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ハルイチバン  作者: 柳瀬
二年生秋
100/125

土産

 「お土産はお願いしましたけど…。」

 めぐにゃんはそこで言葉を切り、生八橋を口に運ぶ。

 修学旅行から帰ってきて数日後、本来部活がない日にめぐにゃんを格技場へ呼び出した。

 出発前からお土産を買ってこいと言われていたので、お土産を渡すから来いと言うと素直にきた。お土産はベタに生八橋だ。

 「土産話までは頼んでません。」

 ごくんと嚥下した後にめぐにゃんは言う。そしてまた、生八橋に手を伸ばす。

 修学旅行中にあった出来事をめぐにゃんに聞かせたのだ。最初こそ驚いて聞いていたが、今は呆れてしまったような反応だ。

 「修学旅行どころじゃなかった。」

 「…お腹は大丈夫だったんですか?」

 本当に心配しているような声で聞かれる。

 「まあ、結構無理矢理治癒しちゃったみたいで。」

 そう言って傷口を見せる。痕になってしまっている。

 「色紙さんと久地道は痕も残さずに治せるけど、俺には無理だった。」

 目立ってしまうかなと少し心配になる。

 「見たら気にはなってしまいますけど、それでもよく無事でしたね。」

 「幸い内臓や太い血管は避けたみたい。」

 「話を聞くと久地道って人は色紙先輩以上の強さですよね。」

 眉を顰めて言う。

 「うーん。リリースドラックを使ってたからの比較にはなってないかも。」

 「ああ、そうでしたね。でも匹敵する強さの人が先輩にナイフを刺して致命傷にならないってことあるんですか。」

 そう言われてハッとする。

 「そうか。わざと致命傷にならないようにした?」

 こくりと頷く。

 「色紙先輩達も気付いてると思います。きっと先輩はあえて死なないようにされた。」

 「何でだろう。」

 「それは知りません。」

 ピシャリと言われる。

 「でも、超回復が出来るとは思っていなかったと思いますよ。それなら、保呂羽さんごと撤退させるためとか。」

 「それじゃあ、俺だけじゃなくて色紙さんも保呂羽さんも殺す気はなかったのか。」

 「何となくですけど、そんな気がします。」

 「俺を殺さないのはCTTの思想に反するからだろうけど、2人を殺さないのもCTTの思想と?それとも元PPとして何か思いが?」

 「そこまでは分かりません。」

 しばらく沈黙が生まれる。

 それを破ったのはめぐにゃんだった。

 「色紙先輩達は大丈夫なんですかね?」

 「今は未来に戻っちゃってるけど大丈夫だろうって。京都の改変を更に改変させるようなことは、PP本部も考えないだろうって言ってた。」

 「何故です?」

 「久永は殺されたけど、他二つは阻止出来た。それに、今回はかなり広範囲での戦闘だったから戦闘人数が増えるほど過去人に気付かれるリスクが高まる。やるメリットとやらないメリットを比較すると後者が多いらしい。まあ、久永に子孫はいないから、未来の人類への影響が大きくないのが1番大きいらしいけど。」

 「なるほど。それで先輩の関係がバレずに済むんですね。…でも2人にはバレたんでしたね。」

 「そうだな。色紙さんは仕方ないって言ってた。」

 「そうですか。」

 めぐにゃんは目線を落とす。自分もその関係を知ってしまった事を多少気にしているのかもしれない。

 近くの弓道場から矢が放たれる音が響く。大会が近いわけでもないに真面目な部員がいるようだ。

 「それに、未来は大騒ぎだろうよ。」

 「えーと。久地道って人が居たことと、宣言無しで改変があったことでですか?」

 首肯する。

 「久地道は本当に行方不明だったらしい。成績優秀でPPとして期待されていたけど、PP育成校を辞めた理由もはっきりしない、その後の行方も分からない。それが数年後にCTTとして現れる。驚きと同時に脅威となる。」

 「何か未来人の考えだと討伐作戦とかなりそうですね。」

 「そうなると色紙さんクラスのPPを何人も用意しないといけないな。」

 実際どのくらいそのクラスが居るか分からないが、まあ無理な話だろう。

 「改変宣言をせずに改変を実施したのはどう捉えるのかが問題ですね。」

 「これまでもそうだったのか、それとも今回だけの行動派による偶発的なものか。」

 「先輩はどっちだと思います?」

 そう聞かれて、ここ数日の考えを口に出す。

 「これまでも、だったと思う。見据の進会の時よりCTTの人数が圧倒的に多かった。それに作戦も念入りに立てられていた。埼玉の改変との併せ技で、保呂羽さんと色紙さんが居る京都で久地道も投入する。それだけ組織的に動いていたなら、一部の行動派とは考え難い。」

 「やっぱりそうですか。」

 めぐにゃんも同じ考えてだったようだ。

 もう陽が落ちるのが早くなってきた。夕陽はほぼ落ち、すぐに夜になるような色が窓の外を埋めている。

 「なんか日本の未来のかなり重要な局面に先輩が居たんですね。」

 呆れたような声でそう言う。

 「言われてみたらそうかも。」

 確かに今になって考えるとそうかもしれない。

 「それに、超回復とかもう何が何だか。」

 「そういえば。」

 思い出した事を言う。

 「超回復とか狂態化とは別の能力を使える人は稀にいるらしい。その能力が使える事を能力の開花って言って、能力が使える事を花を持ってるって言うらしい。」

 「狂態化出来る人の中の更にごく一握りですよね。多分その花を持ってる人って。」

 首肯する。

 「その中でも超回復はスタンダードな能力で開花しても、また別の能力が開花する可能性があるらしい。色紙さんはそうだって言ってた。花は一つじゃないし、二つでもないって言ってた。」

 「本当にレベルが違いますね。」

 「そうなると、久地道もいくつか花を持ってるかもしれない。」

 めぐにゃんはいつの間にか生八橋を全て食べてしまったようで、入っていた箱を小さく畳んでいる。

 「私は花を持ちたいとは思いません。そもそも、狂態化も剣道では使わない事にしています。」

 練習する姿を見てそうだと思っていた。常態でも十分強いから問題はないだろう。

 「プライド?」

 「そうとも言えます。それに、狂態化で本来勝てない相手に勝ってしまうこともあるはずです。未来を変えかねない。」

 首肯する。

 「色紙先輩には感謝してます。力の使い方が分かったので。でもきっと、本当の自分は狂態化の入り口程度しか使えなかったんだとおもいます。三城先輩と初めて稽古した時、あの時が自分のベストなんだろうなと思います。」

 「気にし過ぎない方が良い。」

 「分かってますよ。それに、狂態化無しでも大体の人に勝てますから。」

 めぐにゃんはガッツポーズをして笑う。頼もしい。

 「とにかく、少しは休んだ方が良いです。話を聞くと超回復は体力を使うみたいですし、まだ修学旅行から日は経ってません。」

 すっかり外は暗くなってしまっている。

 「そうだな。帰るか。」

 「はい。」

 めぐにゃんは立ち上がり、バッグを肩に掛ける。俺も立ち上がり、部室に入り置いていたリュックを背負う。めぐにゃんはすぐに電気を消してしまったようで、格技場が一気に暗くなる。

 鉄扉へ向かい、既に外に出ているめぐにゃんと合流して鍵を掛ける。

 「今日、練習は?」

 「ありません。」

 「途中まで帰ろうか。」

 めぐにゃんの家の場所は良くわかっていないが、駅くらいまで一緒に行けるだろう。

 「そうですね。」

 冷たい風ががびゅうと吹き、めぐにゃんの髪を靡かせる。直ぐに撫で付け

 「もう、冬になりそうですね。」

 と言った。

 朝晩の冷え込みは一気に増してきており、今も寒いくらいだ。

 改めてめぐにゃんに報告した事で、事態を整理できた気がする。久地道は何故色紙さん達を殺さなかったのか、CTTは過去にも改変を成功させているのか、PPはこれらの問題にどう対応するのか。

 何となく胸騒ぎがしていた。近い未来、きっとまた大きな動きがある。ただ、今はそれに気付かないふりをしている。真剣に考えれば分かる事にあえて蓋をしているような感覚。何を忘れているような気持ち悪さ。

 それらを振り切るため、めぐにゃんの言葉に反応する。

 「早く春になると良いな。」

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