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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生秋
57/125

技倆収束

デッキブラシからブラシ部分が落ちる。体育館の床に当たり、カンと音が響く。同時に残った柄の両端20cm程の内側から金属が現れ覆う。一瞬の出来事でどういう仕組みかさっぱり分からない。

鹿折さんのイアに釘付けになっていると、彼女は右足を振りかぶり、残されたブラシをこちらに蹴飛ばす。頭を右に躱す。しかし、視線が鹿折さんからブラシに移した僅かな隙に、鹿折さんはイアをぐるぐると回す。

「クソ。」

思わず声が漏れる。

鹿折さんは一気に距離を詰め、武器のリーチギリギリで突きをする。それを左に体を捻り躱す。しかし、それを追撃するように床と水平に振る。上体を真横にし、何とか躱す。

手加減無く、何度も振り下ろして来る。

手に持った木刀で受けることも出来ず。ひたすら躱す。

「きっと、その木刀はイアなんでしょう?そして、機能は四季のそれと同じ。」

手の内はバレているか。

話しかけつつも、攻撃の手は緩めない。

「そのイアであれば、私のイアの熱は受けれるだろうね。技倆解放してみれば?」

随分と煽ってくる。

しても意味がないと思ってるのだ。揺さぶってミスを誘う作戦か。

一度大きく後ろに下がり、鹿折さんの間合いから外れる。

木刀を腰に据え、帯刀しているように構える。

「居合ね。」

そう言うと、体を右に向け、イアを両手で構える。最速の技を出す構えなのだろう。そのままの姿勢でゆっくりと近付いてくる。

こちらも構えは崩さず、刀身は身体で隠し鹿折さんには見えないようにする。

技倆解放しても、一瞬目を離したせいでどちらが熱でどちらが電気か分からない。どちらを受け、どっちを避けるべきか分からない。

そして、鎬を使って鹿折さんの攻撃を弾くという反撃は、おそらく一度しか隙を作れない。鎬のカラクリに気付けば、それに対応した戦闘になるだけだ。

隙を確実に生み出し、一撃で仕留める。

鹿折さんのアジリティに対応出来る速さの技。予備動作で攻撃目的がバレないような技。

鎬を見られて、反発素材だとバレないような技。

弾いた後、次に繋げられる技。

居合しかない。

相手の技を鎬で擦り上げ受ける技は、棒相手には分が悪いし、鎬を視認し見た目で反発素材と分かるかもしれない。それに、この刀には鍔がない。フィジカルに負け、受け切れず手に当たる可能性が高い。

大きく息を吸い、そして吐く。

色紙さんとの特訓で何度もやったが、いざ生死がかかると指先から震える。普段から緊張などあまりしないが、今回はダメだ。俺は一度死ぬ事、鹿折さんの強さに恐れている。

それを誤魔化すように、強く木刀を握る手を強める、声を出す。

「技倆解放。」

ジリジリと近付き、鹿折さんの攻撃を待ち、抜刀する。

どこでも良い。俺が出せる最速の居合で、鹿折さんのイアを弾ければ良い。

 これを外せば、俺は死ぬ。間違いなく、人生最大の局面だと考えた途端、周りも自分も全てスローになった。瞬きも惜しく、目が乾く。何が起きたか分からない。これが走馬灯なのかとも思ったが、フラッシュバックは何もない。

 ただ、これはチャンスだ。全てがスローなのであれば、正確に攻撃を弾ける。思考を練れる。

刀身を自分の身体で隠していたは、居合で刃を振り抜くと見せるため。実際は鎬を振り抜き、弾く。

鹿折さんのイアの刺突が、真っ直ぐ身体の中心へ来る。それを鎬で弾く。

手元への衝撃は一切なく、鹿折さんはイアを大きく右上に弾かれバランスを崩す。

すぐに追撃を出すため、右脚を大きく踏み込む。左脇腹へ逆胴を棟を当てるように繰り出す。

 その瞬間、頭痛がし、スローの世界が終わり等速の世界へ戻る。

 それでも、もう最後の一撃は止められない。

鹿折さんは防御姿勢を取るとするが、僅かに俺の方が早かった。棟が鹿折さんの左脇腹に当たり、大きくよろける。身体を支えるように、杖のようにイアを突き立てる。

イアを峰打ちから、刃出来るように構え直し鹿折さんのイアの木製部を斬る。これでイアは無効化されたはずだ。

鹿折さんはその場に倒れ込む。反撃されないように、鋒を向けるが戦意はないようでばたりと倒れ込む。

「降参。」

相当痛かったのか、だいぶ苦しそうな声を出す。嘘かと怪しむが、表情を見るに疑うべきではないと悟る。

首を回し、色紙さんの様子を見る。

確証はないが、色紙さんは戦術想起せずに闘っているようだ。早坂さんも本気ではないようで、見ていて時間稼ぎとはっきり分かる。

何か意図があるのだろう。

イアを鞘に戻し、声を出す。

「技倆収束。」

ゆったりと歩き、2人に近付く。

すると、待っていたと言わんばかりに早坂さんがこちらに気付き声をあげる。

「鹿折くんに勝ったのか。」

見れば分かることなので、返事はしない。

「実質PP2人相手に闘うことになると、多分僕は勝てないな。」

立っている姿は本当に闘う気がないように見える。

それでも万が一を想定して、木刀を握りしめる。

「降参するよ。」

そう言って両手を上げる。

何を考えてるのか分からずに、じっと早坂さんの目を見る。しかし、薄っすらと笑っているようにすら見え、真意が見えない。

どうすれば良いのか、色紙さんに目で訴える。一度目が会うが、すぐに目を外しイアを握る直した。そう言うことなのだろう。

「私との闘いも適当でしたよね?」

「そんな事ないよ。色紙さんが強いだけ。」

笑いながらそう返す。

こちらは神経すり減らして闘っていたのに、この人は本当に訳が分からない。

「流石に過去人を殺そうとしたことは、先に報告しなきゃいけないです。」

先というのは、未来の事だと前に色紙さんに聞いたことがある。

「しても良いけど、僕も色紙さんが過去人に未来を語ったと報告するよ。」

「それならそれでも良いです。」

色紙さんがきっぱりと言う。

「僕は嫌だから、お互いこの事は黙っていようよ。」

色紙さんも、流石に戦意がないと判断したのか、イアの構えをやめる。

「良いですけど、条件は今回の件についてちゃんと説明してほしいです。」

「いいよ。」

とても軽く、早坂さんは答える。

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