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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生秋
34/125

文化祭準備というにはややこしい

目を見開いてはしまった気がする。今学校で起こっていること、それに過去改変についても知っているような言葉だった。無視しても良いが、より一層怪しまれるかも入れない。

「えっと…、なんの事ですか?」

極力返事を長い間を取ってする。その間に全力で頭を回す。

この人は本当に未来人なのか。そうすると、PPなのかCTTなのかただの旅行者なのか。

どうして、俺に話しかけるのか。今、未来オーラが出ている物は身につけていないはずだ。客観的に自分を見た事がないため、本当に出ていないとは言い切れない。もしかすると、あおいさんに会いに行った時に未来オーラを身に纏ってしまったのかもしれない。

1番良いのはただの頭のおかしな人であれば…。

「学校で起きている事、過去改変なのかなって思って。」

間違いなく、この時代の人間ではない。それにCTTでもない、そんな気がする。

それに、俺にそのことを聞いているのは俺が色紙さんの協力をしていることを知っている。色紙さんがこの人に関係をバラしたのか。

「君は色紙さんと仲良いんでしょ?」

やっぱり気付かれている。

「まあ、それなりに。」

「ちょっと付いてきて。」

笑顔でそう言うが、付いて行って良いのか。最悪俺が殺される可能性もある。色紙さんとの関係が、なにかの経路でバレて、未来に付いてる人間を…。

いや、それはない。

最未来人は、過去改変を出来ない。俺を殺せるはずがない。もし、関係がバレたのであれば色紙さんの身の方が心配だ。俺は過去に色紙さんと会わなかった、そういう改変をされるだけだ。

これは事情聴取だ。

逆らうと、色紙さんに迷惑がかかる。それとも、色紙さんは既に自由が奪われている可能性もある。

黙って後ろをついて行く。今はこの人に従うしかない。

ビルの隙間から夕日が差し眩しい。目を細めて、今の時間を想像する。帰りは遅くなりそうだ。

男性は迷いなく歩いて行く。目的地は決まってるようだ。立ち振る舞いだけでは、未来人だと判断できないなぁと当たり前ながら感心する。

一本路地へ入り、人気が少なくなる。一瞬、不安が過ぎる。

男性が店のドアを開けて入る。1人なら決して入る事の出来ないようなお洒落過ぎるカフェだ。中に入るが、やけにBGMがうるさく感じる。ジャズのようだが、普通のカフェよりは大きい音量だと思う。普通を知らないが。

店員に2名と告げて、1番奥のテーブルに着く。

「ご馳走するから何でも好きなの良いよ。」

そう言われるが、メニューがお洒落過ぎて名前だけではどういうものか分からない。

ひとしきり眺めるが、結局ブレンドくらいしか良くわからない。

「ブレンドでお願いします。」

そう言うが、初対面の人に躊躇いなく奢られるのも如何なものかと気付く。しかし、気付くのが遅かった。

店員さんに注文を告げ、しばらく沈黙が訪れる。スマホを見るわけにもいかず気まずい。

男性は何やら手帳を眺めている。

店内をぐるりと見る。

まばらに人はいるが、近くの席には居ない。話し声は店内のBGMであまり聞こえない。ただ、この程度でれば対面で話す分にはうるさくはないだろう。最初こそうるさいと思ったが、プライベートな空間を作るのには適しているのかもしれない。もしかすると、ここを選んだのも話を聞かれないためか。

「お待たせいたしました。ブレンド2つになります。」

店員さんが、俺の前にソーサーに乗せたカップを置く。見た目は普通だ。匂いは当たり前だが珈琲で、普段飲まないのでそれが良いのか悪いのか分からない。

一口頂くが、やはり特別どうだとか感想は思い浮かばない。普段から嗜まないといけないが、未だ珈琲を飲むならジュースが飲みたいという子供だ。

「美味しいでしょ?」

「はい。美味しいです。」

男性に嘘を吐くが、これは仕方ない。

「改めて、僕は早坂。色紙さんと同じPP。」

これにどう答えれば良い。そうなんですかと驚けば、俺が未来について知っている事になる。更には色紙さんの素性を知っている事も分かり、色紙さんが重大な禁忌を犯していることも露呈する。早坂さんがカマをかけるつもりはなく、純粋な自己紹介かも怪しい。俺の返答を確証とするつもりかもしれない。現段階では、色紙さんは疑い程度で済んでいるのだとすれば、俺の発言次第でどうとでもなる。

まずはシラを切れ。もし純粋な自己紹介だとすれば進展がある。カマをかけているのであれば、もっと角度を変えた質問になるはずだ。

「色紙さん、何かスポーツでもやってるんですね。」

これはちょっと嘘っぽ過ぎたか。色紙さんについて認知している事は問題ない。PPという言葉を知っている事がまずい。ただ、PPがスポーツとは、咄嗟に思い付いたが…。

「怪しまなくて良いよ。僕は色紙さんをどうこうしようって思ってはいない。」

これもカマかもしれない。どう返事をすれば良い…。

「どういう経緯で色紙さんとペアになったか分からないけど、流石色紙さんのペアだ。よく考えてる。疑いを持たないPPやCTT、旅行者なら問題ない対応だ。」

褒められて嬉しい気持ちはある。色紙さんは滅多に褒めないため、なんだか恥ずかしい。しかし、気を許すな。まだ腹を探れ。

「僕も8月10日の作戦に参加してたんだ。僕達も色紙さんと同じこの時代配属。担当都市が違うんだけど、その時には手伝いというか戦力補強として参加してた。」

僕達というのはなんだ?早坂さん以外にもう1人PPがいるのか?少なくとも早坂の他に誰かいる言い方だ。そもそも、この時代配属は何人いるんだ?

「その時に色紙さんの動きを見て何となく不思議に思ったんだ。流石の色紙さんでも、そこまで上手く対処出来るものなのかなと。一年目で尚且つ初作戦。会議でも緊張しているようだったし、心配してたけど。」

そう言って珈琲を啜る。

色紙さんに対して評価が高い。有名人なのか。

「作戦中に色紙さんを見つけて、まるでツーマンセルみたいな動きだなって思った。その日色紙さんを付けて見て、分かった事がある。」

そう言って俺を見つめる。あの日、俺の存在がバレていたのか。

本当か推測を確信に変えるためか分からない。

「協力者がいる事は確かだと思ったし、ペアが居ないはず。それならCTTに協力者がいると思ったが、可能性は薄い。CTTがCTTを裏切ることはまず無い。」

顔に疑問符が出ていたのだろう。補足される。

「CTTはかなり強い意志を持つ人しか入れない。そもそも、入るためにはどうすれば良いか分からない。一度PPでも所謂スパイを送り込もうとしたけど失敗、入口が分からない過ぎた。」

入ろうにも入り方が分からないらしい。秘密結社らしい。

「つまり、作戦に参加表明していないPPかこの時代の人間に協力者がいる可能性が高い。」

鋭い。PPは皆頭が切れるのか。そうじゃないとこの仕事は務まらないのか。

「この時代の人間が協力者だと踏んで、作戦そっちのけで辺りを探した。そしたら、君が1番怪しかった。距離、挙動、全てがね。」

もう全てバレてしまっている。これはハッタリじゃないと感じる。

「何でこの時代の人間だと思ったんですか。」

そう聞くとニヤリと笑った。一瞬、まずいと思う。

「勘。」

とだけ嬉しそうに言った。

珈琲を一口頂き、頭を整理する。

早坂さんはPPであり、俺と色紙さんとの協力関係に気付いた。

分からないことは、色紙さんはどうなるのか。そして、僕に何に望んでいるのか。

「信じてくれたみたいだね。」

「早坂さんがPPである事は疑ってなかったです。ただ。」

そこで言葉を区切る。

「CTTかと思った?」

「いえ、色紙さんを知っていたのでそれはないかなと思いました。PPの素性はCTTにバレてはいけないはずですから。」

「やっぱりある程度知識というか、考える事が出来るね。」

やけに褒めてくる。慣れない。

「それなら話が早いかな。僕がどうして君と話をしているか。」

ここで気づくが早坂さんは終始にやけた顔をしている。本心で楽しんでいるのか、どこか人を小馬鹿にしているか。あまり人の顔を悪く言うのは悪いが、あまり心が読めない顔だ。

「結論から言うと、僕と手を組んで今回の件調査してみない?」

「まだ答える事はできないです。過程を知りたいです。」

早坂さんは小さく笑い、小さな声で流石だと言った。手帳を開き、頰を掻く。

「まず、この件が過去改変と繋がるかどうか今の段階では判断が付かない。だから、何かが起こるかもしれない君の高校の文化祭当日までに、色々検討したいと思う。だけど、僕はこの学校に縁もゆかりもないし、調べる術がない。だから、協力してほしい。」

質問したい事はいくつもある。一気に投げかける前に少し整理する。珈琲を飲み、大きく息を吐く。

「まず1つ。さっき、担当地区だかが違うって言ってましたよね。それなら、色紙さんの居る高校は色紙さんの担当地域なんじゃないですか?どうして早坂さんが調べたいんですか?」

早坂さんはにやけ顔をやめ、きょとんとする。

「あんまり色紙さんから聞いてないのか。」

そう言ってまた違う手帳を取り出す。少し厚めで、単行本くらいの厚さがある。

「基本、PPはツーマンセル。つまり2人ペアで配属される。担当地域じゃなくて、担当都市。僕が担当するのはここの隣で、鹿折って人が僕のパートナー。色紙さんは例外で1人で仕事している。一年目のPPに3年目以降のPPが付く事になっている。一年目以降は1人になったり継続してツーマンセルだったり、もっと複数だったりする。その人達に合わせた形で仕事をするようになる。」

窓から入る日差しは翳り、眠気を誘う。珈琲を飲み、店内の時計をちらりと見て失礼かなと思う。

「一年目のペアは、その時代の経験がある人じゃないといけない。この時代の経験がある人が少なくて、一年目で1番成績の良かった色紙さんは一人で配属されてる。」

色紙さんの評価が高かった理由が分かった。最未来での試験か何か分からないが、成績が良くPPに一目置かれる存在だったのだろう。

「色紙さんと君のいる学校は、色紙さんと僕の担当都市の丁度間なんだ。PPが学校に入る事自体良くあることで、若い人間は社会的地位がある方が生活しやすい。入れる学校は限られていて、提携というか未来と過去で根回しがある。そう言ったところにしかいけない。君と色紙さんの学校は正にそれ。」

「間だから2人で処理した方が良いって事ですか?」

「それもある。ただ、厳密にはギリギリ色紙さんの担当だ。」

それならどうしてと思うが、ちゃんと理由があるはずだ。黙ることで先を促す。

「PPが普段取り締まる行為は旅行者の摘発、CTTの発見及び対処になる。この前の作戦は例外的。旅行者に対しては担当都市で区分けされてるが、CTTに対してはもっと広域的且つ柔軟な対応が求められる。」

そう言ってこちらを見る。分かるだろう?ということか。PPは全員こんな回りくどい話の進め方をするのか。

「CTTは対処が難しい。全容も掴めない以上、総力で対処する。」

「そう言うこと。だから、CTTが関わっていそうな何かを発見したら担当都市を超えて対処する事と決まってる。」

「今回の件は、CTTに関わっているかもしれないから早坂さんも対処するってことですか。」

早坂さんが頷く。店内に新たな客は入って来ない。だが、出て行く客も居ない。

「それじゃあ、俺じゃなくて色紙さんに直接協力を申し出れば良いんじゃないですか?規範か条例か法律を破った色紙さんを脅すならそれでも。」

そこまで言ってもう1つの質問を思い出す。

「それと、色紙さんが今後どうなるのかも知りたいです。」

「最初に言った通り、色紙さんをどうこうするつもりはない。脅すつもりも、上に報告するつもりもない。」

それが真実か、判断はつかない。

「むしろ嬉しいくらい。最初、色紙さんは完璧な人間だと思ってたけど、意外と普通みたいだ。」

たしかに、普段の色紙さんは取っつきにくいくらい真面目な空気があるが、話して見ると意外とふざけた奴だと分かる。それでも取っつきにくいのは変わらないが…。

「それで、色紙さんと直接コンタクトを取って協力するのも良いと思ったんだけど、君と話がしてみたかったのが本心だ。」

訝しむ。俺にそんな魅力があるとは思えない。

「君は色紙さんと互恵関係なのかな?」

そう言われると違う気がする。色紙さんの仕事を手伝い、対価はタイムスリップに関わる何かを得ること。未来の知識や、この前みたいに過去に戻ることもある。それが互恵と言えるか。何となく振り回されてると言った方が適している気がする。

「悩んでいるね。例えば、CTTを1人排除する毎に歩合制で給料が増える事は知ってる?」

首を横に振る。

「PPが基本的に貰える金額は一緒だけど、旅行者やCTTを摘発する毎に給料は増えていく。この前の作戦でも君のおかげで結構もらえただろうね。」

知らない話だ。まあ、色紙さんがわざわざ自分の給料の話もしないだろう。

「それに、君の先輩である仲神あおいさんを殺させるような作戦に間接的にだけど参加させられて、途中仲違いしてたよね。」

どうやら一部始終見られていたようだ。俺も色紙さんも周りに気を遣えるほど余裕が無かった。

「仲神さんが対象だって知らなかったの?」

「はい。」

「教えてくれたら良かったのに。そうしたら手伝わなかったんじゃない?手伝ってもらって、色紙さんにはメリットあっただろうけど、君にメリットは無かったんじゃない?」

そう言われると、たしかにそうかもしれない。俺の春に協力すると言った時、何も考えていなかったことだけ気付かされた。

「色紙さんは仕事は出来るかもしれないが、情がない。真面目過ぎる。僕は君が可哀想に感じた。上からでごめんね。僕はこのCTTが絡むかもしれない事案を解決して、PPとしての職務を全うしたい。それに伴って君に未来の情報を色々教える。それで色紙さんとの協力関係を続けるか判断してほしい。」

早坂さんが本心なのか偽りなのか。判断するためにも、協力した方が良いのかもしれない。俺としては、色紙さんと共に今回の事案を解決すると同時に、早坂さんとも行動する。それで俺の今後を考える。

珈琲は既に空で、時刻は想像よりも過ぎていた。

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