見失われた彗星①
窓を開けると、冷たい空気が入ってくる。先輩達は、後少しでPPとして過去の行ったり、本部の業務に就いたり、この学校から卒業してしまい、この世界とは違う世界に行ってしまう。
「こーんな所で何してんの?」
私の隣にやってきて、美夜は一緒に外の空気を吸う。
「考え事。」
「何考えてたか当ててあげようか?」
目線だけ美夜に向ける。何がそんなに楽しいのか、輝いた目をしている。
目線を窓の外に向ける。薄暗く曇った空にはドローンが飛んでいる。街は煌々と光を放ち、あのビルの中では知らない誰かが仕事をしている。まるで整理という言葉を知らないような街づくりで、間を縫うようにモノレールが走り、その下には公道、さらに下には地下道と地下鉄が走っている。
沈黙を肯定と捉えたのか、美夜が話し出す。
「来年の今頃を考えてたでしょ?」
「…そう言われればそうかも。」
「なにそれ?」
鼻で笑うように言う。
ぼんやりと、今という季節を考えていたということが本当の正解かもしれない。
窓枠から離れ、美夜に向き直る。
「漠然とした不安感。」
ふうん、と言って美夜は目線を逸らす。
「四季もそんな気持ちになるんだね。」
美夜は嫌味のような事を言う人ではない。それはきっと素直な気持ちなのだろう。
「何もPPとしてだけじゃない。将来全てだよ。冬が終われば春になる。春は…、出会いも別れも好きじゃない。」
「なんとなく、分かったよ。」
互いを見ずに言葉を交わす。
「それで、次の授業はどうするの?」
何だったかなと、一瞬頭の中にクエスチョンマークが浮かぶが、直ぐに思い出す。狂態化試験があるのだ。
3年生に進級するにあたり、狂態化出来るか、それがどの程度の練度なのかを測る試験がある。
PPになるためには、狂態化は必須の能力だ。それを確かめるため、模擬戦闘を生徒同士の一対一で行う。
狂態化が出来なければ戦闘対策官として過去に派遣される事はない。最未来の本庁で事務分野や、所謂デスクワークを担う事になる。
その組み分けの9割が、この2年生冬の試験で決まる。在学中の狂態化試験は全部で5回あり、3回は2年生の冬に行われ、残り2回は3年の春と夏にある。3年の試験で合格する者は稀だ。難易度の問題ではなく、2年の冬までに一定の水準まで狂態化出来ない者は、その後何年経っても出来ないのが現実だからだ。
私も美夜も既に1回目の試験を合格している。美夜の成績は知らないが、私の成績はS認定だった。
既に試験に合格した生徒は、残りの試験の授業を受ける必要はないが、試験の相手を務める努力義務がある。
試験の相手を務めると、既に決まった成績が若干上がるという噂や、その他評価が上がるという噂がある。
しかし、私の成績はこれ以上上がらないし、私が相手を務める事を嫌がる人も少なくない。実際、私が試験を受ける立場ならそう思う。苦労して試験に臨んでいるのに、相手は最高評価をもらった上に、最強と噂が立つ人物。嫌な奴だ。
「私は行かないよ。」
「そっか。私は行くから、気が向いたらおいで。」
そう言って美夜は遠ざかって行く。
純粋に、優しさで授業を受けるのだろう。
昼休みはもう終わりに近付いていて、校舎を行き交う生徒も減ってきた。授業に出ないのなら教室にいる必要はないが、行く当てもない。
一目に付かない場所がいいなと思い、適当に校舎を歩く。誰も居ない教室、生徒が次の授業に向けて待機している教室、空いている特別教室。そのどれもが求めている場所ではない。
なんとなく、周囲から避けられていると感じている。
私も馬鹿じゃない。その雰囲気を知っている。
疎まれている、羨ましがれている、色々な感情を向けられている。
それを知った上で、誰にも同じように接しているが、相手から溝を作られては仕方ない。
ぼんやりと校舎を歩いているとチャイムが鳴った。
授業が始まったようだ。
1回目の試験を合格したのは、私に美夜、美々だ。例年、1回目の試験は厳し目にすると聞いたことがある。
毎年合格者はほぼ居ないらしく、そのレベルの試験らしい。
私達3人は特別だと自覚している。
PPとしての素質を覚醒させるのが、人より早かった。ただそれだけだが、この育成校では何よりの強みになった。
他のクラスが普通授業をしている中、どこに居るのも落ち着かず屋上にやってきた。
ここなら誰かに見られることや迷惑を掛けることはない。
寒いが、我慢できなくはない。日の光がある分、校舎の中より暖かいかもしれない。
風が強くなったり、寒さに耐えられなくなったら、中へ戻ろうと決めてフェンスに腕を乗せ寄り掛かる。
2年生の学生生活があと少しで終わる。今年は色んな事があった。
春先の騒動から、過去へ初めてのインターン。時間があっという間に過ぎて行った。
なんとなく、自分がPPになる姿が想像できないなと思う。
何事においても、想像できない事が実現した試しがない。
1番古い記憶は7歳の時だ。家族で旅行に出かける計画があった。とても楽しみだったが、どうしても私が旅先を歩くイメージが出来なかった。本当に未来の自分がそんなことしているのかと、疑問に思った。
そして、その計画は無くなった。理由は父親の仕事の都合だった。悲しかったがやっぱりとも思った。
そういう、未来の姿を想像できない場合は、大抵実現しないと勝手に思っている。
そうすると、PPになることも叶わないのだろうか。あと一年、この学校で学んでいくうちに想像できるようになっているのだろうな。
突然、衝撃に襲われる。
大きな爆発音、そして大きな振動。
驚きのあまり、一切身動きが出来なくなってしまう。
一体なにが起きた?
硬直した体でゆっくりと首だけ回して、辺りを見渡す。
校舎のあちこちから黒煙が立ち、大きく損壊している。何かの事故か?いや、そんなはずはない。事故でここまで爆発するような設計にはなっていないはずだ。
すると、この爆発は…。
遠くからまた爆発音が響く。
学校の敷地ではない、もっと遠くからだ。
音のした方角を見ると、ビルとビルの隙間、モノレールが通り過ぎた先から黒煙が昇っている。
あの位置は…。そういうことか…!
徐々に頭が冴え、身体に自由が戻る。
屋上のフェンスを飛び越え、地上へ飛び降りる。
両足で着地し、勢いを殺すため受け身で前方へ何回転か転がり、直ぐに1番近い爆発現場へ駆ける。
見知った生徒が走って通り過ぎ、悲鳴や怒号が聞こえる。
立ち尽くした下級生を通り過ぎ、大きく崩れた校舎の穴の前に立つ。
穴からは黒煙が吹き出し、そこを中心に血痕が飛び散っている。そして、欠損した四肢やどこか分からない肉片が散っている。
まだ息があるものの、腹から下がズタズタになった生徒の目から、次第に光が失われて、何かを言おうと口が動く。
それら死体の向こうから、怪我人が出てくる。
血まみれの生徒や。火傷で知り合いかどうかも判別できない生徒。破片が身体中に突き刺さった生徒。血の匂いと焼けた匂い、火薬の匂いが混じり咽そうになる。
中の1人と目が合う。
「…ちょっとヤバいかも。」
美夜は力なく笑う。
左腕は瓦礫に潰されたようで、壊れてしまっている。
駆け寄って肩を貸す。
「何があったの?」
「分からない。多分、爆弾が仕掛けられてた。」
「テロ…。CTT…?」
「そうだと思う。」
不意に美夜は立ち止まって振り返る。
「美々もいた。」
美夜をその場に残す。
「私、探してくる。」
「まだ終わったわけじゃないかも。」
私の背中に言葉を掛けるが、それでは止まれない。
まだ、爆弾があるかもしれない。
また爆発が起きるかもしれない。
爆発で崩れた建物が崩壊するかもしれない。
自分の身の危険に繋がる可能性は沢山浮かぶが、立ち止まれない。
姿勢を低くして、建物の中を進む。
以前、煙と粉塵が舞い、火薬と血肉、爆ぜた瓦礫の匂いがする。
体育館だったはずのそこは、瓦礫と死体で狭隘な空間となっていた。
壁と天井に爆弾が仕掛けられて居たのだろうか。
上を見上げると、天井の一部は崩れている。しかし、落ちてきた天井は四方へ吹き飛んでいる。
外の死体、そして体育館の状況からして、壁を爆破し穴を開け、天井の一部を爆破し体育館へ落とす。そして、落とした天井の一部にも爆破があり時間差で爆破。瓦礫が四方へ爆散したのだろう。
壁を爆破することで、外壁側から人を中心へ寄せる狙いがあったのかもしれない。
瓦礫でも床でもない何かを踏んだが気にしていられない。
倒れた人々の顔を見ながら奥へ進む。
緊張で心臓が痛い。
深呼吸をしたいが、吸える空気ではない。
視界に隅に美々が見えた。
心臓が更に痛くなる。
倒れる美々の身体に触れる。傷が多い。頭部に瓦礫が当たったのか、倒れる時にぶつけたのか出血が酷い。体温が下がっているが、まだ脈はある。
このままでは失血か酸欠で死ぬ。
慎重に身体を持ち上げ、傷口を押さえ付けながら入って来た穴へ向かう。
「大丈夫、あんたはここで死ぬような女じゃないでしょ。」
美々に言ったのか私自身に言ったのか分からない。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫。」
慎重に、それでも素早く外へ向かう。
煙を吸い過ぎたのか咳き込む。それでも、美々の体を揺らさないようにする。
やっとの思いで外に出る。空気を吸い込む。
慌ただしく駆け回っている人、それ以上に何をするでもなく立ち尽くす人や泣いているだけの人がいる。
脚が立ち続ける事を拒絶する。美々を抱きしめながら私は膝を突き傷口を押さえる。
「早く…!」
何もしていない人に対して憤り、大声を出そうとするが、煙を吸ったせいで喉が痛み咳き込む。それでも無理矢理声を出す。
「早く…!人を助けろ!!」
声が届く範囲の人達が一斉にこちらを見る。それでも、オロオロと何をすべきか分からない人ばかりだ。
「突っ立ってないで救護道具持ってこい!水!大量に!担架と添木になるもの!」
近くの人達が銘々に散っていく。
「大丈夫、大丈夫。」
傷口を手で圧迫しても、止まらない美々の血を見てより一層強く美々を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫。」
遠くでサイレンの音が聞こえる。
息を切らした教員が、応急救護の用品が入った箱を持って来る。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。」




