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ハルイチバン  作者: 柳瀬
二年生冬
106/125

惑星軌道の結束点①

 最初に辿り着いた建物の屋上に出る。

 周りの建物も同じように経年劣化が激しく、クラックの補修もされていないようだ。街灯も少ないし、そのくせ背が高いから路地には月明かりも届かないようでよく見えない。

 建物の窓からはポツリポツリと明かりが漏れ、人がいるにはいるだろうが、この大きな建物群に反してかなり少ないようだ。

 ぐるりと辺りを見渡す。

 この辺り一体は同じように廃墟のような雰囲気だが、少し先からは眩しいほど明るい区画が続いている。そして、ここより更に背の高いビル群が立ち並んでいる。

 「あっちを見ると、本当に未来なんだなって思うな。」

 「そうですね。」

 「あっちに行こうか。」

 「人が多くて危なくないですか?」

 「3つ利点がある。1つ、もし見据の進会の奴らに俺達の事がバレても手が出しにくい。2つ、色んな人が集まる所の方が過去人がいても紛れやすい。3つ、色紙さんと合流する事を考えるとこの地点から1番目立つ場所に行った方が良い。」

 「3つ目はどういう考えですか?」

 「この場所には居られないと考えた場合に、どこに移動するか色紙さん達は考える。メッセージを残せない以上、推測するしかないが、1番目立つ場所に行くのは1番わかりやすい。」

 めぐにゃんは眉に皺を寄せ、周囲を見渡す。

 「そうですね。この場から、約束無しで集合するならあの明るい方ですね。」

 納得してもらえたらしい。

 頷いて、屋上から立ち去りこの建物から出る。


 スラムのような廃墟街は、実際に歩くとよりその酷さが分かった。

 クラックの入ったビル、煙草の吸い殻、風に飛ばされるゴミ、不快感を与えるものばかりだ。

 幸い、人とはすれ違わない。しかし、それは何となく人に捨てられた場所という空気感をより一層強くさせ、一生人と会えないのではないかと錯覚させる。

 そう思った矢先、一人の男とすれ違う。

 厚着をしているが、かなり痩せ型だということが分かる。こちらを気にする様子はなく、そのまま去って行った。

 その背中を見ていると、その奥から女性が歩いてくる。遠目でよく分からないが、あまりジロジロ見るわけにもいかない。

 向き直り、めぐにゃんと並んで歩く。

 心を落ち着かせようと、大きく息を吸い込む。空気は冷たいが、痛いほどではない。俺たちの時代の冬よりは暖かいのか、今日はたまたまなのか。

 「やっぱり、違和感なく振る舞えるか不安ですね。」

 「それもあるし、街歩きも不安だ。」

 「未来の常識なんて知りませんもんね。」

 首肯する。

 未来で浮かないような行動を心掛けないといけない。


 やがて辿り着いた目的地は、想像以上に煌びやかだった。

 さっきのスラム街より一回りも二回りも大きなビルは、煌々と光を放ち、行き交う人も多い。頭上にはモノレールが走り、時折ドローンが飛んでいく。

 映画やアニメで見た未来像は間違いじゃなかったんだなと思う。

 「それで、どこで待ってましょうか?」

 「そうだな…。」

 人の通行の邪魔にならず、未来人からは目立たないが、色紙さん達と合流できそうな場所。

 周囲を見渡すが、ちょうど良いと断言出来る場所はない。

 「少し街中に入って決めよう。もしなさそうなら、さっきの区画とこの区画との境辺りに居て良いかもしれない。」

 「分かりました。」

 頷いて、並んで歩いてくる。

 周囲の人達は、やはり未来にいるんだなと思わせる個性的かつ機能的なのであろう服装が多い。制服姿は居ない。制服はいつか廃止されたのかもしれない。

 「やっぱり、この時代でもこんな時間に学生は出歩かないんですかね。」

 めぐにゃんの呟きでハッとする。

 「そうか、もう日付変わるくらいだからちょっと出歩くのまずいのか。」

 「気付いてると思ってましたよ。」

 呆れたように言われる。

 「あんまり声をかけられるのは良くないな。俺らは確実に過去には戻れるだろうけど、色紙さん達がどうなるか分からない。」

 「そうですよね…。私達が目立って色紙さんに見つけてもらうんじゃなくて、こっそり人通りが多い所を見張った方が良いんですかね。」

 「その色紙さんって、色紙四季の事ですか?」

 2人で振り返る。いつも何か後ろに人がいた。

 白い肌をした女子、めぐにゃんと同じくらいの背丈だが歳下に見える。少しウェーブのかかった黒髪は肩より少し下がっている。

 色紙さんを知っている未来人、何かしらこの状況を打破出来る手段を持ってるかもしれない。

 あまり警戒して話をしないのも怪しいだろうと思い返事をする。

 「そう、色紙さんの知り合いなんだけど。」

 まだ過去人だという事は言わなくて良い。だけど、知り合いじゃないと嘘は付かなくても良い。それに、この時代の色紙さんに会えればなんとかなるかもしれない。

 「やっぱり。今、四季がどこに居るか知ってますか?」

 めぐにゃんと目を合わせる。彼女との対話は俺に任せるらしく、特に何も言わない。

 「残念ながら俺達も知らない。君は、色紙さんの知り合い?」

 「そうです。同じ学校なんですけど…。」

 そこで言葉を切った。これ以上先を俺達に教えても良いのか悩んでいるのだろう。

 「なるほど、君もこんな時間まで探してる何て余程事情があるんじゃないか?」

 少し踏み込んだ話をしながら、彼女にどこまで聞かれていたか考える。たしか彼女は正面から歩いてきていた、そしてすれ違った瞬間に話が聞こえたのだろう。そうすると、めぐにゃんが言った“色紙さんに見つけてもらうんじゃなくて”のくだりのはずだ。

 その前のこの時代の話をしていたところは聞かれていないはずだ。

 「事情は…、ないんです。」

 彼女を見つめて先を促す。

 「というより、四季が何か事情がありそうだから気になってるだけというか。」

 バックボーンまで聞くとなると時間が掛かるようだ。

 「同じ学校なら学校で会った時に聞けば良い。明日まで待てないとか?」

 めぐにゃんに目配せをする。周囲を見とけとサインを送ると、察したようで目線だけ周囲を刺した。俺も話を聞きながら、色紙さんか鹿折さんが来ないかを見る。

 「今日、学校に来てないんですよ。まあ、学期末で成績もぶっち切りなんで来なくても大丈夫なんですけど、メッセの返事もないしちょっと気になって。」

 「なるほど…。」

 色紙さんなら面倒でサボったという可能性もあるが、友達が気にかけるならこの時代の色紙さんはそんな事をする奴じゃなかったか、何か事情を抱えていそうだったというころだ。

 「あの、お二人が四季を最後に見たのっていつですか?」

 「いつだったかな。今日じゃないんだけど。」

 適当な事を言って誤魔化すしかない。ここで余計な事を言えば禍根を残す。

 「そうですか…。でも、すみません。お二人の話を聞いちゃって。四季はお二人を探しているんですよね。」

 色紙さんの話をしたのは迂闊だったか。いや、色紙さんがいる未来に飛ばされることや、色紙さんを知っている人と出会う事は確率としてはかなり低い。明確なミスとまでは言えないだろう。

 「それは否定しない。」

 「だったら一緒に居れば。」

 「君が居ると色紙さんは現れないかもしれない。」

 色紙さんが彼女に会う事を躊躇うかもしれない。もしそうなれば俺は困る。

 「…という事は、四季が今連絡を取らない事情を知ってるんですね。」

 目を見る。おそらく色紙さんと同じ学校という事はPP育成校に通っているのだろう。戦闘能力は測れないが、頭は切れる。

 「色紙さんが、今学校に来ない理由や連絡に応じない理由は分からない。これは嘘じゃない。」

 訝しむような目をされる。

 「…かもしれないなら、私は可能性に賭けたいです。」

 しっかりと目を合わせる。彼女は真剣だ。

 「ちょっと相談させてくれ。」

 そう言って背を向け、めぐにゃんと小声で話す。

 「どう思う?」

 「同行することですか?」

 首肯する。

 「未知のエリアに先導者が居るのは心強いですが、私達が色紙さんと会える確率は下がるかもしれません。」

 「大体同じ考え。検討材料として情報が足りないのは、彼女が色紙さんにとって秘密を共有出来る存在かということだ。」

 「そうですね。ただ、個人的にはメリットの方が大きいと思います。」

 「俺もそう思う。」

 振り返り、彼女を見る。

 「俺は三城元春。こっちは桃生恵。」

 改めて自己紹介する。

 「真白(ましろ)です。真白 (かすか)。」

 「真白さん、こっちの条件を飲んでくれるなら協力しよう。」

 「どんな条件ですか?」

 「実は俺達、この街の人間じゃないんだ。もっと遠い所から来て、色紙さんに会わなきゃいけないんだけど、無計画にここまで来てしまった。」

 嘘は言っていない。

 真白さんは顎に手を当て思案する。

 「四季に会うまで、衣食住を確保しろってところですかね。」

 察しが良い。

 「申し訳ないけど。」

 「…住が問題ですね。」

 「最悪、こっちだけでも友達とか言って真白さんの家に上がらせてもらえないか。」

 めぐにゃんを親指で指して言う。

 「そうしたいですけど、私は寮に住んでて寮則があるんです。この時間に抜け出してる事自体、実は結構やばくて。」

 流石に無理強いはできない。ホテルでも良いけど、お金を掛けさせるのは申し訳ない。手持ちはあるが、流石に俺達の時代の貨幣はもう古銭扱いだろう。

 ネカフェとかそういう類の場所があればちょうど良いが、ネカフェという単語が未来で通じるか分からない。

 「真白さんに無理強いはしない。出来る範囲で協力してもらえればそれで良い。」

 「お二人が良ければ、今夜だけ良い場所があります。」

 めぐにゃんと顔を合わせて頷く。

 「それじゃあついて来てください。」


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