第3話 ログイン初日(1)
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出来上がり次第アップする不定期更新となりますが、よろしくお願いします。
サービス開始までのんびりできるかと思いきや、各書類の送付や初回アンケートの提出等で割と忙しい日々を過ごし、サービス開始の朝を迎えた。
「澄兄、鈴姉、今日の正午からサービス開始だよっ。あー、早く〔TWO〕にインしたいなー」
朝食の席での、優琉の台詞。もう何日も前から聞いているせいか、いい加減鬱陶しく感じてくる。
「おかーさん、今日のお昼ご飯は11時頃に食べたいんだけどいい?」
この間地雷を踏んだばかりなのに、懲りてないなぁ。あの後、母の笑顔でのお話を正座で2時間ほど聞かされていたというのに。あの日は優琉の目が死んでいた。
「いいけど、その前に宿題を全部片付けておいてね?」
「……ハイ」
流石お母さん。釘を刺す事を忘れていない。
「優琉の宿題は僕が見ておくよ。全部終わらせてからじゃないとログインさせないから大丈夫」
「澄兄まで……」
朝食を終えた後、優琉は澄兄と共に宿題の消化のため、二階に上がって行った。澄兄に半分引きずられながら。
私はいつもの土曜日と変わらない、母の手伝いと読書で午前中を過ごした。昼食用に大量のパンケーキを焼いたせいで少し胸焼け気味。
「澄兄、鈴姉。ゲームが開始されたらあっちで一度会おうね!」
何とか宿題を終えて、昼食のパンケーキを胃袋に収めた優琉が二階へ駆け上がって行く。まだサービス開始まで30分以上あるのに、もう待機するつもり?
「待機時間もギアの使用時間に含まれるから、まだログインはしないと思うよ。〔TWO〕の公式サイトでも見てるんじゃないかな?」
あきれ顔で二階を見ていた私に気付いたのか、澄兄が教えてくれた。
「母さんと鈴ちゃんがお昼作ってくれたから、僕が後片付けやっておくよ。鈴ちゃんも部屋に上がっていいからね?」
澄兄がそういってくれたが、二人でやった方が早く終わるので一緒に後片付けをして部屋に上がる。今11時50分だから、サービス開始には間に合うだろう。
PCを起動し、ギアを装着する。今日は少し肌寒いので毛布を1枚かけてベッドに横になる。あ、【ログイン】ボタン押し忘れた。
「ではログイン……と」
再度ベッドに横になり、フワフワする感覚に意識を委ねる。
◇ ◆ ◇
――脳波のシンクロを確認しました――
――Third World Onlineのサービス開始まで今しばらくお待ちください――
〔TWO〕は「サードリア」と呼ばれる世界が舞台となる。幾つかの国家や自治領などがあるが、それぞれの関係は概ね良好。というのも、人より遥かに強い生き物達が存在するせいで、お互いに助け合わないと自分達の領域が維持できないからである。
プレイヤーはサードリアの世界では『来訪者』と呼ばれ、人の領域を守りつつ冒険を繰り広げる。ただし、これは絶対的な目標ではなく、プレイヤーの自由度はかなり高い。街を散歩するだけでも良し、生産活動に勤しむも良し……か。
ここまでは、公式サイトに載っていた事前情報。というかこれだけしか載っていなかった。後は自分で確かめるしかない。
えっと、今から降り立つ所は「始まりの街」オルデン。街の中央にある大広場に全員がログインするらしい。澄兄とすー君との待ち合わせ場所は、その広場に隣接する大時計塔の裏。まず時計塔を確認、かな?
――只今よりThird World Onlineのサービスを開始いたします――
――サードリアへログインします――
足の裏に地面の感触があることを感じて、目を開く。そこに飛び込んできたのは、溢れんばかりの人、人、人。
「前衛職の人、募集しまーす」
「魔法職の人いませんかー?」
早速始まった、パーティ募集の呼び声を聞きながら、辺りを見回す。雲一つ無い空が石造りの街を彩っている。どこかのヨーロッパの街並みを彷彿とさせる。
「綺麗な街並み……。ええと、時計塔は…あれかな?」
ロンドンの時計台に似た建物が見えた。その方向に歩きだす。街並みを眺めながらしばらく歩いていると「エルフ」という言葉が耳に入ってきた。
「おい、あれエルフだよな?」
「耳が長いよね?」
「NPCじゃないのか?」
「いやブルーネームだ」
……何か見られてる?気のせいじゃないよね?
初期装備のローブのフードをかぶり、足早にその場を去る。あって声が聞こえたような気がしたが無視。…良かった、追ってくる人はいないみたい。
人ごみの中を歩きつつ、周りの人を観察する。全員「人」だ。…どういうこと?
早く澄兄達に会って話を聞きたい。自然と足早になる。
やっと時計塔にたどり着き、裏手に回る。時計塔の影で少し薄暗いそこは、広場の喧騒から切り離されたように静かな空間だった。
二人の人影が見える。こちらに背中を向けていたので顔は見えないが、動きや仕草で澄兄と優琉だと分かる。毎日顔を合わせているのだ、間違えようがない。
「澄兄っ、すー君!」
小走りのままの勢いで澄兄の背中に飛び付く。うわって声がしたけど、今はそれどころじゃない。
「鈴ちゃん、どうしたの?」
「鈴姉、他の人だったらどうするんだよ…」
何か言われているけど、あまり耳に入らない。澄兄の背中から手を離すと、二人がこちらを向いた。
二人とも何となくの雰囲気は残っているけど、リアルでの姿とは一見別人に見える。
「澄兄、何か人しかいないんだけど、どういうこと?」
「そりゃ、サービス開始直後だからだよ。皆一斉にログインしたらこうなるだろ」
澄兄より先に優琉が答える。それじゃない。もどかしげに頭を振る。その弾みで被っていたフードが取れた。
「そうじゃなくて!何でプレイヤーの種族が人しかいないの?」
「え、鈴姉。その耳……」
「エルフ?」
フードに隠れていた耳を見た二人が固まる。驚き過ぎたのか、続きの言葉が出てこない。
「澄兄達はエルフにしなかったの?」
驚きの硬直から回復した澄兄がいや、と答える。
「ちょっと情報の整理をしようか」
目の前に澄兄…クリスからパーティの申請が届いた。承認を選択して実行する。すると共有ウィンドウにクリスのステータスが表示された。
クリス
種族:ヒューマン Lv.1
HP:125 MP:139 SP:123
ステータス
STR(筋力): 6
VIT(耐久): 7
DEX(器用): 8
AGI(敏捷):12
INT(知力):14
MNT(精神):13
残ステータスポイント:0
職業 魔術士:Lv.1
職業スキル:【瞑想】
サブスキル
【杖:Lv.1】
【識別:Lv.1】【魔力上昇】
【風魔法:Lv.1】【水魔法:Lv.1】
残スキルポイント:0
「本当はステータスって他の人に見せたりはしない方がいいのだけど…鈴ちゃんもステータス出してくれる?」
澄兄に手順を教わりながら、ステータスを共有ウィンドウに表示される。うん、作ったときに確認したままだ。
リィン
種族:エルフ Lv.1
HP:127 MP:158 SP:102
ステータス
STR(筋力): 7
VIT(耐久): 7
DEX(器用):10
AGI(敏捷):10
INT(知力):13
MNT(精神):13
残ステータスポイント:0
職業 召喚士:Lv.1
職業スキル:なし
サブスキル
【棒術:Lv.1】【弓:Lv.1】
【識別:Lv.1】【鑑定:Lv.1】
【無属性魔法:Lv.1】【風魔法:Lv.1】【光魔法:Lv.1】
残スキルポイント:0
私のステータスを確認した澄兄が、本当にエルフだとつぶやく。
「澄兄、俺もパーティ入れて!」
やっと復活した優琉…リュウがパーティに加わる。私のステータスを見たのか、うわー、と声が上がる。
「キャラクターのカスタムクリエイトでは、種族は人…ヒューマン固定で変更はできないんだ。でも、鈴ちゃんはランダムクリエイトで作ったって言ってたよね?それがエルフになった要因だと思う」
澄兄がまぁ予想だけどね、と言う。目線はまだ私のステータスに固定されている。
「普通はランダムクリエイトって使わないの?」
「澄兄に聞かなかった?〔TWO〕はキャラクターの再作成も追加もできないから皆キャラ作るときは自分の方向性に会ったキャラを作る。一発勝負のランダムクリエイトを使ったのって俺が知ってる限りには鈴姉しかいないよ」
優琉も私のステータスを見ながら答える。しかも…と話を続ける。
「サブスキルのバランスは中々良いんだけど…澄兄、これサブスキルの計算合わなくない?【棒術】【弓】【識別】【鑑定】の取得にそれぞれ5ポイント必要。で、魔法の取得ポイントって15だったと思うんだけど…」
「うん、僕も今計算していたところ。スキルの初期ポイントが60だから5ポイントオーバーするね」
二人の会話の内容に驚く。…思い当たる節はあれしかない。
「あー、あのね?キャラクター作成AIが何かサービスしたって言ってたけど、コレの事だったの…か…な?」
二人が私を見る目線が怖い。
「ランダムクリエイトがキーってこと?」
「いや、確証は持てないけど…これ公表したら鈴ちゃんが色々言われそうだから掲示板には載せない方がいいと思う」
「だね」
何か二人で私を見ながら言ってるけど…お話しするなら相手の方を見た方がいいと思うよ?てか会話の意味がさっぱり分からない。
「まぁ、エルフになっちゃったのは仕方ないし、しばらくの間はフード被っておいたら目立たないと思うよ?……それにしても鈴姉、職業は召喚士かー。ここだけはハズレだね」
何かエルフの件は曖昧に結論付けられたような気がするけど、召喚士がハズレ?
「どういうこと?」
二人そろってため息をつかれた。
「鈴姉、情報サイト全く見てないの?召喚士は〔TWO〕で調教師から変更されたって予想されてる職業なんだ。職業スキルが『なし』なのも召喚士だけで、2週間あったβテスト期間中に召喚できたっていう報告は無かったと思う」
「僕の知ってる人も召喚士を選択してて、色々試していたようだけど結局最後まで召喚できなかったって。本サービス用のキャラは職業変えるって言ってた。もしかしたら初回出荷組には召喚士を選択している人はいないかも」
ハズレの理由は分かったが、既に召喚士になっているのでどうしようもない。
「作成元に問い合わせとかは?バグでできなかったりとか?」
「運営には問い合わせてたよ。で、帰ってきた内容は『バグではありません。またゲーム内容に関するお問い合わせには一切お答えできません』だったらしいよ」
召喚できないことがバグではないのなら、何らかのきっかけが必要なのかもしれない。
「んー、せっかく召喚士になったのだし少し調べてみるよ」
「調べるってどうやって?」
「この街の図書館…とか?」
私の返答に優琉が「あー、ダメだわ」って。何がダメなのよ?
「鈴姉が図書館に入ったら一日終わるね。一緒に狩りに行こうって誘う予定だったけど、ダメだわ」
「図書館は街の東側にあったと思うよ。本に熱中するのはいいけど、バイタルメッセージとログイン時間の警告には気を付けてね。あ、あとログアウトは街の中だったら何処でもできるけど、できれば宿を取って部屋でログアウトした方がいいからね」
じゃ、夕飯で会おうねーって、二人が街の外に向かって歩いて行く。私が図書館に行くって言ったらあっさりこの対応。まぁ、今までのアレコレで自覚はあるから文句は言えない。
二人と一緒に行動しないから、パーティからは抜けておいた方がいいよね?パーティーメニューから離脱を選択して、と。
図書館は街の東。視界の隅に表示されているミニマップとコンパスを頼りに、私は歩き出した。
優琉「俺もランダムクリエイトにすればよかったかな?いや…でも…うーん……」
澄哉「今さら言っても遅いと思うけど?」
※8/30:感想でご指摘いただいた箇所に加筆修正をしています。




