頑なにしないが、今日だけは仕方ない。

もう放課後だ、なりふり構ってられない。

思い切って立ち上がると同時に、教室の戸が開かれる音がして、まさか小清水さんが出て行ったかと思い、前の戸を見ると軽く手を振って相楽さんが入ってくる。そのまま真っ直ぐこちらに来て、左側に立つ。そちら側に目を向けると、前の席の統次も気づき相楽さんの方へ首を向ける。

「2人にとっておきを持ってきたよ。」

「嫌な予感がする。」

訝しげに統次が呟く。

「ハッピーバレンタイン!」

何がめでたいのかよく分からないが、目の前に差し出されたのはスマートフォン二個分くらいの箱だ。それを統次の机の上に置く。手招きされたため、立ち上がる。相楽さんは統次の前の席の椅子を180度反転させ、統次と向かい合う。それを見て統次の右隣の席に座る。

相楽さんが置いた箱の蓋を開け、統次と覗き込む。丸いチョコレートが4つある。ただ、並び方が奇妙だ。3つ横に並び、1番右の下に4つ目が置いてある。

「ピノの左下と真ん中の下がないバージョンみたいだな。」

統次が的確な例えをする。

「誰かに2個食べられたのか?」

「相楽さんがつまみ食いしたんじゃないか?」

「私ってそんなに食いしん坊に見える?」

統次と目を合わせる。そして統次が口を開く。

「それでこれは一体なに?」

無視か。

「この中で美味しいチョコレートが2つ、あんまり美味しくないのが1つ、全然美味しくないのが1つあります。」

「ロシアンルーレットかよ。」

「それをお互い一個ずつ選べって話?」

「察しが良い。」

どこか相楽さんは得意げだ。

「因みに美味しいチョコレートは私の手作りだから美味しいと言うと語弊があるかもしれない。他の2つと比べたら美味しいと言った方が良いかもしれない。」

律儀な説明だ。

「“あんまり”と、“全然”はどれほどの威力がある?」

「これまた私の手作りだけど、“あんまり”は食べれなくはないけど、美味しくないって感じ。“全然”は本当に美味しくない、トイレまで走るかもね。」

とんでもない威力があるようだ。

美味しいのが2つあるため、俺も統次もノーダメージで凌ぐこともできる。それに確率は二分の一だ。それでも出来れば美味しいのを食べたい。

「ヒントは?」

一応尋ねてみる。

「んー。並び方と今までの私の発言がヒントかな。」

あまりヒントになっていない気がする。チョコレートをもう一度見るが、どんな意味があるかやはり分からない。段々と昔あった知育玩具に見えてきた。名前は忘れた。

「ロンポスに見えてきた。」

「それだ。」

「なにそれ?」

相楽さんには伝わらなかったが、統次は何でそんなことまで覚えていたのだろうか。もしかして持っていたのか?

「最後のヒント、並び方の意味に気付いてから苦労する人も多いと思う。」

「随分とハードモードだな。」

「私も完遂されたら面白くないからね。」

随分と意地が悪い。

「俺は分かった。」

統次を見る。本当に分かったのかと言いたいほど表情が変わらない。

「さすが南君。早いなぁ。もう食べていいよ。」

統次はチョコレートの入った箱を俺の前に移動して話し出す。

「俺が先に選ぶ事によって元春にヒントを提示することも出来るけど、選ばないで最悪分からなかった場合に適当で美味しい物を選ぶ可能性を残す事も出来る。どうする?」

顎に手を当て熟考する。どうしようか。

「統次は“美味しい”“あんまり”“全然”の場所全部分かったのか?」

「分かった。」

ということは並び方の意味を理解できると言うことは、それぞれの配置も分かるということだろう。

「相楽さんの言う意味が分かっても苦労するタイプではなかったのか。」

そう言うと統次は少し悩んでから答える。

「苦労したけど、どちらか分かれば…。」

「はい!そこまで!」

余程焦ったのか教室中に響く声で相楽さんが制止する。

「勝手にヒントは出さないこと。」

キツめに叱られている。

しかし、さっきの発言で1つ思い付いた。

「統次、一個選んでくれ。」

良いのか?という顔をしつつ選んだのは1番左だ。成る程。それならばと右の下を選ぶ。2人でチョコレートを摘み、相楽さんを見る。とても残念そうな顔をして一言、

「召し上がれ。」

と呟いた。

ひょいと一口で頂くと、可もなく不可もなく普通のチョコレートの味が広がる。統次を見るが、いつもと同じで無表情だ。

「せめて三城君だけでも引っ掛かればと思ったけどなぁ。」

「それは色々と酷い。」

「南君は分かるだろうなと思ったけど、やっぱり南君が余計な事を言うから。」

統次を睨みながら言う。

「ジグソウには協力して挑まないといけない。」

「私あんなに頬骨出てないでしょ。」

そう言う意味ではないだろうが、相楽さんがゲームに勝てず苛々している。

「正直、統次にめちゃくちゃ助けられた。」

大きなため息を1つ、相楽さんがする。

「信号機の左から“青”“黄”“赤”、それに歩行者用信号の上から“赤”“青”、両者の赤を1つになるように組み合わせてさっきの配置になってたんでしょ?」

こくりと頷く。

「青は2人が食べた美味しいやつ。黄色はあんまり美味しくないやつ。赤が全然美味しくないやつ。」

やはりそうだったようだ。

「正直、俺は普通の信号も歩行者信号も、色の配置が思い出せなかった。だけど、統次が選んだ場所が青だから俺も選べた。」

相楽さんはチョコレートの箱に蓋をして、立ち上がる。諦めて帰るようだ。

「ちなみに、黄色と赤は何を入れていたんだ?」

くるりと振り返り、にっこりと笑って答える。

「愛情と好奇心。」


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