情報収集衛星
自分の在籍しない教室というのは、何とも居心地が悪い。誰のものか知らない椅子に腰をかけて、間下と康太と話をしている。
「それで、結局何をするんだ?」
文化祭準備の為、部活動は一時的に停止している。それは我が剣道部だけの話で、他の部活動は文化祭に向けてより一層活動している。
文化祭までまだまだあると思っていたが、どんどん当日は近付いて来ていて、生徒は放課後のために学校へ来てるように思えるほど賑わいが夕方に集中する。
「大したことじゃ無いよ。」
勿体ぶるような言い方をする。そうすればするほどハードルが上がることを、間下は知らないのか。
「模擬店やるんだ。飲み比べ。」
随分大雑把な説明を続けてする。
「何種かお茶を用意して、品名を当てる。そんな感じの事をやる。」
足りないと思ったのか康太が補足する。成る程、大した準備もしないで楽しいことが出来そうだ。
「教室が他のクラスと比べて騒がしく無いのは、準備が整ったか、することがあまり無いからか?」
「そう。お茶を買うのとコップを用意するのとチラシとかそういう広告くらいしかない。飾り付けするにも、前日じゃないと出来ないし、皆部活の方に行ってる。」
間下は生徒の殆どいない教室を見渡して言う。
「それで、部活で何もしない2人は暇を持て余してるわけか。」
そういうと明らかな作り笑いをした。図星なのだろう。
「俺らが1番上になったら剣道部で何かしようか。」
適当な慰めをしておく。そして、切りが良いと本題を投げかける。
「バレー部とかぶったんだって?」
「そう。俺らは結構良い案だと思ったんだけど、去年同じような事をしたクラスがあったみたい。」
「同じようなこと?」
間下の話に素直に疑問を投げかける。
「なんか紅茶でやったみたい。」
お茶から紅茶だと、幾分か高尚になった気がする。
「それを知ってたバレー部が、パクってお茶でやろうとしたら俺らとかぶったみたい。」
経緯は分かった。ただ、その被りが意図的かどうかは分からない。
「代表者じゃんけんは誰が出た?」
「学級委員の数紀が行った。放課後に行って、翌日の朝に勝ったぞって報告してた。皆拍手したね。」
随分プレッシャーのある役回りだ。俺ならやりたくはない。
「バレー部は…。」
そこまで言うと教室のドアが開き、女生徒が2人入ってくる。1人は知らないが、もう1人は仲神さんだ。挨拶しないのも悪いかなと思い、会釈をする。
話を戻す。
「それで、バレー部は納得したの?」
「それなら、小松さん達に聞いた方が良いんじゃないか?」
「誰だよ、小松さんって。」
結構大きな声で突っ込んでしまう。小松さんなんて人、聞いたことがない。
「はじめまして、小松寧々です。」
背後から声をかけられ、思わず立ち上がる。さっき仲神さんと一緒に入ってきた人だ。随分と失礼な事を言ってしまった。
フルネームを聞いてふと何かを思い出しかける。小松寧々という名前を俺は一度聞いたことがある。そうだ、入学当初に間下から聞いた猫娘だ。確かに小さな背に、大きな目が猫みたいだ。そう思うと猫にしか見えない。
唐突な出来事に頭がフル回転するも、自己紹介され10秒ほど固まっていた。
小松さんに首を傾げられて、ようやく我に帰る。
「どうもはじめまして。」
ぎこちなく挨拶をする。
「私に何か用?」
「ハルが何か聞きたいらしい。」
そう話を振られて、どこから話せば良いか戸惑う。一から説明するには、時間がかかり過ぎる。
「バレー部と5組の文化祭の出し物が被った時、誰がじゃんけんしてその後どうなったのかなって。」
小松さんは近くに椅子に座る。仲神さんも適当な椅子に座る。
「変な事気になってるね。」
嘘を吐く意味はないが、全て話すのはめんどくさい。
「話の流れで気になっただけ。」
少し適当すぎたかと思うが、別に疑うでもなく小松さんは話してくれる。
「じゃんけんしたのは部長の早希さん。今はききお茶じゃなくて、世界のお茶が飲めるぞ喫茶にする予定。」
それはそれで楽しそうだ。そういえば、仲神さんもバレーだったはずだ。
「まあ、丸く収まったなら良かったよ。」
「私達も、むしろ急拵えであの案を出しから、もう一度精査できて良かった。」
5組もバレー部も、過去の出し物を真似している。あのメッセージには関わっていない可能性が大きい。
「ひかるちゃんから聞いたけど、3組も結構面白い事してるね。文化祭で1番楽しみかも。」
それはそれでプレッシャーだ。平田さんに伝えようかと思うが、それが良いか悪いか、モチベーションを上げる材料になるかただプレッシャーを与えるか分からない。
このまま女子同士の話で盛り上がりそうだし、きっと用があって2人が来たのだろう。
「じゃあ、そろそろ俺らは行こうか。」
俺がこの教室で間下に話をしに来て、ついでに康太も引っ張ってきた。そんな事を言う立場ではないし、間下に至ってはここが自分の教室だ。
それでも察してくれたようで、各々カバンを持ち教室を後にする。
戸を閉め、教室の声が聞こえない渡り廊下で間下が口を開く。
「小松さんの目の前で小松さんって誰だよは面白かった。」
恥ずかしい話を引っ張る。
「素直に知らなかったんだ。」
「前に教えたじゃん。」
「入学してすぐだろ?確認しとけよとしか言ってなかったし、それは教えたとは言えない。」
「でも、小松さんやっぱり猫みたいでしょ?」
「それは事実だ。」
「次は忘れるなよ。ハルは帰る?」
そう言われて、次の予定を思い出す。
「いや、少し予定ある。」
「映画か。頑張れよ。」
そう言って間下は階段を降りていく。
「康太はこの後なんかあんの?」
「クラス展示の作業に顔出そうかなと思う。今日は担当じゃないけど、行って人足りなかったら手伝おうかな。」
康太は間下と対極の人間に思える。いや、そもそも俺ら剣道部3人は各々共通項が無さすぎる。それが面白いとも思えるのだが、2人がどう思ってるか分からない。
「分かった。じゃあ、また後で。」
そう言って別れる。康太はわざわざ見送りに渡り廊下を通り来てくれたようだ。踵を返し教室棟に向かっている。
康太が見えなくなり、特別棟に向かう。
4階の第3準備室の戸をノックする。中から聞こえるどうぞと言う声に従い、中に入る。
相楽さんと色紙さんが先に来ている。
「遅れたけど、確認してきた。」
夕日が沈みそうな時間、検討会が始まる。





