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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年春
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花信風

朝、学校へ着くと既に色紙さんが席着いて読書をしていた。話をしようと思うが、そんな勇気はない。それをもう1週間も繰り返している。

色紙さんの方をちらちらと見ながら話しかけるタイミングを伺う。しかし、毎回今ではないと諦める。中学生時代になかなか異性に告白出来なかった友人の気持ちが、今ようやっと理解できたような気がする。

鼻から息を吐き、弱気な自分を嫌に思う。一瞬、色紙さんが本から目を外し、俺を睨んだように見えたが、目線を向けると相変わらず本に熱中しているようだ。幻覚まで見え始めた。

毎朝、先に登校されているため、こちらが先に登校してみようかとも思うが、それで何かが変わるとも思えない。


放課後、部室でぐだぐだと話をしていた。ただでさえ狭い部屋に、2年生と3年生の先輩方が勢揃いで座るだけのスペースしかない。

4月の終盤に、1年生を羨む先輩の声や、教師の真似や愚痴が延々と繰り返される。

先輩方は学校の事を大抵知っていて、ニッチなネタで盛り上がってしまうと、一年生の我らは少し居心地が悪くなる。

やがて、部室が狭いという理由で先輩方全員帰っていった。3人だけ残され、それでも本来狭いはずの部屋が広く感じる。

日々の疲れかさっきに疲れか、色紙さんのことか分からないがため息が出た。

「思い詰めてるのかい?」

間下に聞かれて、話してみようかと思うがよく知らない他人の疑惑を話すほど捻くれても勇気もない。

「はやくも高校生活に疲れただけ。」

「先輩に言ったら殺されるぞ。」

外は少し暗くなっていて、部室の電気を点ける。同時に康太が立ち上がり、スポーツバックを背負う。

「先帰る。」

「じゃあな。」

「また明日。」

格技場の鉄扉の閉まる音が聞こえ、しばらく音が何もしなくなる。

「女子はみんな帰ったんだっけ?」

そう聞かれて、思い出してみる。

「わかんない。静かだから帰ったんじゃない?」

「ハルは何時帰る?」

「間下が帰るならもう帰るし、ゲームするなら残る。」

「じゃあもう帰ろう」


街灯が灯り始めるがあまり意味がないほど夕日が眩しい。日が暮れる前に家に帰れるのはなんとなく嬉しい。学生服はある程度いて、スーツ姿は少ない。いずれ自分もスーツ姿になり、日がある内は帰れないのかと既に憂鬱に思う。働けるかも、スーツなのか夜勤なのか今はやりたい事がなくさっぱりと分からない

小さな子供が母親に手を繋がれ歩いている。笑顔で何やら楽しそうに話をしている。


前を歩く同じ学校の制服を着た女子に気付き。一瞬どきりとする。おそらく色紙さんだ。25mほど先を歩く姿を見て、ほぼ間違いなく色紙さんだと思う。

もしや、また先週の様な事になるかもしれない。どうしようか…。

もし、今日も色紙さんが先週の様に何やらいかがわしい行動を取っていたら、それいうものだと認めよう。今まで半信半疑に思えていた。

話を聞こうとか、やめるように言うのは御門違いだろう。本人が望んでやっていることに口出しをするべきではない。

そしてそれを誰かに言うのも止めるべきだ。出歯亀めいた事をしたこと、していることの方を恥じるべきだ。

前を歩く色紙さんが少し駆け足になる。まずい、気付かれたかと焦るが、こちらを振り向いた気配はない。おそらくまだ大丈夫だ。

どんどん遠くになるが、ただ道をまっすぐ進むだけで見失いはしない。途中で一回道を折れるが、大きな十字路を左へ曲がっただけだ。そこで俺も駆け足で十字路へ向かう。

雑居ビルや一生入らないであろう喫茶店や飲食店のを通り過ぎ、一瞬食欲を湧き立たせる匂いに振り返る。なんの料理の匂いだったか、思い出せない。

モヤモヤした気持ちのまま十字路に辿り着き、左を見る。思ったより近くで色紙さんは壁に寄りかかりスマートフォンを見ていた。

一瞬、嵌められたかとも思うが、俺には一瞥もくれない。1分も経たずに、スマートフォンをスポーツバックへしまい、眼鏡を取り出し掛ける。

じっと一点を見つめている。その視線の先を見るが、特別何かがあるようには見えない。視線の先は2車線の道路の向こうに普通のビルがあるだけで、壁が汚いとか、人通りが多いとしか思わない。

やっぱり待ち合わせだろうか。ここまできたからには、最後まで確認しよう。

そう意思を固めるが、最後とはどこまでだろうか。疑惑に確信がもてたらとして、実際に現場をおさえるまでしなくても良いだろう。

色紙さんに睨まられるようにはなりたくない。お互い、今後何もなかったと生活できる程度で良い。特にも、向こうにはバレた事をバレないように努める他ない。

色紙さんが壁から背を離し、スポーツバックからなやらケースを取り出す。一見卓球のラケットでも入っていそうなものだ。何故このタイミングで取り出したのか。

そのまま歩き出し、こちらに向かってくる。直ぐに目線を外し、元来た道へと戻る。

こちらに気付いた訳ではなく、元来た道とは逆方向へ、信号を渡って行った。

直ぐに後を追おうとするも、赤信号に阻まれる。車の往来が始まり、色紙さんの姿が途切れ途切れになり、一瞬見えなくなった途端見失ってしまった。

どこかの路地へ入ったのだろうか。

青信号になり、横断歩道を走って渡り、見失った辺りをきょろきょろと見渡す。人気のない路地が奥へと続いていて、遠くには大きなビルが見える。あのビルは確か隣の駅の近くだ。気付かないうちに遠くまで来てしまったようだ。

路地へと踏み込み、匂いに顔を顰める。近くに飲食店があり、その裏を歩いているようで、換気扇や生ごみに臭いがきつい。

夕日が遮られる事で少し寒いと思う。学ランの下にもう少し着込めば良かったと後悔する。

がたん、と行くから音が聞こえた。一斗缶を蹴飛ばすような気持ちの良い音ではない。

進むのを躊躇い、いつもより遥かに遅く歩く。憂鬱な場所へ向かうような、集合時間よりだいぶ早く着きそうな時のような足取り。

「クソ!」

声を聞いて、立ち止まる。聞いた事がある声、たぶん、いや、間違いなく色紙さんの声。しかも、辛そうな。

寒いと思ったのに、汗が滲む。がたんがたんと音が続く。

なんとなく、音を立てないように、それでいてさっきより早く歩く。

音が近い。

角を曲がる。スーツ姿の男が見える。その奥では色紙さんが転んでいた。

色紙さんの険しい目が驚きに満ち、こちらへ向ける。

一瞬間が空き、男がこちらへ振り返る瞬間。

「今!」

色紙さんが俺を見て叫ぶ。

男がこちらを振り返り、手には銃を持っている。

銃口はこちらを向くのがスローに見える。体が強張り、全く動けない。足が縺れ、転びそうになるのを踏み止まるので精一杯だ。

銃口と目が合い、ばしんっ、と音が聞こえた。これはもう死んだ。そう思った。

しかし、痛みはまるでない。

男がこちら側に倒れる。

その向こうに銃を構え、銃口を向ける色紙さんが立っていた。

銃を下ろし、顔を顰める。よく見ると擦り傷や切り傷がある。

「どうしたら良いか…。」

小さな声でそう呟いた。

倒れた男はピクリとも動かないが、流血はしていない。

自体はさっぱり掴めない。何をどうすれば良いのか頭を回転させて考える。

「俺はどうすれば良い?」

そう聞くのが最善だと考える。

色紙さんはしばらく俺の目を睨み、何腹を探っているように見える。

「…電話使える?」

そう聞かれ、スマートフォンを取り出し振って見せる。

「タクシー呼んで、電話で直ぐにこの路地の出口に。」

そう言われ、直ぐにタクシーの番号を調べ掛ける。

直ぐにと言われるが、電話でタクシー呼ぶのは初めてだし、この場所もよく分からない。

チラリと色紙さんを見ると直ぐに察してここの住所を教えてくれた。

色紙さんは倒れた男を壁に寄せ、その辺のゴミを上にかける。隠しているのか。

やがて目線が大きな通りに方へ向く。

「乗って。」

タクシーが来ていたようだ。俺が乗り込み、色紙さんは横に乗りそのまま寝そべった。何やら色紙さんが住所を言うが、細かい場所はよく分からない。

少し不思議な高校生2人を怪しんでいるのかいないのか、運転手はアクセルを踏み路地から離れて行った。

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