控室
鹿折さんはぼんやりと賞状やトロフィーの陳列された棚を見ていた。どの学校にもあるこの什器を、未だ嘗て真面目に見た事がない。部活動の名門校であれば、これも輝くのだろうが、我が校ではあまり意味のないように思える。
「私の学校にもこういうのあったけど、大して意味を見出せないな。」
鹿折さんも同じ事を考えていたらしい。
「そっちでもそうなのか。」
「あるね。でも真面目に見る人はいないし、学校側の責任感なのか脅迫感なのか分からないけど、そう言ったものになってるね。」
「こっちと大して変わらないな。」
そう言って小さく笑う。
心なしか、校内にいる外部の人間は少なくなった気がする。文化祭1日目も既に終わりに向かっているようだ。生徒の足音も慌しさがなくなったが、喧騒は変わらずある。
「今日は後何かするの?」
鹿折さんの問いに対して、一度呻ってから答える。
「陸上部の出し物に参加したいと思うけど。」
そこで言葉を区切り、顔色をうかがうが、特に変化はない。
「陸上部って何してるんだっけ?」
「校庭のあれ。」
「あー、あ?」
合点したような声を上げるが、直ぐに疑問符がつく。それもそうだろう。あれだけ見ても何をやっているのかわからないはずだ。
「鹿折さんにも分かるように言うと。」
SASUKEと言っても未来で放送しているかどうか分からない。
「大掛かりな障害物競争、みたいな?」
伝わるか不安で、語尾が上がってしまった。
「なるほど。」
どうやら伝わったようで安心する。
「手が凝っているし、なかなかの難しそうだね。」
そうなのだ。才原さんも言っていたが、あれは反則的な難易度になっているらしい。
「噂で聞いたけど、今日はまだ誰もクリア出来なかったらしい。いや、しばらく誰もクリア出来ていないらしい。」
数年間はクリア出来ていないはずだ。ただでさえ難しいのに、クリアした人が出たら翌年には改良し、更に難しくしているらしい。
「あれなら四季なら全然行けそうだけど。」
そこで言葉を区切った意味は分かる。クリアして目立ちたくないだろうと言う事だろう。
「午後からはペアで挑む形式になるらしい。設備は変わらないけど、ペアは男女どんな組み合わせでも良いらしい。」
鹿折さんは腕を組み、ここからは見えない校庭の方を見ようとする。やがて諦めてこちらを見る。
「君は四季から色々訓練されているみたいだからね。」
早坂さんから聞いたのか、察していたのか分からない。
「クラスメイトを誘わないの?」
「皆忙しいみたいだ。」
嘘をついたが、素直に信じなくても友達の少ないやつと思ってくれれば良い。
「四季を誘えば?」
これはわざと言ってるのだろうが、真面目に返す。
「俺と色紙さんが揃うのはまずいだろう。これでも二人の逢瀬は秘密裏にやってきたんだ。」
訓練も密かに行っていたし、おそらくだが校内で俺と色紙さんのペアは珍しいと言う認識になるはずだ。それで色紙さんがあのSASUKEをどんどんと突破してしまったら、今後の生活に支障をきたす可能性が大いにある。
「イケナイ事してるみたいだね。」
「イケナイ事に違いない。」
そう言うと鹿折さんは意地悪そうに笑った。
「じゃあ私と出ようか。」
「いいの?」
「私も君の実力を知る良い機会になるかと思うし。」
狙い通りだ。これで鹿折さんの行動を拘束出来る。映画を見られずに済む。後でこの件を色紙さんに伝え早坂さんに伝えてもらうか、直接早坂さんに伝える事が出来れば、観戦という名目で早坂さんも拘束できる。
「ただし、やるからにはクリア目指すよ。」
「望むところだ。」
校庭に向かおうと、踵を返し下駄箱に向かう。幸い距離は大してない。直ぐに辿り着き、上履きを脱ぎスニーカーに履き替える。そこで気がつくが、運動に向いた靴ではない。
鹿折さんは来賓用のスリッパを箱に戻し、ブルーシートで適当に設けられた靴置き場から真っ白なスニーカーを持ち上げる。
「やっぱり本気じゃないよな。」
「二人とも制服じゃあね。」
靴のことを言ったつもりが、確かに服装もやる気がない。
スニーカーに制服姿、鹿折さんは当然ながらスカートだ。
「三城君に美夜?どうしたの?」
不意に声をかけられて、靴のつま先を打ちつけながら振り返る。下駄箱の向こうには色紙さんが立っている。色紙さんに俺は早坂さんとの関係を伝えていない手筈だ。俺が早坂さんと鹿折さんがPPである事を、俺が知っているとは思っていない、そういう設定だ。だから、色紙さんが俺と鹿折さんが一緒にいることを不思議に思っている、そういう演技をしている。それに対して俺がするべき対応は、
「色紙さんの友達だって聞いて、少し話をしてた。」
「二人で陸上部の出し物に出ようって話してた。」
鹿折さんから今後の予定を色紙さんに伝えてもらった。手間が省けた。
「突然仲良くなってまぁ。美夜は運動神経がずば抜けてるからね。」
そういう色紙さんの目は、鹿折さんを睨んでいるように見える。本気を出すなよという警告なのかもしれない。それが演技か本心かどうかはよく分からない。
「楽しみにしてて。」
そう言ってすたすたと昇降口を出て行ってしまった。しゃがみ込み、スニーカーの紐を結び直す。その間に色紙さんが近寄り囁く。
「早坂さんにも伝えておく。」
何処かへ歩き出す前に、俺に向けられた目は鹿折さんに向けられたそれと同じだったように感じる。
それは気にしないようにし、鹿折さんの後を追う。
駆け寄り並んで歩き、ふと違う学校の女子高生と並んで歩くという行為があまりに目立つと気付く。
校庭には大きなSASUKEが展開されており、それの挑戦を見ようと多くの人が集まり、野次や応援を飛ばしている。
「あれ?三城君どうしたの?」
その人の群れから声を掛けてきた主はひかるさんだ。その横には小清水さんが立っている。二人とも制服姿だ。
「お疲れ様。二人とも部活の方は終わったのか。」
「そう。この時間にはこのSASUKEくらいしかやってないし、結構な人がやること無くて見にきてるよ。」
「お友達?」
小清水さんが不思議そうに首を傾げる。こういう場合どこまで何を話せば良いか考えていなかった。色紙さんの友達だというのも憚られるし、友達と誤魔化してもしこりが残りそうだ。
「その、何と言うか。」
吃ってしまい、余計怪しくなってしまった。
「三城君の彼女です。」
反射的に鹿折さんの方を見る。悪戯っぽい顔で笑っているが、何でそんなことを言ったんだ。
「何だ嘘か。」
ひかるさんは直ぐに鹿折さんの言葉を見破った。なぜだと思うが、俺がその言葉を聞いて変な顔をしていたなら誰でもわかるだろう。
「ごめんなさい。」
そう言って頭を深く下げる。
「北高の鹿折美夜、三城君とこれからあれに出る。」
校庭を指差す。
「思い出づくり?」
小清水さんがすっと毒を吐く。
「クリア目指すよ。」
親指を初対面の二人に立てて見せる。
「私も景と出ようって誘ったけど、断られちゃった。」
ひかるさんは伏し目がちに小清水さんを見る。その目を向けられてばつが悪そうに答える。
「明らかにクリア出来ないだろうし、目立つし、それに。」
続きの言葉を待つが、それを引き継いだのはひかるさんだ。
「着替えもないし、汚れるのが嫌なんだって。」
「まあ、校庭であるから砂埃が酷そうだ。」
二人が出たら、集客が望めそうだが、それが黙っておこう。
「さっき長野君が1組の人と出てたよ。」
長野君と聞いて誰かと思うが、宗介のことだ。あいつも出てたのか。
「どうだった?」
「意外と惜しかった。ステージ3でダメだった。」
出るのは良いが、どんなステージがあるか把握していない。
「誰かクリアした?」
「私たちが見てからは一人もいなかった。したら噂なるから多分出てないんじゃない?」
鹿折さんからの初対面とは思えないフレンドリーな問いかけに、小清水さんが答える。
「じゃあ私たちが初クリアになるね。」
「やけに自信たっぷりだね。」
ひかるさんは呆れたように言う。
「まあ見てて。」
颯爽と校庭の方へ向かっていく。
受付は校庭と駐車場との間に設けらたフェンスの駐車場側にある。先輩と思われる二人が雑談しながらそこに座っている。
「まだ出れますか?」
「全然大丈夫ですよ!」
全然の意味がよく分からないが、出れるようで何よりだ。
「お二人で参加ですか?」
左に座っている色の黒い先輩がハキハキと喋りながら、右のメガネの先輩はニコニコしてる。
「私たちで参加します。」
じゃあ、お名前記入して下さい。
そう言われると、ファミレスの入り口にある案内のような表を差し出される。随分と色々な人が出ているようだが、何のために名前を書かせるのだろう。それに、鹿折さんは名前を書いて良いのだろうか。汚い筆記体で名前を書き、鹿折さんに譲る。
「何のために名前を書くんですか?」
「今年の参加人数と年齢層とか研究して、来年に活かす。と言う名目で毎年やってるんです。」
つまり、あまり意味はないのだろう。鹿折さんは可愛らしい字で名前を書いた。
「はい、ありがとうございます。くれぐれも怪我に気をつけて下さい。5人待ちなので、校庭に入って待っていて下さい。」
言われるまま校庭に入り、待機している人たちが全員男の先輩で気まずい。しかも皆ジャージ姿だ。
「さっきのが仲神ひかるさんね。」
「そう、小さい方。」
考え込むように腕を組んだ。
「写真では見たことあったけど、実物は数倍可愛いね。」
首肯する。
「変なこと言ってごめんね。」
おそらく、俺の彼女だと嘘吐いたことに対してだろう。
「実際、あれで話逸れたし、流石だと思った。」
「照れるなぁ。」
そう言いながら頭を掻く。随分と古臭い仕草をする。しかし、直ぐに校庭へ目を向け話し出す。
「全部でステージが3つあるみたいだね。」
ちょうど今、3年生の男子二人が挑戦するところだ。
コースはグラウンドを横断するようになっており大体200メートルくらいだ。1番最初は、飛び石のように設置された箱に飛び移るものだ。大きさは畳一枚分くらいの物で、他に何か利用できるとも思えないため、このために作られたのだろう。それが2メートルから3メートル感覚で6つある。
「二人いっぺんにジャンプしている!」
実況もあるようで、校庭のスピーカーから熱を持った男性の声が聞こえる。
先輩たちはそれを難なく突破している。
次が長い平均台だ。しかも、何か箱のような土台の上に置かれており高さが増している。実際にそこに立てば高さがありバランスを取るのが難しいはずだ。先輩たちは、そこをかなり丁寧に渡る。
「ここで既に3分経過!残り時間もあと半分だ!」
次はこれまた長い雲梯がある。とても高く、ジャンプしても届かない位置にあるため、スタート地点の梯子で登ってからスタートする。
「さあ!ここは上に登ってしまったら反則ですよ!」
「それが出来れば簡単だもんね。」
鹿折さんが実況の声に合いの手を入れる。
先輩たちも苦しそうの進んで行くが、途中でストップしだらりと体が伸びている。こうなってから復活するのは難しい。
「多分もう無理だね。」
鹿折さんも同じ推測をする。
これ以上は期待出来ないので、先のステージを見てみる。
次は何やら鉄パイプで組まれた足場があり、一気に本格的なステージになるが、何をすれば良いのか分からない。
最後にはそり立つ壁がある。高さは4メートル以上あり90度だ。
「もはやクリアさせる気ないな。」
「私たちならできるよ、きっと。」
恐ろしいほどポジティブなパートナーだ。




