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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年春
3/125

春霞

桜を見て、春が来たのか感じていた。暖かい陽射しを背に浴び、ようやく新生活に慣れたと思う。

この高校に入学しておよそ2週間、普通の授業も始まり、よそよそしさも和らいだ。同じクラスの人や、関わりを持つ人、目立つ人の顔と名前は一致するようになった。名前と言っても下だけか上だけだ。

今は部室に向かっている。剣道部に入部届けを出し、入部して3日目だ。この学校では、1年生は必ず何か部活動に参加しなければならないきまりがある。

元々中学から剣道部に所属しており、高校でもと思っていたから問題ではなかった。体験入学で部長は「あまり剣道はせず、ゲームや課題をやっている時間の方が長い。」と言っていた。また、「真面目に剣道をしたいのなら、剣道を作ってくれ。そしたらこの剣道は畳む。」と言ってた。

剣道部とは名ばかりで基本自由にしているらしい。ただし、大会には何故か真面目に出るらしく、防具や竹刀などの道具が必要らしい。我が校は貧乏で備え付けの道具はほぼないらしい。

つまり、剣道が出来る奴が入れる遊び部のようなものらしい。実際に先輩はそう言ってた。

一年生の間は部活動に参加しなければならないため、この剣道部も人気かと思うが、いかんせん防具が必要で、一年楽するために大金を出して買うのは嫌らしい。

幽霊覚悟で文化部や、多少面倒でも運動部に入る人が多いようだ。

部室は格技場にある。格技場へは、体育館に入り、そのまま北へ進み外へ出て通路を渡れば行ける。

しかし、今は外の駐輪場の脇を歩いている。体育館を通り抜け格技場へ行くのもありだが、中履きのまま行くことになる。そうすると帰る時が昇降口まで行く必要があり遠回りになる。また、格技場と体育館を繋ぐ通路の扉は早めに施錠されてしまう。遅くまで残って"部活動"をするなら外に出てから来た方が良い。良いと言うより、先輩にそうしろと言われた。

駐輪場の東奥、学校の敷地の境界線上には桜が連なっている。4月も中頃を過ぎたが、今が見頃だ。公園に咲く桜が綺麗に見えたり、とある道沿いに咲いて桜を眺めたりもするが、学校に咲いた桜には何故か興味が湧かない。

そんなに好きじゃない場所にあるものはそんなに好きになれないということかもしれない。今はまだ、高校生活に気を張り続けている。多少緊張し続けるため、桜に気を向ける余裕がないのかもしれない。

来年、再来年は楽しく見れれば良いなと思う。

格技場の前に着く。靴を脱ぎ、ボロボロの靴箱に入れる。他に入っている靴は2つで見覚えがある。

鉄扉を開けて、頭を下げて入る。剣道の試合コート2面分、バレーコートなら1枚分ほどの広さに出る。その格技場の西に扉が3つ。正面に見て1番左が女子部室、真ん中が男子部室、右が物置になっている。

ノックせず真ん中の扉を開ける。

「びっくりしたー。」

「悪い。」

そう言いながら、こいつは鉄扉を開ける音が聞こえなかったのかと思う。

部室内には同級生が2人いた。靴を見て思ったお通りだ。びっくりした間下とびっくりしなかった康太の2人と俺で新入部員3人だ。

2人で携帯ゲーム機を操作している。

「まだ間に合う?」

そう尋ねる。

「俺らもさっきやろうってなったから余裕。」

「今準備する。」

スポーツバックを下ろし、中から携帯ゲーム機を取り出す。起動し、通信をするために操作する。

「先輩たちは?」

「3年生は受験なんとかで今日は来ないらしい。」

「何とかってなに?」

「詳しく聞いてないけど、多分説明か勉強。」

そうふんわりとした情報を間下は言う。

「2年生の先輩達はスポーツテストで疲れたから帰るって。」

康太が答える。

「女子は?」

「2年生の先輩達は一回来てもう帰るって言って帰ったし、道永さん佐々木さん駒井さんは一回来たけど誰も居ないし帰るってさ。」

「お前ら居たのに"誰も居ない"んじゃ世話ないな。」

「悲しいねぇ。」

間下は大して悲しく無さそうにオーバーリアクションをする。

「多分女子が誰も居ないって事だと思うよ。」

フォローを康太が入れる。

「成る程ね。」

納得したのかしていないのか、間下は携帯ゲーム機の画面を注視している。

「そう言えば分かった?」

間下の問いに何のことか一瞬分からない。しかし直ぐにああそうかと思いあたる。

「5組の猫娘の話か。」

「それ!見た?」

「さすがに4組だけで精一杯だわ。見てみたいけど。」

「一回5組来てみて。教えてやっから。」

「流石に勇気ない。間下しか知り合い居ないのに他のクラス行きにくいわ。」

「知り合いじゃねぇ、友達だろ?」

「1組には可愛い子いないの?」

露骨に間下を無視し、康太に質問する。

「う〜ん。やっぱ4組には敵わないかな。」

「そうだよ!仲神さんだけでクラス1つ分の可愛さあるから!」

「イマイチ基準が分からんけど確かに可愛いな。」

「そうなんだよ!でも俺はやっぱり5組の猫娘かな。」

「猫娘って呼んで良いのか?」

「俺らだけで呼べば良いんじゃね?バレなきゃ良いよ。」

「本名すら知らないまま卒業しそうだな。」

「小松 寧々ちゃんよ。」

「仔猫ちゃんてあだ名になりそうだな。康太は誰かいないの?」

そう聞くとうーんと悩み、話し出す。

「小清水さん見た時は驚いたよ。」

そう言うと間下は大きく頷く。

「清楚の塊ね。」

「清廉潔白とか虚心坦懐って言葉が似合うな。」

そう言うと康太は確かにと頷くが、間下はあまりピンとこなかったようでふーんと気の無い返事をしている。

「ハルは誰か可愛いと思った子いないの?」

間下に聞かれて唸り悩む。クラスの女子をざっと思い出す。

「仲神さんだけじゃなくて4組はやっぱり可愛い子が多いよ。小清水さんもだし、色紙さんも。」

そういうと2人ともゲーム機から目を外し俺を見る。きょとんとした顔で一瞬間が出来る。

間下が不思議そうな声で訊ねる。

「色紙さんってどんな人?」

「ほら、4組で長めのボブで片耳に髪かけてる人。」

そう言うと間下は合点がいったように声を出す。

「色紙さんって言うのか!名前分かんなかった!」

間下がうんうんと頷く一方、康太はあまりピンとこない様子だ。

「普段何してる?部活は?」

「部活は分かんない。ぼっちではなさそうだけど、結構1人で本読んでるし、他クラスとは接点ないかもな。」

間下が言葉を足す。

「でも可愛いよ。可愛いというより綺麗?仲神さんとは別系統。」

「気になるなぁ。」

「よし、やるべ。」

そう間下が言い、3人でゲームを始めた。




ゲームに熱中し過ぎて、帰りの電車を一本逃した。別に一本程度で大きな時間の変化はないが、毎日同じ時間というのが目標というかジンクスのようになっていた。所謂、面倒な願掛けのようなものだ。特に成就してほしい願いがあるわけでもなく。あるとすれば、いじめられない高校生活くらいだろうか。

駅に向かう道はもう夜の色に変わっていた。学校を出る時は夕方だったのに、日が暮れるのは早いものだとらしくない考えをする。

同じ学校の制服を着た人も多くいる。そのどれもが知らない人で、背負うリュックや身だしなみの小慣れた感じで上級生だと予想する。着崩した制服に挑戦的な色のカーディガンやインナー、ボロボロのスポーツバックにジャラジャラと音のするキーホルダーたち。これを入学2週の新入生が出来るはずがない。

コンビニの灯りに目を細める。自転車が節操のない止め方をしてる。それでも鍵はしっかりと掛けていて、何故か気分が悪くなる。

少し先の、カフェの壁に寄りかかる、着崩していない制服の女生徒が見える。スポーツバックを背負い、周りにちゃらちゃらした空気と比べると少し無機質に見える。

その女生徒がスマートから目線を外し、眼鏡を取り出して辺りをキョロキョロとする。その顔を見て同じクラスの色紙四季さんだと気付く。

部活の時に噂をしたいた色紙さんに遭遇するとは。

声を掛けるか悩む。こちらとしては同じクラスで顔も名前も知ってる。声を掛ける方が今後円満な関係が気付けるのではないか。しかし、向こうは俺の事を知らない可能性もある。知らない男に声を掛けられて迷惑ではないか。

そんな事をうだうだ悩みながら、スマートフォンで時刻を見る。まだ電車までは時間がある。

顔を上げると色紙さんの姿がない。もう帰ってしまったか、それなら仕方ない。歩き出すが、ふと足を止める。色紙さんがスーツ姿の男性と話をしているのが見える。ここからでは声が聞こえない。そのまま2人でどこかへ歩き出した。

少し悩んで、後ろをついていく。何となく、色紙さんの動向が気になった。明日、昨日の人は?と聞けば良いかもしれないが、ただ何となく、本当になんとなく色紙さんが気になった。

2人は人の多い通りを近付いて歩いている。寄り添ってとも言えるような距離で。

そのまま小さな道へ入る。人が極端に減り、これでは尾行が直ぐにバレてしまう。小さな道への曲がり角で立ち止まり、2人を眺める。200mほど歩いたところで右へ折れた。

2人が曲がった角へと走っていく。息を整えながら立ち止まり、顔を覗かせて様子を見る。すると2人の姿はもう無かった。

焦りつつ、2人が歩いただろう道を進み、曲がり角を全部覗いてみる。2人の姿は何処にもない。

突き当たりまで来て、見失ったと諦める。2人を最後に見た場所から突き当たりまで、道は4つある。左右に2つずつ道がある。

4分の1に賭けて、ダメなら帰ろう。そう思い、適当に左奥の道へと入る。早歩きで歩き、街灯をいくつか通り過ぎると公園に入り口が見える。

初めてくる公園で、周りに風景に懐かしさが全く無くても、公園というだけで何故か切ない思いになる。公園の外をぐるりと回ってると声が聞こえてくる。

「まさか、君みたいな子が本当にね…。」

呆れたような男の声だ。

「いくら払えば良い?」

「詳しい話は向こうへ行ってからにしましょうか。」

男の問いに答えたのは聞いたことある声だった。

その場から離れて、中の様子をコソコソと見る。やはり、さっきの話し声は色紙さんと男性のものだった。

なんの話だ?

「まさか、君みたいな子が本当にね…。」

「いくら払えば良い?」

いや、まさかな…。頭にふと過る想像が、段々と現実的になってくる。

もう一度、話し声もあった場所に行くが、そこには誰もいない。

辺りを見渡すが誰もない。この短時間で何処まで行ったんだ。



念のためが確認した際にミスに気付く時は喜べば良いのか悲しめば良いのか分からない。気付いて良かったと思える人はポジティブで、なんだミスがあったじゃないかと落ち込むのはネガティヴなのだろう。

勘違いで済めば良いが、そのまま嗅ぎ回られると厄介だ。早めに手を打ちたいが、下手に動くわけにもいかない。とりあえず、今回は放置。禍根であると判断したら、その時に対処するようにしよう。

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