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中野優馬1

「ただいま…」


 家に帰ってきても、『おかえりなさい』と迎えてくれる人は誰もいない。

 兄、弟、姉、妹はおらず、生粋の一人っ子。


 母は俺が幼い時に亡くなり、父は俺が高校に入学する直前に福岡へと転勤した。一緒に引っ越すように説得されたが、俺は生まれ育ったこの東京を割と気に入っているし、試験を再び受けたりするのが煩わしかったので、一人で残ることにした。


 一人暮らしを始めて、およそ一年が経過。

 生活費は、父親が仕送りしてくれているのでなんとかなっている。

 食事はしっかり取っている。が、ここ一年近くは出来合いのものばかりだ。

 掃除は嫌いではない。が、掃除機のダストボックスにはゴミが数ヶ月分溜まっている。

 洗濯は全自動洗濯機があるのでOK。が、もう二週間近く溜まっている。

 洗い物は食器洗い機があるのでOK。が、ほぼ使っていない。…壊れてないかな?

 部屋の間取りは、3LDK。が、三人で暮らしていたまま変わっていないので、一人で暮らす分には部屋が余っている。


 一人でだだっ広い空間にいると、生活音がまったくと言っていいほどにない。ともすれば辺りは静寂に包まれ、身体の奥底に潜む倦怠感がひょっこりと顔を出し、しまいには寝転んでため息混じりにダラけてしまうのが通例だろう。寂しいのは嫌なので、とりあえずBGM代わりにテレビを付けた。


 時間は午後六時半。飯を食うにはまだ早い。

 スーパーで買ってきた晩御飯を冷蔵庫に入れ、鞄をソファに投げ捨てた。


「はぁ…。どうするかな…」


 いつもなら、お風呂を沸かして宿題を片付け、ご飯を食べてから熱い湯船で長風呂。その後はネットサーフィンして、眠くなったら寝るってのが一連の流れ。


 まぁ、でも明日は土曜日だし、時間に追われる必要もない。少し時間を持て余しても良いだろう…と気を許したところで、ダイニングテーブルに置かれたノートパソコンに手を掛けた。


「さてと…」


 まずは、モフーニュースにアクセスし、経済、スポーツ、エンタメ…とチェックしていく。どこどこの会社が破産だとか、大相撲で横綱が予想だにしない敗戦だとか、さまざまなジャンルの様相を呈する文字が踊っていたが、エンタメの欄にある「謎の女子高生シンガー、新MV公開」とのタイトルが目に入った。


「お、新作のビデオクリップできたのか」


 以前にLTunesで、色んな曲を試聴していた時に耳に残ったアーティストだ。名前はハート。それ以来、曲はもちろんのこと、ツイッターやインスタグラムなども開設していたので、そちらもフォローしている。


 彼女は、自分に秘められている可能性や、自分を曲げずに強く生きていく姿勢などを主に歌う。ファンは彼女のその意力に触発されるがゆえに、支持している人がほとんどだろう。彼女については、そのような称賛の意見がネットでは散見される。ちなみに俺はというと、曲を聴いても感化されて自発的な行動を取るようなことはない。体中を駆け巡っているはずのバイタリティが漏れてしまっているのだろうか。以前はその穴を塞こうとあれこれ試したが、この有様だ。


 今回リリースされた新曲『しんせかい』は、アコースティックギターを基調とした軽快なメロディが特徴的で、彼女の爽やかな歌声を絶妙に引き立てていた。そんな聴き心地の良いハーモニーに乗せられた歌詞は、あてもなく彷徨う自分がどこに向かうのか、どこに向かうべきなのか、具体的な固有名詞と抽象的な彼女の考えが折り合って、聞き手の想像を駆り立てるようにしたためられている。


「今回は、どんな感じですかね…」


 ホウチューブを開き、動画を再生する。『謎のアーティスト』というキャッチコピー通り、今回もMVに顔は映されていなかった。微妙に映りそうで映らないカメラワークや演出がミステリアスさを増長させ、時に渋谷の高架下や、街中を行き交う人々を映し出すことで、幻想的ながらあくまで現実的な目線で歌っていることを表現していた。


 視聴する傍ら、MVを視聴した時と曲のみを聴いた時とでは、心に抱く感情は違ってくるなぁと感じた。好みで言ったら、映像ありの方がなんか良い。音だけで頭の中にその世界観を展開するのも良いけど、動画なら視覚的にも訴えかけてくるものがあるし。まぁ、好みによりますがね……。


 およそ五分近くの動画を再生し終わり、ページをリロードすると、視聴数はおよそ一万ほど増えていた。


「んぐっ……。すごい勢いだな……」


 ネット民の反応が気になりツイッターを開く。すると、『#しんせかい』とすでにトレンド入り。某掲示板でもスレの伸びが著しかった。


 『はぇ〜』と単純に驚きの声を漏らしつつ、ツイッターのタイムラインを読み込むや、


『新作MVが今日、解禁されました。良かったらチェックしてみてください』

 ハートがツイートしていた。


「お、丁度、さっきチェックしたやつか」


 迷うことなく、即座にババっと文字を入力。


『さっき、チェックしました! 映像は歌詞とうまい具合にこれまたリンクしていて、幻想的かつ刺激的でした!』


 俺はいつも彼女の投稿に反応しており、これは半ば自分の中での義務である。今回も漏れなく返信。実名を伏せた趣味用のアカウントでね!


 実名のリアルアカウント(リア垢)も持っているが、そちらは滅多に使わない。というか、使う機会がない。だって、実名で投稿するようなプライベートでの出来事はないし、フォロワーはいるにはいるけど、リアルな友達(リア友)ではなく、『人は繋がりが大事! 良ければフォローお願いします!』や、『旅人。ピース・オブ・ラブ。世界を駆け巡ってます』のほか、『経営コンサルタントの極意。伝授します』などと謳う、くっさいアカばかり。そんなもんで、言うまでもなくツイート数はゼロである。え? なにそれ、アカウント持つ意味あるの? とか言うのは禁止。


 彼女が投稿したツイートは続々とリツイートされ、『いいね』の数も増加。ファンからは、多くの返信が寄せられていた。


 それにしても、同じ高校生ながらモフージャパンに載るのは凄いと思うし、これだけ多くのファンから支持されていることには感心してしまう。俺の他人に対する影響力とは、象と蟻ほどの開きがある。いや、鳳凰と蟻か? 同じ天秤にかけるのもおかしな話だが、天地がひっくり返っても、我が身にはありえないことである。


 なんだかんだボヤボヤしていると、いつの間にか時刻は七時過ぎ。不思議と小腹が空いてきたので、晩飯の準備がてら重い体を起こした。


 今日のメニューは、唐揚げ丼と味噌汁インスタント。ご飯を作ってくれる人がいない&自炊しないだと、このくらいの簡単な料理でちゃちゃっと済ませるよね? 唐揚げ大好きだし、サラダ買おうにもちょっと高くつくし…。サラダの分の栄養は、味噌汁を飲んでおけば、なんとなくOKな気がするのは俺だけでしょうか?


 丼を電子レンジで温めている間に、お湯を沸かし、パックからお椀に味噌を搾り取る。その際、味噌が指先に少し付いてしまったらしいので仕方なく舐め取ると、減塩のタイプでもないので、舌がピリリと痛んだ。


「からっ……」


 口の中で舌を動かし、辛味を和らげながらそれぞれが温め終わるのを待つ。静観していると、湯沸かし器とレンジの動作音、そしてテレビから流れてくる笑い声が普段よりも大きく聞こえてくる。ふと、何に笑っているのだろうと気になり、キッチンからリビングのテレビに視線を向けたが、視界はぼやけたような感じになり、焦点を定めようにもうまく定まらなかった。


「っべ…。なんか疲れてんのかな」


 目を閉じ、鼻根を指でグッとつまんでからテレビを見やると、芸人が自虐ネタを面白おかしく披露していた。画面の向こう側では、出演者の大多数が少し大げさなリアクションを取るや、付随するテロップも仰々しくなり、後から流れ出る笑い声も大きくなる。俺はツボが違うのか、ややウケ程度にしか感じず、乾いた笑いが少し漏れ出た。それにしても芸の種類は問わず、芸人は凄いと思う。どんなに苦しいような体験でも、芸としてエピソードに昇華させ、人々に笑顔を与えるのだから。


 僅かばかり寂寥感に包まれそうになると、『カシャ!』『チン!』と湯沸かし器&レンジがほぼ同じタイミングで鳴った。

            

 ダイニングテーブルに料理を運び、箸を割る。


 味噌汁で喉を潤し、小さなわかめを口に入れた。味噌汁もこのわかめも、食べられるには食べられる。けれど、やはりインスタント。出汁が効いているのか効いていないのか、味の奥行きを感じられないし、わかめも食べ応えがない。それは味噌汁に限りなく近い、ただのお湯程度にしか認識できなかった。

 そもそもそんなにうまい味噌汁を飲んだことはあっただろうか。もはや、この味がスタンダードになっているかもしれない。


 続いて、唐揚げをいただくことにする。本来ならば衣さっくり、中ジューシー! と言いたいところだが、調理されてから数時間以上経ったものをレンチンしているので、肉汁が溢れ出すどころか、衣から油が多量に滲み出てきてくる始末。ペチョンとした食感が、物足りなさを増幅させた。

 そう。何かが足りない。それは俺の高校生活を表しているかのようで、唐揚げと一緒にやるせない気持ちも奥歯で噛み締めた。


 ご飯を済ませ、なんとなく眠くなったのでソファに横たわる。と同時に、手持ち無沙汰を解消するべくほぼ無意識にスマホを手にした。


 最初にタップしたのはインスタグラム。俺みたいな非リア充でも、リア充ツールは使うんですよ。なんせ、新しいものには興味はあるし、時代に取り残されたくもない。フォロワーもいるにはいる。リア充軍団が気さくに『ねえ、アカウント教えて』と近寄ってくるからな。おれ自体には興味はないのに。あれ、単純にフォロワー数を増やしたいだけだろ。数こそが正義なんですかね?

 

画面をスクロールさせていくと、

『#スタバ新作 #オリジナルカスタマイズ #めちゃウマ』

『#サンセット #部活帰り #大会頑張る #目指せ優勝』

『#デート #今日で三ヶ月 #ペアリング買った #大好き』


 で、出たー! みんなと想いを共有する時代! ここぞとばかりにみんなプライベートをアピってる!

 何で皆そんなに活動的なの? じゃないと死ぬの? 回遊魚なの?

 

俺が現状を投稿するとしたら、恐らくこうなる。


『#独り飯 #唐揚げ丼 #インスタント #TVおもろ』


 うわ…。なにこれ。青春の輝きが一切ねえ…。

 死んでも投稿しないことを密かに決心した。

 すると、『ピローン』と通知音。


「ん?」


 俺の携帯が鳴るなんて、アラームくらいしかないはず。もしくは、父親からの連絡か。

 トップ画面には、『ツイッター一件の通知があります』との文字。

 ツイッター? 誰か俺の投稿に反応した? いや、でも今日はまだハートへの返信ツイートしかしていないよな? 疑問を抱えながら、恐る恐る開いてみる。


『いつも応援ありがとうございます。感想もありがとう!』


 ハートからの返信だった。

 うおー! まさかの彼女から返信キター! おれなんかにキター!

 思わずソファから立ち上がり、電球を見つめる。

 やー、たまには良いことあるんだなぁ…!


 心臓の鼓動が早くなり、やや沈みかけていた気分が晴れやかになる。


 高ぶる気持ちそのままに、画面をスクリーンショットして保存した。


『いつも応援ありがとうございます』『いつも』だって!

 もしかして、普段からちゃんと俺の返信見てくれてるのかな?

 いやー応援するよー! いつまでも応援するよー!


 再び、返信欄を開いて

『返信ありがとうございます! はい! これからも応援してます!』

 と入力。


 返信ボタンを押そうとしたその時、

『ピンポーン』

 今度はインターホンが鳴った。


 はん? この時間にインターホンとか誰だ? 宅急便で何か届く予定はないし、いきなり遊びに来るような友達もいない。うわ、なにそれ悲しい。


 となると、誰だ?

 恐る恐る玄関カメラをチェックしてみる。


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