見失われた彗星⑦
皆で昼間の学校を見張っている。
「3人でも勝てない…、何てことないよね。」
二色が口に出す。皆私だ。考えていることは分かる。
「ゼロじゃない。」
三色がそう言う。
もし爆弾魔が大勢だったら、即死させるような手段があったら、私達だけではどうしようもない可能性はいくつかある。
「もし、負けたとしたら久地道先輩が何とかしてくれる。」
「久地道先輩って信用して良いの?」
改めて問われ、思考する。
三色は久地道先輩に会った事がない。判断材料が無いのだ。
私も知り合ってからそんなに時間が経っていない。タイムスリップを繰り返した事で、あれから何時間経ったのか少し考えないと分からない。
それでも、久地道先輩は悪い人には思えなかった。彼なりの正義がある。そう思った。
「信じるしか無い。」
その一言で概ね察したようだ。
学校の体育館、ステージ上の袖にいる。入り口からは死角となる場所だ。2人もそれぞれ別の場所に隠れている。
結局、日中は爆弾魔は現れなかった。流石に人目のある時間には再設置はしなかったのだろう。
そうなると、明日の日が昇ってからも難しい。必然的に今夜間違いなく現れる。
夜の学校に大勢で来ることはないと思うが、奇襲というアドバンテージを取るため、隠れている。
体育館の扉が開く音がする。
誰かがやってきた。
暗く距離もあるが、一目で分かった。
一ヶ瀬透子だ。
どういうことだ。
彼女が爆弾魔…?
この月見ヶ丘中学校の三年生で、首席卒業者だ。来月にはPPとして過去に配属されるはず。
そうか、彼女ならこの学校の生体認証もパス出来る。最初から外部の人間ではない事は分かっていたが、まさか彼女だとは。
いや、この学校の生徒であれば爆弾魔ではなく、何か理由があってここにやってきた可能性もある。
ふと、くるりと辺りを見渡す姿に何か彼女ではないような、そんな違和感を感じる。
「色紙、いるんでしょ?」
体育館に声が響く。
バレている。
思考を巡らす。
戦闘となった場合、彼女に勝てるだろうか。彼女と本気で戦ったことはない。慢心はしないが、3人もいれば勝てるはずだ。
袖から姿を現し、そのままステージから飛び降り彼女に姿を見せる。まずは私一人だけで様子を見る。
「一ヶ瀬先輩だったんですね。」
顔を見て、違和感の正体に気付く。
私が知ってる顔ではない。一ヶ瀬透子であるのは間違いないが、もっと未来の姿だ。3年生の姿ではなく、おそらく数年後の一ヶ瀬透子だ。
「久し振りに見るわね。」
そう言って、少し目を細める。
同じ学校で生活していれば、見掛ける事や会話することくらいある。最後に話したのはいつかは覚えていないが、久し振りと言えるほど前じゃない。
未来から来ているのは間違いない。
だが、それはあり得ない。一体、何が起きているんだ。
必死に頭を回す。
考えろ。
一ヶ瀬先輩は爆弾魔だ。
何故テロを起こした?
いや、それは今考えるべきじゃない。
一ヶ瀬先輩は数年後の姿をしている。
それは何故だ?
何故私がいる事を知っている?
「私は……、私達は…、最未来に生きていない…?」
意図せず、口から言葉が漏れた。まるで、頭を誰かに支配されて勝手に言わされたような感覚だった。
しかし、私の声を聞いて納得した。
あり得ないと蓋をしていた可能性。目の前にある事象を組み合わせれば、それ以外の可能性はないのに、自分で蓋をしていた。
私の中で真実が耐えられず、現れた。
「流石というか、気持ち悪いくらい理解が早いわね。」
うんざりした様子でそう言う。
目線は一ヶ瀬先輩を見るが、全身の力が抜けていくのを止められない。
ずっと、この時代は最未来だと教えられてきた。私が生きている、今この地点こそが水面であり、過去へ潜る事は出来ても未来から何者かが現れる事はないと。
それは嘘だった。
今まで教わってきたこと、それのどこまで信じて良いのか分からなくなる。
捨てていた可能性が浮上し、それがどのように波及していくのか思考が流れていき、溢れそうになる。
「今、先輩はどういう立場でここに立っているんですか。」
流れる思考を堰き止め、現状にのみ目を向ける。
「正義。ただそれだけ。」
明確な答えを言うつもりはないようだ。
「私が先輩に勝てば教えてくれますか。」
拳を握り締める。
「勝てると思ってるの?」
まずは一対一で様子を見る。
不意を突いて、二色、三色が相手をする。
全力で踏み込み、鳩尾へブローを放つ。
望んだ手応えはない。身体を捻り躱された。追撃に備えて一ヶ瀬の方を見るが、さっきまでいた場所にいない。どこに行ったと辺りを見渡そうとした瞬間、腹部に衝撃が走り吹き飛ばされる。
上体を低く落として、視界から消えていた。そしてその姿勢で蹴り上げられた。
堪え切れず嘔吐しながら、宙を舞う。
床に叩き付けられながらも、骨や内臓までダメージはないと確認する。
一ヶ瀬は想像以上に強くなっている。数年の間に、私をかなり置き去りにしているが、あまりにも差があり過ぎる。
「リリドラ使ってるんですね…。」
上手く息が出来ないため、小さな声になったが一ヶ瀬の様子を見るに聞こえてはいるようだ。
「あんた達に勝たないといけないからね。」
あんた達には私以外に誰が含まれているのだろうか。それを問おうか悩むが、藪蛇になりかねない。それに、超回復するだけの時間はもう稼いだ。
立ち上がり深呼吸をして、構える。
一ヶ瀬が距離を詰めてくる。
常に急所を狙い、拳と脚を放ってくるが、何とか目で追えている。躱し受けて何とか立ち回る。
一撃が重く、さっきのようにまともに受ければ今度こそ危うい。隙を見せないように注力する。
防戦一方。
こちらから攻撃を加える隙はない。間違いなくカウンターで致命傷を入れられる。
しかし、それで良い。
攻撃すらできず、壁際へ後退していると思わせれば勝機はある。
数発、防ぎ切れず重たい攻撃を受けてしまったが必要経費だ。
背中が壁に近付く。
今だ、と思った瞬間、天井から二色が飛び降りてくる。
二色は天井の梁にいた。明かりのない体育館で、天井の梁にいる人間に気付くのは困難だろう。
落下と同時に不意打ちをする。
一ヶ瀬目掛け落下するが、そちらを一瞥もせず一ヶ瀬は身体を捻り二色に向かって蹴りを入れる。
落下の勢いが加わった一撃は、二色の腹部へ入り肋を折る。
吹き飛ばされた二色は床へ伏せる。超回復があっても、数分は動けない。
しかし、気に掛ける余裕はない。
一ヶ瀬へ力を込めて蹴りを放つ。当然、バックステップで躱されるが、ステージ上には三色がいる。
ステージから三色が飛び出し、一ヶ瀬へドロップキックをするが、それすらも躱す。完全に背後だったはずだ。背中に目でもあるのか、聴覚で判断しているのか、いずれにせよ力量は想像以上に離れている。
「想像以上だよ。」
三色が声を掛けてくる。
「死ぬ気でやるよ。」
踏み込み一気に距離を詰める。
一人増えれば手数も増える。二色の回復を待ち、3人掛りでゴリ押しする。
不意打ちではダメだったが、真っ向勝負ならどうだ。手数の多さで圧倒する。相手も人間、数には勝てないはずだ。
私の隙をカバーするように三色が攻撃を叩き込む。さっきと違い、防戦一方ではない。こちらの攻撃も躱し切れず、防御されることもある。
平行線の攻防、あと一押しあれば勝てる…!
途端、二色が飛び込み一ヶ瀬へ拳を放つ。
まだ二色は回復し切っていないだろうが、途中でやめ戦闘に加わったのだ。
この手数なら…!
しかし、一ヶ瀬の左側頭部に放たれた二色の拳は右手で受け止める。
そのまま、二色の腕を掴み攻勢へ転じていた三色へ投げ飛ばす。当然躱せず激突する。
さっきまでは本気ではなかったのか。明らかに膂力がさっきまでの比ではない。
一時的に一対一になった途端、一ヶ瀬は私へ踏み込み、鳩尾へ拳を向ける。早すぎて躱わせない。手のひらを広げて、衝撃をやわらげようとする。しかし、それすらも突き破り、確実に身体の内へダメージが入る。
衝撃を受け切れる、後方へ吹き飛ばされる。
二度目の鳩尾へのダメージ。
呼吸が上手くできない。一時的とは言え、戦えない。
三色と回復し切っていない二色の二人では勝てない。いや、万全な状態の私達でも勝てない。
「やーめたっ。」
一ヶ瀬は手をひらひらと振って、突然戦意を否定する。
「は?」
「私の目的はあんたと会うことだったし、闘うことも勝つことも、今じゃない。」
何を企んでいるのか読めない。目を離すことなく、その真意を探ろうと問い掛ける。
「私は殺した方が良いんじゃないですか。」
「自分の価値を理解しているね。確かに、殺した方が良いけど今じゃない。それだけ。」
私達を油断させてその隙に殺すということも考えられるが、さっきの戦闘からそんな手段を取らず真っ向勝負で3人とも殺せる力量を思い知った。
一ヶ瀬は私達をぐるりと見て、話を続ける。
「何言ってるか分からないでしょうけど、これを置いていく。直ぐに使う時がくる。その時に私が来た意味が分かるでしょう。」
そう言って、拳銃を床を滑らせこちらへ渡す。
体育館を出て行く一ヶ瀬を、私達はただ見ていた。
私と二色は満身創痍だ。
静まり返った体育館で、私達3人は向かい合っている。呼吸を整えて、一ヶ瀬の言葉を反芻しながら、今後の動き方を考える。
「テロは防げたと仮定して、一旦未来に戻るって感じかな?」
三色の言葉に頷く。
「未来へタイムスリップして、分岐未来個人収束させる。」




