前夜祭
あまりすることは無かった。
教室の机は3年生が使いたいとのことで、先輩方が恐ろしいスピードで回収していった。
椅子は教室に一定の間隔で置いた。位置が揃い過ぎていて怖いくらいだ。
窓には学校のどこにあったのか知らないが、暗幕が垂れている。それを閉めると教室が一気に暗くなり、ただ出入り口の戸から廊下の光が差し込むだけだった。
自主製作映画を上映するにあたり、室内を暗くする必要がある。
すぐにそれをどうにかしなければと思ったのは皆同じだったようで、
「どうしよう。」
という声がちらほら聞こえる。
「3年生からダンボール貰ってこよう。」
その意見に従い、何名かが教室の外へ出て行った。
「一日準備って長いな。」
統次がそう呟く。
「お二人は部活が忙しくないからね。」
嫌味っぽく宗介が言うが、ツッコミ待ちだ気付き、どう返そうか悩む。
「安寧も続くと怠惰だ。」
統次は今変な本にはまっているのかもしれない。
「この調子だと午前の前半には終わりそうだしな。」
教室をぐるりと見渡し、1時間くらいで大分変わったなと思う。
椅子以外何も無いような状態にするのも、案外簡単だった。
コンピュータ室からプロジェクターを持ってきて、教室の真ん中辺りに据えている。映し出すためのスクリーンもある。
「本当に一日が長く感じそうだな。」
金曜日の今日は一日中文化祭の準備に充てられている。午後3時頃からは前夜祭もあるが、参加自由で文化祭の準備を続行しても良いらしい。
ただし、午後16時のチャイムまでは校内にいなければならないとのことだ。朝に点呼を取られてから、作業に移った。その際に担任が、帰りの時に点呼は取らないので明日に備えたら16時以降に帰るようにと言っていたが、暗に時間前に帰っても良いと言っていたのかもしれない。
「部活が忙しい方が良かったかもしれない。」
統次が思っても無い事を言う。
「目が回る方が良いってか。」
「御所車の話?」
宗介の言葉にクエスチョンマークを浮かべると同時に、教室の戸が開く。
「3年生も足りないらしい。」
三年生に段ボール交渉に行った2人、才原さんと畑田さんが戻ってそう言う。
「じゃあどうしようか。」
平田さんが困ったように呟く。
「近くのスーパーにある段ボールは3年生で食い尽くしたらしい。これからBHに行ってみるらしい。」
才原さんの発言に分からない事がある。
「BHってなんだっけ。」
宗介に聞いてみる。
「駅より南にあるだろ。大きなスーパー。」
ああ、あれか。俗称を知らないと何というか、疎外感と恥ずかしさがある。
「可能性があるとすればちょっと遠いけど、ショッピンモールの中のスーパーかな。」
そこはまだ三年生は到達していないらしい。
「ダンボールのためにわざわざ外出るのもなぁ。」
平田さんに賛成だ。
「でも必要な物もちらほらあるよ。大した量じゃないから放課後に行こうかって言ってたやつも、今のうちに買っちゃえば良いかもよ。」
畑田さんの意見も一理ある。
「それじゃあ、手空いてる人でお願いしようかな。」
「じゃあ私達で行くよ。」
才原さんが名乗り出る。
「荷物も多くなるかもしれないし、男の人〜。」
周りを見ると映画の宣伝ポスターやチラシを作成している人がちらほらいる。その役割を投げ出させる訳にもいくまい。
「一緒に行く。」
「俺も行くよ。」
宗介も同行してくれるらしい。
「悪い、俺はちょっと用事あるから。」
疑っているわけでは微塵もないが、どんな用事か気になる。しかし、それを聞くのも悪いだろう。
4人中男が2人もいれば荷物持ちは十分だろう。
時計を見ると10時あたりだ。
「それじゃあ行こうか。」
女子2人に先導され教室を出る。
「先行っててくれ。俺とハルで丹波山先生に外出許可もらってくる。」
行く場所は決まっている。4人で移動するのも面倒だったので、その提案は良い。
「じゃあ現地集合で良い?」
頷き、2人と別れる。
2人の背中を見送り、階段を登る。そこら中からわいわいと楽しげな声が聞こえ、パタパタと走る事が聞こえる。すれ違う先輩方は汚れても良いようにとジャージを着ている。制服でいる俺たちが馬鹿馬鹿しく思える。
2階の渡り廊下を歩き、教室棟を見ると、3年生教室が目張りされ何か恐ろしい雰囲気を出している。
「張り切り過ぎだろ。」
宗介が若干引き気味で言う。
「でも、一回は行きたいな。」
「下ネタ?」
宗介の問いを無視して、職員室の戸をノックする。
中に入り、奥へ進み丹波山先生の横に立つ。
「どっか行くのか?」
見透かされたようで少し驚く。
「はい。俺と宗介、才原さんと畑田さんとショッピングモールまで。」
PCを睨んでいた丹波山先生がこちらに向き直る。
「近くのスーパーとかじゃだめなのか?」
「段ボールが欲しいんですが、3年生がほとんど持って行ったそうなので。」
そう言うと、あああれか、と笑った。
「まあ、午前中には返って来れるだろう。あんまり寄り道しないように。」
「ありがとうございます。」
珈琲の匂いに満ちた職員室を後にして、丁寧に戸を閉める。
「あんまり、か。」
宗介がそう呟いた。
「何か書類みたいなのもなかったな。」
想像よりもあっけなく外に出れた事がお互い不思議だったようだ。
昇降口で靴を履き替えると、才原さんと畑田さんがいた。
「先行ってて良かったのに。」
「外出許可ない状態で出て良いのか不安に思って。」
それもそうだ。4人体制で向かう事にする。
平日の昼間に学校以外にいるという状態が気持ち悪い。悪いことは一切していないのにも関わらず、スッキリと堂々としていられない。
学校行事の代休や、風邪を引いた日に見たテレビのような、そんな気持ちだ。
ショッピンモールには休日程ではないが人が大勢いる。まあ、土日が休みというのは万人共通ではない。ただし、制服を着ている人はいない。何か言われなければ良いが。
不安を余所に女子2人は一つのスマートフォンを眺めている。
「所謂俺らは荷物持ちだが、体力に自信はない。」
「そう思っていた。俺も大して自信は…。」
そこまで言って、最近は違うなと気付く。色紙さんとの特訓で体力は相当付いているはずだ。
「大丈夫、荷物は多くないし。」
「戸を塞ぐくらいの段ボールなら2つあれば良いし。小物も大した量ないし。」
2人からフォローされる。まあ、疲れない方が良いのが確かだろう。
「まずガムテープと大きな紙を買いに行こう。」
大きな紙とは随分大雑把だ。どの程度か分からないので、要望通りの物を買えるか分からない。
「どのくらい大きな物が必要なんだ。」
「A1くらいだって。」
初めて聞くサイズだ。具体的に聞いてもイメージ出来ない。
「まあ紙だ。軽い軽い。」
宗介は肩を回す。そんな張り切る程ではないがだろう。
周りをぐるりと見渡すと壁に時計があり、時刻は10時39分を差している。少しゆっくりし過ぎたかもしれない。しかし、丹波山先生の言葉的に、多少ゆっくりでも問題ないだろう。
「文化祭前って感じだなぁ。」
畑田さんが呟く。才原さんが振り返り、ポニーテールが揺れる。
「部活忙しくてクラス展示も忙しかったら地獄だろうけどね。」
「2人とも部活は大丈夫?」
「私は午後から部活の方行かなきゃいけない。」
「私はそんなに忙しくないよ。」
才原さんは陸上部だったはずだ。午後から忙しいのであれば、午前中には帰った方が良いだろう。
「彩ちゃんのとこは何するんだっけ。」
「男子と合わせてSASUKEみたいな装置を校庭に作る。毎年やってるらしいから、装置を組み立てて出すだけ、頭は一切使ってない。」
ちょっとやってみたい気がする。
「由乃はすることないの?」
「昨日までで終わらせちゃったからね。」
「被服研って何するの?」
宗介は畑田さんが被服研究会に所属している事を知っていたようだ。
「作った服とかを展示するだけ。先輩達はファッションショーみたいな事を体育館でやるけど、基本的に今日はやることない。」
そういえば、昨日文化祭でどの団体が何をするか書かれた紙を渡された気がする。携行した方が良いかもしれない。
「パッとしない学校だと思って来たけど、意外と文化祭は張り切ってる気がする。」
「才原さんは、パッとしないが志望理由だったのか。」
「もちろん、面接では言わなかったけど、波風なく平穏に生活したいなと思って。」
「どれだけ壮絶な過去があるんだ。」
才原さんの過去には触れない方が良いかもしれない。
「2人はどうなの?」
「俺は何もしない。」
そう言ってから言葉が悪かったかと思う。
「剣道自体、何もしない。」
「さすが名ばかり部。」
褒められたか貶されたよく分からないが、まあそういう部活だから仕方ない。
「俺の所はVS企画やる。手加減したバドミントン部勝てればお菓子、負ければ…。」
「負ければ…?」
「来た確かめてくれ。」
謎の宣伝が始まってしまった。
「私の所もクリア特典とか良いすれば良かったなぁ。」
才原さんが呟く。
一通りの買い物を終えたのは12時ちょうどだった。宗介は両手にビニール袋を提げ、俺は段ボールを持てるだけ持っている。
「もう12時か。」
才原さんが時計を見上げて言う。
「流石に帰った方良いよね。」
畑田さんがフードコートの前で立ち止まって言う。
「丹波山先生は“あんまり寄り道するな“と言ってたけど。」
宗介の言葉を聞き、皆”あんまり“の意味を考えた結果、誰ともなくフードコートへ入って行った。才原さんには申し訳ないが、少し遅れて帰る事になりそうだ。
ステージ上で漫才をやっている。おそらく2年生だ。
「俺が有名人になった時のために、ちょっとここでスッキリに出演した時の練習させてくれ。」
自由参加ではあるが、結構な人数が集まっている。全校の7割くらいだろうか。
「加藤さん、浩次さん、そして加藤浩次さん。はじめまして高野です。」
マイクが良くないのか、スピーカーが悪いのか何を言っているのか良く分からない。早々に聞くのを諦め、後ろの方に陣取っている。
背中に違和感を感じる。少し間があって強めに背中を指圧される。さっきのは小突かれていたらしい。
「お疲れ様。」
色紙さんが人差し指を立てている。
「お疲れ様。」
簡単なやり取りをする。
「モツ鍋の下処理か。」
色紙さんの目線が体育館の隅へ行く。それに従い、そこへ向かう。
「作戦は前に伝えた通り。」
首肯する。
「校内だから、前みたいにイヤホンして連絡とか難しい。だから、その場その場の判断が重要になる。」
知り合いばかりのこの学校でおかしな行動は出来ない。それに、常に連絡もできない。
「頑張ろう。」
「うるせぇな!」
笑い声が響く。色紙さんがつっこまれたみたいで思わず笑ってしまう。
それに怒ったのか、睨みながらデコピンの構えをする。
やばいやられると思ったのも束の間、鋭い一撃が額に当たる。
頭蓋が割れたと思った。酷い痛みで浮かれた気持ちが一切合切飛んでいってしまった。
「とにかく!」
周囲の音に負けない色紙さんの声が響く。
「やろうぜ、相棒。」
右手をグーにして出している。それに答えるように左手をグーにし付き合わせ言う。
「後夜祭に取っておいた方が良かったんじゃないか。」




