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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どこまでセーフ?

作者: 草鳥


「なんでキスしたの」


 目の前で私の相方、ユカリが眉を吊り上げて怒っている。

 なんでだろう。

 何か怒らせるようなことをしただろうか。


「え、百合営業だけど。ユカリがやろうって言いだしたんでしょ」


 私ことナナと、今私のことを睨みつけているユカリはアイドルだ。二人でユニットを組んでいる。それなりに人気があって、今日も結構な規模のハコでライブをさせてもらったばかり。今は楽屋で休んでいるところ。

 こうして人気が出たのはファンの応援のおかげ。ありがたいことだ。


 でもそのファンが増えた要因のひとつは――相方のユカリが提唱した百合営業である。


 露骨なほど仲良しアピールをしたり、密着して撮った自撮りをブログやSNSにアップしたり。いや実際けっこう仲はいいんだけどね。

 最初は私もこんなこと意味あるのかなと懐疑的だったが、始めてからは明らかにCDなどのグッズ類の売れ行きが良くなったり、握手会に来てくれるファンも増えた。

 需要というのはわからないものだなあ。


「そ……う、だけど! あそこまでやったらダメに決まってるでしょ! ナナって馬鹿なの!?」


「そんなの聞いてないしばかじゃない」


「言わなくてもわかると思ったのよ! 見なさいこれ!」


 そう言ってユカリはスマホの画面を私に向ける。

 ツイッターや掲示板では私たちの所業が結構な話題になっているようだ。


 『今日のライブ、最後のMCでユカナナがガチキス!!』


 へー、三万リツイート。私たちにしてはなかなかじゃないか。


「あんなことしてせっかく築いた人気が落ちたらどうするの!」


「でも見た感じおおむね好意的に受け取られてる、っていうか喜んでる人ばっかだよ」


 うぐっ、とたじろぐユカリ。

 まったくなにが気に入らないんだか。


「あ、あんな気軽にキスして、あなたがそんな……その、奔放な子だと思わなかった……」


 真っ赤になって顔を逸らす。

 失礼な。


「いや、私も初めてだったんですけどね」


「嘘」


「嘘じゃない」


 はあ……とため息をつくユカリ。思わずその口に目が行く。

 柔らかかったなあ。むにむにしてて。歌ったり踊ったりした直後だからかすごく熱くて、ちょっとしょっぱかった。たぶん汗の味だな。


「……あのね、今後ああいうことはやめてちょうだい。いくら百合営業と言っても限度があるから。くっついたりするくらいでいいのよ」


「はいはい」


「はいは一回!」


「はーい」


「ふざけてるでしょあなた……はあ、もういいわ。ちょっとお手洗い行ってくるから待ってて」


 そう言って重い足取りで楽屋を出ようとする背中に、ため息ばっかだと幸せ逃げるよー、と声を掛けてやると、うるさい! と返ってきた。たのしい。


 それにしてもキスした直後のユカリはかわいかった。耳どころか首まで真っ赤っかにして、ふるふる小動物みたいに震えて。思わずぺろりと唇を舐める。

 また見たい。次のライブが楽しみだ。


「次は舌入れてやろーっと」


 思いを馳せる私の顔には満面の笑みが浮かんでいた。



 便器に座り、深くうな垂れる。


「はあああああああ……………………」


 深い深いため息をつく。

 ナナにキスされた。ナナにキスされた。ナナにキスされた。


「~~~~~~~っ!!」


 音をたてないようにじたばたする。

 やばい。嬉しい。でもやばい。私たちに対する世間の評判はどうなるんだろう。

 今夜は絶対色んな意味で眠れない。

 

 実のところ、私が百合営業などというものを始めようと思ったのは、ナナと人前で堂々といちゃつけると思ったからである。


 つまり! 私欲!


 だってどうしてもいちゃつきたかったし。あといろいろ理由つければあのぼんやりした女もくっついたりしてくれると思ったし。あわよくば私の気持ちに気付いたりしてくれるかな、とか。

 実際、目論見はほとんど成功した。気軽に手をつないだり、腕を組んだり、抱き合ったり。想像していたことのほとんどは叶った。嬉しすぎて日記とか書き始めた。


 だけどついさっき、想像していなかったシチュエーションに襲われた。 


 キスは考慮してなかった……。いままで百合営業するときはいつも私の方からだったので、全くの予想外。

 え? なんで? 実はナナも私のことが好きだったとか?


 ないな。


 ………………。

 自分で考えて自分で落ち込む。だってあの子いつも妙にクールなんだもの。こう、私に対して特別な感情を抱いているようにはどうしても感じられない。


「明日からどう接したらいいのよう……」


 途方に暮れるばかりだ。

 もう一度、長い長いため息をついた。


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