穏やかな匂い
いやはや、これが穏やかな匂いか。
昇降口を抜け、日差しを浴びる12:00過ぎ。20度少し過ぎの気温だと今朝のニュースで語っていた。朗らかな気候に、何もない匂い。これこそ穏やかというものだ。もうこのまま、この場で寝てしまいたい。
4日間続いた試験も今日で最終日。先ほど友人達と、禍根を忘れ喜びを分かち合った。一夜漬けでも、何もないよりはマシだった。付け焼き刃で切れ味が悪ければ、鈍器として頭をかち割ればいい。
事前に範囲をかなり詳しく教えてくれた科目に関しては、かなりの高得点を狙えた。問題は数学だ。高得点は狙っていない。欲しいのは個人的及第点だ。赤点さえ回避すれば良い。
踵を潰して履いていたスニーカーを履き直す。その所作の途中で後ろから背中を押され、バランスを崩し靴下で地べたを踏んでしまう。振り向かず、スニーカーを履き直し、わざと大きくため息を吐く。
「折角の良い気分が一転、最悪だ。」
後ろからけらけらと笑い声が聞こえ、やはり間下だと確信する。
「人間の所業じゃないよ。」
康太の声が聞こえ、間下と一緒にいた事に気付く。そして口が悪い。
立ち止まっていると、横に間下と康太が並ぶ。
「やっと終わったな!」
さっきの無礼を謝らず、試験の喜びを分かち合おうとしてくる。そのため、ケツに蹴りを入れてやる。バシンと思いの外、良い音が鳴り、しまったと思う。
間下は大袈裟な程声を上げ、少し先の地面にケツを抑えてしゃがみ込む。
「マジで痛い!」
入学してから、何度か間下のケツを蹴ったことがある。勿論ただの暴力ではなく、今回のように間下が無礼極まりないからだ。スキンシップとコミュニケーションの延長が10kmくらいある奴だ。
ここ1ヶ月、色紙さんとの訓練を繰り返していたため、蹴りの破壊力が増してしまったのだ。
最近、間下が無礼さに欠けたため、なかなか蹴る機会がなく、今回一気に力の調節ができず強めの一発を入れてしまった。
「怒りの体現をしてしまった。ごめん。肛門炸裂してない?カタストロフ?」
「なんとか飛散は回避したけど、剣道部じゃなくてキックボクシング部入った方良いよ。」
苦悶の表情でそう答える。キックボクシング部なってあったのかと疑問に思うが、間下が苦しい中必死に出して会心のボケだと気付く。申し訳ない事をした。
「どうだった?」
康太が一連の流れを全く気にせず質問する。
「数学と化学以外は大体満足してる。」
「理系ダメなんだ。」
「文系脳だからな。文理選択も勿論文系。康太は?」
「俺は古典以外満足かな。あれだけは理解できない。」
そういえば確かに古典も難しかった。あれはそもそも担当教員の問題の作り方が意地悪だった気がする。
「俺も文系以外満足、多分数学は満点。」
息を整えながら間下が言う。意外な事にこいつは理系だ。意外というのも失礼かもしれないが、何となくこいつのテンションは文系のそれに思える。
「てかもう1週間後はクラスマッチよ。何でんの?」
そう言われてクラスマッチの存在を思い出す。憂鬱だ。
「サッカーとバスケの補欠。」
「俺はバレーとサッカーと卓球。康太はサッカーと何だっけ?」
「サッカーとバドミントン。」
何だか数学の問題みたいになってしまった。これが試験明けの脳だ。
「先輩が明日からクラスマッチに向けて部活でバレーとかやるってさ。」
「聞いた。俺バレー出ないけど。」
「まあ練習なんだしやっとけば?」
「そうだな。ゲームしてるよりは健康的だ。」
普段はゲームばかりであまり活発ではない。この前に大会があった。3年生はそれで卒業だったが、大して練習もせず一回戦敗退で終わった。
今は2年生が部長となり活動しているが、活動方針に変化はなかった。動きたい日は動きたい人を誘って部活をするし、ゲームをしたい日はゲームをしたい人を誘ってゲームをする。
今回はクラスマッチ週間のようだ。
昼間、車の往来を見る。
何だか悪い気はしながらも、帰りにどこのコンビニでお昼を買おうか悩むこの時間が、何よりも幸せかもしれないと馬鹿みたいに思った。




