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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年生夏
20/125

美味しいスフレを召し上がれ

夏休み突入2日後の7月に仲神さんの家に集まることになっている。

何か手土産と思ってコンビニに立ち寄り、お菓子を買った。スナックでも良いと思ったが、摘むには手を汚す。人の家に汚すようなものは良くないと思い、チョコと煎餅を買った。

スマートフォンの時刻は集合時刻の10分前。何事もなく歩けば5分で着く。

集合場所は仲神さんの家の最寄駅。西口の具体的に何処とは言われなかったが、見渡せばいるだろう。



夏休み前に、放課後教室でぼんやりとしていた。期末テストも終わり、後は夏休みまでの惰性でしかない日々を、いかに潰そうかと模索していた。

部室でダラけるのも良いし、直帰で遊ぶのも良い。色紙さんとの訓練も、毎日ではなくなり、今日は何もない。

教室にはまずまず人は残っている。部活がないのか、普段なら放課後教室にいない奴らも残っている。

時計を見上げると、あまり時間が経っていない事に気がつく。良いことか悪いことか、どっちか悩んでいると教室の戸が開く音がして、一瞬ざわつく。

何事かと戸の方を見ると、あおいさんが立っていた。その隣には相楽さんが立っていた。

そもそも3年生が一年教室に来る事自体珍しく、そわそわするのにあおいさんが来た事によりざわつきが直ぐに静まり、まさに絶句している。

キョロキョロと周りを見渡し、誰かを探しているようだ。おそらく妹の仲神 ひかるさんに用事があるのだろう。

前の席の統次がこちらに振り返る。そういえばこいつもまだ残っていたのか。

「仲神さんはいないのか?」

周りを見るが、仲神さんはいない。部活か帰ったのだろう。

「そうみたいだな。」

そう言って統次を見る。そういえば。

「統次は何で残ってんの?」

「たぶんハルと同じ。」

「何となくか。」

返事をせずに前を向く。その通りだという事だろう。

皆、何となく浮ついている雰囲気を感じ少し優越。あおいさんと接点がある人間であるという謎のアドバンテージを誇りに思う。

実際、1ヶ月前のクラスマッチ以来接点はないが、それでも良い。

そろそろ部室に誰かが来ているだろう。ゲームをするならやっていって、真面目に部活するというなら帰ろう。そう決意を固める。

「四季ちゃん居ない?」

顔を上げるとあおいさんと相楽さんが居た。用があるのは色紙さんの方だったらしい。

色紙さんの席を見るがおらず、教室内を見るがいない。

「多分帰った。」

教室に居ないならそうだろう。色紙さんが部活で忙しいと聞いた事はないし、放課後は仕事があるはずだ。

「そう、ならまず2人に話しとこう。」

まさか俺たちに用事とは。目を丸くして統次を見ると同じ目をしていた。

「な、なにか?」

珍しく統次が緊張している。

「クラスマッチのお礼したいなぁと思って。」

「そんな、大丈夫ですよ。」

「遠慮せずに。それと私のためでもあるからね。」

頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

「追って連絡するけど、後で私の家に来て。まず口頭で話しときたかった。後で四季ちゃんいる時に詳しく話すよ。」

颯爽と踵を返し教室から出る。

残された3人、俺と統次が相楽さんを見る。その意図に気づいたようで話し出す。

「私も詳しく聞いてないの。さっき私の教室に来て騒つかせて私を拉致してここまで来た。」

相楽さんにも説明無しか。大胆な人だ。

「四季ちゃんは帰っちゃったみたいだし、また後日かな。」


それから数日後に、夏休み2日目に実施する日程が定まった。それが今日だ。

駅に着き、ふうと一息つく。喉が渇いた。家にお邪魔すれば、お茶くらい期待できるが、それに甘えるのも何だか悪い。

自販機を探すが、駅中のお店で買えば安く済む。

中へ進むと目の前に色紙さんが現れる。

「時間ぴったりだね。」

パステルカラーの服を着て、肩にバックを下げ片手にペットボトルのライフガードを持っている。

スマートフォンを見るが時刻は集合時間の5分前だ。

「まだ5分ある。」

「5分前集合が常識でしょ?」

「色紙さんの言う通りだ。」

何処からか統次が現れる。

「日本人たるもの、5分前が礼儀だ。」

片手にペットボトルを持って言う。いろはすのようだ。

「肝心のあおいさんがいないなぁ。」

「後、合もいない。」

合と聞いて、一瞬誰かと思うが相楽さんだ。あまり相楽さんがだらしないイメージはない。むしろ、しっかりしているため統次よりも先に来そうなものだ。

「まあ、まだ時間前だから、5分過ぎても来なかったら電話しようか。」

統次の提案に2人で頷く。

我が校では、夏休みであり近隣の高校にそうであろうが、世間一般ではただの平日だ。何となく悪いことをしている気持ちになる。

それにしても、妙な事になった。相楽さんとあおいさん、色紙さんと統次と駅前で待ち合わせなぞ、どうしてこうなった。

「何するんだろうな。」

ぽつりとそうこぼしてしまう。

「誰も聞いてないの?」

色紙さんの問いに、2人とも答えられない。駅前に設置された時計を見ると時間ぴったりだ。

「ちょうどの時間だけど、今電話するのは嫌味っぽいな。」

「そうだな。」

「そう?」

ここで現代と未来の考え方の違いが出てしまった。

「こっちに居たか。」

そう声が聞こえて振り返る。相楽さんと仲神ひかるさんがいる。妹の方が来るとは聞いていない。

「中で待ってちゃったよ。」

真面目に皆時間に間に合うように来たらしい。

「仲神さん、仲神さんは?」

統次がテンパって理解しにくい質問をする。

「仲神さんは忙しいから仲神さんに仲神さんが駅に行けって言って仲神さんが来た。」

統次を茶化すように仲神さんが言う。

「要するに仲神さんに頼まれて仲神さんが来たのか。」

「そう言う事。」

あまり要されていないが、そういうことだろう。

「妹をパシッてるわけね。」

色紙さんがぴしゃりと言う。それに仲神さんは呆れた様子をジェスチャーで伝える。

「全員揃ったし、そろそろ行こうか。歩いて10分くらいだから。」

仲神さんが歩き出す。色紙さんと相楽さんが続き、俺と統次は後ろに回る。

「結局、今日は何するの?」

色紙さんが仲神さんを覗き込み尋ねる。

「なんか作るんだって。」

「なんか作る?」

鸚鵡返ししてしまう。

「そう、まあ着いてから聞いてみて。」


色紙さんの家が凄すぎて霞むが、仲神家も相当立派だ。住宅地にある一軒家で、小さな庭も手入れが行き届いている。壁にも汚れがなく、そういう壁なのか掃除を怠らないのかは分からない。

仲神さんが玄関を開ける。

「どうぞ。」

そう言ってスリッパを並べる。今朝いつもの癖でサンダルを履いて出てから急いで戻ったて良かった。

「お姉ちゃん、帰ったよ!」

奥に向かって声を張る。

「はーい!」

人の家感が凄い。

「今、我が校最高峰の女子の家に来てるんだぞ。」

統次が耳打ちする。

「未だに何が起きてるか理解できてない。」

素直な感想を述べる。

統次も一切笑みがないあたり、同じ心境なのだろう。

有り難くスリッパを履いて、お邪魔する。リビングらしき部屋に通され、ソファーに女子達が座る。座布団を仲神さんが出してくれ、それに腰を下ろす。

ドアが開く音がして、その方向を見る。

「今日はありがとう。」

エプロン姿のあおいさんが立っている。眼福だ。

「こちらこそ、ありがとうございます。」

相楽さんが立ち上がり軽く頭を下げるのを見て、各々つられて立ち頭を下げる。

「いえいえ。ごめんね、今忙しいからひかるお願い。」

小走りに何処かへ消える。仲神さんは呆れた顔をしてため息を吐く。そして立ち上がる。

「本当、忙しない姉だ。適当に寛いでて。」

テレビの電源を入れ、あおいさんが消えた方へと歩く。

テレビは昼の情報番組をやっている。特に理由はないが、この番組が嫌いでチャンネルを変えたいが、人の家のリモコンを勝手に操作する勇気はない。

「家まで来たけど、何が起こるか分からないね。」

相楽さんが近くに聞かせるだけの声で言う。

「後数分で分かるでしょ。」

色紙さんはあまり興味がないのかもしれない。そんなつっけんどんな言い方、普段からする人ではない。いつの間に相楽さんと仲良くなったんだろう。

人の家をジロジロ眺めるのは良くないと思いつつ、する事がないとつい見てしまう。外観を見てさっぱりとした家だと思ったが、内装はそうでもないらしい。内装というよりは、置いてあるものか。

家具家電はオーソドックスで目立った物がないが、写真などが多い。仲神姉妹の小さい事の写真や、仲神姉妹が小さい頃に学校で作ったであろう工作がある。折り紙や画用紙で“お父さんお母さんありがとう”と書かれた類の物。正しい名称がわからないが、そういう物が多い。

それとトロフィー。刻まれた文字が遠くて読めず、仲神姉妹か仲両親の物かは分からない。

戸を足で開けて、仲神さんがトレイを持ってやってくる。カップがあるらしく、かちゃかちゃと音が鳴る。

「ごめんね。」

相楽さんと色紙さんがトレイの上のカップとソーサーを受け取り、皆の前に置く。

出された物の匂いを嗅ぐのは良くない。見た目で判断するにレモンティーのようだ。洒落ている。これじゃあ煎餅は出さない方が良いな。

「はいお待たせ。」

あおいさんがトレイを持ってやってくる。

テーブルに置いたそれを覗くと、ケーキが人数分ある。見た目ではチーズケーキのように見えるが、俺の知っているそれとは少し違う。

「美味しそう!」

相楽さんが今までにないテンションで言う。甘いものが好きなのかもしれない。しかし、甘いものを特別好きなわけではない俺でも、これは美味しそうに見える。

「まずはクリアね。」

「そうだね。」

姉妹が何やら話をしている。

ケーキの乗った皿を受け取る。表現が下手だが、チーズケーキはみっしりとしているイメージだったが、このケーキはふんわりしている。

「あおいさんがこのスフレ作ったんですか?」

「そうだよ。」

色紙さんの質問に笑顔で答える。

「あおいさんが作ったスフレ?」

きっと間抜けな顔をしてしまっただろう。統次の顔を見てそう確信する。

「気付いてなかったの?スフレを知らないの?男子2人。」

相楽さんの挑発的な言動に構ってる余裕はない。

「俺はどっちもだ。」

「俺も。」

大きなため息を相楽さんがする。

「スフレっていうのは出来立てじゃなきゃふわふわしてないの。これを見なさい。」

突然説明口調になった色紙さんに促され、ケーキを見る。

「ふわふわでしょう?」

「はい」

「それにあったかい。」

「はい。」

「あおいさんが作ったんじゃなきゃ、仲神家の誰かね。それを確認したの。」

洞察力とスイーツの知識に圧倒される。つまり、これはあおいさん手作りスフレというわけだ。僥倖。

「美味しくできてると良いけど、どうぞ。」

もう一度スフレを見る。お店で並んでいてもおかしくない出来栄えだ。

小さなフォークで刺す。思った以上にふわふわだ。一口いただく。

「美味しい。」

「良かった!」

「仲神さん才能ありますよ。」

「仲神さんの家で仲神さん呼びはややこしいね。」

あおいさんにそう言われる。

「家の電話で仲神さん居ますかって言ってるみたい。」

「あおいとひかるでの方が良いよ。」

仲神さんの方を見る。

「ひかるで良いよ。」

お許しが出た。

「今回の目的はこのスフレですか?」

「そう、練習兼試食会ね。」

相楽さんは質問の答えにやや満足いってないようだ。

「来年のバレンタインの練習だって。」

ひかるさんが付け足す。

「気が早いな。」

思った事を口に出す。そして気付く。

「学校で誰かに渡すんですか?」

そうだ統次、バレンタインで誰に渡すか、それが肝心だ。

「そうだよ。」

あおいさんは軽く答える。一体誰だ。

「それじゃあダメだ。」

統次は心底残念そうに言う。こいつ、そんなにあおいさんを好いていたのか。

「色紙さんの言う通りなら、スフレは出来立てじゃなきゃダメだ。」

そこじゃないだろう。

「来年の2月は暇な予定だからね。家庭科室で作って、友達に振る舞おうと思うの。」

あおいさんは何故か得意げに言う。しかし、それなら安心だ。

「そう言うことか。でも、2月も受験生は忙しいんじゃないですか?」

「私専門だから。」

それでダメならどうするんだと思うが、受験生にそういう話はNGだろう。

カップに手を伸ばし啜る。やっぱりレモンティーだった。

「これがこの前のお礼ね。」

タオルを盗んだ犯人を突き止めた報酬が、あおいさんの手作りスフレなら参加者がおびただしかっただろう。

「申し訳ないなぁ。」

相楽さんの呟きに、心底同意する。

「私のためでもあるし、気にしないで良いよ。」

練習兼試食会ならひかるさんとやれば済むとも思うが、多くの人の意見が聞きたかったのかもしれない。

「それと、お礼の後にお願いで恐縮なんですが。」

あおいさんが突然正座をして言う。

「南君か三城君、明日ちょっと付き合ってくれない?」

統次と顔を見合わせる。また目的不明のお誘いだ。

「申し訳ないけれど、明日は家の用事が昼間にあって。夕方以降なら。」

申し訳なさそうに言う。

「三城君は?」

「1日空いてます。」

「じゃあ三城君、ちょっと付き合って。」

「大丈夫ですけど、何するんですか?」

「ちょっとお店に行きたいんだけど、カップルで行くとかなり安くなるの。」

よく意味が分からず首を傾げる。

「つまり、カップルのフリしてお店に行ってケーキ食べたいんだってさ。」

ひかるさんの補足でようやく理解する。お願いしても無理な願いを、まさかお願いされる何て。快諾以外の選択肢はない。



お暇する時間は夕方の終わりだった。家に着く前に真っ暗になるだろう。

玄関まで送りに仲神姉妹は着て、何だか申し訳ない。

「それじゃ、また明日。後で詳しい連絡入れるね。」

「はい。ありがとうございます。」

明日のことで既に浮き足立っている。

「今日はどうもありがとうございました。」

相楽さんの挨拶に合わせ各々頭を下げる。

ドアを閉め、振り返る。家々から明かりが漏れ、夕飯の匂いがする。

駅までの道は来る時に覚えた。大して複雑ではない。

相楽さんと色紙さんが前を歩き、統次と後ろに続く。

「明日何もないって言えば良かった。」

口を尖らせる。

「こんな結果は誰も予想できない。」

「俺の分まで楽しんできてくれ。」

諦めた調子で言う。

「じゃあ私はここで。」

左のほうへ歩き出し、相楽さんが手を振る。

「俺も途中まで。」

そう言って、統次が相楽さんと並ぶ。

色紙さんはここから1つ北の駅で、俺は南の駅だ。駅までは別れる理由はない。

「あのさぁ。」

色紙さんが話しにくそうに呟く。

「なに?」

何やら話すことを渋っている。まあ無理に聞かなくても良いかと黙っている。

「あんまりこんな事言いたくはないけど、あおいさんとあんまり仲良くしないでほしいな。」

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