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ハルイチバン  作者: 柳瀬
一年春
15/125

クラスマッチ!

全身の疲労感が抜けないが、この感覚にも慣れてきた。連日の訓練で体が重いと思うが、1ヶ月少々続ければ体も馴染む。

当初、過酷な練習で上腕三頭筋が限界に至った。腕も上がらず、頭も掻くことすらままならなかった。朝、布団を押し退ける事すら一苦労だった。流石にその日は色紙さんに休息を懇願した。

今は倦怠感のみで痛みはない。それが幸いだ。

6月の気候は過ごし易く、これからもっと暑くなると想像するだけで嫌になる。教室に空調はなく、窓から吹き込む風だけが命綱になる。

クラスメイトは皆、同じポロシャツを着ている。女子は髪をお洒落に決めていたり、化粧をしている人もいる。

朗らかに晴れた今日と、予報では引き続き晴れる明日は、クラスマッチという学校行事がある。クラス対抗で球技を行い、一位を決めるもので、球技大会と呼んでも体育祭と呼んでも良い。

先輩に聞いた話によると、大抵3年生が無双するから、一年生は暇な時間が多いという。たかが2年早く産まれただけで、身体能力にこれほどの差があるとは思えないが、事実毎年上位は皆3年生でたまに2年が混じるらしい。

クラス対抗であり、クラスの判別をしやすくするために、クラスごとにTシャツを買い揃える。クラスの判別もだろうし、所謂一体感を求めているのだろう。3000円くらいするそれを来年再来年も買うと1万近いと気付き、残酷な運命に目を背けたくなる。

一年生は地味なものにするという暗黙のルールがあるらしく、一学年全クラスポロシャツだ。それに対して3年生は皆サッカーのユニフォームだ。サッカーには詳しくないが、各国のユニフォームか、クラブチームのユニフォームのようで、背中にあだ名やら何か名前を印字している。

クラス内や友人界隈ではそれが面白かったりステータスになるかもしれないが、側から見ればただ意味が分からず滑ってるように感じる。

このポロシャツだって、来年再来年買うそれらも、一度着たら雑巾にもせず捨てるのだろう。

朝に一度体育館に生徒全員集まるらしい。その後、競技が始まる。

俺はサッカーとバスケに出る。サッカーはスタメンだが、バスケは補欠だ。サッカーは今日あり、バスケは全競技の最後、明日の午後あるらしい。

つまり、今日はサッカーをする以外やることはない。サッカーの開始時間は10時で、今は9時。

朝集まってから直ぐ試合開始だ。しかも、トーナメント方式で一回負ければそれで終わり、つまり午後丸々空く可能性がある。

教師からは、空いてる時間は自分のクラスや他の一年クラスの応援に行けと言われている。タイムテーブルがしっかり組まれていて、サッカーの裏では体育館で卓球が行われていて、午後にはバレー、バドミントンがある。

空いてる時間のためにペーパーバックを持ってきた。幸い格技場ではなんの競技も行われていないため、部室でサボることができる。サッカーをして、何とか勝ち進んでも決勝まではいけまい。決勝は16時からで、午前のうちに暇になるか、午後早めに終わるかだろう。

どの道暇になるのは分かっている。日頃の訓練と学業の疲れを癒す二日間にしよう。


案の定と言うよりも、明白に、想像以上に早く俺のクラスマッチは初日は終わった。一回戦目が3年生相手で、一点取ったがお情けのようなものでバカスカ点を入れられた。

色紙さんとの特訓の成果か、個人としてはなかなか動けた気がする。少なくとも入学したばかりの時より、体のキレがあり一点も自分が取った。

色紙さんの動きに比べれば、3年生の動きなど読みやすく、そして遅い。そして何より殴る蹴るの暴行はない。ボールを持てれば突破する事は容易い。だが、訓練と違うのは一対一ではないということだ。途中から複数人にマークされてしまった。それでは突破できなかった。これは今後の訓練の課題になるかもしれない。

なんとかボールをもらい、人を避ければ色紙さんに教わった、身体のしなりを使った蹴りをボールにする。人生最速のシュートはネット揺らすことができた。


「上半身を捻ってから、下半身を捻る?」


初めて聞いた時は思わず聞き返したが、今はある程度体得できたようだ。そうすることで身体のしなりを最大限活かすことができる。竹刀を持ってきて、どうすれば1番痛いかという話から説明が入り、蹴りをずっと教わった。

しかし、サッカーは個人プレーでは成り立たないチームプレーであり、他のクラスメイトは最初こそやる気があったが、途中から3年生相手という絶望感がひしひしと伝わった。

一緒にプレイした友人達は、負けたのにも関わらず妙に晴れ晴れとした顔をしている。

「お疲れ〜。」

応援に来ていたクラスメイトから多くの賞賛と労いの言葉をもらう。一点を取ったため、褒めても貰える。今年一年分褒めてもらえた気がする。

「ハルって結構運動できんだね〜。」

仲神さんにそういわれて、思わず笑みが零れる。クラスの、いや学年、後の学校のマドンナに褒められては恥ずかしさと嬉しさで照れくさい。

「運動神経は良い方なんだよ。」

強気に出てみる。まだ入学から2ヶ月で、クラスメイトのステータスを図り損ねている。スポーツテストで運動能力を知った気でいたが、スポーツの得意不得意はそれではわからない。特にも球技はミステリーポイントだ。

俺はスポーツテストの後に、みっちりと特訓を受けていたため、かなり身体能力が向上したはずだ。

「言うねぇ〜。ハルは後何出るの?」

「明日のバスケ。補欠ね。」

「動けるなら出ちゃいなよ。」

仲神さんの笑顔を見て思わずうんと言いそうになる。

「いやいや、バスケ部プラス野球部プラスサッカー部の方が体力あるし見応えあるよ。」

「バスケ部はルールで1人しか入れないでしょ?サッカー部か野球部1人抜けてハルが1人入ったて大丈夫だよ。」

「嬉しいけど、そうすると俺のせいで平均身長が下がる。」

「確かにバスケは身長いるかもね。」

苦笑いのような微妙な表情になる。初めて見る表情だが、これはこれで良い。

「だったら私の代わりにバドミントン出る?」

横から小清水さんがやってきてそう言う。

黒髪のロングで体操服よりも制服が似合うなと勝手に思う。彼女のプライベートは知らないが、見た目からして完全にお金持ちのお嬢様だ。

「それって女子枠でしょ?」

「そうだよ。」

そう笑いながら言うため、何も間違いがないかのように思え一瞬固まる。

「 女装して出ろと?」

「私の名前入ったジャージ貸すからさ。」

小清水さんの提案に良いなと思ってしまう。とんでもないリビドーを感じる。良い匂いがしそうだ。

「ルール的にアウトだよ。」

仲神さんのツッコミで我に変える。そうだ、ルールを無視して匂いを楽しむなんて、真っ当な高校生ではない。

「冗談だよ。ハル君お疲れ様、かっこよかったよ。私午後からバドミントンだから、良かったら見に来てね。」

「ありがとう。応援に行くよ。」

小清水さんにカッコいいと言われて嬉しくない男などこの世にいないだろう。高校3年間の内で一番嬉しかった瞬間ランキング暫定一位だ。

校庭の砂が舞い、クラスメイトは徐々に校舎に戻っている。どうするとか、暇になったとかいう声が聞こえている。

俺もこれからどうしようかなと悩む。午後のバドミントンで小清水さんを見るとして、今はまだ11時前で、バドミントンは確か2時からだ。

部室へ行ってペーパーバックを読もうか。教室でも良いが、教師陣の目が怖い。

一度教室に戻る必要がある。そこでタオルとペーパーバックを取り、そのまま部室で良いだろう。午前はうちのクラスで卓球の試合があるが卓球部が出てるわけでもなくもう負けていてもおかしくない。それに、他クラスを見に行く程知り合いが多いわけでもない。

昇降口へ向かう群の中に色紙さんを見つける。クラスメイトの菅原さんと、何やら話をしている。学校内では、俺と色紙さんは単なるクラスメイトで進んで話をしたりはしない。勿論、話をしなければ不自然じゃ無い限りは、積極的には話さない。

色紙さんを追い越し教室へ向かう。

「お疲れ様。」

「得点おめでとう。」

菅原さんと色紙さんに声をかけられる。クラスメイトとしての労い。これはあって自然の会話だ。

「ありがとう。これからどうするの?」

「その話、四季としてた。体育館のギャラリーか、校庭脇で座って駄弁りながら時間潰そうかって。」

「まあ、そんくらいしかできないよな。」

「ハルはどうするの?」

「大きな声では言えないけど、サボろうかと思ってる。」

菅原さんはニヤニヤしながら俺を指差す。

「悪だね〜。」

「時間の有効活用だ。」

「バレないようにね。」

色紙さんが笑いながらそう言う。何となく目が笑ってない気がした。色紙さんの素性を知っていると全てが演技に見えてしまう。バラエティーに出た俳優に対する違和感と似ている。

昇降口で靴を履き替え教室に向かう。

廊下には色取り取りの服を着た生徒が楽しそうに歩いている。ただでさえ顔を把握できていないのに、化粧や髪型を変えられるとますます分からない。

誰もいないと思った4組の教室に入ると、人がいた。俺の前の席の南統次(みなみとうじ)に、顔は知っているが名前を知らない女子、同じ一年生のはずだ。それにさっき会った仲神さんもいる。

「お疲れ。」

そう声をかける。俺のクラス何だから何も言わずに居ても良いが、何となく気が引けた。

「ハル。お疲れ、さっき見てた。」

クラスメイトの殆どに見られてたのだろう。統次の隣にいた女子も俺に気付いて声をかける。

「お疲れ様。三城元春君ね。サッカーやってるの写真撮ったよ。私新聞部だからさ。」

目の前の彼女は新聞部らしいが、名前を知らない。向こうには自分の事を知られていて、自分は向こうの事を知らない時の気持ち悪さたらない。それに、新聞部に写真を撮られる覚えはない。クラスマッチを記事にするためだろうが、使わないでいただきたい。

「さすが新聞部。(あい)は校内の人物を把握してるね。」

仲神さんの発言で彼女の名前が合だということが分かった。

相楽(さがら)さんは最初俺のこと知らなかったけどな。」

統次の発言で苗字が分かった。相楽合(さがらあい)それが彼女の名前だ。

「それは入学して直ぐだから仕方ない。」

新聞部だからというだけではなく、もしかしたら相楽合という人間はこの学校の情報の中心になっているようだ。

その彼女がどうして此処にいるのか謎だ。

「ねえ、ひかるから一言言ってよ。」

「まだその話続いてたの?」

なんだか、ばつが悪そうな顔で仲神さんが返事をする。

「良いけど、お姉ちゃん次第だから期待はしないでね。今の方が良い?」

「明日でも大丈夫だから、今日家に帰ったら話してほしいかな。」

なんの話か分からず、統次を見て説明を求める。察しが良い彼は直ぐに説明してくれる。

「仲神さんのお姉さんを取材兼撮影させてほしいんだってさ。新聞部でクラスマッチを記事にする時にどうしても欲しいとか言ってるけど。」

そう言って相楽さんの方を見る。相楽さんはきっ、と統次を睨む。

「良いでしょ!ひかるもだけど、お姉さんもすっごい美人でバスケやってる写真載せれば、新聞だって需要が凄いことになるんだからさ!」

成る程、マスコミらしい理由だ。華がある方が良いのだろう。

仲神さんにお姉さんがいて、この学校にいるというのは知っていた。そして仲神さんと同様かなり可愛いだとか美人だとか。噂は聞いていたが、目の当たりにした事はない。

そのため、個人的には仲神さんのお姉さんが居てしかも美人だというのは、半ば都市伝説のような認識になっている。

そんなお姉さんの写真を校内新聞に載せれば、少なくとも俺や、同じ部活の間下や康太は食い付くだろう。

「供給が追いつくと良いな。」

最近、授業で覚えたような事を言ってみる。

「ホント大丈夫?部員は合だけでしょ?」

仲神さんがそう言うので、新聞部が相楽さんだけだと知る。冗談のつもりで言ったが、どうやら真実だった。

「需要があるなら頑張る。それに南君も手伝ってくれるし。」

なんだ、意外と統次は人を手伝う良い奴なのかもしれない。それか、相楽さんに気があるのか。こいつもちゃっかりしているな。

「俺が自発的に手伝った事はない。いつも俺の部室に来て作業を始めるんじゃないか。」

成る程、半ば強引なようだ。まだ知り合って3分程度だが、彼女は勢いというか、猪突猛進という言葉が似合う気がする。

「俺も仲神さんのお姉さん気になるし、頑張って写真に収めてくれ。」

「簡単に言わないでよね。それなりに手伝って。」

「何を手伝えばいいのさ。」

呆れてジェスチャーをしてみる。すると相楽さんはニヤリと笑いながら言う。

「あおいさんを説得してよ。」

「無理。」

あおいさんとは流れからして仲神さんのお姉さんだろう。

「じゃあ期待しないで待ってて。」

残念とも思っていなさそうな顔を見るに、明らかに期待はしていないようだ。

「じゃあ私は体育館行くから。」

そう言って仲神さんは教室から出て行った。さて、俺も部室へ行って時間でも潰そうか。

「相楽さんはまだ写真撮りに行くんでしょ?」

「それが新聞部。人手が居れば体育館とグラウンド両方撮影できるんだけど。」

「残念だな。」

そう言って統次は鞄から本を取り出す、こいつもサボる気のようだ。

「何処に行くんだ?」

疑問をぶつけてみる。

「部室。」

「統次って何部?」

「写真。」

「相楽さん手伝えばいいじゃん。」

「名ばかり部なんだ。」

肩をすくめてそう言ってみせる。

名ばかり部ならば、しかたない。この学校には名ばかり部という部は多々ある。その名の通り、名前だけあってろくな活動をしていない部の事だ。俺の所属する剣道部もほぼ名ばかり部だが、境界線上だろう。

噂では、名前だけ借りて全く別の活動をしているとか、部員不足で全く活動できないとか何種類かあるらしい。

おそらく、写真部は部員が少ないのだろう。身近に写真部などいないし、そもそも初めて知った。

ペーパーバックとタオルを手に取り、それを振って見せる。察しがついて統次は笑う。

2人揃って教室を出る。

「写真部の部室って何処?」

ふと気になって尋ねる。

「特別教室棟の3階、見てく?」

そう言われて断る理由はない。素直について行く。

さっきまで多かった生徒も少なくなっていて、体育館とグラウンドから声が聞こえてくる。不意に悪いことをしてるなと罪悪感に襲われるが、共犯者も隣にいる。

階段を登り、左に折れると直ぐに部室だと言う。中を見ると狭いが、一人で使うには十分な部屋があった。むしろ俺らの部室よりも広い。理科準備室とか、そんな感じの部屋と同じくらいの広さだ。こんな部屋があったとは知らなかった。

「最高じゃん。」

「本読むんでしょ?ここで読んでっても良いよ。」

お言葉に甘えるしかない。



時刻は昼過ぎ。13時手前、統次と一緒に写真部室で本を読んでいる。昼前、混む前に購買でパンを買い昼飯とした。

それからずっと黙って本を読んでいる。体育館が比較的近いらしく、声が響いてくる。それもうるさいくらいではなく、没頭すれば気にはならない。

本当に最高の部屋を手に入れたものだ。

たんたんと階段を上る音が響く。統次を見ると本を隠して、何故かポロシャツを脱ぎ始めた。何してんだと思うが、直ぐに俺も脱げと小声で伝える。

「なんで?」

「先生だったらまずい。着替えてた事にする。」

案外こいつは頭が切れるようだ。

急いでポロシャツを脱ぐ。同時にノックされる。

「南君居る?」

相楽さんの声だ。

「ちょっと待って。」

急いでポロシャツを着る。

統次が戸を開けると相楽さんが息を荒げてを立っていた。急いで来たらしい。

「ちょっと大変かも。」

「何がどうしたか、5W1Hで言ってほしい。」

「昼休憩の間に、体育館で、あおいさん…、仲神さんのお姉さんの、タオルが、盗まれた!」

「誰がどうやって?」

「分からないから慌ててるんでしょ!」


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