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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生夏
21/125

未知のカップル限定ケーキ

午後2時に駅前集合。緊張で朝5時に起きてしまった。まさか夏休みに突入して、年配者のような生活サイクルになるとは思わなかった。

15分前には着いて、適当な手摺にもたれている。スマートフォンを取り出して適当に操作して、時間が過ぎるのを待つ。

また例のごとく、詳しい日程や内容は伝えられなかったため、空想するしかない。何かケーキを食べることは分かっているが、何処でかは分からない。

駅前の雑踏は平日でも多く騒がしい。ぼんやりと同じくらいの歳の人を探してみる。夏休みのせいかちらほらいる。たまに目が合ってしまい気まずい。

「三城君。」

声がした方を見ると、ショートパンツに何か薄手のシャツを着たあおいさんがいた。

「おはようございます。」

「もう2時だよ。」

「こんにちわ。」

「こんにちわ。早いね。」

スマートフォンで時間を見るが、1時50分だ。

「あおいさんも早いですよ。」

「10分前集合は当たり前でしょ?」

凄く良い人だ。色紙さんと統次よりも5分早く集合するのか。今後あるか分からないが、遅刻だけは絶対出来ない。今後あるか分からないと考えただけで、妙に寂しくなる。

「まあ行こうか。」

そう言って駅前から西へ歩き出す。あおいさんの歩みに合わせて隣を歩く。スニーカーを履いた足で歩くが、早くはない。隣に並んで気付くが、あおいさんの身長はあまりない。勝手なイメージで自分と同じくらいだろ思っていたが、ちょうど160くらいだろうか。

こういう時は男が車道側を歩くとかあったなと思い出すが、今からあおいさんの左側に回り込むのは不自然だ。なんでどうしてと思われるし、その意図に気付かれてしまってた、そもそも意味がないのではないか。

「難しい顔してどうしたの?」

「ちょっと考え事です。」

「何考えてたの?」

ここで本当の事を言うのは、もっとダメだ。

「何でクラスメイトとか、同学年じゃなくて俺らの誘ったのかなと思いまして。」

今考えていたことではないが、ずっと気になっていた事だ。

「クラスメイトとかだと、あとでクラスでやいのやいの言われるし、同じ学年でもね。三城君とか南君とかなら、親戚の子とかで嘘つけば誤魔化せるからね。」

「なるほど。」

全く期待していなかったかと言われるとそうではないため、少しだけ悲しい。

「本当面倒な事に付き合わせてごめんね。」

申し訳なさそうに眉を寄せて言う。

「そんなことないです。」

本心で答える。

「ありがとうね。三城君はスイーツ好き?」

目線はあおいさんから外し、空を見て考えるジェスチャーをする。そういえばそんな事考えた事なかった。嫌いではないが、進んで食べに行こうとは思わない。行列が出来るほど美味しいお店があると聞いたら、食べて見たいなぁとは思うが自ら並ぼうとは思わない。それはつまり。

「至って普通です。」

「嫌いじゃないなら良かったよ。」

「あおいさんは好きなんですよね?」

「まあね。」

妙に照れたように言う。そんな恥ずかしい事ではないだろうに。偏見かもしれないが、女子はそういうものだと思っている。

「ここなんだよね。」

店を見る。なんだかファンシーな店構えで、普段なら興味が一切湧かないだろう雰囲気である。あおいさんと一緒だとしても、入りにくい。

店のドアを開けても、内装は外装同じような雰囲気だ。店員さんに声を掛けられる?

「いらっしゃいませ。お2人でしょうか?」

「はい。」

「お席へご案内します。」

客層はやはり女性が多く、意外と言っては失礼かもしれないが年配の女性が多い。それとカップル。

通された席は小さな机に椅子二つで、少し狭い。メニュー表がファミレスのそれと違い、小さくスマホ程度だ。何やら色々書かれているが、名前を見ても味と形を想像できない物が多い。

「あおいさんはもう決まってるんですか?」

「うん。このカップル限定ケーキとパンナコッタ。」

そういえばカップルのふりをするんだった。いきなり恥ずかしくなってきた。

「言ってなかったけど、カップル限定ケーキって2つセットで来るのね。彼女の分と彼氏の分。私両方食べたいから三城君頂戴ね。」

笑顔でそう言う。カップル限定ケーキの量を知らないが、ケーキ3つを食べる気なのだ。誕生日でもそんな事したことない。なるほど、あおいさんはカップル限定ケーキという、一対が別々の味のそれを両方食べたいため、俺を召喚したのだろう。 そして、つまり俺の分は自分で選んで何か選ばなければいけないようだ。

「何か、あんまり酸っぱくないのってあります?」

「ここはフィナンシェとパンナコッタが美味しいよ。」

「それじゃあフィナンシェにします。」

そうは言ったが、どんなものかあまりイメージできていない。コンビニで誰かが買っていたような気はするが。

「飲み物は?」

メニューを見るが、これもまた名前だけで想像が難しい。

「あおいさんはどうします?」

「カフェオレかな。」

「同じにします。」

注文する時は同じ方が楽だろう。

「すみません。」

店員さんに声をかけようと思っていたが先を越された。それにあおいさんが手際良く注文をする。良いところを見せたかったが、そう上手くはいかない。

「このお店、ちょっと男子は入りにくいでしょ?」

小声で聞かれ、こちらも小声で返す。

「確かにそう思います。」

「実は私も入りにくい。」

ため息混じりに笑う。こういうお店は女子でも入りにくいのか。

「それでも美味しいからね。」

「あおいさん、本当にスイーツが好きなんですね。」

照れたように背もたれに身を預け、目線を外して髪を撫でる。ミディアムか、セミロングのそれの黒が窓から差す日を浴び、綺麗だなとぼんやり眺める。

「恥ずかしいなぁ。」

そう言われてはっとする。

「すみません。」

「なんで謝るの?」

不思議そうな顔を見て、俺が見惚れていた事に対して恥ずかしがっていた訳じゃないと気付く。どうにか言い訳しようか悩む。

「まあいいや。私ね。」

そう言って俺の顔を覗き込む。照れて目線を外したくなる。

「笑わないでね。」

そう前置きをされる。

「私、ケーキ屋さんになりたいの。」

自分でもどんな顔をしたか分からないが、笑いはしなかった。

「恥ずかしいから誰にも言ってないんだよね。」

「なんで俺には言ったんですか?」

「今日付き合わせちゃったし、何となく言った方が良いかなって。妹とか家族は知ってるんだけどね。」

1つ思い当たる。

「専門学校に行くっていうのは、そういう学校に行くって事ですか?」

「そう。製菓の専門学校に行きたい。皆小さい頃にケーキ屋さんになりたいっていうでしょ?」

首肯する。そういう人達を大勢見てきた。男子は野球選手とかサッカー選手とか言う。

「私はその夢がずっと変わらなかった。成長してないのかなぁ。」

「ずっと変わらない夢があるって凄いと思いますよ。」

「フォローありがとう。ただ、誰にも言わないでね。」

フォローかどうかと言われると、本心に近いと思うがそれは言わない。こういう場合はいくら本当だと言っても信じてはくれないだろう。

「お待たせしました。」

そう言われてきた4つのケーキのうち、どれがカップル限定ケーキか分からないが、あおいさんの嬉しそうな顔が見れて良かった。




「そんなことがあったんだよ。」

部室で康太と間下に自慢する。勿論、あおいさんの夢の話は秘密にして。

「頭おかしいでしょ。」

間下がよく分からない悪口をいう。

「ケーキ美味しかった?」

「緊張で大して覚えてない。」

思い返すが、スフレもお店のフィナンシェも美味しかったはずだが、一切覚えていない。ただ、カフェオレよりも甘くない飲み物にすれば良かったとは思った。

「ハルは多分一生分の運を使い果たした。」

「2年生からは厄年だ。」

「良い事があったから、多分次は最悪が起きる。」

「大病を患うだろう。」

「鶴は折ってやるよ。」

一通り2人に嫉妬される。しかし、確かにこんな事は二度とないだろう。

「もう帰ろうか?」

2人を無視して提案する。今日は皆でゲームをしようと間下に誘われてここまで来た。誰かの家に行けば良いが、誰の家に行っても誰かが遠くなる。それならちょうど同じ距離にある学校でやろうとなったのだ。ある意味いつもと変わらぬ部活動を夏休みにしただけだ。

「そうするか。」

明らかに俺の擬似デートの話を聞く前よりテンションが上がっている。

部室を出て、格技場の鉄扉を開ける。西日が鮮やかな橙で、ちょっと長居しすぎたと後悔する。

そしてカラスの声がやけに多い。

「何か凄いなぁ。」

康太が指差す方を見ると、空に眼を見張るカラスの群れがいた。規則性のない、個々が好きなように空を飛び、喧嘩をしてるようにも見えない。

「凄いなぁ。」

そういえば小さい頃も、帰り道に当時のクラスメイトとこんな光景を見た。その時は凄いよりも怖かった。クラスメイトと地震の前触れだとか、天変地異が起こるとか騒いで、泣きそうな顔で家に帰った。

根拠のないものに怖がっていたが、今は根拠があっても信じなければ怖くなくなってしまった。

当時の楽しみや夢も忘れてしまったし、今は特にない。きっとその時もそうだったのだろう。

それなのに、あおいさんはずっと同じ夢を持っている。それは何だか。

「凄いなぁ。」


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