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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生秋
56/125

ボス攻略動画

文化祭まで2週間を切った。

慌ただしい学校を、特に用事もないのにこのまま帰る事を悪いと思いながら、色紙さんの家まで来た。あいも変わらず殺風景だが、部屋の隅に竹刀ケースが増えている。机の上には何冊か漫画もある。俺が来るということに、何も構えなくなっているような気がする。

「文化祭全体スケジュールを見ると、人が居なくなる時と場所は、14時の第2体育館だけ。私も向こうも仕掛けるならそこしかない。」

コップに注いだ鮮やかな色の炭酸水を飲む。それにつられて、お茶を頂く。

「30分の‏空白時間、5分待って相手からの誘いが無ければ、こちらから誘う。三城君が、早坂さんと鹿折さんを誘って、私が第2体育館で待ち伏せる。」

明白な作戦だ。

「分かった。分からないのは、理由。」

ずっと考えてきた、早坂さんの狙いが未だに分からない。

「私もそれは分からない。可能性はいくつもあるけど、基本美夜が騙されてる可能性が高い。」

色紙さんは、基本的に鹿折さんが利口だと思っていないようだ。

「早坂さんの考えが掴めないから、何とも言えない。ただ、早坂さんが嘘をついているのは間違いない。」

目付きを鋭くし、そう断言する。

「文化祭当日に、起こらないはずの事が起こると言った。その嘘を吐く理由が思い浮かばない。」

俺も思っている事を言う。

「私なりに考えて、思い浮かんだ嘘をついた理由は、三城君から私の信頼を無くし、早坂さんへの信頼を集める。」

確かに、早坂さんの口振りに色紙さんを信頼させないような意図があった。

「その結果、私と三城君との協力関係が崩れる。」

窓から差す陽は殆どなく、いつ間にか夜になっていた。この話し合いは疲れるし、時間が掛かり過ぎる。

「PPと過去の人間の接触を断つためとか。」

「それはあり得る。というか、それだと思ってる。PPが過去の人間と関わりを持っていると知った善良なPPは何かしらの対応を取る。」

背中をソファーに預けて、ややうんざりした様子で言う。その様子を見て、一つ気になる。

「もし、色紙さんが他のPPがこの時代の人間と関わりがあったらどうする?」

きっと、既に考えていたのか、それかそもそもマニュアルが存在するのか、直ぐに答える。

「まずは上に相談。そして、罪を確定させてから、初めて過去の人間とPPが接触した日に行って、会わなかった事にする。」

「その後は?」

「もう二度とPPは出来ないだろうし。最悪、生きていけるかどうかも分からない。」

随分と重い処罰だと思うが、そもそもやってることはCTTと似ている。考えるほど、なかなか色紙さんは危ない橋を渡っている。

「今、俺たちの関係と色紙さんに変化がない以上、早坂さんが上に報告していないという事になる。」

色紙さんの目を見るが、焦っているような様子は見受けられない肝が据わっている。

「多分ね。もし、早坂さんが良い人なら上に報告せずこっそりと私と三城君を切り離し、三城君を普通の生活に戻そうと考えているのかも。」

「もし、悪い人なら?」

少し考え込み、口を開く。

「私をぶち殺す。」

「穏やかじゃないな。」

しかし、まだ色紙さんはぶち殺されていない。まだ、殺せないのか、時期があるのか分からない。

「当日の、第2体育館が使える時間に、まどろっこしい事なしで早坂さんの意見を聞く。もし良い人なら分かりましたすいませんで済む。」

色紙さんも分かっているだろうが、良い人の線はまずない。良い人なら、俺に嘘を吐くまで良いが、当日バレる嘘を吐く意味がない。

「悪い人だったら、その場で戦う必要がある。」

話が突飛な気がする。

「戦う以外の選択肢は?」

「まずない。私もまだ死にたくないし、三城君も死んだら困る。」

一瞬、色紙さんが何を言ってるか分からなくなる。

「俺をPPの2人は殺せないでしょ?」

「いや、美夜が騙されてればあり得る。」

少し黙って考えてみるが、どういう理屈で俺が殺されるのか分からない。PPが過去の人間を殺すなどご法度だ。小首を傾げ、先を促す。

「もし、早坂さんが三城君の事をCTTだと嘘を吐いて信じればあり得る。」

直ぐに反論する。

「いやいや、まず最未来人なら未来オーラがあるでしょ。それがないならCTTとは言えない。」

「PPかCTTか、未来の人間の影響を受けて本来の未来を望まなくなった人を、CTTと認定している。」

初めて聞く。早坂さんを信じるわけではないが、やはり色紙さんは言葉が足りないというか、省略的思考が強過ぎる。

「過去人間CTTはどういう処罰になるんだ?」

「条件を満たせば、一回殺しても良い事になる。」

「どんな条件?」

「対象に影響を与えた人間の特定、影響を与えた人間と対象の初接触時の確定、対象を放置する事による被害の拡大性。」

なるほど、殺せば被害が最小限になり、影響を与えた人と対面時が分かれば、会わなかった事にし対象を元の人生に戻すことができる。

「それで、影響を与えたのが色紙さんで、俺が今後自分の人生を変え大きな影響を与える可能性があり、CTT認定されていると早坂さんは鹿折さんに言うわけか。」

「そう言う事。」

「そんなに簡単に鹿折さんは信じるかな。」

俺が殺されるなど、現実感がなく、どこか他人事のような気がする。

「美夜は信じる。素直だからね。そうなった時は、三城君は一回は殺される。」

後で生き返る、というか死ぬ未来じゃなくなるとしても、死ぬのは嫌だ。しかし。

「早坂さんと渡り合う自信も、鹿折さんと渡り合う自身もない。PPは強いんでしょ?」

そう聞くと、色紙さんは自身たっぷりにソファーに背を預けて話し出す。

「早坂さんは分からないけど、美夜には勝てるくらい三城君は強くなってるよ。」

「いや、色紙さんに未だに歯が立たないし。」

「私と美夜を一緒にしないでほしい。私は超強いから。」

うざいほどに自身たっぷりだ。

「そうだ。」

そう言うと、ソファーから立ち上がり、部屋の隅置いてあった木刀を手に取り、俺に渡す。

「これを授けよう。」

受け取り眺めるが、見た目は普通の木刀だ。

「木刀なら持ってるけど。」

剣道の段級審査で使ったやつがまだ部屋にあるし、なんなら部室にも沢山ある。

「これはただの木刀じゃない。」

そう言うと、側に立て掛けてあった日本刀を手に取る。女子の部屋に日本刀があるというのは、なかなか男子の夢を壊す。そもそも、この殺風景さに一度粉々にされているので、今更どうということでもないが。

「これも同じ。PPが個人で違う武器、Individual Arms 略してIA(イア)を持ってる。」

鞘から刀を抜く、物騒だ。その刃を自分の腕に押し当てる。突然の自称行為に、驚き何もできないが、刃は色紙さんの腕を切ることはなく、ただ押し当てている。

「見ての通り、これは模造刀。剣道の(かた)で使うやつね。これなら持ってても誰にも文句は言われない。」

本物の刀ではないから、銃刀法違反ではないと言うことか。そして一つ思い出す。

「前に言ってた刀身が高熱になるってやつか。」

「そう。このまま使っても殴打で人を殺せるくらいはあるし、まずまず闘える。でも、この武器本来の機能は、刀身を高熱にし、相手を斬った際に出血する間も無く肉を焼くところにある。」

「それほどの高熱だと、持っている人まで熱くて火傷しそうだけど。」

「この刀身に使われている金属が特殊で、かなりの熱でも溶けないし変形もしない。それに、この金属にだけ熱を溜めるから触れない限りは温度の影響はない。」

なるほど、随分と高性能な金属だ。

「この金属は色々と活用されている。特にPPにとっては出血させないメリットもあるし、触れることができないという闘いの面でもメリットがある。」

普通の武器では、攻撃を受ける事も出来ないのはなかなかに厄介だ。

「話を戻すと、このイアの高熱機能をオンにするには、指紋認証と声紋認証が必要になる。何故でしょうか?」

久し振りの質問を織り交ぜた説明を懐かしく思う。少し考えるが、最初に思い浮かんだ理由を述べてみる。

「他人に利用されないように。未来の情報が漏れるのはまずい。」

この時代の人間がこの刀の機能を知り、利用することによって変わる未来もあるだろう。

「その通り。イアは普段はこの時代に存在して違和感のないもの、誰かに見られても問題のないものになっている。イア本来の機能は指紋と声紋で使えるようになる。この、時代に即した物から未来の機能を使えるようにする事を“技倆解放(ぎりょうかいほう)”って言うの。」

色紙さんの模造刀を、色紙さんの指紋と声紋で熱を帯びた武器へと変えるか。

「なんか必殺技みたいだ。」

「分かる。これがやりたくてPPになったと言ったら過言だけど、かなり憧れてた。」

そう言う色紙さんは少し照れ臭そうだ。それを誤魔化すように話を続ける。

「三城君に託したそれも、技倆解放ができる。木刀の中に、ほぼほぼ私の持っている刀と同じ仕込まれてる。木刀が鞘になってるイメージね。」

分かりやすい。普段は木刀だが、技倆解放で色紙さんと同じ刀になるようだ。木刀を眺めるが、とてもそのようになっているとは思えない。

「ほぼほぼっていうのは?」

「刀が熱を帯びると言う点は同じ。ただ、刀自体は模造刀じゃなく本物の刀と同等の斬れ味がある。そして、私の刀は技倆解放で熱を帯びるけど、三城君のは技倆解放で木刀から刀になって、熱を帯びるか帯びないかは技倆解放後に柄にあるスイッチで選択出来る。」

色紙さんの刀よりも便利な気がする。

「あと、木刀が元だから鍔がない。それに、鎬の部分を別の金属で作ってる。」

「どういうやつ。」

「衝撃反撥。受けた衝撃を跳ね返す。つまりあらゆる耐性がある。」

成る程、鎬にぴったりだ。

「この技倆解放の声紋認証の際の言葉は任意で決めれる。そもそも、自分以外が使えないようにするためだから、ありきたりじゃない言葉でも良い。個人に任されてる。その刀はまだ指紋も声紋も登録してないから、三城君が勝手に決めて良いよ。」

そう言われても、直ぐに良い言葉は思い浮かない。

「ちなみに色紙さんはなんなの?解号みたいなの?それとも卍解とか?」

「今は違う。」

前はそうだったのか。

「私のは秘密。意地悪じゃなくて、PP間でもあまり言わないようにしてる。まあ、徹底はされてないけど。」

成る程。一種のパスワードなのだから、無駄に開示する必要はないか。木刀を握り、考えてはみるが、パッとは浮かばない。

「美夜のイアは、いつも持ってるデッキブラシ。」

あれがイアだったのか。北高生特有の法に触れない武器の携帯だと思っていたが、イアの存在を知ってたとしてもそれだと思わなかったかもしれない。

「ちなみに、声紋認証は?」

「美夜はその辺こだわってなさそうだからね。面倒だからって“技倆解放“とかにしてそう。」

それも悪くないな。

「PP間で誰がどんなイアを持っているか分かるのか?」

「普通は分からない。美夜と私はそう言うことまで話したりしてた。」

仲が良かったのか。懐かしむように、色紙さんの顔が一瞬綻ぶが、現況を思い出して直ぐに元に戻る。

「美夜のイアは技倆解放すると、まずブラシと柄で分離する。元々柄の全体が木製だけど、両端20cmくらいがが金属になる。ブラシがあった方は私と三城君のイアと同じ高熱、触れたら大体の物が溶けるし身体に触れれば穴が空く。」

木が金属になるの意味がよく分からないが、未来の技術かカラクリが仕込まれているのだろう。

「上部の金属は、今で言うスタンガン。威力は調節可能で、痛いだけから一発で象を殺せるくらいになる。」

「普通に戦えば武器でも身体でも、攻撃を受けるわけにはいかないのか。」

「そういうこと。真ん中は木製のままだけど、そこだけ触れるにのまず無理。」

棒術相手に、そんな戦い方は難し過ぎてできない。

「ただし、私と三城君のイアであれば、熱を受ける事はできる。こっちも熱を出せる金属だから、耐熱性もある。そして、三城君のイアの鎬だけなら、電気も通さない。」

「どういう仕組み?」

「さあ。熱も電気も、跳ね返す素材。そういう素材。」

いつもと同じ、仕組みまでは分からないのだろう。

「俺のイアは対鹿折さん用って感じだな。」

「確かにそんな感じね。だけど、全てに対応できる鎬はオールラウンダーって感じ。ただまあ、実際に当日に2人と戦う事になったら三城君は美夜と闘ってもらう。たぶん勝てる。」

そう言われても自信はない。色紙さんには一度も良いところを見せれたことがない。PPには勝てないと声を大にして言える。

「そんな不服そうな顔をしないで。多分早坂さんには勝てないと思う。フィジカルとかじゃなく、どんなイアを持ってるか分からないし、それを想像・把握・推測するだけの未来の知識がない。」

どういう技術があるか分からなければ、イアによる攻撃は魔法と変わらない。

「フィジカルでも通じないと思うよ。」

「そこは自信を持とう。」

小さく右手でガッツポーズするが、持てないものは持てない。

「何とか美夜vs三城君、早坂さんvs私の状況を作り出す。時間が許す限り私は棒術で稽古付ける。事前にyoutubeで攻略動画を見た後のボス戦みたいなものだから、簡単でしょ。」

心底不思議そうな顔をしているが、こっちの方が不思議だ。

「善処します。それに、色紙さんは早坂さんに勝てるの?」

切り返すと、色紙さんはあっけらかんとした調子で言う。

「分かんない。だからさっと美夜を倒して共闘しよう。美夜はボス前のかませみたいなもんだよ。」

やはり、色紙さんは鹿折さんをかなり舐めている。

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