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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生秋
31/125

文化を決めるために

板書中、ペン先に埃が付いている事に気がつく。それを摘み、床に落とす。その一連の所作で、指先にインクがこびり付く。消せるはずもないが、擦ってみる。油性ペンのインクは滲みこそするが、やはり消えない。

人差し指と親指にメモしている人には見られないだろうが、どうも恥ずかしい。

茹る暑さはまだある。夏休み明けの怠さは未だ消えず、ひたすらに座学が面倒である。夏休みの課題を真面目にこなしていれば、ある程度の勉強耐性のようなものが出来上がり、授業にも耐えられるのだろう。俺みたいに、課題を真面目にやらないと耐性が出来ず、久し振りの勉強にびっくりしてしまう。これを夏休み症候群とか長期休暇症候群とか名前を付ければ何か偉大な賞でも貰えるんじゃないか。

そんな空想に浸るほど、集中力がない。それに、5月病という相応しい言葉もある。

この授業が終われば座学も終わりだ。耐え忍べ。


1日の最後の時間に、文化祭の計画をクラスで立てる。中学時代の文化祭とは、クラスごとに合唱するだけの一日だった。テレビやアニメで見た文化祭らしさはかけらも無く、合唱祭とかそう言った方が正しい。

入学後、クラスメイトの誰がどんな性格かも知らない内に学級委員になった石垣君と新井さんが前に出て、説明をする。

「文化祭で、各クラス何かするという事です。基本的には何でも良いけど、まず常識の範囲内である事、そして実現可能な事、そして調理が伴うものは禁止、お化け屋敷は3年生のみ可だそうです。」

色々と質問したい事がある。それを捕捉するように、新井さんは付け足す。

「調理禁止って言うのは、食中毒を心配してとのことです。それに、家庭科室は料理部が使うしクラスに調理器具を配分するのは現実的じゃないからだそうです。」

確かに衛生的に教室内で調理するの無理な話だ。

「ただ、調理がダメなだけで、飲料だけであれば可能だそうです。クーラーボックスで飲料を保管して提供するなら、食中毒の不安も衛生面でも問題無いと。」

確かにそうだが、あまりにも子供騙しすぎないか。何とかカフェと名乗って、ペットボトル飲料をコップに入れて出すのか。

「お化け屋敷ですが、何年か前にお化け屋敷が人気に過ぎて全クラスがお化け屋敷を実施して学校全体がお化け屋敷になって苦情があったため、以来3年生のみ可能としているそうです。」

それはそれで見たい気もする。

「担任の先生を交え、クラスごとに決めるとのことです。何か質問はありますか。」

全体がざわざわしているが、手を挙げる者は居ない。腕を組み、いかにも考えている風で目を閉じる。

「生田さん。」

「全員参加なんですか?部活の方もある人とかどうするんですか?」

生田さんが質問をしたようだ、一瞬生田さんが誰か分からなくなるが、いかにも人生楽しんでいる女子だ。何部だったかははっきりと覚えていないが、運動部ではあったはずだ。

「全員参加です。ただ、時間制で分担決めたりしてフル参加じゃなくすると良いそうです。」

思い出したように、石垣君が付け足す。

「そういう面では、一日中やる店タイプの出し物より、ステージを使う出し物の方が楽です。ステージを使える時間は、使いたいクラスの数次第ですが、だいたい30分なので1日の拘束時間は少なくて済みます。」

あまり文化祭に乗り気じゃないから発言だ。そういえば、石垣君はじゃんけんで負けて学級委員になった。柔道部で、何故か肌が黒い。休みの日は外に出る事が多いのかもしれない。

ただ単純に文化祭への熱量がないのではなく、個人的に店系の出し物したくないから誘導しているのかもしれない。

「種類としては、飲料しか出せませんが教室で店をやる。それか、体育祭のステージで何かする。それ以外に何かやる。」

新井さんがかなりざっくりと説明する。

「何か案はありますか?」

その問いかけに、ざわざわするばかりで一向に前に進まない。まあ、恥ずかしいし内心やる気がない人も多いのだろう。

土日二日間の文化祭のためにどれほどの熱量を持てるか、人それぞれではあるが、俺はあまり持てていない。それこそ、大学の学祭みたいスケールが大きかったり、聞いたことあるアーティストが来るなら話は別だが、生徒の親と近隣住民と誰かの中学の同級生が来るだけで楽しさはないだろう。

1つの案も出ないまま、時間だけ過ぎて終わってしまいそうだ。

「じゃあ、何でも良いので何か案を書いて出してください。その中から多数決で決めましょう。」

そう言って用意していたであろう紙切れを大量に出す。

「今日中に決めてしまう事に反対の人はいますか。」

全員一瞬黙って、反対者がいないか確認する。誰も声を出さないため、各々肯定の意思表示をする。

「何個書いても良いですが、1つは書いてください。名前は書かなくて良いです。あとざっくりでも良いです。劇だけでも良いですし、具体的にオペラ座の怪人と書いても良いです。」

そこはロミオとジュリエットではないのか。

前から紙が回ってくる。後ろを振り返り統次に紙を渡すついでに聞く。

「どうする?」

「決めてない。けど一生懸命考えて1番楽そうなものにする。」

それが良いが、限られた時間で思いつくか。いっそありきたりなものにして、誰かの良いプランに乗っかるのも良いかもしれない。

いや、直接民主制で決めるのであれば、クラスの総意となる。このクラスは面倒を嫌うのか、それとも楽しみたいのか、そもそも文化祭をどう思っているのか、全てが分かってしまう。

シャーペンの芯を出し、考える。

しかし、新井さんは賢い。考えがまとまらない事やアイデアが出ない事を想定して準備もしていた。

それに、クラスの総意を出させる事でクラスの実態を図ろうとしている。それも匿名で誰も傷つけずに。名前が出ないのであれば、恥ずかしくて言えなかった案や、斬新な意見も出やすい。

学級委員を決める際、新井さんは誰も立候補せずにじゃんけんかとなった段階でやると言い出した。誰かに嫌な思いをさせるなら自分がという自己犠牲の精神かと思ったが、今日の手際を見ると無駄を嫌うタイプなのかもしれない。

無難に店とだけ書いておこうか。

「書いた人からこれに入れてください。」

そう言って掲げたのは、ルーズリーフを折って作られた入れ物だった。やはり手際が良い。

誰かに任せて、手際が悪いのが嫌いなのかもしれない。

石垣君は、この手法を相談されたわけではないようで、もはや席に戻って紙に何を書こうか悩んでいる。

色紙さんを見ると、興味なさそうに爪を見ている。

仲神さんは一生懸命何か書いている。

小清水さんはシャーペンに芯を入れている。

あまり周りを見るのも相応しいタイミングではない。

書くには書いたが、一番乗りで出す内容ではないため、半数くらいが出したら立ち上がろうとタイミングをうかがう。

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