look<後編>
「休みの日にありがとう。」
南君は学生服、千種さんは部活のジャージだ。私は下は制服、上は部活ジャージという中途半端な格好で来た。
「何度も未来を繰り返して、何かがあったかもしれない文化祭前後の日を見てもらう。」
南君が改めて今日の検証内容を告げる。
「1番良いのはホームルーム時だ。事故か何かを丹波山先生が教えてくれるかもしれない。」
「念のため、日付さえ条件に合えばそのまま見続けた方が良いかも。教室以外で情報があるかもしれないし。」
千種さんの助言に頷く。
何度か輪っかを作りは外しを繰り返す。
「文化祭当日だ。最終日。」
南君を見ると、ぐるりと教室を見渡す。釣られて見てみる。時間は13時37分
クラスメイトはチラチラといるが、景はいない。
2人を見てかぶりを振る。
「廊下は?学校中見てみよう。」
そう言われて、学校中を歩き回る。
廊下には普段ではあり得ない格好をした人や、学外の人間、他校の生徒などたくさんいる。その中から景を探して歩く。
休日の学校は異世界感がある。いつも何処かで聞こえる声が一切聞こえない。教師もいないようで、世界に私達だけだと錯覚する。
しかし、指で作った輪の中には、いつもの数倍五月蝿い。見た目にも音にも。
普段なら2年生や3年生の階、特別棟など行くはずもないが、輪の中は文化祭だ。普段行かない場所にも行く可能性もある。
「やるかやらないかは別にして。」
そう前置きをして千種さんは話し出す。
「文化祭最終日10時にどこそこで会おうって約束をすれば、直ぐに見つけられるんじゃない?」
確かにそうだ。しかし、南君が反論する。
「検証してないから推測だけど、カレンダーみたいに習慣化すれば良いものとは違う気がする。」
千種さんを見るが、理解は出来ていないようだ。私もよく分かっていない。黙っている事で先を促す。
「人が関わるのはどうなるか分からない。待ち合わせだって遅れてくる人がいるわけだし、それで小清水さんがいないからって本当に居ないかどうか分からない。」
南君はとうにこの案を考え却下していたのかもしれない。
「当日に用事が入ったごめんという話をされるかもしれない。その場合と本当に居なくなってしまった場合の区別が付かない。」
つまり。
「足で探すしかないね。」
千種さんは明るい口調で言う。
遠くの校庭を見る。人が小さく、判断に困るが、景は居ないように見える。
「小清水さんが行きそうな場所を考えながら歩いた方が良さそうだな。」
「景は何部だっけ?」
「テニス部。」
南君が立ち止まり、掲示板を眺めている。
テニス部はどこで何をするんだったっけ。たしか、どこかの教室を使っていたはず。
「特別棟2階の空き教室だ。」
南君の指差す張り紙を見る。テニス部のそれで、出し物の情報が書いてある。
よし、行こうと踵を返す。
目の前に景が居た。
待っていたはずなのに、いざ目の前するとどうして良いか分からなくなる。
「居たのか?」
南君の質問でハッとする。
「目の前に居る。」
「後を付けよう。」
輪っかの向こうの景を見る。
何やら変な装いをしている。クラスか部の出し物のそれだろう。
向かう先は方角的には体育館のようだ。
すれ違う生徒達と話をする。1人当たり数秒程度の挨拶だ。人気者のようだ。
体育館内は暗く、ステージにスポットライトが当てられ何か出し物が行われている。
しかし、それに見向きもせずに体育館の裏へと歩く。戸を開け、トイレの前を通り、体育館から出る。渡り廊下で繋がった先、奥の鉄扉を開ける。
格技場と書かれた看板がある。
「ここって。」
千種さんは一生懸命考えている。それを見ている私も、ここが何のための部屋か分からない。
「男子は体育で、ここで柔道やるらしい。剣道部がここを使っているけど。」
そこまで言うが、肝心の答えが分からないようだ。文化祭当日、ここで何が行われているか。それが分からない。
「剣道部が何かするかもしれないけど、分からないね。」
鉄扉に手を掛けるが、案の定鍵がかかっている。
「ここで張るしかないな。」
南君の提案に頷く。
輪っかを常に鉄扉へと向ける。中で行われるイベント次第だが、ずっと待つのもしんどいものがある。
「何してんの?」
不意に声をかけられ、反射的に振り返る。
小首を傾げた三城君が、体育館の外から歩いてやってきた。
確かに、他人から見れば不思議な光景だ。土曜の昼間に、学校の最果てみたいな場所でたむろっているのだから。言い訳が全く思い浮かばない。
「ハルこそ何してる。」
あからさまに怪訝な顔をする。
「何って、これからここで部活動だ。」
「名ばかり部活動か。」
「そういうことだ。」
名ばかり部は、名前だけがあり活動が不明確な部の総称である。つまり、剣道部という名の下、何か別の事をするのだろう。
「剣道部に聞きたかったんだけど、文化祭当日は何かするの?」
千種さんがやや強引に話を持っていく。
「それが大変不本意ながら、格技場が女子更衣室になるから何も出来ないんだ。」
なるほど。南君と目配せする。つまり、景はあの装いから着替えに行ったのだ。であれは、直ぐに戻ってくるはずだ。
「あっ!!」
言ってから大きな声を出してしまい自分で驚く。
「えっ、何?」
三城君が露骨に狼狽える。
南君は私を見て直ぐに気付いたようで、やれやれという顔をする。
少し遅れて、千種さんも気付いたようで、しまったという顔をする。
輪っかを外してしまったようだ。恐らく、三城君に話しかけられ驚いた瞬間に、指が離れてしまったのだろう。
「用事を思い出した。」
そう、あまりに嘘っぽい嘘をつく。
「そう。」
三城君は、思いの外私達に興味はないようだ。
そそくさと撤退する。
体育館へ入り、渡り廊下と体育館を繋ぐ扉を閉める。
三城君は格技場へと消えていった。
「皆、ごめん。」
「気にしないで。」
「ありがとう千種さん。」
「ハルが来て分かった事があるな。」
そう。景は着替えに行っていた。
「教室から何分経ったっけ。」
千種さんの質問に、スマホを見て確認する。多分、20分くらいだろう。
「時間が分かっても、ピンポイントで見れる可能性はあまりない。文化祭当日の午後を見れれば僥倖だ。」
たしかになぁと千種さんは呟く。
教室でやり直しだ。
揃って歩き出す。
さっきは都合良く文化祭当日を見れたが、また同じ日を見れる確証はない。
ふいに思い当たり、輪っかを作る。
「教室じゃないといつか分からないでしょ。」
「文化祭3日間なら分かる。」
「学校の雰囲気で分かるだろう。」
「あそっか。」
何度も輪っかを作っていく。普段通りの廊下に、真っ暗な廊下が繰り返される。
どっちみち、文化祭3日間のうちどれかを見れても、時間も日付も分からない。この時間は所謂予習みたいなものだ。
輪っかの中で同級生が曲がり角から現れる。奥から歩いてくる。焦ったように走ってくる。
皆、何かストーリーがあるのだろう。
そう簡単に当たりは引けずに、教室まで来た。
輪っかを何度も作る。
1ヶ月後、2ヶ月後、18日後、1日後…。
当たりは引けない。
同じ日の1時間違いを何度も引いた。こういうものかと小さく笑う。
景の声が聞こえて手を止める。
「そうなんだ。」
教室を見渡すと、菅原さんと景が何か話をしている。
「ごめんね。」
カレンダーを見ると、文化祭から1日後の夜だ。この日は文化祭の代休だったはずだが。何故2人は教室にいるのだろう。
「当日になったか。」
南君の質問にどう答えれば良いか悩む。
「翌日になった。何でか景と菅原さんがいる。」
2人とも、代休だと分かっているようで不思議そうな顔をしている。
「何を話している。」
2人を輪に収めて聞き耳をたてる。
しかし、2人はそれ以上何も話をしない。少しの沈黙の後、踵を返し菅原さんは教室を出て行く。
景は椅子に座り、呆けている。
「菅原さんは帰った。景はただ座っている。」
「文化祭翌日まで、小清水さんはいた。そして休みの日に教室に来た。」
「何かあるはず。」
そう、何かあるはずだ。休みの日に来るなど普通ではない。
菅原さんが、何かを知っているかもしれない。
「今は分からない。文化祭最終日の午後を見るの良い気がする。」
確かにそうだ。
「文化祭最終日の午後か、翌日の…。」
千種さんの言葉を引き継ぐため、時計を見る。
「18時6分」
「その時間か、休み明け初日を見れれば成功ね。」
頷く。
輪っかを作る作業を繰り返す。
カレンダーを睨みながら、当たりを待つ。
千種さんは窓を開け、風を入れる。この季節の風は少し寒いが、締め切った教室と今の心にはちょうど良い。
南君は椅子に足を組んで座っている。
本当に2人には悪いなと思う。
「今日はこの後用事はあるの?」
「俺は特にはない。」
「私もない。」
千種さんの質問の意図を何となく理解した。
「今日で決着が付けば良いな。」
元よりそのつもりだが、上手くいく保証はない。希望的観測に変わりはない。
輪っかの中の日付が文化祭の代休開けになる。
「代休開けになった。」
千種さんが窓を閉めてこちらへ来る。南君は脚組みをやめ、前のめりになる。
「時間は?」
時計を見る。
「11時2分だ。」
教室内に生徒は居ない。
「この時間は芸術科目か。」
景は美術を選択している。教室を出て、特別教室へ向かう。
戸を開け中を見ると、私は居るが景は居ない。
「居ない。」
「代休開けの朝に何かあったのかな。」
「ゼロじゃないけど、文化祭当日の方が可能性ありそうだな。」
「私もそう思う。」
1番気になるのは代休に菅原さんと何か話をしていたことだ。
「休みの日にわざわざ学校に来る人はいない。」
千種さんの言い切りは同時に私達に返ってくる。
「文化祭最終日の午後には居た。休みの日にも居た。だけど、休み明け初日の午前中には居ない。」
「そこまでは分かったけど、後はどうやって確かめようか。」
南君と私は目を合わせ、黙り込む。考えるしかない。
「未来を見れるから、きっかけを見る事は出来るけど…。」
そこから先は言われなくても分かる。きっかけを見るまで、疑わしい期間ずっと景を見るしかない。難しいというよりほぼ無理だ。
菅原さんが何か知っているかもしれないけど、それを聞く理由もない。未来を見たんだけど…、何て言えるわけない。
となれば。
「忍びないけど菅原さんと景の会話を聞いてみるしかない。」
「それで分からなければ、文化祭当日を見れるだけ見るしかないな。」
また、輪っかを作る。
「あんまり考えたくないけど、疑わしい期間に何かあったとは限らないよね。」
千種さんの言う通りだ。
「例えば、親の都合で引っ越しが決まっていて文化祭まではこっちにいて、その後引っ越すとか。」
「その場合は何でずっと黙っていたのかが分からないけどな。」
「例えばの話。」
2人は予想と雑談を繰り返す。時間潰しだ。
ピンポイントで代休の菅原さんと景のいる時間を見れるか分からないし、試した事がないからどの程度時間がかかるか見当がつかない。
「ソシャゲのガチャより渋そうだな。」
その通りだ。
ただまあ、お金がかからないだけマシだ。
「そういえば。」
いつのまにかトッポを取り出し、食べている千種さんがそれで私を指し言う。
「回数制限とかないの?」
「一回試したことあるけど、飽きてやめた。小一時間何回も見たけど、多分一日に見れる未来に上限はない。」
千種さんのトッポを一本奪った南君が、それで私を指して言う。
「それじゃあ、人生で上限があるかもしれないな。」
そういうことになるけど、それは試しようがない。
「それは考えない方が幸せかもしれないな。」
突然、輪っかの未来からトッポが飛び出してくる。
何事かと輪っかの外から向こうを見ると、千種さんがトッポを一つ恵んでくれていたようだ。口で受け取る。
きた。
菅原さんと景が教室にいる。
話している事を聞いて、直ぐに口に出せば2人にも内容は分かるだろうが、それのせいで聞き取れなかった事が怖く、しないことにする。
未来を見ていても、今現在の音も声も聞こえるため、人差し指を立て静かにしてほしいというジェスチャーをする。
「それで、どうなったの?」
菅原さんが景に質問する。
「結局、ダメだった。」
ばつが悪そうに景が笑う。
何がだろう。
「そう…。どうするの?」
菅原さんも困ったような、訝しんだ表情だ。
「今日でお別れかな。」
やはり、景はこの時期を境に姿を見せなくなった。
「そっか。じゃあ、どうしようもないね。」
どうしようもない…?
「ありがとうね。」
「ごめんね。」
そしてしばらくの沈黙の後、菅原さんは教室から出て行った。
見た光景と会話を全て2人に説明する。
「情報量はあまりないが、進展はあった。」
「そうだね。菅原さんは何かを知っている。」
そういうことになる。何をまでは今では分からない。
「それに文化祭がきっかけかも曖昧になってきた。ただのリミットだった可能性もある。」
2人が頷く。
日が橙色に近付いている。時間的にはまだ夕方とは言えないが、この季節は日が沈むのが早い。
「菅原さんに連絡してみようか。」
確実ではないが、今の時点で何か知っている可能性は十分ある。
菅原さんは”それで“と言い、景は”結局“と言った。その時が初めての会話なら出てこない単語だ。
「何で知ってるって言われたらどうするの?」
こればかりが気になる。
「素直に言うしかないだろ。一生に一度のお願いだって。」
「一生に一度のお願い…?」
思わず聞き返す。
「えっ?だってそうなんでしょ?」
一生に一度のお願いだって、子供の言い訳だろう。それがなぜ今出てくるのか。
「一生に一度のお願いで未来が見える様にってお願いしたんじゃないのか。」
「そんな記憶ないけど。」
「じゃあ、小さい頃にお願いしたとかかな。」
2人の話についていけない。
「ちょっと待って!」
私が何か思い違いをしているのか…?
2人の説明を整理するとこういう事だ。
人は一生に一度だけ願いを叶える事ができる。
理由は分からない。
大抵の人間は小さい頃のしょうもないおねだりに使ってしまう。
しかし、ごく稀に超常的な能力を手に入れたり、事象を起こす人もいる。
「そんな事、本当にあるの?都市伝説?」
「いやいや、自分がそれでしょ。」
千種さんに言われ、たしかにそうかと思う。
「みんな知ってるの?」
「みんな知ってるよ。人類みんな知ってる。」
何で私だけ、すっぽりその記憶がなかったのだろうか。
「仲神さんだけ知らなかったのは、それが条件だったのかもしれない。」
千種さんは小さな声でなるほどと言い納得する。
「一生に一度のお願いは何でもありだ。お願いする人の願い方次第でどうにでもなる。」
流石に考えるのが面倒で、眉間に皺を寄せる。
「普通に考えれば、代償ってものが必要になる。未来が見える代わりに寿命が半分になるとか。」
「死神の目かよ。」
千種さんがツッコミを入れる。
それに構わず南君が伝える。
「しかし、その条件を決めるのはお願いする自分だ。未来が見える代わりに100万円ほしいも出来る。」
随分とバランスが悪い。
「詳しいことは分からないけど、そういう理由で仲神さんは一生に一度のお願いについて忘れていたんじゃないか。」
直ぐに信じる事は出来ないが、それが可能性として1番大きい。
千種さんがスマホを取り出し、耳に当てる。
「もしもし、今ちょっと良い?」
直ぐに菅原さんは出てくれたようだ。
「他にもいるんだけど、スピーカーでも良い?」
千種さんはスマホを机に置く。
「私と、あと南君とひかるちゃんがいる。」
声を出そうかとも思うけど、黙ってみる。
「それで、どんな用事?」
3人で顔を見合わせて、誰が説明しようかと反応を伺う。自然と、私と千種さんが南君を見る。ため息を一つした後、南君が話し出す。
「小清水さんについて、何か知ってる?」
単刀直入だ。
菅原さんはスマホの向こうで黙っている。 暫くの経って、話し出す。
「知ってるけど、これは小清水さんの話。本人に承諾得ないと私からは言えない…。」
そりゃそうか。直接聞くしかないか。
「仕方ないね。」
通話はそこで終わった。
仕方ないか。小清水さんに直接聞けば良いのか。
「最初の懸念も今なら晴れている。小清水さんも一生に一度のお願いで知ったと言えば、信じてくれる。」
怪我や事故であったとしても、信じてもらえるのであれば構わない。むしろ都合が良いのかもしれない。
「どう言う経緯で一生に一度のお願いを使ったか分からないけど、そういう信じて貰えるかどうかっていう疑念があるようにしたのかもね。」
「そういうことかもな。一生に一度のお願いっていう概念自体を忘れる事で、誰も信じてもらえないっていう考えを作る。それが未来を見て人に伝える事を最小限に留めるストッパーになってるのかも。」
「私がそんなこと考えてたと思う?」
そう言うと、2人は大きな声で笑った。
本当に失礼な人達だと思う。
「3人揃って話って何?」
「わざわざ学校に呼び出してごめん。」
休日の夕方に学校へ呼び出すなど、イかれてるとしか思えないだろう。申し訳ない。
「回りくどいことは言わない。景、1週間後何か起こるか知ってる?知らない?」
景はハッとする。順繰りに私達を見る。
「何で?」
この何でには、色んな意味が含まれている。何で知ってるのか、何でそんな事を聞いてくるのか。
「仲神さんが一生に一度のお願いで未来が分かるんだ。」
思ったより、景は驚かない。やはり一生に一度のお願いはメジャーな話の様だ。私が一生に一度のお願いを知らなかった事などは伝えない方がスムーズに話が進みそうだ。
「そう。1週間後から、景が居る未来が見えないの。それに、菅原さんと何か話しているのも見た。」
景は笑った。未来で菅原さんと話していた時のように困った顔をしている。
「隠すつもりじゃなかった。私も一生に一度のお願い使ったの。」
皆黙っている。言葉の続きを待っている。
「使ったというより、使われた。」
「使われた…?」
よく意味がわからない。
「私の親が使ったの。私は生まれてからずっと大病を患ってたらしい。6歳の頃、余命宣告を受けた。」
「大病…。」
目を伏せ、千種さんは呟く。
「その時に親が一生に一度のお願いを使ったらしい。せめてもう少し長く、生きてほしい、あと10年…と。」
つまりは、
「10年後が、あと1週間後って事?」
ゆるりと頷く。
「私も最近知った。親に言われて。お願いを使った本人は、私が死んでしまう日まで数えてずっと分かっていたらしい。」
それを伝える小清水さんの親も相当辛かったのだろう。
「私の親も申し訳ないと思ったみたいで、ずっと何か方法はないか探してたみたいだった。でも、余命宣告みたいに不確かなものじゃなく、あと10年という確定した時間があるから撤回のしようがない。」
夕日が差し込んでいたはずの窓からは、もうそれはなく、教室は寒い。
「それじゃあ。」
千種さんが何か言おうとして、やめた。
私も口が開いたまま塞がらない。
「要だけには言ってたんだけど。」
要は菅原さんの下の名前だ。
「私、来週から学校休むね。」
「何で!?」
思わず声が大きくなってしまった。
「残り少ない人生、私が好きな事して、長生きさせてくれた親に恩返しする。」
反論する事ができない。
「それじゃあね。」
そう言うと、あっさりと小清水さんは教室を出て行った。
「何だろう。戒めかな。」
千種さんも南君も帰った後に、1人で昇降口で帰らずにいた。
”文化祭当日は正しい未来では無い。泥棒のせいだ。報いを受けるべきだ。“
掲示板に紙切れを貼った。メッセージを添えて。
景の未来を変えてしまった。私は泥棒だ。残り1週間を、変えてしまった。




