あれ
「重要な話をします。」
色紙さんの家に呼び出されて、嫌な予感はしていた。黙っていることで先を促す。
「私達の初仕事が、想像以上に大変になりそうです。」
「初仕事?」
今まで何度か仕事をしてきた。あまり大きな事はやってないが、眼鏡をかけて未来人を探したり、未来人を尾行したり、その程度だ。
「そう初仕事。今までのは仕事じゃないと思えるほど大変。そもそも私もこの時代でまともに仕事してないし。」
今までの仕事ですら緊張していたのにこれ以上があるのか。
「露骨に嫌な顔しないでよ。」
知らないうちに顔に出ていたようだ。将来社会に出た時に困る癖だ。
こほんと咳払いして色紙さんが口を開く。
「2017年8月の殺傷事件をCTTのUが改変すると声明を出した。」
知らない名称が出てきて困惑する。
「CTTのUってなんだ?」
はっとした顔をする。
「言ってなかったっけ。」
首肯。
「CTTを作ったとされている人。過去を変えて現代をより良くなんて、思い付くけど自分の存在も否定されるかもしれない。だから最初のうちは表立ったその思考や行動はなかった。だけど。」
大きく後ろに反ってソファーの背もたれに身を預ける。
「Uが指揮を始めた。」
Uとは誰だと聞きたいが、すぐに教えてくれるだろう。
「最未来の人間である事は間違いない。さあ、なんで?」
おさらいのように質問されるが、それについての答えは簡単だ。
「最未来にタイムスリップはできない。最未来で過去を改変する動きが生まれたなら、それはその時代の人間のせいだ。」
「その通り、私が生まれる少し前、20年くらい前にCTTは出来たらしい。その前から過去を変えようとする人はいたけど、個人でグループじゃない。グループはいても大規模じゃない。CTTは本当に大規模なグループで実態もなかなか掴めない。そのCTTの頭、創始者がU。」
CTTが誕生したのは色紙さんが生まれるよりも前らしい。最未来の人物Uが過去へ戻ってCTTを作った可能性もあるか。
「UNKNOWNの頭文字でU。自分では名乗らないけれど、過去の改変を行う時は声明を出す。“CTTは〜年の〜事件を改変する。”ってな具合で。どんな理由でどんな事件を選んでるかは不明。未来を大きく変えるものもあれば、小さな事件もある。人の死があれば、事の大小や優劣なんて言いたくはないけれど、その人の死で歴史が変わるものがあれば変わらないものもあるでしょう?」
確かにそうだ。俺が死んでも家族や友人たちは悲しんでくれるだろうが、そこまでだ。未来が決まっていると言うなら、もし結婚する人がいて家庭を持ったとして、その未来が変わるが歴史が変わるわけではない。
例えば、歴史的大事件。今でも騒がれるケネディ暗殺は明らかになれば大きく歴史が変わるだろう。
「話は戻るけど、CTTのUが声明を出した。今年の8月、この街で起きる事件を改変すると宣言してる。だから、私達で事件当日全力でCTTの連中をぶっ倒す。」
「細かい作戦はちゃんとあるんだろうな。」
あまりに大雑把な説明で少し不安になる。
「三城君には基本バックアップね。今回の対策には他のPPも来るから私達の関係がバレるとよろしくない。だから前線でCTTと相対しなくても良い、むしろしないでほしい。どうせ勝てないから。」
一度殺されかけた人に言われたくはないと言いそうになるのを何とか止める。
「スマートフォンで通話をする。この時代の通信なら、PPもCTTも使わないし対策もしてないから傍受もされない。この時代の人が介入する可能性はないと思ってるからね。三城君は事件当日に付近を眼鏡かけて彷徨いて、未来人の居場所を片っ端から私に流して。」
「質問。事件当日、付近にはCTTとPPが大勢いるはず。そうしたら、その未来人がCTTかPPか俺には区別つかない。」
「大丈夫。PPはPPの居場所を把握する術がある。三城君から受けた位置情報と照らせばCTTかPPか分かる。」
「最未来人達は、もっと性能の良い通信手段があるんだな。」
「そういう事。三城君に、あんまり無理はさせない。」
今までの訓練を試す良い機会かもしれない。
「くれぐれも手を出さない事。私達の関係がPPにバレると私が罰せられるし、CTTに目を付けられても今後の仕事に支障が出る。訓練の成果は、まだ一対一の時しか発揮できない。くれぐれも慢心せずにね。」
釘を刺されてしまったが、その通りだ。今回、俺が出しゃばる理由はない。目立つ理由はないし、勝てる見込みもない。クラスマッチのサッカーで学んだ、一対多は分が悪い。
「スマートフォンの充電はマックスに。10日の午後2時14分が事が起こる時間。」
「そういえば。」
ふと思い付いて声を出すが、嫌な顔をされる。話を遮ってしまい申し訳ないが、極めて重要な問題がある。
「当日、俺がかける眼鏡も未来のものだろ?それなら俺は眼鏡からだけ未来オーラが出て余計に怪しいんじゃないか?」
「そう言えばその説明してなかった。」
そう言って部屋の奥に消えて行く。
しばしの無音が気まずくて辺りを見渡す。色紙さんの家は相変わらず整理されていて、余分な物がない。仲神姉妹の家にあった生活感や家族感とも言えるものがまるでない。そういうものから未来が垣間見えるため、あえて置かないのかもしれない。
洋室に合わせた長押にハンガーに掛けた制服が掛けられている。スカートの折が綺麗で女子は大変だなと思う。
「これだよ。」
持ってきたのはティッシュの箱程度の何かだ。黒く、材質は鉄のようでもあり、強固なプラスチックのようにも見える。横面にスリットが見え、まさに箱のようだ。
「これに物を入れると未来オーラが出ない。」
「そういう材質?」
「そういう事。原理は分からない。」
色紙さんも原理までは分からないのだろう。
「これに眼鏡を入れて持ってきた。だからこの眼鏡はただの眼鏡。」
「なるほど。もっと大きい箱はないの?例えば人が入れるくらいの。」
「ない。」
断言された。
「あったら未来人の区別がつかなくなるけど、そんな便利なことはできない。さあ何で?」
腕を組み考えてみる。おそらく、技術的に作れないわけじゃないだろう。色紙さんは、まあPPの上の人ではないだろう。その箱があまりに希少な素材で作っていて、この大きさで限界。色紙さんが偉い人だからその希少なアイテムを持ててるわけではないはず。もっと大きな物は作れるが作れない。
作っても移動できない。その可能性がある。タイムマシンのスペックを知らないから、可能性がある程度のことしか言えない。それなら、多分これが正解じゃない。色紙さんは俺に伝えた情報だけで答えが出るような質問をしているはずだ。普段からそういう質問をするし、未来についての知識がなくても考えれば分かることを質問される。
「ヒントが欲しい。」
「漫画とかでそういうことするとかっこいいなって思うけど、私は勇気がでないな。」
全くヒントになっていない気がする。自分で考えろということか。
「技術的に大きい箱は作れるんだろう?」
無理ではなくないと言ったからそうなのだろう。
「作れはするけど作らない。」
やっぱり。
ならば作らない理由を考える。この時代にも作れるけど作らない物はあるだろうか。
「ベッドサイズのケーキとか作れるけど作らないようなぁ。」
「何の話?」
「それは多分、労力に合う対価がないから。まあニーズがないからなんだろう。箱に関してはニーズはあるでしょ。」
そう言って気がつく。
「CTTに使わせないためか。」
「その通り。」
「この箱を作る技術はPPが持ってる。人が入れるだけの箱を作ってこの時代に来れば、CTTにも気付かれず仕事がしやすい。だけど、もし私が殺されて、箱を悪用されたらこっちも仕事がしにくくなる。」
「漫画のヒントはどういう意味?」
「敵が主人公にやられて自害する人いるじゃん。あれ。」
「あれ?」




