検討会
「三城君も好きに食べて。」
机の真ん中にはお菓子が広げられている。スナックから甘いものまで。お菓子売り場で、誰が来るか分からないので、適当に見繕ったようなラインアップだ。お言葉に甘えてチョコを一つ摘む。
「それじゃあ、結果を報告しようか。」
相楽さんが司会をする。今日は各個散り散りに情報収集をしてきた。文化祭での出し物が被った主体に話を聞いて、何か疑惑がないかを探るのだ。
俺が1年5組とバレー部、相楽さんが2年1組と2年2組と3年2組、色紙さんが1年3組、統次が軽音部を担当する。
そういえば。
「統次はまだなのか?」
「まだ話を聞いてるのかも。でも、そろそろ約束の時間だから時間切れ。」
相楽さんが冷徹に言い放つ。時計を見ると17時を過ぎていた。自分も遅れてしまったため、居心地が悪い。
「じゃあ、三城君から報告お願い。」
逆らう理由もなく、さっき聞いたことが話す。
「1年5組の間下とバレー部の小松さんと仲神さんに話を聞いてきた。出し物として利きお茶で被ったらしい。それ自体も去年のどっかのクラスのパクリらしい。それで5組がじゃんけんで勝った。」
「それで、バレー部に恨みを持っていないか分かった?」
相楽さんに質問される。
「小松さんと仲神さん曰く、バレー部として恨みはない。バレー部も、出し物の決定期限ギリギリにその案を出したらしい。だからそれを再考できる時間が出来て良かったらしい。」
「小松さんも1年生でしょ?」
色紙さんがポッキーを食べながら聞いてくる。
「そう、5組の生徒。」
「であれば、バレー部の内情には詳しくないんじゃない?一年生の知らない先輩の裏話がないとも限らない。」
「そうだね。四季の言う通りだと思う。寧々とひかるの知らないところで、バレー部の先輩が何かを抱えてる可能性はある。ただ、可能性があるだけで、高くはないと思う。白に近い灰色ね。」
成る程、確かにその点には気付かなかった。相楽さんの言う通り、白に近い灰色といったところだ。
「次は私ね。私が聞いたのは1年3組の大田原さんに話を聞いてきた。」
色紙さんが話し出す。
「大田原 真由さん?吹奏楽部の?」
相楽さんは本当に生徒全員を把握してるのかもしれない。
「そうそう。芸術科目の音楽で一緒だから聞いてみた。」
3組は確か、3年生しかできないお化け屋敷をやろうとして却下されたはずだ。
「要点をまとめると、お化け屋敷やりたいと言ったのは数人だったらしい、多数決で勝てないくらいの。それでもクラスの案としてお化け屋敷を出したのは、ダメ元でらしい。」
「ダメ元?」
「そう。どうしてもやりたいのは数人だっただけで、出来るならやりたい人は多かった。ただ、出来ると思わなかった。」
相楽さんが前のめりで話を聞き出す。俺もこれくらい聞き手を引き込む話し方を身に付けた方が良いかもしれない。
「それで、ダメ元でお化け屋敷を案としてだしたの?」
「ダメ元で出して、却下されればやっぱりなと再度検討する。通ればラッキー。その程度だったみたい。」
「それなら、メッセージとの関係性はあまりなさそうだな。お化け屋敷をやりたがっていた数人だけが気になるけど、他の人は大した考えはない気がする。」
チョコを食べるが、想像よりも甘ったるい。それでも食べ切るしかあるまい。
「その数人が容疑者としてあり得るけど、これもバレー部と同じで白に近い灰色でバレー部よりは黒に近いかな。」
随分とややこしい言い回しだが、その通りだ。バレー部よりは怪しい。
「その数人って誰かって聞いた?」
「野球部って言ってたけど、名前までは分からない。合なら分かるんじゃない?」
相楽さんは顎に指を当て唸る。
「佐藤くんに鈴木くんに橋場くんかなぁ。確か3組はその3人。」
やっぱり相楽さんは全生徒を把握してる。学内の色事、仲不仲、あらゆることを知っているのではないか。そのつもりはないが、敵に回したくはない
「暫定容疑者一位二位三位ね。」
色紙さんはまたポッキーを食べ出す。
それに釣られて、机の上にある菓子に手を伸ばす。伸ばしてから何を取るか悩む。結局、1番こちら側にあるクッキーの箱から、個別包装のそれを取る。
「私は2年1組と2年2組、3年2組について聞いてきた。2年1組と2年2組はフリーマーケットで被ったみたい。生徒がそれぞれ不要な物を持ち寄って、それを売り出す。それで代表者じゃんけんで各学級委員が対決し、2年1組が負けた。」
食べたチョコの包みを丁寧に折る。相楽さんは几帳面な性格のようだ。そういう仕草を見ると、釣られて自分もやってしまう。主体性がまるでない。
「ただ、それなら違うんじゃないの?」
色紙さんは怠惰にポッキーを食べ続ける。一見、まるで興味がなさそうだ。それでも、色紙さんにとってこの問題は重要な事案のはずだ。早坂さんの話を考慮しなければだが…。
「私もそう思う。バレー部よりも白に近い灰色。」
2人で話が続くが、確認のため言葉を挟む。
「フリーマーケット自体が、捻りのない案だから、盗まれるような代物じゃないってこと?」
「私はそう思う。ここの3人が同意見って事は、一般論とも言えると思う。だけど、人の考え次第だから絶対とは言えない。ただまぁ…。」
そこで言葉を区切る。言いたい事は分かる。色紙さんを見ると目が合う。色紙さんはすぐに目を外し、相楽さんに目を向け言う。
「そりゃないでしょ。」
そう言う事だ。
クッキーの個別包装を開ける。ぼろぼろとこぼさないように一口で食べるが、意外と大きかった。バターの風味がして美味しい。
「続いて3年2組。例年、3年生は全クラスでお化け屋敷をやる。3年教室を全部使って、かなり大規模なもの。それをやめて模擬店をしたいってなった。3年生だから自由に好きなことやらせろ派が半数いたみたい。もう半数はお化け屋敷をやりたかったみたい。」
クラスの中でも派閥が別れたようだ。
「ただ単に違うことをしたかったみたい。衒いでしょうね。」
例年通りの文化祭に従いたくなかったのか。型にはまらない良い事とも言えるし、強調性がないとも言える。
「ただ、各主体がどこの教室を使うか配分がもう決まってた。3年生がお化け屋敷をやらないのは生徒会としても予想外だったって、この前金田生徒会長が言ってた。それに、2組は3年教室の途中だから、お化け屋敷として都合が悪かった。」
「無駄な抵抗だったわけね。」
「まあ、そういうことになる。それに2組も模擬店を本当にやりたかったわけじゃないみたい。本当にやりたかったのは、お化け屋敷以外の何かをやる事。」
幼稚とも言える思考な気がする。
「お化け屋敷しかできない事を、正しくないと言う事に違和感があるのは、多分俺が当事者。、2組じゃないからだ。」
そう言って、この言葉じゃ意味が通じない気がする。2人を見ると、相楽さんは少し眉を顰めている。
「つまり。」
色紙さんは理解してくれたようだ。
「私達にとっては、3年生全員でお化け屋敷をやる事は当たり前。だけど、2組からすればやりたい事は出来ない文化祭が正しいとは思えない。そういうことかな。」
その通りだ。2組のお化け屋敷反対勢力からすれば、正しくないのだろう。
「確かにね。そうすると、2組の反対勢力が1番怪しいかも。黒に近い灰色かな。」
戸がノックされる。
全員が戸の方を見ると、曇りガラスの向こうに人影が見える。おそらく統次だ。
「どうぞ。」
相楽さんが招くと、統次が怠そうに入ってきた。確か軽音部に話を聞きに行ってたはずだが。
「悪い、遅れた。軽音部の話が長かった。」
椅子を引き、座る。
相楽さんが机の上の菓子からじゃがりこを取り、統次に投げる。それを受け取り、蓋を開ける。
「もう皆報告はした?」
じゃがりこを摘み、ざっと俺らを見回す。
「ちょうど終わったところ。」
「じゃあ、俺が報告すれば良いか。」
椅子を引き、体を机に近付ける。
「軽音部に行ってきた。中学の同級生が軽音部にいるからな。そいつに話を聞いてきた。」
「名前は?」
相楽さんが質問する。大して重要な事とは思わないが、ノートとペンを構えている。
「伊田 佳明。7組の。知らないか。」
「知ってる。続けて。」
さすがだ。気持ち悪いくらいに。
「軽音部は去年よりステージを使える時間が短くなって、生徒会に嘆願というか…。」
「文句ね。」
統次が言葉を選んでいたが、色紙さんはぴしゃりと言い放つ。
「まあ、そう、文句だ。前に生徒会に行った時に聞いたから知ってると思うけど、理由として、去年よりステージを使う団体が増えたから仕方のない事だ。」
時間は有限だ。二日間しかない文化祭では仕方ない。
「佳明曰く、確かにその事については部員の何名かは納得していない。時間が経って仕方がないと思う人が増えたかもしれないが、その当時はほとんどの部員が快く思っていなかった。だけど。」
伝える言葉を統次は選ぶ。
「あくまであいつの主観だが、軽音部はそんなめんどくさい事はしない。」
メッセージを作り貼る。それを面倒だと言うのは分かる。
「確かに、生徒会に直談判する人達が、あんな些細なと言うか…。」
「女々しいね。」
相楽さんが言い淀むことを、色紙さんが言い切る。
「やっぱり、ロックじゃないね。」
あくまでイメージである。軽音部だからといって、根までロックであるとは限らない。
「俺が思うに、軽音部はそこまで怪しくないと思う。」
統次の言う通りだ。今までの言い方をすれば。
「白に近い灰色。バレー部と同程度かな。」
「俺が来る前の話を聞いてないけど、何か掴んだか?」
相楽さんがノートを捲り、俺と色紙さん、そして相楽さん自身の情報を話す。
統次は言葉を挟まず、黙って話を聞いている。
相楽さんが話し終えると、背もたれに寄りかかりため息を吐く。
「怪しい点はあるが、決定的な証拠がないな。」
これまでの検討会の結論を一言で述べる。
「やっぱりそうだよねぇ。」
相楽さんはもうお手上げというジェスチャーをしてみせる。
色紙さんの様子を見ると、難しい顔をしてトッポを食べている。横にはポッキーの空箱がある。
早坂さんの話が正しければ、文化祭当日には事件が起きる。色紙さんだってそれは知っているはずだ。未来で探せない情報ではないような気がする。
俺に話のを躊躇っている。理由は分からない。
それだけで、色紙さんもその事件と今回のメッセージとの関連性を疑っているのかもしれない。
「ハルと色紙さん。クラスの映画が出来たけど見た?」
統次が唐突に話を変える。もうこの問題は解決不能と踏んだか。
「台本は読んだけど、映像自体を私は見てない。」
「俺もだ。出来上がったのか?」
完成報告は受けていない。
「明日正式発表だ。編集担当の立川に頼んで俺は見させてもらった。」
「それじゃあ2人が見れるわけないじゃん。」
相楽さんの言う通りだ。正式に完成披露試写会をしていないのであれば、俺らが見れるわけない。
「ちょっと見てほしい。相楽さんも一緒に。映画が入ったDVDを借りた。コンピュータ室に行こう。」




