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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生秋
51/125

あくまで楽しむとかではなく

 西日に目を細める。待機場所に預けていた荷物を全て預かる。既に撤収作業が始まっており、蛍の光が流れる店内へ入った時と同じ気持ちになる。

 「凄かったですね…!」

 係員らしき陸上部の女子部員に話し掛けられる。

 「ありがとうございます。」

 平凡な返ししか出来ずに申し訳なくなる。

 「応援ありがとう!」

 鹿折さんがやけにクールに答える。実際、鹿折さんの方が見た目的にも実績的にもかっこよかっただろう。ちらりと見るとデッキブラシを背負っているところで、そういえば鹿折さんは我が校の生徒から見るとかなり変な北高生だと思い出す。

 「彼女さんですか?」

 陸上部員は挨拶では終わらせないようだ。

 「いや、友達。」

 「そうなんですね!」

 溌剌とした調子で受け答えする姿が、何だか自分とは対極に存在するように感じる。背が低く、短いボブの毛先が内側に曲がり、目が驚くほど大きい。どっかで見たことがるような気がするし、敬語で話しをするあたり、俺を上級生と勘違いした1年生のようだ。

 「おーい!」

 声を掛けられた方を見ると、宗介が校庭の外で手を振っている。

 「それじゃあ。」

 そう陸上部員に別れを告げて、数歩進むと鹿折さんが声を出す。

 「私はそろそろ居なくなるとする。」

 外の人だかりを見て、明らかに眉を顰める。

 「一緒に来てた北高生は?」

 「お昼で解散した。早坂さんもどっかにいると思うけど、今日は現地確認程度の認識だからね。」

 スニーカーを一度脱ぎ、中に入り込んだ砂を取る。

 「分かった。協力できるだけするし、色紙さんの言動も気にしておく。」

 「変なこと言わないようにね。」

 人差し指で俺を指差し、睨むように念押しする。しかし、口元は笑っている。明日を楽しみにしているのか、さっきが楽しかったのかは分からない。頷いて、返事とする。

 不意に背中を小突かれ振り返ると、才原さんが少し息を切らして立っていた。

 「お疲れ、暫定一位。」

 そう言って親指を立てる。釣られて俺も親指を立てる。そしてそのまま振り返り去って行き、途中でさっき話しかけてきた背の低い陸上部員と何か話をしている。

 校舎へ向き直ると既に鹿折さんは校庭を出ていて、何人かに絡まれていた。鹿折さんの見た目は完璧に絡みたくないが、さっきの活躍を見て声を掛けたくなった人がいるのだろう。それらに笑顔で何か数事話し、手を振り会釈をしている。見るからにもう帰りますよという雰囲気を出している。なんとなく、アイドルの出待ちを思い浮かぶ。

 それに続くように校庭を出ると、直ぐに宗介が話しかけてくる。

 「お前凄いな。俺なんかまだ手が痛い。」

 そう言って手のひらを見せる。確かにまだ赤い。努力が窺える。

 「今年の体力全部使った。」

 戯けて見せるが、宗介は深いため息を出す。

 「映画見てるみたいだった。」

 「名ばかり部でなんでそんな身体能力があるんだ。」

 呆れたような声で話しかけたのは間下だ。

 「間下も同じ部活動なんだから、同じようにできるんじゃないか。」

 宗介が冗談めかして言う。

 辺りを見ると、人が集まっており俺らをチラチラと見ている。知らない人たちの視線を浴びるのはとても居心地が悪い。

 「一旦教室に戻ろうか。」

 そう提案し、校舎に向かって歩き出す。知り合い3人に囲まれていれば話しかけられはしないだろう。

 「かなり無理したみたいで身体中の筋が痛い。」 

 「筋繊維をズタボロにしているのか。」

 「そうした方が筋肉は成長するらしいからな。」

 「戦いの中で成長するタイプか。」

 「それにしても。」

 宗介は俺の身体を足から頭まで舐めるように見る。

 「なんか4月よりゴツくなってない?」

 「そうか?」

 間下が鈍感なのか、宗介が敏感なのか分からないが、俺の体躯が成長していることは確かだ。

 「成長期だからな。」

 そう言いながら、俺よりも身体能力が高い色紙さんや鹿折さんは、華奢な体だと思い出す。それに早坂さんも、マッチョだとは思わない。何かからくりがあるのだろうか。

 「お疲れ様。」

 いつの間にか横になっていたのは色紙さんだ。噂をすればと言うやつだ。

 「お疲れ様。」

 「体育館で点呼だっけ?」

 「そのはず。」

 「分かった。」

 そう言って早足で歩いて行った。

 文化祭前の会議で作戦を決めた。今のやりとりで、緊急性のある問題はないことが分かった。会話に事前に決めた合言葉が無かったのだ。とりあえずは作戦通りで良いようだ。俺と色紙さんが話しをしているのを、二人に見られるのはまずい。少なくとも、文化祭中は色紙さんとの接触を限りなく少なくする。そのため、事前に何度も打ち合わせをしてきた。

 「あっという間の文化祭だな。」

 「まだ明日があるし、中夜祭もある。」

 「中夜祭?」

 「知らないの?」

 間下が全力で人を馬鹿にした声を出す。しかし、悔しいことに中夜祭なるものを俺は知らない。俺にとって文化祭は素直に楽しむものではなく、そう言うイベントごとにはまるっきり頭になかった。

 「宗介、教えてやれ。」

 なぜ間下が上からなのかは分からない。

 「中夜祭とは、文字どうり文化祭中日の夜に行われる祭事である。」

 間下に文句も言わず、そしてやけに説明口調だ。

 「今年初めて実施され、ガチ肝試しが行われる。」

 「予定では、毎年異なる催しをするとのこと。」

 間下が補足する。

 「生徒会が主体となって校舎丸ごと肝試し会場とする。リアル脱出ゲーム×逃走中みたいな内容となっているとリークがあるが、詳細は分からない。」

 金田会長の文化祭煌びやか計画の一環だろう。毎年続けるかどうかは、その時の生徒会にかかっていそうだ。  

 「内容が不明か。」

 「徹底的に情報が伏せられてる。ただ、参加するもないも自由。」

 参加人数も掴めない。

 「二人は出るのか。」

 「「勿論。」」

 二人はいつの間にこんな仲良くなっていたのだろうか。

 「でも、肝試しってお化け屋敷と被るんじゃないか?」

 「ちゃんと差別化されてるって会長は言ってた。」

 しかしまあ、

 「参加自由であれば無理に出る必要はないだろう。とか思ってるだろ?」

 心を見透かされた。

 「後で後悔しても知らないぞ。」

 後悔はしないと思う。だけど、あの文化祭は網羅すべきなのは事実だ。あくまで早坂さんの思惑に関わるかもしれないから。そうあくまで楽しむとかではなく。

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