ついでにしては肝要だ
授業中に、ひたすら小清水さんの隙を狙う算段を立てていた。本人だけなら隙だらけだが、取り巻きというか他生徒にも見られないようにとなると難易度が上がる。別に俺自身疚しい事は何もないが、周りに勘違いされても困るし、素直に経緯を話して宗介が辱められるのも避けたい。
宗介の話を聞いたのが2時間目と3時間目の間の10分休みで、今は3時間目。午前中に今の授業も含め2つ授業がある。
小清水さんは常に誰かといるタイプではないが、一人ぼっちでもない。誰かと話している時に引き離す訳にもいかない。そのため、一人でいる時に、2人きりになれる場所へ誘導するしかない。放課後になれば部活へ行くだろうから、それまでにケリをつける必要がある。
この授業の終わりと次の授業の間、10分休みがベストかもしれない。
昼休みや放課後には生徒の居場所がばらけ過ぎて、どこに誰がいるか分からない。
我がクラスの次の授業は英語で、教室移動はない。小清水さんが一人きりのタイミングで声を掛け、人が居ない所へ…。
人の居ない所?
そんな場所あるのか?学校には教職員含め700人近くいる。一時的にでも人が居なくなる場所。
気がつくとチャイムが鳴り、数学の授業が終わった。
こうなったら人目につかない場所を適当に移動しつつ探すしかない。数学の教科書と板書を怠ったノートを机にしまい、小清水さんの方を盗み見る。なにやら前の席の君野さんとノートを広げ話をしている。先程の授業で何か分からない事があったのだろうか。どの道、その会話を破れない、話終わるまで待つしかない。前を向き直るといつの間にか康太が立っていた。
「びっくりした。」
「随分と落ち着いてないね。」
珍しく茶化してくるが、確かに今はそわそわしている。その原因である宗介に目線を送るが、突っ伏して寝てやがる。何という無礼な奴だ。
「何か?」
極めて率直に要件を訪ねる。
「どうせ暇だろうから、第1体育館に今から行ってきて。そして、放課後に聞かせて。」
それだけ言うと康太は教室を出て行った。不良にヤキでも入れられるのだろうか。
誰に何を言われるが分からないが、俺には時間がない。10分の間に第1体育館で喧嘩なり決闘を挑まれても、勝つなり負けるなりして直ぐに戻って、小清水さんから義理カレールウを奪取しなければならない。
席を立ち、廊下に出てそのまま渡り廊下を進む。寒さに教室を出たことに後悔し、さっさと帰ってこようと心に決める。
人目を憚らず廊下でチョコを渡す輩や、変に階段の踊り場で気まずそうな蜜月が見えていたり、わいわいと教室内で友チョコを渡しあったりしているのが見える。
浮かれやがって本当に腹が立つ。
大切だと心に決めるのは、宗介のためではないと言うことだ。小清水さんにカレールウを食べさせる訳にはいかない、その強い意志が俺を動かしている。
そのついでに、宗介の恋を他の人に知られないようにしてやっているだけだ。
こんな親切心の塊なのに、俺は体育館まで何をしにきているんだ。体育館入り口の鉄扉の前に立ち、首を傾げる。
鉄扉を開けると、だだっ広い空間に体育館の匂いがする。体育の授業さえなければこの空間は人がないのかと気付く。ここに小清水さんを誘い込めればと思うが、今日は確か午後には他のクラスで体育があったはずだ。この作戦は使えないか。
顔を上げ周囲を見ると、体育館のど真ん中に人が立っている。なぜその位置なんだ。その人はこちらに気付くと、駆け足で寄ってくる。
「寒いね!」
寒さを感じさせない溌剌とした調子で声を出すのは増田さんだ。
急激に近付く為、思わずピーカブースタイルで相対する。
「喧嘩すれば良いの?」
そう言うと、構えた腕の隙間からかなり困った顔が見える。
「えっと…、康太君なんか変な事言ったのかな。」
目線は斜め下で、寒いのか頬が赤い。
「なんか体育館に行けって言われた。」
そう言うと目を見開く。
「そう!じゃあ多分元春君が変なのかな。」
随分と失礼な事を言われてしまった。少し眉を顰める。
ただこちらを見ずに、増田さんは手に持ったお洒落な紙袋から、小さな可愛らしい紙袋を取り出す。そして、それを真っ直ぐこちらに突き出す。
「え、何?」
意図が分からず狼狽える。
「え、嫌だった?」
突き出した腕を少し曲げる。一瞬忘れてしまっていたが、そうだ、今日はバレンタインだ。つまりは、そういうことなのだろう。
「あ、いや、全然、嫌じゃない!むしろ嬉しい!何で忘れてたんだ、朝からそわそわしてたに。」
「え?そうなの?」
くすくすと笑われる。しまった、つい本音を喋ってしまった。
「いや、まあ、そう、うん。」
恥ずかしくてまともな返事ができない。今日だけでもクールに決めようと思っていたのに、だらしない。
「それで、誰かに貰った?」
上目遣いで訪ねて来る。
「一個だけ。」
「そっか。」
やけにさっぱりとした顔で言う。
「宗介に貰った。」
「宗介君?」
目を丸くして、心底驚いたような顔をする。そうか、そんな趣味が…と小さく零すが、聞こえなかったふりをする。その勘違いくらい、宗介に許してもらおう。
「本当にありがとう。」
貰った紙袋を少し掲げてお礼を言う。
「変な所に呼び出したりしてごめんね。もう時間だし、教室行こうか。」
そう言われ、並んで鉄扉を開け歩き出す。窓の外の空はどんよりと暗く、はらりと雪が落ちている。グラウンドや路肩には雪が残り、今日の夜も降り続ければ、明日の朝は真っ白になるだろう。
ちらりと増田さんの横顔を盗み見る。口角が上がっているが、伏し目がちで心情は分からない。
バレンタインに女子から何かを貰ったと言う事実に舞い上がっていたが、そもそも、これは義理なのか?まさか、本命なのか?それともどっきりか何かなのか?
増田さんとは文化祭に知り合った。それから廊下で会う度挨拶したり、立話をしたりした。これは、なんだ?
呆然とそんな事を考えていたら、もう教室棟の1組前に来てしまっていた。
「それじゃあね。」
そう言って増田さんは教室へ入っていく。
呆けて歩き、自分の教室へ入ろうとすると、宗介が廊下に居た。
「やったのか!?」
いつのまにか目が覚めたようだ。俺の手荷物紙袋を訝しげに見る。
「おいおい、それは俺が渡したそれと違うぜ…?」
絶望にも似た表情だ。
「まだ午後がある。」
「違うだろ。いや、それも重要だけど、貰ったのか?誰から貰ったんだ?」
「それ以上聞くと、俺は手を貸さないぞ。」
一言そう脅すと、宗介は参ったのジェスチャーをする。
しかしまあ、これは一体どっちだろうか。




