惑星軌道の結束点⑨
「ちょ、ちょっと…!」
狼狽した声を鹿折さんが上げる。
俺自身も、状況を理解できていなかった。目の前に現れた人物とここに居る理由、冷静に考えたら直ぐに分かるのに、判断が一瞬遅れた。
その隙を見逃さず、こちらに距離を詰めて鳩尾へ拳が入る。
耐えかね嘔吐する。酸っぱい味が喉と口に広がる。
防御の意識が間に合わなかったが、完全に遅れた訳ではない。致命傷ではないが、直ぐにはパフォーマンスが戻らない。
殴られてようやく状況を理解した。
未来の真白さんが現れた。
俺達と歳は離れていないように見える。今居る時代から3年後くらいだろうか。その間にかなり成長している。
今、この場に現れたということは…。
「私が…、CTTに…?」
後ろから消え入りそうな声が聞こえる。
「幽…、下がってて…。」
鹿折さんも状況は分かっているが、どうするのが最適か悩んでいる様子だ。
「三城さんも少し下がって、回復したら助けて下さい。幽さんと恵さんはもっと下がってください。一切手は出さないで下さい。」
指示に従い、2人に任せ今は回復を優先させる。
初撃で分かった。この時代の真白さんとめぐにゃんじゃ歯が立たない。
「どういうこと…?」
鹿折さんは構えを崩さず、未来の真白さんを睨み警戒したまま尋ねる。
未来の真白さんは沈黙したまま、目線は奥の真白さんを見つめている。
「私は…、なんて言ったんだっけ…?」
虚な目で独り言のように呟く。
「ああ。そうか。そうだね。」
ブツブツと何かを言う。
「もうあんまり思い出せないんだけど、声に出す度、体を動かす度にそういえばそうだったなって思うの。」
「…CTTって事で良いの?」
「うん。だから、やるべき事をやって。」
そう言うと、鹿折さんへ向かって飛び込む。やはりかなり速い。体感では、保呂羽さんと互角か、それ以上か。
その攻撃を紙一重で躱し、追撃もいなしていくが、重い一撃は防御しても身体の奥まで揺らす。長期戦に持ち込まれたら、どこかで身体が意識と反して動かなくなる。
それを察して、美々さんがカバーに入る。しかし、火力不足だ。真白さんの攻撃を躱し、攻撃は入るが効いてる様子はない。
以前、美々さんが言っていた事を思い出す。セミナー壊滅作戦の時に、色紙さんと鹿折さんには勝てない、狂態化は向いていないと。
確かに色紙さんや鹿折さんと比べてしまうと、戦闘力は並んでいない。
「幽もリリドラ使ってんのね!」
鹿折さんが攻防の最中声を出す。しかし、それには答えない。
鳩尾へのダメージもだいぶ回復した。2人に加勢する。
力を込めた右フックを左腕で防がれるが、そのまま吹っ飛ばす。
壁に当たるが、大したダメージにはなっていないようだ。
殴った感じ、やはり強くなっている。しかし、勝てない相手じゃない。
鹿折さんと美々さんが三人掛かりなら…。
そう思いチラリと二人の表情を見て、やっと理解する。
苦楽を共にした学生時代の同級生がCTTとなって、敵として再会する。そして、学生時代の本人もその場に居る。
友達を殺すことに、それを見せることもできないのだ。意識してるにせよ、していないにせよ二人が心を殺して行動できる人間ではない。
それなら、俺がやるしかない。
真白さんが構える
とにかく、皆から距離を離す事を目的に攻める。
真白さんを受けに回させる。
力を込め、一撃一撃を殺す気で放つ。真白さんも生半可な受けには回れず、少しずつ後退する。それでも、隙だと判断されれば攻めに転じられる。
真白さんの一撃は決して軽くない。
来ると分かって防御すれば、大きなダメージにはならないが、食らい続けるのはまずい。防御の意識がない時に攻撃を喰らえば、さっきのようにしばらく行動不能になる。
油断はできない。全力で相手をする。
顎を狙った右フックを仰け反り躱す。続け様に左フックを防いで、左足で脇腹を狙う。
大きく後ろへステップする。十分距離は取れたが、真白さんに勝てるだろう。
真白さんと目を合わせるながら、何かを感じる。
焦燥?緊張?恐怖?
そういった類の負の感情が、段々と瞳の奥に現れているように感じる。
不意に、真白さんが距離を詰め拳を振るう。
さっきまでのやり取りと比べ雑な攻撃だ。威力はあるが、隙を狙ったような、確実に仕留めるような一撃じゃない。焦った結果、雑になったような印象だ。
その拳を受け止め、投げに転じようと襟元を掴もうとすうが、その手を逆に掴まれ膠着する。
「…じゃない。こんなはずじゃない…。このままじゃ…。」
俯き何かを呟いている。
「何を言って…。」
キッと鋭い目付きでこちらを睨み、掴んだ手を払いのけ腹部へ拳を向ける。しかし、あまりに大きな動作だ。来ると分かれば全力で腹に力を込める。真白さんの拳は腹へ押し込まれるが、その隙に顎を狙いフックを放つ。
ダメージは初手程ではない。半分以下にはできた感覚だが、流石に少しの時間動きが鈍ってしまうだろう。しかし、その代償を払う価値のある一撃を入れる事ができた。
脳が揺れて、立っているのがやっとの真白さんが居る。
「違う!このままじゃ…!」
「何を言って…。」
真白さんに近付き、何を言いたいのか尋ねようとした時。
「三城さん!」
後ろから叫ばれ、振り返る。
そこには、リボルバーを構えた真白さんが居る。
未来の自分を殺す気だ。
「やめ…!」
「待って…!!」
射線上に割り込もうと腕を伸ばす。
背後で未来の真白さんが悲鳴に近い声を出す。
それらよりも早く、真白さんが射撃する。
すぐ近くを銃弾が飛んでいき、真白さんの頭に直撃する。
銃弾が頭を破り、頭蓋から中身が溢れ飛び散る。
その全てがスローに見える。
「幽…!」
鹿折さんが銃を取り上げ、真白さんの手を握る。
触れなくとも、震えているのが分かる。きっと、銃の反動だけじゃない。
真白さんは抱き寄せようとする鹿折さんを押し除け、ビルの壁に向かって走り、そのまま嘔吐する。
鹿折さんはまた駆け寄り、背中を摩る。
その姿をただ呆然と、現実感がないまま見つめていた。




