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エルフ召喚士のNPC交流記  作者: 藍玉
初めてのVRMMORPG
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第7話 ログイン初日(5)


 現実世界に戻った私は、階下のリビングへと向かう。そこでは先にログアウトした澄兄と優琉がソファで休んでいた。


「おっ鈴姉、おかえりー。図書館どうだった?」


 グラスに入った冷たいお茶を片手にお菓子を食べながら、優琉が声をかけてきた。


「…まだ中に入ってない」


 ソファの空いている所に座りながら答える。それを聞いた優琉が「はぁっ!?」と驚く。


「4時間も街で何やってたの!?」

「ええと…迷子?」


 うん、確かに迷子にはなっていた。間違いはないはず。その後の事を言っていないだけだ。


「どこで迷子になったの?」


 澄兄が「多めに淹れたから」と、温かい紅茶を手渡してくれながら私に聞いた。


「ログインした広場から、東の方にショートカットしようとして斜めに突っ切って行こうとしたら行き止まりばっかりだった」


 場所の予想がついたのか、優琉が「あー、あの辺りかー」と頷いている。


「鈴姉、そういう時はマップをズームするといいんだよ。使わなかった?」

「いや、そんな機能知らないし」


 優琉が食べていたお菓子をつまみながら答える。このお菓子、以外と美味しい。もう少しもらおう。


「マップを見ながら、ズーム・ズームアウトって念じると縮尺が変わるからそういう時使うといいよ。あとマップの下の方に現在地の地名が出てるから、次ログインしたとき見てみて」


 優琉が「こっちのも美味いよ」と別のお菓子を渡してくれながら説明してくれた。…こっちのお菓子は少し硬いなぁ。


「あと鈴ちゃん、ログイン中何か食べた?」

「食べてないけど?」


「ログイン中は時間経過と行動でキャラクターの空腹度が上がるから気を付けて。空腹度が100%になると色々ペナルティが出るからね。4時間も歩いてたら、それなりに上がっている筈だよ」


 ふむふむ。次にログインしたら宿で何か食べられないか聞いてみよう。


「あと、ログアウトの仕様が変わってたみたいでさ、路上ログアウトはやめた方がいい。鈴姉、ちゃんと宿でログアウトした?」

「うん。図書館にたどり着いた後、近くの宿で部屋借りてログアウトしてきた」


「それなら大丈夫だね。気が付いた時にメッセ送ろうと思ったらフレ登録してなくて焦ったよ」


 優琉は心配してくれていたのか、私の回答を聞いて安心したようだ。しかし、知らない単語が出てきた。メッセ?フレ?


「ああ、キャラクターのフレンド登録をしてなかったから、優琉が鈴ちゃんにメッセージ送れなかったんだよ」


 首を傾げていた私を見て、澄兄が説明してくれた。フレンド登録というのをしておくと、離れていても会話ができていたり、相手がログインしていなくてもメッセージが送れたりするらしい。


「フレの登録は、遠隔では申請できないから次会ったときにやろうね」

「うん。…でもさ、こういう説明って最初会った時にしてくれたら良かったんじゃないの?」


 私の恨めし気な一言には、澄兄と優琉からは言葉を選びつつ反論が返された。


「だって…ねぇ?」

「図書館に行くっていう鈴ちゃんは誰も止められないし」


 今まで本に関して色々迷惑かけている自覚があるので、二人の言い分に私は言い返せない。本を読み出したら集中してしまって、誰かが横で話していても生返事だけで内容を全く覚えていないことが多々あるし、また読書で時間を忘れてしまい、澄兄が図書館まで迎えに来たことも何度もある。


「…しばらくの間、〔TWO〕では図書館に籠ります」


 この宣言には「気が済んだら教えてね」と「金が尽きそうになったら何か言ってくるだろ」の回答でした。でも、これで誰かが次にギルド登録するまで時間が稼げるかな?


「あ、あと召喚士の話って教えてくれる?」


 知り合いが召喚士をしていたという澄兄に聞いてみると、以前聞いた話を教えてくれた。


 曰く、弱らせたら何らかのアクションがあるのかと予想し、ラビットやウルフを攻撃しても倒してしまうだけ。餌付けができるかもとウルフの前に肉を置いてみても襲われる。また声を掛けてみてもノンアクティブのラビットは一切反応なし、アクティブのウルフには追い回されたそうで。


「他にも馬やモグラ、蛇とかにも思い付く限りの事をやってみたそうだけど、何もできなかったって」


 ふむ。その辺りの事も図書館で調べられたらいいなぁ。夕食後も少しログインしてみよう。




◇ ◆ ◇




――脳波のシンクロを確認しました――


――サードリアへログインします――



 夕食とお風呂を済ませ、再度ログイン。今は20時だから、こっち(サードリア)は14時だ。


 ログインのアナウンスを確認して目を開ける。こちらで借りた宿の部屋だ。ベッドと小さな机、クローゼットだけの簡単な造りをしている。この部屋で一泊食事付き400G。本来は500Gなのだけど、冒険者ギルドの紹介という事で安くしてくれたため、所持金ギリギリの十日分をお願いした。


 もし図書館が有料なら、何らかの方法でお金を稼がないといけないかもしれない。その時は兄弟二人若しくは冒険者ギルドで金策方法を教えてもらおう。


 身体を起こし、ざっと服装を確認して部屋を出る。階段を下りると、カウンター内に座っている人から声を掛けられた。


「あっ、リィンちゃんお出かけ?お昼ご飯食べてないけど何か食べていく?」


 この宿の娘さんのライラさんは、栗色の長い髪に榛色の瞳をした綺麗なお姉さんで、少ししか話をしていないが、気さくで面倒見の良い人だと印象を受けた。


「はい、お願いしてもいいですか?」


 もちろん、と宿の食堂に案内された。中途半端な時間だからか誰もいない。適当なところに座っててねと言ってから厨房の方に入っていく。


 席について、メニューから空腹度を探す。―あった。現在の空腹度は62%。これも視界に出しておこう。


「お待たせ。簡単なもので申し訳ないけど、父さんの作ったものだから美味しいわよ」


 トレイにはサンドイッチとカットフルーツ、木製のカップに入った飲み物が載っていた。


 両手を合わせ「いただきます」と言ってからサンドイッチを一口かじる。…美味しい。味付けは独特だが、香辛料の効いた鶏肉?とレタス?が具として挟まっている。瞬く間にすべてのサンドイッチを食べてしまった。


 カットフルーツは元の形が分からないが、瑞々しく歯ごたえがあって甘い。日本の柿の様だ。ライラさんにフルーツの名前を聞いたら本当に柿だった。色は紫だけど。


 カップに入っていたミルクを飲み干して「ごちそうさま」と両手を合わせる。そしてトレイをキッチンのカウンターへ持っていき、中で作業をしていたライラさんに行ってきますと声を掛け、部屋の鍵をカウンターに預けてから宿を出た。


 宿から図書館までは歩いて5分もない。図書館の前に立ち、そうっとドアを開けた。


 キィ、と音を立てながらも滑らかに開いたドアの脇に、大きめのカウンターが置かれている。その中で椅子に座り何か書き物をしていた人―女性に声を掛けた。


「すみません、来訪者ですが利用できますか?」

「………」


 カウンター内の女性は、口をあんぐりと開けたまま私を凝視している。改めて「あの…」と声を掛けると、はっとして話し始めた。


「ら、来訪者さんですね。ええ、図書館は利用していただいて構いません。利用料は一日200G…あ、冒険者登録をなさっているのでしたら無料です」


 幸いなことに冒険者登録をしていたら無料で図書館が利用できるらしい。これは素直に喜べる。あと十日程は金策の必要は無さそうだ。


「ありがとうございます。あとお尋ねしたいのですが召喚士についての本はありますか?」

「申し訳ございません。召喚士についての書籍は当館にはございません。必要でしたらこの街の召喚士をお訪ねください」


「この街の…という事は、オルデンの住人に召喚士がいるのですか?」

「ええ、一人だけですがいますよ。生憎私は詳しい住所は存じ上げませんが、冒険者ギルドのギルドマスターでしたらご存知だったと思います」


 この街の住人…という事は、NPCの召喚士が存在する様だ。明日ギルドの依頼を請けに行った際にギルドマスターに聞いてみよう。


「解りました、ギルドマスターに詳細を聞いて行ってみようと思います。…ここの本は自由に読んでもいいですか?」

「はい、一階は色々な分野のものを幅広く置いています。二階は主に専門書を置いていますので詳細な事柄を調べる際はそちらをご利用ください」


 説明をしてくれたカウンターの人にお礼を言って書架の方へ足を向ける。本が持つ独特の紙とインクの匂い。それはこちらの世界も変わらないようだ。


 背表紙に書かれているタイトルを眺めながら、本棚の間をゆっくりと歩く。ふと目に入った本のタイトルが気になったので手に取ってみる。


『魔力の組成と錬成』


 そういえば、私も魔法スキルを持っているんだった。魔法を使う場合の参考になるかもと、読書テーブルに座り本を開いた。


 本の内容は、体内の魔力の循環のイメージや、魔法を発動する際の魔力の構築方法などが事細かに書かれていた。人の魔力は、心臓を中心として体を循環しているらしい。魔力操作とはその魔力を意識して体内で循環させることで魔法の威力を上げたり、循環させながら発動させる魔法属性をイメージすることで魔法の詠唱を短縮させることが可能である、とかなり回りくどく説明されていた。


 一気に本を読み終わり、目を閉じて書かれていた内容を反芻する。心臓から循環する血液と一緒に「何か」が巡っているのを何となく感じる。この「何か」が心臓を通過する毎に容量が増えていくのが解る。


 その状態でしばらくの間座ったままでいると、不意にシステムアナウンスが脳裏に流れた。



――スキル【魔力操作】を取得しました――



 え?


 状況が分からずに辺りをきょろきょろと見回していると「どうしました?」と、私の近くに来ていたカウンター内にいた女性に声を掛けられた。


「いえ、あのいきなり【魔力操作】を取得したと聞こえてきて…」

「ああ、ギフトが増えたのですね」


 声を掛けてくれた女性―カリーナさんと名乗ってくれた―によると、サードリアの住人も、プレイヤーの「スキル」に相当する「ギフト」というものを持っているらしい。


 街の人々は、取得を希望するギフトを所持している人の下で訓練や修業を行い、短くはない期間を費やして新たにギフトを会得しているそうだ。しかし、稀に関連する書籍を読むことでギフトを会得する事があるらしい。


「リィンさんは、魔法に関する物に適性が高いようですね。魔法書を色々と読んでみることをお勧めします。私としても当館に人が来てくれる事は喜ばしい事ですし、分からないことがありましたら遠慮せずにお尋ねください」


 カリーナさんが笑顔でアドバイスをしてくれる。そう言われてみれば、この図書館内には私とカリーナさん以外には人がいない。


「図書館には人が来ないのですか?こんなに本があるのに…」

「ええ、この街の人達は脳き…いえ、『ギフトは体を張って覚えるものだ!』という人が多くて、滅多に人が訪れることはないですね」


 カリーナさんの言いかけた「脳筋」は敢えてスルーしよう。本好きであろうカリーナさんには、街の人達が本に関わろうとしないことが悲しいのだろう。


「本の虫を自覚する私にとっては、ここは天国なんですけどね…」


 そう言った私の手を、満面の笑みを見せたカリーナさんが両手で取る。


「そうですよね!今回の来訪者さんに、本の良さが分かってくれる人がいてくれて嬉しいです!」


 カリーナさんは「ちょっと待っててくださいね」と言うと、カウンターの方に踵を返す。そして私が座っている所に戻って来た時には、手に一本の紙の筒を持っていた。


「これはスクロールと言って、作成者が持っているギフトを人に教えることができるものなんです。生憎私が持っているギフトは【司書】のみですが、これを使うことで【司書】の下位ギフトの【読書】が会得できます」


 【読書】のギフトを伸ばす事で【司書】に替わるんですよ、と補足の説明をしてくれながら、カリーナさんがスクロールを私に渡してくれた。画用紙のような厚手の紙が巻かれて、蝋で封がされている。開けてみて下さい、と促されるままに封を剥がし紙を開いた。



――スキル【読書】を取得しました――



 再度流れたシステムアナウンスで、今日二つ目のスキルを取得した事が分かった。


「【司書】の技能の一つに[スクロール作成]というのがあるんです。それを使うとリィンさんの持っているギフトを人に教えることができます。但し、スクロールを作成できないギフトもありますので、注意してくださいね」


 そこまで説明してくれたカリーナさんは、「そう言えば、閉館時間になったのを伝えに来た所でした!」と慌てて私を立たせた。


 閉館時間という事は18時だ。現実世界では日付が変わる時間になる。そろそろログアウトして寝ないと、寝不足になってしまう。


 出した本は戻しておきますから、とカリーナさんは私を出口まで送ってくれた。


「また時間を見つけて本を読みに来ますね」

「はい、お待ちしてます!」


 手を振ってくれるカリーナさんに別れを告げ、宿に帰る。出迎えてくれたライラさんから鍵を受け取り、借りている部屋に戻った。


 何か、ログイン初日から濃い時間を過ごした気がする。いや、狩りに出たりはしていないのだからそうでもないのかな?


 まぁ、街の中だけでも色々と楽しそうだ。明日はギルドの依頼を請けるようお願いされているし、しばらく街から出ることはないだろう。



 本サービス開始後は元よりβテスト開始後以来、自分以外誰一人として新たなスキルを得ておらず、多くのプレイヤーがスキル取得方法を必死に探している事など知らない私は、呑気にログアウトするのだった。


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